25話 反省会?
「ふぅ、こっぴどく叱られたねぇ」
わざとらしく額の汗を腕で拭う身振りをしながら、「いい汗かいたねぇ」と同じテンションで朝倉ノエルが言った。
2時間以上も会議室で説教されていたら当然疲労しか残るものがない。
「まさか、私が教師から怒られるときが来るとは思ってもみませんでした」
優等生ぶっている小郡シオンがなぜか嬉々として呟く。
「なに喜んでるんですか」
「え、『まじめがね・妹』って変態なの? ねぇ、変態?」
「そんなのではありません! それより、ノエル先輩こそ、授業受けなくていい許可なんてもらってなかったじゃないですか?」
「いやぁ、夢だったのかなぁ?」
「……?」
横並びで座る俺たちは、反省中と思えないほど会話をしていた。
厳つい教師が退場して、ペンを走らせる音が響いている会議室では、別の見張りがやって来ている。
「いいから、黙って反省文を書け」
会議室の正面の椅子には、足と腕を組んだ那珂川フウラが、その延長線上の席で反省文を書く俺たちに哀れなものでも見る目を送っている。
もちろん、溺愛している朝倉ノエルは対象ではないだろう。
「いやぁ、でもフウが来て助かったよ。フウが来てくれなかったら私たち停学になってたよ。ありがとね、フウ」
朝倉ノエルが安堵しながら那珂川フウラに感謝しているが、彼女もサボっていなかったか?
会議室で説教されていることを聞きつけた那珂川フウラが、俺たちの事情を説明してくれて――ほとんど、生徒会長の権限だとか言っていたが――反省文5枚で許してくれた。
「べ、べつに、感謝されるようなこと、やってないんだからな!」
照れ臭そうに朝倉ノエルから目を逸らして顔を真っ赤にさせる那珂川フウラ。
別に百合ツンデレなんて見たくもないのに、俺は一体何を見せられているんだろうか。
「ねぇねぇ、アリマ~たのしかったよ~」
猫がゴロゴロと鳴くように俺にすりすりとくっつくネヴィが満足気にしていた。
学校を案内してもらっていたネヴィは、那珂川フウラと共に会議室にやって来ていた。
「ネヴィ、まだ終わらないようだから、私とお昼食べに行こうか」
那珂川フウラがネヴィを昼食に誘うと、ネヴィが目を輝かせながら那珂川フウラに連れて行かれた。
俺たちが説教されている間に昼休みになってしまっていて、俺と朝倉ノエル、小郡シオンはこの昼休み中に反省文を完成させなければ、放課後もここに来て書かなくてはならなくなる。
口にはしていなかったものの、異世界に行きたいであろう朝倉ノエルは話しながらも、もの凄いスピードで書いていく。
まるで書き慣れた常習犯のように。
俺と同様、小郡シオンはまったくペンが進んでおらず、何を書こうか悩んでいるようだった。
「あの、生徒会長って呪われているんですか?」
何が起きているのか理解していない小郡シオンが、誰に言っているのか指名することなく、いきなり質問してきた。
少し前に述べたように、現実でネヴィの姿が見えているのは、俺と那珂川フウラで、ネヴィが化け物に見えているのが朝倉ノエルと小郡シオンである。
那珂川フウラが化け物と手を繋いで会議室から出る様子を不気味に思ったのだろう、小郡シオンは那珂川フウラを危険視しているようだった。
「ううん、なんかフウとか後輩くんにはあの化け物が可愛い人形みたいに見えてるんだって」
小郡シオンの方に顔を向けながら反省文を器用に書いている朝倉ノエルが説明するが、小郡シオンは俺を危ない奴を見るかのように引いている。
「違いますよ。心が綺麗な人にはネヴィの姿が見えるらしいです」
俺が正しく説明する。
自分の心が綺麗ではないことを認めたくない朝倉ノエルは、自分に都合よく説明していたので、ちゃんと付け加えてあげた。
そんな俺の方を悔しそうに見ている朝倉ノエルの姿があった。
「へ、へぇ、そうなんですね……。そ、それはそうとして、昨日の放課後、2人で何をしていたんですか?」
少し気不味そうにしている小郡シオンが1番聞きたかったことであろう質問をしてきた。
「あー異世界に行ってたんだよ」
迷いもなく、嘘を吐くわけでもなく、朝倉ノエルが真実をさらっと言った。
もちろん、顔を小郡シオンの方に向けたまま、反省文を書きながら。
「え、朝倉さん、言ってよかったんですか?」
一生懸命反省文とにらめっこしていた俺は、まさかの発言に顔を上げた。
異世界のことは秘密だったはずじゃ……。
「あぁ、うん、どうせ『まじめがね・妹』は分かってるみたいだからね」
「え――?」
朝倉ノエルの意外な発言に、俺は小郡シオンの方に目をやると、ばつが悪そうに急いで目を逸らして窓の方を見やっている。
「ヒュ~ヒュ~ヒュ~」
わざとやっているのかと思わんばかりの下手糞な口笛を吹いている。
うん、これは確信犯だ。
「おそらくって言うか、ほぼ確定だと思うけど、私たちが異世界に行った後、掃除箱の扉閉めたの、この子だよ。そうでしょ? 小郡シオンさん?」
「……」
犯人を追い詰める探偵みたいな聞き方をする朝倉ノエル。
それに対して、窓から見える空を悟ったように見つめる小郡シオン。
まるでスペシャルのミステリードラマに参加しているような感覚に襲われる。
ふざけているのか、偶然そうなったのか分からないが、さっさと認めて話を進めてくれないだろうか。
「ええ、ノエル先輩の言う通り、掃除箱の扉を閉めたのは私です……。仕方なかったんです……。昨日、ノエル先輩に連れられてどこかに行っている宗像さんを追って、第5倉庫まで行きました。そして、暫くして声が聞こえなくなったので入ってみると、そこにあったのはモザイクが掛かった掃除箱の内部でした。不気味に思った私は、怖くなって扉を閉めてしまいました。決して、悪意があったわけではありません! すみませんでしたああああ!」
「……」
「あなたの罪が消えることはありません。でも、あなたが罪を認め、その心を改めることで、きっと素晴らしい世界があなたを待っています。悪いことを悪いと認めるあなたを、私は素晴らしいと思いますよ。小郡シオンさん……」
「……」
なんだこれ。
俺は一体何を見せられているのだろうか。
きっとこの人たちは波長が合っているのだろう。
もう無視して反省文を大人しく書いておこう。
俺は、茶番をしている2人を放って、反省文を書き進める。
「ほら、後輩くんも謝りたまえよ」
反省文を再び書くのを妨げるように、朝倉ノエルがふんぞり返りながら謝罪を求めてきた。
「そうですよ、アリマさんもちゃんと自分の罪を認めて、改心しましょう。そうすればきっと世界が綺麗に見えますよ」
「え――?」
危ない宗教の勧誘みたいなことを言い出す小郡シオンに、朝倉ノエルが彼女の方を見て、何かに納得していない表情になる。
心が綺麗ではない2人が何を言っているのだろうか。と不思議に思いながら無表情で彼らを見る。
「そうだよ、後輩くん。『まじめがね・妹』が後輩くんを急に下の名前で呼んでるのは、引っかかるところだけど、まぁ私はお姫様抱っこされたし、それに年上だし? 全然気にしてないけど?」
朝倉ノエルが何かに張り合っているが、無視しておこう。
でも、まさか掃除箱を閉めたのが、朝倉ノエルではないことに驚いた。
確かに否定していた気がする。
とにかく掃除箱の扉を閉めた犯人を朝倉ノエルだと決めつけていたことは、心から謝ろうとしていた矢先――。
「私なんて彼の広い背にずっといましたけど、彼が走っているときも私に気を遣ってくれて、全然揺れずに心地よかったですわ」
何かに張り合いだした小郡シオン。
俺の謝罪する機会を奪わないでほしい。
てか、ついさっきの会話で引っかかっていたことがある。
今の言い方だと小郡シオンは気を失ってなかったと認めることになる。
そう俺が思っていると、ぷくうと頬を膨らませた朝倉ノエルが俺の方を見てきた。
「そうなの、後輩くん!? 私のときは逃げてるってのもあったけど、めちゃくちゃ揺れてたよ! 私のこと嫌いなの? ふんっだ! 後輩くんなんてもう知らないから!」
怒っているのか怒ってないのか分からないが、朝倉ノエルが拗ねるように反対の方を向いてしまった。
こう言っちゃなんだが、向こうの世界のレストランから地球に戻ってくるまで彼女も背負っていたが、そんなこと言うと、もっと面倒臭くなりそうなので言わない。
「あの、朝倉さん、掃除箱の扉の件、決めつけてすみませんでした」
取り敢えずこっちの方は謝るべきなので、いじけて反対を向いている朝倉ノエルに謝罪した。
「ホントに思ってる?」
反対の方を向いたまま、面倒な彼女張りのことを言ってくる。
「はい、本当に思ってます」
俺がそう言うと、彼女の口角がニヤッと上がったのが見えた。
何か嫌な予感がした。
「じゃあ、私は後輩くんのことアリマ君って呼ぶから、後輩くんもノエル先輩って呼んで?」
メンヘラ彼女ぶりの所業である。
まぁ、誰とも付き合ったことないから知らんけど。
でも、これは確実に面倒な方向に進んでいる気がする。
その証拠として、小郡シオンが悔しそうに歯を食いしばっていると思えたが、次の瞬間諦めたように笑みを見せて立ち上がった。
「ノエル先輩には敵いませんわ。未熟な私はこれで失礼します」
小郡シオンが潔く敗北を認め、会議室を後にするのだった。
その後ろ姿は逞しく見えた。
「あーあー行っちゃったね。ま、私と後輩くんの絆に勝てるはずないよね!」
朝倉ノエルは振り返り、親指をぐっと立ててにかッと笑った。
これはあれだ。
ただのバカ同士のやり取りだ。
「いや、しょうもないことに張り合い過ぎなんですよ。それに、会議室から出たってことは反省文書き終わったってことですよ。俺たちも早く終わらせましょう」
それを聞いた朝倉ノエルは、小郡シオンが会議室にいた痕跡でもある彼女の反省文を覗いた。
「……ちょっと後輩くん」
小郡シオンの反省文を見た朝倉ノエルが、ちょいちょいと手を仰ぎながら、こっちに来いという仕草をする。
俺はペンを置いて小郡シオンの紙を覗く。
「……1年、小郡シオン。まるで異世界に行ったような体験をしました。この学校に入学して正解だったと心から思うことができ、これから卒業まで楽しみです。……これしか書かれてないんだけど」
朝倉ノエルが、小学生の日記みたいな文章を棒読みで読み上げる。
もちろんそれは小郡シオンの反省文に書かれていた内容で、反省文の1枚目の2行目までしか書かれていない。
「後輩くん、たぶんあの子、放課後また呼び出されるから、見なかったことにしてあげよう」
「ですね」
俺たちは見なかったことにして、自分の位置に戻って反省文書きを再開させる。
結局小郡シオンが何をしたかったか分からないまま、去ってしまったため、変な時間を過ごしたと後悔する自分がどこかにいる。
が、取り敢えず小郡シオンみたいに放課後居残りにならないように、一生懸命書いていく。
「ねぇ、後輩くん。昨日は本当にありがとね」
2人きりになった空間で、朝倉ノエルが手を動かしたまま、顔を俺の方に向けながら純真な笑顔で言った。
正直、そんな笑顔より余所見して文章を書ける技術の方が凄すぎて、そっちに圧倒させられる。
「いえ、貴重な体験が出来ましたし、一度ぐらいだったら全然。寧ろいい体験になりました。ありがとうございました」
朝倉ノエルのようなすご技を使えない俺は、反省文に目をやりながら口を動かす。
「ううん、そうじゃないの。後輩くんがスターリア王国に来てくれたことで、あの国は少しだけ平和になったんだよ」
「どういうことですか?」
俺は、手をひたすら動かして反省文を書いている朝倉ノエルに見られながら、どういうことなのか尋ねる。
魔王が来たことで平和になる国なんて、ゲームでも聞いたことがない。
「あの世界には魔王がいっぱい存在しているって話したでしょ? それで魔王が支配する国には、基本他の魔王が侵入してはいけないっていう暗黙の了解があって、魔王不在のスターリア王国に魔王が来てくれたことで、あの国は魔王が進行してくることはなくなったの。都合よく後輩くんを使っただけだって言われても仕方ないんだけどね。でも、後輩くんのおかげでスターリア王国が守られているのも分かってほしいんだ。勝手な行動をお詫びするよ。ごめんね」
何を考えているか分からない朝倉ノエルが申し訳なさそうに言った。
漸く朝倉ノエルが執拗に俺を異世界に連れて行こうとした理由が分かって、寧ろスッキリしている。
「いいですけど、あの国のどこがいいんですか? モザイクの空間を通らないと、あっちには行けないし、変な幽霊はいるし、チンピラ悪魔が人間の中に潜んでいるし、何より朝倉さん、回復技しか持ってなくて、パーティーに入れてもらえないって――」
「――だからいいんだよ」
意外な言葉に、俺は書くのを止めて、朝倉ノエルの方に顔を上げると、楽しそうに笑顔を見せていた。
「こっちの世界では絶対に起きない事象ばっかりでしょ? 向こうの世界ではみんながなりたい自分になっている。もちろんこっちの世界でもなりたい職業に頑張ればなれるけど、私が言いたいのはそうじゃない。毎日何が起こるか分からない非日常に胸を高鳴らせて、皆が言いたいことを好きに言って、自業自得で後悔して、憎んで、はたまたバカにして、それでもお互い笑いあって、私はそんなスターリア王国が大好き。ま、私の周りだけかもしれないけどね。でも、回復技しか持ってなくてパーティーに入れてもらえなかったのは、残念だったけど、それは後輩くんが叶えてくれたから十分だよ。へへへへ、正直に君に伝えるのはなんだか照れ臭いなぁ」
頬を人差し指でポリポリと掻きながら目を逸らす朝倉ノエル。
そんな彼女の言葉が、俺の心の中に突き刺さったような感じがした。
彼女の話が終わるのを待っていたかのように、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。
「あ、タイムアップだね。私は終わったから、放課後は異世界に行ってくるよ! じゃ、また明日ね!」
そう言って、そそくさと会議室を後にして行ってしまった。
明日も会うのかという疑問を残して。
反省文の書き終わっていない俺は、必然的に放課後居残りが確定してしまった。
まぁ、どうせ小郡シオンも一緒だろう。
そうして、俺も会議室を後にした。