エピローグ 我ら、魔王討伐部!~異世界には行かずに普通の学校生活を送りたい~
「後輩くん! 原稿は出来た?!」
異世界での魔王討伐から1週間経過した放課後の第5倉庫にて、事件は起きていた――。
「いや、なんで俺がこんなの書かないといけないんですか。先輩が自分で書いてくださいよ」
俺は、先輩が寮の自室から持ってきたノートパソコンのキーボードをただひたすら打ちながら、腕時計をつけていない腕を何度も確かめる阿呆な先輩に言った。
編集者気取りなのか、妙に勘に触る。
「何を言っているんだ、宗像アリマ! 貴様が後輩だろ。部長のノエルの言うことは絶対だ」
第5倉庫のパイプ椅子で足を組んで、腕を組んで、偉そうにしている生徒会長が指摘してきた。
「いや、会長の場合、先輩とかじゃなくて朝倉ノエルだからでしょ。彼女にやらせたくないだけでしょ」
「当たり前だろ。もしこの本が大ヒットして、ノエルが表に出るようなことがあれば、あまりの可愛さに私のノエルが取られてしまうだろう」
「……そうですね」
あまりに素直に認める生徒会長。
まぁ、恋は盲目と言うし、この人が9割ぐらいは無茶苦茶なことを言っているのは黙っていよう。
生徒会長の権限で何されるか分からないからな。
そう考えながら、俺はキーボードを叩きつけながら、俺がこの高校に入学してからの記録をする。
先輩曰く、自叙伝らしいけど、俺からしたらただの日記に過ぎない。
こんな個人情報スケスケな小説売れてみろ。
俺のプライバシー丸裸だぞ。
「あの、生徒会長! そろそろ定例会のお時間です! 急ぎましょう!」
『まじめがね』こと副生徒会長が、左手に装着した腕時計に目をやりながら、慌てた様子で生徒会長を焦らしている。
この人も苦労しているのだろうと、同情の念しか浮かばない。
「あら、お兄様は堅すぎるのですよ。少し遅れたぐらい構わないじゃないですか。人生楽しむのが1番です」
第5倉庫に電気ポットを持参して、紅茶を優雅に啜っているのが、さまになっている小郡シオンが実の兄を困らせるようなことを言って、くつろいでいる。
「よく言った、シオン。ほら、妹もこう言っているんだ。『まじめがね』も『ダメガネ』になったらどうだ?」
「嫌ですよ! それより『ダメガネ』ってなんですか! それにシオン、そんなこと言っていたら母さんが泣くぞ!」
副生徒会長がツッコミを切りまくっている。
ツッコミ不在のこの空間に存在してくれる副生徒会長が逞しく見える。
もう少し居てくれないだろうかと、俺は切実に思った。
「ねぇねぇ、はやくあっちのせかいにいこうよー」
「「ぎゃああああああああああああああ、化け物おおおおおおおおおおおおおおお!」」
俺の脳内を介して再び地球にやってきたネヴィを見た先輩が、タイピングしている俺を盾にして叫び、シオンが紅茶を投げ捨てて喚く。
「あぢいいいいいいいいい!」
シオンが投げ捨てた紅茶が副会長の降りかかり、数メートル飛び上がる。
「まったく騒がしいぞ。ここは狭い空間なんだから、少しは静かにしないか」
生徒会長が、珍しく生徒会長らしいことを言っている。
でも、
「あの、そんなにネヴィの頭を撫でながら言っても説得力ないです」
物語を書いている俺の対面では、生徒会長がネヴィを自身の膝に抱えて頭を撫でる様子があった。
すっかり溺愛している生徒会長と、そんな生徒会長に相当懐いているネヴィ。
問題児が集合しているだけのカオスな現場である。
「がはははははははは! やはりアリマは面白い! お前と一緒にいたら、もっと楽しめそうだな! がっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
上半身裸の台無しイケメンが、大笑いをして第五倉庫を軋ませている。
異世界が一件落着したのか、ロキまでも地球にやってきていた。
もちろん、異世界から地球へは俺の脳内を経由して。
「おい、変態! どこからやってきた!」
ネヴィを撫で続けている生徒会長が、宙に浮かぶロキを変態呼ばわりしながら敵視する。
「ねーそんなことより、今日集まってもらったのは、小説のタイトル決めです! 早く決めよーよー」
先輩が痺れを切らしたように発言する。
そう、こんなに変わり者が第5倉庫に集まっているのは、俺が書かされている小説のタイトル決めである。
「はい、じゃあなんか良い案ある? じゃあ順番にどうぞ! 後輩くんから!」
いきなり指名される俺は、何も考えておらず、それっぽい題名を適当に言った。
「勇者か悪魔……或いは雑魚の冒険奇譚とか?」
「普通だな」
「ラノベみたいですね」
「うん、ラノベだね!」
「らのべってなぁにー?」
「がははは! 何度も言うが、知らん!」
「生徒会長、そんなことより早く行きましょう! 定例会の時間5分前です!」
思い思いに好き勝手言っている変人たち。
こっちはひたすらタイピングさせられているってのに、相変わらず呑気な人たちだ。
「じゃあ次は私ね!」と自信たっぷりに先輩がタイトルを言おうとするが、大体予想は出来ている。どうせ『元勇者であるなんたら』ってヤツだ。
「やっぱり、『元英雄である私が、弱くなった世界で最強の称号を手にして、魔王を殲滅した後に田舎でスローライフを送る物語』が良い! どうかな?」
目をキラキラさせながらみんなに問い掛ける。
「わ、私は良いと思うぞ! ノエル!」
「そうですか? 長すぎです」
「なんていったかわかんなーい」
「がははは! ネーミングセンスないな!」
「そんなことより、会長……!」
「ほら、言ったでしょ?」
先輩を溺愛している1人の人物を除いて、評判があまり良くないことに、俺の方が正しかったと言わんばかりに彼女を見た。
「ぐぬぬ、じゃあじゃあ、これはどうかな?」
そう言って第5倉庫の奥からホワイトボードを取り出して、ペンで力強く書き始める。
「……」
「……」
「……」
「……あの、あれって……」
異世界組以外は、目をはっとさせて気づいて口にしていないようだから、俺も黙っていようと思うが、先輩がホワイトボードに書いているペンは油性である。
第5倉庫にいる皆が彼女に注目をしている。
もちろん、なんとか昨日までの出来事を描き終えた俺も先輩に注目している。
あとはエピローグとしてこの今日の出来事を書いて、約1章分の量は終わるだろう。
書き終えた先輩が自信満々に、バン! とホワイトボードを叩きながらドヤ顔をしている。
「ノエル先輩にしては、いいとセンスしてると思います」
「あぁ、こっちのほうがいい。前の方も良かったけど」
「まおーってかいてある! フウラのおかげで、すこしカンジよめるようになった!」
「実に単純だ!」
「じゃ、満場一致なんでそれで」
「ふふん、どうだい? 我ながらいいネーミングセンスしてると思うよ」
好評が良かったことに、少し照れ臭そうにほんのり顔を赤らめて、ドヤァとさっきよりも満足げにしている。
『我ら、魔王討伐部!』
俺はファイルのタイトル名としてその名をタイピングしていく。
えっと、『我ら、魔王討伐部!』……と、『~異世界に行かずに普通の学校生活を送りたい~』これでよしと。
エンターキーを押して完了させる。
「出来ました。どうですか?」
俺はノートパソコンを先輩の方に向けて、確認してもらう。
「うん! 一人称が後輩くんなのが気に食わないけど、いいよこれで! それじゃ改めて、後輩くん、よろしく!」
アホ毛の盛った先輩が、純粋無垢な笑顔で右手を差し出しながら言った。
「はい、お願いします――」
俺は彼女と握手をすることを受け入れた。
こうして、俺の非普通の日常が幕を開けた――。
「ちょっと、いいタイトルなんだから、波線入れて付け加えないで――!」