29話 if 畏怖 :
次の瞬間、目を開くと、俺は異世界に到着していた。
ゲームのセーブみたいに、俺は暗黒騎士の鎧を纏っていた。
暗雲に包まれ、建物は半壊しているものもあれば、全壊しているものもある。
なにより、冒険者で賑やかだった王国が、人の気配が一切なく、不気味な静けさが俺の身体に纏わりつき、気持ち悪くなる。
『あれみて!』
ネヴィが脳内で叫ぶように言った。
脳内であれとか言われても本来なら分かるはずない。
でも、このときばかりは分かってしまった。
スターリア王国の城の頂点には黒や紫のオーラみたいなのに包まれた怪物がいたのだ。
「――!」
そんな怪物と目が合ってしまった。
『気をつけろ、アリマ!』
いつの間にか脳内に潜り込んでいたロキが忠告する。
俺はクロノさんからもらった吸血剣を構え、いつ戦闘になってもいいように備えた。
変な緊張感がある。
大丈夫だ。
俺には特別なアビリティである|《ロキの加護》があるから、きっと大丈夫なはずだ。
たぶん!
そんなことを考えていると、国を襲った魔王であろう黒と紫のオーラを纏った怪物が、俺の目の前にやって来た。
「やぁ、キミは新しく魔王になったのかな?」
思ったよりも軽い感じで話す目の前の魔王に、俺は警戒心を解くことなく睨みつけていた。
それにしても、違和感が全くなく、向こうが俺を受け入れている。
「……」
「あぁ、そうだよね。この格好じゃわからないよね。魔王同士だからちゃんと姿を見せるべきだったね」
そう言いながら、黒と紫のオーラが徐々になくなっていき、魔王の本当の姿が露わになっていく。
黒髪に黒い瞳で身長が俺と変わらないぐらい、異世界の者にしては何の特徴もなさすぎる容姿と言っては失礼だろうか。
まるで日本人そのものを見ているかのような。
「僕は魔王だけど、元はキミと同じ日本人だよ。そもそもこの世界で魔王になっているのは日本人が異世界に転移してなってるからね。僕たちは仲間と言うわけさ」
「なに? つまり、ここに存在する魔王は、全員日本人だということか?」
黒髪の男がニコニコとしながら、まさかの発言をする。
「あぁ、そうだよ。やっぱりキミは新人みたいだね。この世界では自由に国を支配していいんだ。まぁ、既に魔王がいる領土を奪うのは暗黙の了解として禁止されてるけどね。今、この国は僕が支配しようとしてるから、僕が前に支配していた国をあげるよ」
同郷人を見つけて喜んでいるのか、新人を見つけて先輩面しているのか、妙に意気揚々と話すこの男の喋り方に苛立ちを覚えてくる。
『おい、あまり刺激させるなよ? ヤツは俺の弟子を殺した張本人だからな。たぶん強いぞ』
スターリア王国がこんな変わり果てた姿になってしまって、怒りが込み上げているだろうに、ロキは冷静に苛立つ俺を宥めてくれる。
『ねー、あいつむかつく!』
同じ魔王であるネヴィもまた、むかついているようだった。
俺は何とか刺激しないためにも、どう倒すか作戦を立てる時間稼ぎとして、彼に質問する。
「なぁ、支配して楽しいのか?」
「こう見えて90年ぐらい僕はここにいるんだから、ため口はやめてほしいな。ま、でも新人君だから許してあげるよ。で、質問の答えは、イエスだよ。だって、自分の好きなように行動出来て、弱い人間たちを言うこと聞かせることも出来るんだよ。そりゃ、日本みたいに相手の顔色窺いながら行動するより楽しいでしょ。キミもきっとこの楽しさが分かるはずだよ」
ヤツの先輩面した発言に苛立ちが募っていくが、ここは我慢しよう。
正直、同じ異世界人として、地球人として、恥ずかしい。
弱い人間を支配するなんて、クソみたいなことを言うこいつをぶん殴ってやりたい。
「悪いが、俺はそんなこと出来ないな」
「なぜだい?」
不思議そうな顔したクソ魔王が俺に尋ねる。
「まず、人を支配だとか非人道的なことはしたくない。それに、地球では俺を待ってくれている人がいる」
そう言うと、クソ魔王から笑顔が消えて、まるで俺を敵視するかのような顔をしながら見てくる。
『おい、気をつけろって言っただろ』
ロキが少し強めに俺に注意するが、どうもクソ魔王とは一戦交わすことになりそうだ。苛立ちがピークまで上昇している。
『むかつくのは俺も同じだ。だが、ここで戦ってみろ。この国に住む人もろとも死ぬことになるぞ』
正義の勇者モードのロキが、ひたすら俺を宥めている。
そんなロキが言っているのだ。
ヤツと戦ったら、きっと甚大な被害が出ることになるだろう。
そんなことをしてしまっては、クソ魔王と同じレベルに成り下がってしまう。
だから、今は耐えよう。
「ねぇ、ため口で発言しないでほしいなぁって言ってるだろ? ここは何でも自由に出来るんだよ。だから、非人道的とかないよね、この世界に」
頭がおかしいのだろうか。
クソ魔王は、既に人非ずと言うことだ。
こんな奴の相手をするより、朝倉ノエルの安否が心配だ。
すると、どこからか人の気配がした。