1話 君に届け
俺、宗像アリマは、公立高校受験に失敗して、滑り止めで受けていたよくわからない私立高校に入学した。
この高校を受験した理由は、家から徒歩5分の場所にあったということで、テキトーに選んだ高校である。
だが、来てみてびっくり。
なんとこの高校は全寮制だった。おまけに俺が今年の首席らしいのだ。そのおかげで奨学生になり、高校3年間ずっと無償の上に、給与型の奨学金がもらえる始末。
なんか真剣に受験した人たちに申し訳ない。
そして今日は、よくわからない高校の入学式のため、朝から重い身体を動かして大講堂に集められた。
「次に、新1年生代表挨拶。1年生代表、宗像アリマ!」
入学式を進行している厳つい先生が、マイクを使う必要なかったんじゃないかってぐらい大音量で俺の名前を呼名した。
「はい……」
厳つい進行役の先生の後じゃ、しょぼく聞こえる返事。
しかし、そんな声を聞き逃すまいと、俺の声が大講堂にほんの少し響いた瞬間、大講堂にいる全生徒が俺の方に首を回した。
「……!」
そんな光景はまさにホラーそのものであったが、たかが首席ごときで大げさに振り向かいないでほしい。
心臓に悪すぎる。
呪われたようにひたすら見つめ続けられる俺は、自分の席からステージまで、恐怖を感じながら足を動かした。
「おい、あれが今年の一般入試の首席らしいぜ」
「マジか。高校入試のくせに、少し頭の良い大学の入試と同じぐらいの難しさと言われている高校の首席かぁ。てことは、将来的にはアイツがこの学校を引っ張っていくのか……」
「てか、噂で聞いたんだけどさ、今年の首席、つまり、あの宗像アリマって奴なんだけど、9割5分の得点率だったらしいぜ」
「マジかよ……。超エリート君じゃん」
「でも、なんかアレだな……。なんかイメージと違うな」
ぼそぼそと何かを言っているが、よく聞こえない。
もちろん聞きたいとも思わないが。
しかし、なぜかあまり居心地がよくないな、というのは感じた。
恐ろしいほど見続けている生徒の群衆から脱出してステージの上に立つが、ステージの上でみんなを仕切ったりするようなタイプでない俺は、早く終わらせて席に戻りたいという気持ちがどんどん募っていく。
ステージと校長、来客の方々に一礼をして、本番前に渡されたびっしりと文字が羅列されているカンペみたいな紙を展開させた。
「……」
リハーサルでは文字がびっしりと書かれていた紙だったが、気のせいだろうか。俺の目からは、それが白紙にしか見えない。
うん、美しいぐらいの真っ新な白紙だ。
ふと、ステージ上にある校長の席を見ると、今にも吹き出しそうな勢いで笑いを堪えている様子が窺えた。
これは、完全に確信犯だ。
入学式が終わった後に聞かされたのだが、新入生代表の挨拶は毎年アドリブで言わせているのだとか。
どうやら、首席としての裁量を測るために行っているらしい。
はっきり言って困るだけなのでやめてほしい。
それにしても、ちょび髭の生えた校長の笑いの堪え方が入学式という儀式に不一致である。
隣にいるお偉いさんが、チラチラと校長を見て苦笑いをしている。
何なんだ、この学校は。
みんなが俺を見ている。どんなことを言うのかと、期待されているような気がする。
やめろよ。
やめてくれよ。
そんなキラキラした眼差しで見るのは。
もう、なにか言うしかないじゃないか。
「こほん、えぇと……」
わざとらしく咳き込んだ後、もう一度、ステージ下の生徒たちを見た。
「……」
だから、やめろって。
そんなキラキラとした期待に満ちた目をやめろって。
みんなが感心するようなこと何も書かれてないから。
期待しても何も出ないから。
頼むからそんな目で見るな。
「……」
はぁ。
俺は、割り切って口を開いた。
「えぇと、かの有名な哲学者は言いました。『先人の軌跡を辿るな。古人の奇跡を信じるな。化石を見るのではなく、新たな軌跡を刻み、未来の奇跡を掴め。そして、自らを化石として将来に残していくのだ』と。……以上です……あ、1年生代表、宗像アリマ……」
言い切った。
勿論こんな哲学者はいないし、こんな言葉も多分ないだろう。
すべてが嘘っぱちだ。
もうこれで変な空気なっても俺は知らん。
俺なりに白紙の文を読んだんだから、後は野となれ山となれだ。
それは、俺が一礼した瞬間に起きた。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
歓声が、講堂中に響き渡ったのだ。
「マジか……」
こんな言葉で騙せるのかと驚きつつ、なんとか誤魔化せたことにホッと安堵する。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
ひとまず一件落着だ。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
楽になった心と共に、安堵しながらステージを軽やかに降りてゆく。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
それにしても鳴り止まない歓声と言うより、雄叫びか?
スタンディングオベーションしている奴もいるし、泣いている奴もいる。
この学校大丈夫だろうか。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
もうよくないか?
「――こほん、次に、部活動紹介!」
司会進行役の厳つい男は、鳴り止まない歓声の中、時間の都合なのか歓声にも負けぬ声で無理矢理ねじ込んだ。
その刹那――。
「――とおっ!」
ダダダッとステージに向かって走り、めちゃくちゃ綺麗なバク転でステージに上がる1人の女子生徒の姿があった。
「「「「「「おぉ!」」」」」」
新入生の大半が感心の声を上げる中、席に戻っている途中であった俺は、教師たちの顔が青ざめているのが見えた。
「どうもどうも、えへへ」
ステージに上がったアホ毛盛りの女子生徒は、マイクを手に持ちながら照れ臭そうに笑い、ステージの真ん中で堂々と部活動紹介の先陣を切った。
「あーあー、マイク入ってるよね? えーそれでは、部活動紹介の先陣を切るのは、この私、朝倉ノエル! 所属する部活動は、魔王討伐部です! 私と異世界に行って、一緒に魔王を倒しましょう。RPGが好きなみんな! この部活に入れば、ゲームの世界に行くことが出来ますよ! ――って、やめなさいよ! 離して! まだ、終わってないんだけど!? み、みんなー! 興味があったら第5倉庫に来てね~! ――だから、離して! 離しなさ――」
変なことを言い始めたかと思うと、一瞬にして教師たちに連行されていく女子生徒。必死に抵抗するも結局、講堂の外まで連れていかれてしまった。
途轍もなく危険な香り漂っていたあの人は、まともな感じがしないので、会っても関わらないようにしようと胸に刻み込む。
そして、しばらくすると司会進行役の厳つい男性が、ハンカチで汗を拭いながらマイクをオンにした。
「えぇ、えぇとそれでは、今から部活動紹介を始めます」
あ、なかったことにした。
まるで何も起きていなかったかのように、もう一度仕切りなおして、普通に部活動紹介が行われ、その後校歌斉唱があって、終わりの言葉と共に学式が終了した。
公立高校に落ちるんじゃなかった。
心からそう思った。




