28話 ネタ晴らし
第5倉庫に入室すると、朝倉ノエルが異世界に向かったのだろう。
掃除箱の扉が開いて、モザイクの空間が剥き出しになっている。
「まさか、こんなに早く異世界に戻ることになるとは思ってなかったな」
『いこう!』
「ああ――」
脳内にネヴィを連れた俺は、躊躇いもなく、モザイクの空間に飛び込んだ。
「遅かったじゃねえか。アリマ!」
モザイクの空間に飛び込むと、すぐに上半身裸のロキが脳内ではなく視覚として現れる。
ネヴィだけでなく、彼までもが慌てた様子で言ってきた。
少し機嫌が悪いことからして、俺が来るのを待ち詫びていたのか、それとも異世界が危険な状態になっているのか、はたまたその両方か。
「一体何が起きたんだ?」
現状を全く把握していない俺は、険しい顔のロキに聞いた。
「スターリア王国に魔王が現れやがったんだよ」
「え?」
ロキはそう言った。
だが、昼休みの会議室で朝倉ノエルが言っていたことを踏まえると、矛盾していたのだ。
「俺がスターリア王国の魔王になったから、大丈夫なんじゃ――」
「――大丈夫なわけあるか!」
「――!」
ロキが怒鳴り声を上げた。
普段は怒ってもチンピラみたいにキレるだけのロキが、今は冷静さを失って怒っているのを見ると、何も知らされずに逆切れされても困るが、それほど非常事態が起こっていると実感させられる。
「でも、朝倉ノエルは平和がやってくるって。そのために俺を利用したんだって言ってたぞ」
「ああ、本来ならそれでいい。だが、お前地球に戻るとき何て言って去った?」
長いモザイクの空間が続く場所で、ロキが異世界から去るときのことを尋ねてきた。
あのとき確か俺は――。
「さよなら異世界って言った」
「それだよ。それを言って去ったことによって、お前と異世界の関係が切断されてしまったようなんだ。どうやら裏の暗号コードとして、裏技みたいなシステムが設定されていたようだ。朝倉ノエルが知っていたかは不明だが、彼女は寝ていたからな。お前がそれを言ったなんて知る由もないってわけだ」
ロキが異常事態の根源を説明してくれる。
だが、
「は? 何だよそれ。無茶苦茶だな、おい――!」
俺はそうツッコミを入れるしかなかった。
たしかに、感慨深くなって去る間際に言ったのは俺だけど!
てか、完全に俺が原因じゃん!
やっちまったよ!
突然罪悪感と後悔が同時に襲ってくる。
さっきから心臓の鼓動がうるさい。
「で、でも、俺が来るまでも魔王不在だったんだろ?」
「いや、ネヴィがいただろ」
『うん、ボクがスターリアおーこくのまおーとして、にんてーされてたみたいだよ!』
ネヴィがそう言った。
そこで一気に今回の騒動のピースが揃っていく。
「まず、俺たちはネヴィを洞穴から脱出させただろ」
「ああ、アリマが魔王としてやって来たからな」
「そして、俺が裏の暗号コードを唱えて魔王解除後、地球に戻った」
「正直、こればかりは誰も知らなかったから仕方ないな」
「さらに言うと、ネヴィが俺の脳内を伝って地球についてきて、本当に魔王が不在となってしまった」
「……あぁ、これは俺がネヴィに教えて、地球に送ったな」
「ということは……原因って完全に俺たちじゃねぇかよ……」
結論、スターリア王国に平和をもたらしたどころか、危険に追いやったのだ。
しかも、すべてが偶然重なったことで起きた事件。
うん、一旦この話題は置いておこう。
「なぁ、具体的に今どうなってるんだ?」
話を変えるように、現状を具体的に聞こうとする。
そんな俺の行動に、ロキも同意したのか、今回の事件を起こしたことについては何も触れずに、異世界でどうなっているかを話し始める。
「朝倉ノエルが転生する以前に現れた魔王が、時を経てスターリア王国に侵略している。ネヴィには劣るが、最強と言われる魔王の1人だ」
「そんな強者、俺が来たところで――ちょっと待て、朝倉ノエルが転生?」
ロキが当然のように言うもんだから、パワーワードを放ったことに気づかなかった。
俺が聞き直すが、ロキは当然と言わんばかりに「ああ」と肯定しかしない。
「え、初耳……いや、レストランで言っていたことって、本当だったってこと?」
掃除箱の扉が閉まっていて、仕方なくレストランで待機していたとき、小説を作るならばタイトルがどうのこうのとか、「見知らぬ男女が――」とか言っていたのを思い出す。
てっきり、作り話だと思っていた俺は、テキトーにスルーしていた。
「あぁ、そもそも転生する前の彼女は、俺の弟子で、元勇者だからな」
「あ、そうなん?」
「なんだ、反応が悪いな。大丈夫か?」
ロキが俺の顔を見て心配してくれるが、全く大丈夫じゃない。
俺の頭が、朝倉ノエルがロキことハイネの弟子で、元勇者だったということを受け入れようとしないため、反応も悪くなって当然だろう。
だが、それと同時に、朝倉ノエルが、異世界が好きだってことに納得がいった。
でも、彼女が転生者で元勇者……?
やはり受け入れてくれない。
流れに任せて言うもんだから、どういう反応すればいいか分からないし、その張本人がいないから、事情を聴くことも出来ない。
『そろそろだよ!』
俺の脳内で、ネヴィがモザイクの空間を抜けることを教えてくれた。
頭の整理が追い付かないまま、虹色に輝き始めた空間に引き寄せられる。
「それじゃ、ここからが本番だ。気を引き締めて行けよ!」
ロキが鼓舞した――。