20話 干渉する学校生活
――翌日。
朝5時に目覚めた俺は、部屋に設置されたお風呂に入って、前日の授業の分の暗記を行って、寮の食堂で朝ご飯を適当に済ませ、普通クラスの棟に向かっていた。
『ねえねえ、ちっちゃなモンスターがいるよ! ダークバードとかかな?』
未だに俺の脳内に住んでいるネヴィが、カラスを初めて見たのだろう、好奇心の獣のように視界に映るものすべてに疑問を浮かべたり発見したりしながら、興奮していた。
もちろん、俺の目を経由してだが。
「あれは、カラスだよ」
『からす? かっけえ、くろののウマのすがたよりかっけえ!』
ネヴィが、ダークヒーローを初めて見たときのような興奮をする。
クロノさんの馬の姿を見たことがないので、確信的なことは言えないが、おそらく目の前のカラスよりクロノさんの方が格好良いと思う。
それにしても、クロノという名称が挙がるだけで、異世界に行ったという実感が湧く。
本当に異世界に行ったんだと実感が湧くのと同時に、解放された心地よさを覚えた。
ネヴィは残ったままだが、今まで出会った登場人物の中で1番ちゃんとしているから心持が楽である。
教室に着いた俺は、早速1時間目の授業の予習兼暗記をする。
本来なら昨日のうちにやるはずだったが、アホ毛の部長に付き合わされていたため、出来なかった分を急いで取り戻す。
『ねー、アリマー。こんなほんつまんなあーい』
俺の視界を経由して現実を見ているネヴィが、教科書を読み込んでいることにつまらなさを覚えている。
当たり前だ。
こんな幼児が、よくわからない高校の、よく理解出来ない教科書を読んだってつまらないだけだ。
なんせ俺だってつまらないのだから。
俺は勉強が好きということは決してない。
だが、勉強や暗記をひたすら理由は、特にやることがないから。
真面目しかいないこの学校で、友達なんか出来る気配がない。
みんな教科書とにらめっこしている。
そんな雰囲気に完全に飲まれてしまっている。
『ねぇーきぃーてるぅー? おそといこうよー』
脳内で駄々をこねるネヴィは、ひたすら外に行こうと誘ってくる。
とてもじゃないけど、暗記なんて出来る環境ではない。
俺は、暗記することを諦めて席から立ち上がった。
『やったぁー! どこいくの?』
「――うっ……」
俺の脳内で飛び上がって喜ぶネヴィの重さが、脳を揺らす。
気分が悪い。
脳内から出てくれないだろうか。
重い頭を動かして、時計の方を見た。
授業開始まであと1分を切っている。
「……」
時計を確認した俺は、何事をなかったように、静かに着席する。
『えええええええええええええ! なんでえええええええええええ!』
脳内で絶望の声が響き渡る。
「おい、やめろ、ばか」
つい、口に出してネヴィに注意してしまった。
そんな俺の独り言に、教室にいる真面目な生徒たちと数学の教師が一斉に俺の方へ振り向いた。
「……」
教科書とにらめっこしていた真面目な生徒たちが、不思議そうに俺を見ている。
やっちまった。
完全に頭のおかしい認定されるぞ。
「アノォ、体調悪インデ、保健室行テキマス」
俺は椅子から立ち上がって、授業を始めようとする数学の教師に気分が悪いこと(嘘だけど)を最低にも程度があるぐらいの演技をしながら伝える。
「分かりました」
数学の教師は、俺の最悪な演技にも疑うことせずに了解してくれた。
これも首席効果のおかげなのかもしれない。
俺は、自分の席から教室の前方の扉に移動する。
「それでは、保健委員の人は保健室まで連れて行ってあげてください」
「え?」
俺が、扉に手をかけた瞬間、数学の教師がそんなありがた迷惑なことを口にした。
「いや、大丈夫です。1人で行けますから」
俺は、数学の教師に断りを入れる。
脳内で騒ぎ喚くネヴィを、せっかく黙らせる機会が出来たっていうのに、ここで保健委員に連れられてずっと保健室で待機していると、ネヴィが喚いたまんまだ。
「そうですか?」
「はい、他の人の勉強を妨げるわけには行けませんし」
「それじゃ――」
「――待ってください!」
1人で保健室に行くことを許可しようとした数学の教師の言葉を遮った者がいた。
ガタンと勢いよく席を立ちあがった彼女は、たしか小郡シオンという名前だった気がする。
黒髪のロングヘアで、可愛いというより綺麗な美人と言う方がしっくりくる。
清楚枠担当であるかのような容姿をした小郡シオンこそ、このクラスの保健委員だった気がする。
嫌な予感しかしない。
「私は、保健委員なので体調の悪い宗像さんを安全に保健室まで送る義務があります。それに、今回の授業内容は既に頭に入っているので、保健室に送る時間ぐらい妨げにはなりません!」
ありがた迷惑第2弾が炸裂した。
いかにも優等生でありそうな小郡シオンが選挙演説並に訴える。
こんな子がそう言っているのだ。
きっと数学の教師も彼女の意見を聞くことだろう。
『えーじゃあ、おそといけないのー?』
地の文を聞いていたネヴィが、残念そうに言っている。
(あれだったら、俺の脳内から出て……。いや、ないな)
『なんで~?』
朝倉ノエルの目にはネヴィが化け物に見えていたはず。ということは、ネヴィが俺の脳内から出てくると、学校の七不思議というより、ただのホント~にあった怖い話が誕生しかねない。
そう考えた俺は、ネヴィが俺の脳内から出てくる案を却下する。
『そんなああああああああ。おそといきたいー!』
再び俺の脳内で駄々をこね始めるネヴィ。
この授業が終わるまで俺が耐えるしかないな。
そう考え始める。
「それでは、小郡さん。宗像君を保健室まで連れて行ってあげてください」
「はい!」
数学の教師がそう言うと、小郡シオンは扉の前にいた俺の手を引っ張って教室を出た。
随分と積極的な彼女は、俺のことをもしかしたら……。
なんて微塵も期待しない。
手を引っ張られることがトラウマになってしまった俺は、小郡シオンの行為を恐怖としか感じない。
ゴリラみたいな握力を持つ朝倉ノエルから腕を握られたときから、俺の中で手や腕に触れられることがトラウマになっている。
「――やっと2人きりになれましたね」
「は?」
小郡シオンが怪しい声で何かを言った。
小郡シオンが怪しい声で何かを言った。