19話 変わり者の集い
「そうか……貴様はノエルに無理矢理連れて行かれたと言い訳をするのだな」
全く俺のことを信用しようとしない生徒会長の那珂川フウラは、朝倉ノエルとの出会いを一通り話したにもかかわらず、俺が嘘をついていると思い続けて今に至る。
絶対、この時間必要なかった。
「いや、だから俺は別に朝倉さんを喰ったりなんかしませんって」
「嘘をつくな。私は見たんだ。貴様が渡り廊下でノエルに無理矢理腕を組ませていたのを」
「無茶苦茶だな、あんた」
おそらくだが、いや、確信なのだろうが、この那珂川フウラという人間は、朝倉ノエルを溺愛している。
異世界では顔面詐欺にショタ最強魔王、学校では超溺愛百合ときた。
ここまで変わり者が揃うと、朝倉ノエルがマシに思えてくる。
世も末だ。
『ねーねー、おにーちゃん、ほかのところいこーよ!』
空気の読めないネヴィが、第5倉庫に留まっていることに飽きてしまっている。
先程から脳内でどこかに行こうと、初めて見るだろう地球にわくわくしている様子が窺え、ここに留まっていることに申し訳なさを感じる。
ネヴィの高揚感は、俺が異世界に行ったときの興奮と同じなのだろうが、俺は今窮地に立たされているんだ。
黙っていて欲しい。
「まぁ、いい。ノエルの性格を含めた上で、お前のことを見逃してやろう」
「あの、最初からすべてわかっていましたよね?」
「なにを言っているんだ貴様は。私はノエルのことを信用したまでだ。雄豹のお前を信用したわけではないからな」
要するに、朝倉ノエルと一緒にいた俺に嫉妬して八つ当たりしていたってことだな。
俺への誤解が晴れて(?)ようやく緊張から解放される。
布団でぐっすり寝ている朝倉ノエルは、今の状況なんて知る由もなく、「むにゃむにゃ……」なんて言いながら爆睡している。
「那珂川さんは、あの異世界のこと知っているんですよね? この高校にこんなのがあったら色々と危なくないですか?」
朝倉ノエルから聞いた限りじゃ、ここにいる生徒会長の那珂川フウラとここの学校長が異世界のことを知っているようだが、こんな場所に異世界に繋がる扉があったら行方不明になる人もいるんじゃないか?
しかし、生徒会長は呆れたように溜息を吐きながら俺を見た。
「うちの校長がちょっと変わり者でな、ノエルに第5倉庫のすべてを委ねているんだ。鍵もノエルが管理しているし、大丈夫だろう」
変わり者から変わり者と言われる校長が可哀想だと思ったが、よく考えると校長が変わり者だから、変わり者が集まってくるのだろうと結論に至る。
それに、朝倉ノエルに対しての信頼度が高すぎる。
自分で言っちゃなんだが、俺の方が朝倉ノエルよりしっかりしている気がする。
『じゃあ、アリマはいつでもあっちにいけるの?』
脳内で俺たちの話を聞いていたネヴィが、少し期待しながら俺に聞いてきた。
「まぁ、そういうことになるが、俺はもう異世界には行かないぞ」
『えーいこうよ!?』
「お前、ホントに誰と話しているんだ?」
異世界のときの感覚のままネヴィに話していた俺に、那珂川フウラが再度俺を怪しい目で見る。
「いや、なんでもないです」
「お前が異世界に行かないのならいいが、これ以上ノエルと一緒にいたら絶対に許さないからな。あぁそれと、異世界のことを私とノエルと校長以外に話したら、ぶっ○す」
朝倉ノエルと一緒に異世界に行ったことを恨んでいる那珂川フウラは、生徒会長として、いや、人としてあるまじき言葉を平気で述べて口止めしてきた。
この人は絶対本気の狂気を持っている。
もう朝倉ノエルとは関わらないようにしよう。
正直、那珂川フウラに止められずとも関わりたくない。
「あの、逆に朝倉さんに、俺に近づくなと言ってくれません?」
俺から関わらないようにしようとしても、絶対に朝倉ノエルの方から関わってくる。
だから、朝倉ノエルに近づかないように言ってくれれば、みんな幸せなのに。
那珂川フウラは、嘆息を漏らしながら頭を抱える。
「貴様、私にそんな酷なことをやれと言うのか? 悪いが、私はノエルの人間関係を壊すことはしたくない。だから、貴様に言っているのだ……」
「いや、それが無茶苦茶なんすよ」
滅茶苦茶なことを正論にしようとする那珂川フウラは、冷ややかな目を送ってくる。
話が進まないのなら、今日は帰ってゆっくり寝かしてもらいたいものだ。
すると、もぞもぞと朝倉ノエルが寝ている布団が蠢きだした。
「……んあ……あれ……? フウじゃん……なんでここにいるの……?」
深い眠りについていた朝倉ノエルが布団から出てきて、目を擦りながら那珂川フウラの方を見る。
――カシャ!
「え……」
那珂川フウラの方からカメラのシャッター音がした。
彼女の方を見ると、鼻息を荒くしながら目をかっぴらいて興奮している。
ここまで来ると、ただの変態だ。
俺は、変態から目を背けるように布団にいる朝倉ノエルの方に顔を動かした。
「ノエルが、はあはあ、なかなか寮に帰ってこないからな、はあはあ、ここに来たんだよ、はあはあ。そしたらこの男がノエルをおぶって掃除箱から出てきたから事情を聞いていたところだ。はあはあ……」
息遣いを荒くしながら経緯を説明する那珂川フウラは、結構重症なのかもしれない。
那珂川フウラの顔がどんなのになっているか見たくもないので、決して彼女の方に振り向くことはしないが、今も尚、いや、先程に増して、カメラのシャッター音が鳴り響いている。
『ねーねー、こわそーなおねーちゃん、くろいおめめがうえむいちゃってるよ?』
脳内で那珂川フウラを心配するネヴィ。
なんてものを幼い魔王に見せているんだ。
「そうかそうかぁ~。ありがとぉ~こうはいくぅ~ん。えへへへへ~」
寝ぼけている朝倉ノエルが、那珂川フウラの説明を聞いて、俺にデレたような顔をしながらお礼を言ってきた。
「――!」
なぜだろうか、一瞬だけ可愛いと思ってしまった自分がいることに恐ろしさを感じる。
騙されちゃいけない。
この人はやばい人なんだ。
俺はそんな思いを、ぐっと胸の最奥にしまい込んだ。
すると、背後から死神が魂を狩るんじゃないかってぐらいの悪寒がしたのと同時に、殺気が胸を締め付けるような痛さを感じる。
これは異世界に行く前に渡り廊下の感じそっくりだった。
やはり、あのときこの人から見られていたんだ。
『ねーねーこんどはこわいかおしてアリマにらんでるよー』
恐怖のあまり後ろを振り向けない俺の代わりに、脳内にいるネヴィが後ろの様子を教えてくれる。
無事に異世界から帰ってこれても、俺の命日は今日だということなのだろうか。
背中から冷や汗が漏れ溢れ出している。
「あぁ~あと、フウも掃除箱の扉を開けてくれてありがとねぇ~。えへへへへへ」
「――尊過ぎ!」
俺の後ろで、ガタンと椅子から転げ落ちる音がした。
『ねーねーたましいがぷかぷかうかんでる~』
「は――?」
ネヴィの言葉に、俺は椅子から転げ落ちた那珂川フウラの方へ振り向く。
振り向くと、ネヴィの言った通り、那珂川フウラの魂と思われる魂のような光の玉が宙に浮かんでいた。
「朝倉さん、なんか魂みたいなのが浮かんでるんですけど」
今の状況にどうしようもすることが出来ない俺は、未だに寝ぼけているであろう朝倉ノエルに助けを求める。
「ん~? いつものことだから気にしなくていいよぉ~」
暢気にそんなことを言っている朝倉ノエルは、布団でゴロゴロとする猫みたいになっている。
まあ、溺愛されている本人が言っているのだから大丈夫だろう。
『わー! てんしがたましいはこんでる~! すごおおおおおおおい!』
その光景は美しかった。
2体の天使が那珂川フウラの魂を包み込むように天界へと運んでいく。
ベルが奏でる神聖な音楽。
天界まで伸びる光の筋。
那珂川フウラの魂が運ばれていく。
そんな光景に見惚れてしまった。
『きれいだねー』
「ああ」
俺と脳内から見るネヴィは、感動を口にした。
「――後輩くん! これは流石にヤバいって! フウを連れ戻して!」
今まで寝ぼけていた朝倉ノエルが、いきなり大声で叫び出した。
だが、
「朝倉さん、これが那珂川さんの運命だったんですよ。人の運命に抗っちゃいけませんよ。そっとして、僕らは那珂川さんを見送りましょうよ」
こんなに神聖な場面を妨げるわけにはいかない。
美しい景色とは実に儚いものだ。
俺の目の前に映っているこの光景だって、那珂川さんの魂が天界に運ばれれば、一瞬で消えるであろうこの光景。
それを汚すわけには――。
「――いや、マジで悟り開いてる場合じゃないから! なに頭おかしいこと言ってんの!? 早くフウの魂を抑えて!」
「でも、人間の俺が天使に触れるなんて恐れ多いです」
「謙遜しなくていいから! ちょ、マジで急いで!」
朝倉ノエルは、だんだんと怒り始めているが、そんなこと言われたって地球に戻ってきた俺に職業なんてものはないし、どうしようもすることが出来ない。
ここは安らかに天国に逝かせてあげた方がいいんじゃないか?
『よーし! ボクがあのおねーちゃんをつれもどそー!』
ネヴィがそう言うと、俺の脳内から出てきて姿を見せた。
「ぎゃあああああああああああああああああ! なんでまだ化け物がいんのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ネヴィが化け物のように見えている朝倉ノエルが叫喚する。
第5倉庫の範囲を超えていそうな喚き声。
流石にこんな夜遅くに学校内にいる生徒なんて俺たち以外いないだろうから、ひとまず問題になることはない……たぶん。
大丈夫だよな?
『ねーねーアサクラうるさいよー』
「なんで現れたのよ~! 異世界だけじゃなかったの!?」
「あの、朝倉さんが寝ている間にそのやり取りしたんで、もう結構です」
俺は、地球までついてきたネヴィに驚く朝倉ノエルの茶番に喝を入れる。
おそらく、俺よりオーバーなリアクションだから話が進みそうにない。
「え――!? ホントに扱い酷くない? ねえ、後輩くん!? え、無視? ねえ、後輩くん!」
朝倉ノエルを無視して、ネヴィに叫んだ。
「いけ、ネヴィ! フォールダウン!」
『いっくよー! えい!』
俺の声と同時に、具現化したネヴィが、天使に連れて行かれる那珂川フウラの魂を地上に強制的に連れ出す。
さすが魔王といったところか。
ネヴィが天使に触れたことによって天使が消滅していき、那珂川フウラの魂が落下して床で転げている彼女自身の身体に戻っていく。
「おおおおおおおおい! 化け物め! フウを食べるなあああああああああああ!」
朝倉ノエルが怒り狂ってネヴィに叱責する。
いったい、朝倉ノエルにはどんな光景が見えているのやら。
俺にはネヴィが那珂川フウラの魂を両手で優しく包んで戻している姿が映されていて、とてもじゃないけど魂を食べる化け物には見えない。
「朝倉さん、やめてください。化け物なんて言われるネヴィが可哀想です」
「え、なに? 私が悪者……? 化け物に見える私が悪いの?」
朝倉ノエルの言葉に、俺はこくんと首肯する。
「ホントにひどいよ、後輩くん。ネットで炎上されてしまえよ! 後輩くんなんてどっかの匿名のチャンネルで叩かれればいいんだ! このく〇やろおおおおおおおおおおおおおおお!」
気が狂ったように喚く朝倉ノエルは、今にも泣きそうな顔で俺を見ている。
ネットで炎上なんてたまったものじゃない。
そんなことされたら、主人公自宅謹慎でこの物語が進展してしまう。
それだけは勘弁だ。
俺がこころで反省していると、朝倉ノエルが遮ってきた。
「私がこの物語の主人公だ! 後輩くんに主人公なんてやらせるものかああああああああああああああ!」
朝倉ノエルの声が段々枯れてきている。
掠れ声で叫ぶ朝倉ノエルは、苦しそうに呼吸をしながら、今にも死にそうな顔で俺に訴えてくる。
この人アホだ。
「あの、俺の地の文に触れていることはもう何も言いませんから、朝倉さんこそ、うるさすぎだってネットでバッシングされますよ?」
俺は朝倉ノエルに忠告した。
うるさすぎるのはよくない。
うるさすぎて叩かれている人を俺は幾度となく見てきた。
この物語が叩かれる対象になってしまえば、読者が減ってしまう。
主人公自宅謹慎より勘弁してほしいかもしれない。
「あ、それだけは勘弁だね。叫び過ぎないようにしよう」
我に戻った朝倉ノエルは、ガラガラの掠れたな声で言う。
完全に声枯れているじゃないか。
もしかして、このままエピローグまで行くんじゃないだろうな。
俺たちは、那珂川フウラの魂の件を完全に忘れて、しょうもない茶番を繰り返す。
俺も末期かもしれない。
アホ毛揺らめく部長に染まりつつあるのかもしれない。
気をつけよう。
「――おい、貴様、いまノエルに変なことしてなかったか?」
「――!」
背後から殺気立ったオーラが俺を委縮させる。
魂の戻った那珂川フウラがどこから俺たちの茶番を見ていたのかわからないが、俺の人生終了の警鐘が脳内で鳴り響く。
『りりりりりりりりりりりりりりり! りりりりりりりりりりりりりりりりりりり! はあはあ、りりりりりりりりりりりり、りりりりりりりりり……はあはあ……』
訂正しよう。
俺の脳内に戻った《時の魔王》のアラームが鳴り響いていた。
これがロキだったら怒っていたところだが、ネヴィなので許す。
「後輩くん、なんでニヤついてるの? 気持ち悪いんだけど」
ネヴィの可愛いアラームを聞いた俺が綻んでいると、朝倉ノエルが顔を引きつらせる。
「なに――? ノエルを見てニヤっていたのか? ぶっ〇すぞ」
背後から殺意が伝わってきた。
生徒会長とは思えぬ言動に、脅迫罪で訴えてやろうかと考える。
地上に連れ戻してあげたってのに。
そんなことを知らない那珂川フウラは、俺を罵ってくる。
もちろん連れ戻したのは俺じゃないけど。
「それは違うよ、フウ!」
酷いことを言っている那珂川フウラに朝倉ノエルが否定した。
散々なことを言われていたため、否定してくれて正直嬉しかった。
「後輩くんは生粋のショタコンなんだよ!」
「――っ」
「……朝倉さん、全言撤回を求めます」
問題発言を堂々と述べる朝倉ノエルは、後輩を守ったと思い込んでいるのか、自信満々に胸を張っている。
ふざけんな。
那珂川フウラが完全に犯罪者を見る目で俺を見ている。
「俺、ショタコンじゃないです。マジで」
「いや、貴様はショタコンだ。ノエルが言っているのだからショタコンに決まっている」
「――ふざけんな、コラ」
思わず、年上の人に向かって声を荒げてしまった。
「うわあ、いけないんだぁ、いけないんだぁ! 年上にそんなこと言ったらいけないんだぁ!」
「……」
子供みたいに何か言っている朝倉ノエル。
いい加減我慢の限界だ。
『みんな、ほろぼす?』
脳内にいるネヴィが、俺の怒りを感じ取ったのか、途轍もない発言を繰り出す。
それもいいかもしれないと思ったのは、こころの内に秘めるとして、第5倉庫から出ることを決意した。
「俺、もう寮に戻ります。失礼します」
「え、怒っちゃった? ごめんね、後輩くん」
俺は朝倉ノエルの言葉を無視して第5倉庫を出た。
別に怒ってない。
収集つかなくなる前に逃げるだけ。
もう、この人と関わらなくていいと思うだけで、こころが洗い流されていく。
ようやく、俺の学校生活が戻るんだ。
寮に戻ってきた俺は、お風呂に入らずに、一瞬で寝てしまった――。




