35話 誰も知らない出来事
俺自身の脳内でロキから背中を押された瞬間、現実の世界が明快に見え、後ろでは先輩が大泣きしている姿があった。
「あ、あの先輩、終わりましたね」
俺と先輩はクロノさんから降りて、まるで何事もなかったようにスターリアの国民たちで賑やかな景色を眺めた。
「うわああああああああああよかったよおおおおおおおおお! 後輩くうううううううううううん!」
上半身裸の俺を抱きしめながら、涙を流して泣き叫ぶ先輩と言う中々酷い絵面に、俺たちの目の前を通り過ぎる国民たちがじろじろと見てくる。
小さな男の子を連れた女性が、その子の目を手で覆い隠しながら通り過ぎていく。
「あの、先輩、離れてください」
俺は先輩に離れてもらった。
俺の脳内から出てくると、辺りはすっかり夜になっていた。
あっちの世界が何時かは知らないが、小郡さんは流石にもう寮に戻っただろう。
明日、学校で謝るとしよう。
でも、那珂川フウラは第5倉庫の掃除箱の前で先輩を心配して待っていそうだ。
だから、早く戻らないと、変な思い込みをされそうで怖い。
また、「ぶっ〇す!」なんて言ってくるんじゃないだろうか。
「ねぇ、これって報酬とかないんだよね?」
隣にいる先輩が、いやらしい部分を聞いた。
700万稼いだばかりなのに、まだ欲しいのか。
「俺たちは世界を変えたんだから、そもそも世界を救ったことすらみんな知りませんよ」
「じゃ、帰ろっか」
俺が報酬の有無を言うと、真顔になって帰宅を促す。
「……先輩、流石に俺でも引きますよ」
「いやいや、冗談だって、それより助けに来てくれてありがとね。すごく助かったよ」
たまに出す純粋な笑みを綻ばせる。
そんな先輩の顔を見ていると、なんだか恥ずかしくなってきて、顔を逸らした。
「あれぇ、もしかして照れちゃってるぅ~?」
ニシシと笑う先輩の目は真っ赤に腫れ上がっている。
「あの、先輩――」
異世界を守りたい先輩は、地球に転生した元勇者だった。
そのことについて聞きたかった。
「なに?」
純真無垢な表情で俺を見る。
先輩は、俺が彼女の過去を知っていることは知らないだろう。
きっと、苦しいこともあったと思う。
それに、殺されて地球に転生したようだし、なにより、因縁の魔王を倒したのだ。
「あ、いや、なんでもないです」
彼女のことを考えた俺は、過去について聞くのはもうちょっと後でいいかと聞くのをやめた。
「そう?」
「はい。それより地球に帰りましょう――」