15話 大脱出作戦
「へぇ、《ヒール》。なんで、後輩くんが主人公っぽいことしてるわけ? 《ヒール》……ずるいんだけど」
ロキと名乗る100年前の勇者ハイネの幽霊が見えること、100年前に討伐されたはずの《時の魔王》ネヴィの幽霊が見えること、厳密に言うと2人とも幽霊ではないらしいが。
そのことをすべて朝倉ノエルに話した。
彼女は不服そうに俺を見ている。そんな顔で見られてもどうしようもないのだが。
「ねーねー、なんでアリマとアサクラはここにきたの?」
「この洞穴を解明するために来たんだよ」
「ねぇ、なんで私だけ名字呼びなの? 私には化け物の低い声でしか聞こえないから怖いんだけど」
『がはははは! やっぱり、お前についてきてよかった!』
黙っててくれないだろうか。
朝倉ノエルとロキの主旨が違うことを話すのは、やめていただきたい。
ネヴィは興味津々に俺の方を見ながら話す。
ネヴィ曰く、この洞穴で100年間生きてきたそうで、ずっと1人だったらしい。
「ねー、アリマ! ボク、ここからでたい!」
白いワンピースを着た男の子のネヴィが、俺の顔に急接近して頼んできた。
少女のような可愛らしいその顔は、大人になったらきっと美人になるな。
男だけど。
「なあ、ロキ、ネヴィはこの洞穴から出ることは可能なのか?」
俺は、朝倉ノエルにロキの存在を明らかにしたため、躊躇いなくロキに質問した。
ネヴィには見えているロキだが、俺と朝倉ノエルには見えないので、どこにいるかわからないながらに質問する俺を、朝倉ノエルは若干引いている。
『がはははは! お前らにも映るようにしてやろう!』
汚い声で笑うロキが、俺たちの前に胡坐をかいて宙に浮かんだ状態で現れた。
脳内から聞こえていた声が、耳で聞こえるようになる。
朝倉ノエルの前に彼が現れるのは初めてだったため、朝倉ノエルは上半身裸の彼を見て引いている。
「え、ロキって……いや、たしかにそうだけど……なんで服着ないの?」
「がはははは! 俺は服が嫌いだからな!」
「いや、着ろよ」
ロキの前ではあの朝倉ノエルでさえもツッコミに回ってしまう。
ネヴィから勇者と言われている所以たるものなのか。
勇者はすべてを凌駕しているのか。
それに、神々しいオーラを纏ったロキが現れたことで、《ヒール》を唱えてもらったときより、はっきりと周辺を見ることが出来る。
最初からロキに頼んでおけばここまで苦労する来なかったような気がする。
「それで、ネヴィはこの洞穴から出ることは出来るのか?」
俺は再度ロキに尋ねた。
「出ることは不可能だな! なんせ俺が創った洞穴だからな! 人間を寄せ付けない結界を張っているから侵入することは不可能だ!」
「……」
「……後輩くん、こんな奴よく相手出来たね……」
「えーハイネのけち~」
「がはははは!」
自慢するように胸を張って大笑いするロキに、ネヴィをここから出してあげようとする良心はないのか。
この流れ的に洞穴から出してあげるってのが筋だろう。
だが、これで納得いった。
このハイネ洞穴は、ロキと名乗るこの金髪碧眼で上半身裸のハイネが創ったからハイネ洞穴なのだということ。
宙に浮かんでいるネヴィが、宙に浮かぶロキをポカポカと殴っている。
朝倉ノエルは、話に進展がないことを悟って、ロキのオーラによって洞穴全体が照らされたことを知って、どこかに1人で行ってしまった。
帰りたい。
もう、クエストクリア条件も達成したし、早くギルドに戻りたい。
だが、俺の中で1つだけ納得出来ていないことがあった。
「なあ、ロキ」
「なんだ?」
仲のいい兄弟みたいに話しているロキの名を呼ぶと、ネヴィもこちらに振り向いた。
「いや、疑問なんだけど、人間を寄せ付けない結界を張っていたって言ってたけど、なんでネヴィはこの洞穴から出れなかったんだ? もし仮に、洞穴の内側にネヴィを外に出さない的な結界を張っていたとしたら、納得は出来るけど、それだとネヴィを閉じ込めることになるよな? だとしたらなんで――」
「――そこまで、わかってて真相がわからないのかよ。そんなのネヴィを守るために決まってるだろ」
勇者らしいことを言い出すロキことハイネ。
「ネヴィは過去、現在、未来、即ち時間を司る魔王。時間を司るネヴィは、アビリティに|《不老不死》という能力を持つ。つまり、年を取らずに死ぬこともない。すべての魔王を敵として見ているこの世界では、幼い子だろうが魔王であるならば討伐対象になる。だから、討伐対象外にさせるために、精神体、いわゆる魂だけの姿にしてここに閉じ込めた。納得したか?」
「ああ、ロキが凄いことがわかった」
ロキがただの勇者ではなく、正義の勇者と言われている理由がわかった気がする。
あんなに汚く笑っていたうざったいロキが、こんなことを考えながら生きていたなんて思うと、尊敬するしかなくなる。
だが、この気持ちは一瞬で消失するのである。
「がっはっはっはっはっは! そうだろうそうだろう! 俺は凄いんだよ! がはははは!」
ロキは偉そうに汚い声で笑い始めた。
「……うわぁ……」
「もーハイネ、そーゆーところだよ。それやめたほーがいいっていってるじゃん」
幼い子を守るためとかカッコいいこと言っていた奴が、その幼い子に注意されているこの光景は見るに堪えない。
なんで、この人は自分でぶち壊してしまうことをするのか。
もったいないにもほどがある。
「ま、まあとにかく、このクエストは諦めた方がいいってことだな」
ロキの行動の意図やネヴィの安全を考慮すると、この洞穴でのクエストのことはなかったことにした方がいい。
朝倉ノエルになんて言われるか知ったもんじゃないが、このクエストは諦めよう。
「いや、それがそうでもない」
諦めかけた俺に、ロキが口を開いた。
「え?」
「今思いついたが、1つだけ全員の望みが叶うやり方がある。ネヴィがここから出ることも出来るし、クエストクリアをギルドに伝えることが出来る方法。その作戦をするには、お前の力が必要だ。アリマ」
ロキは、皆を引っ張る勇者みたいな凛々しい顔で、俺の名を呼んだ。
なんやかんやで初めて名前を呼ばれたかもしれない。
ロキがそう告げると、ネヴィは嬉しそうに目をキラキラと輝かせる。
俺たちは、ロキの提案する作戦を実行するため、彼の説明を聞き始めた。
「まず、ここの最奥にある隠し部屋にあるネヴィの身体に、ここにいるネヴィの精神体を戻す。そして、ネヴィが過去に行って、100年前の俺に、ネヴィを閉じ込める結界をこの洞穴に設置しないように伝える。そうすれば、ネヴィがここから出ることも可能になり、人間を寄せ付けない結界を張っているため、このクエストは存在し続けることになるだろ。だから、魔王であるお前が報酬をもらえることは確かだ。それに、暗いところが好きで、この洞穴に住み着いているモンスターが街に出ることないからな。そこは心配しなくていい。ちなみに、なぜアリマの力が必要かというと、隠し部屋にあるネヴィの身体には少し細工がしてあって、魔王以外が触れるとこの洞穴と共に崩壊するようにしてある。もし、結界が破られたときを想定してな」
案外まともな作戦を述べたロキに感心する。
魔王である俺が必要な理由も分かった。
ネヴィは100年ぶりに洞穴から出られることに心躍っている。
目を輝かせてうんうんと頷きながらロキの話を聞いている姿と言ったら、至極かわいい。
別にロリコンやショタコンというわけではないが。
ロキの作戦に異議ないことを確認した俺たちは、早速その作戦を実行しようと意気込んでいた。
彼女の存在をすっかり忘れて。
「それで、ロキ。その隠し部屋っていうのはどこにあるんだ?」
「ああ、あそこだ……え?」
ロキが隠し部屋のある方を指さしながら体をそっちの方向に向けると、ロキの端正な顔が一気に老けたような顔になる。
どうしたことかと、俺はロキの指さした方向を見た。
「ふふふん、すっごおおおおおおおい! めちゃくちゃ財宝あんじゃん!」
ロキの指さした方向から、陽気な朝倉ノエルの声が聞こえた。
彼女の存在をすっかり忘れていた間に、彼女は色々探検していたみたいで、隠し部屋さえも見つけてしまっていたのである。
「おい、アリマ! 奴がネヴィの身体に触れる前に、精神体のネヴィを戻してこい!」
「ああ!」
焦りながら指示するロキは、早口になって指示する。
指示を早く言っても意味ないのに。
俺は、ロキの指示通り全速力で隠し部屋の方に向かった。
朝倉ノエルがネヴィの身体を触りさえしなければいいんだ。
お願いだから、財宝に夢中であってくれ。
「がんばれー! おにーちゃん!」
ネヴィの可愛い激励が最奥に響く。
「間に合えええええええ!」
「うわあ! 何この白いワンピースの可愛いお人形! これ持って帰ろう!」
「……!」
「……!」
「……!」
「え? なんかお人形が真っ赤に光って今にも爆発しそうなんだけど」
隠し部屋にいる朝倉ノエルが今の状況を詳しく説明してくれる。
「――そんなこと言ってる暇があるなら逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は隠し部屋にいる朝倉ノエルに叫んだ。
「え? やっぱりやばいの? 私なんかやっちゃった?」
隠し部屋から財宝をたくさん手に持っている朝倉ノエルが、申し訳なさそうに顔を引きつらせて現れた。
「いいから、逃げてください! 洞穴が崩壊しますよ!」
『悪いな、アリマ、俺はお前の脳内に逃げさせてもらうぜ! がはははは! ほら、ネヴィもアリマの脳内に逃げ込め! がはははは!』
『うん! ねえ、ボクのからだもうないの?』
『残念だがな。恨むならあの姉ちゃんを恨みな』
『うん、でも、これでほらあなからでられるよね』
『ああ、ネヴィの身体は失ってしまったが、これでネヴィは洞穴から解放され、クエストもクリア出来るな! ま、アリマが生きてればだけど! がっはっはっはっはっは!』
『えー、それじゃあ、がんばってぇ、おにーちゃん!』
姿が消えたロキとネヴィは、危機からの逃亡に成功して余裕をかましながら、しょうもない会話を繰り広げる。
そんな俺の脳内はロキとネヴィが収められている。
気持ち悪い。
「てか、うるせええええええよ! 脳がパンクしそうなんだよ! オラアアアアアアア!」
頭がずっしりと重くなったような感覚に苛まれる俺は、脳内で楽しそうに会話する2人に怒鳴った。
神々しいオーラを纏っていたロキがいなくなり、照明が無くなると思っていたが、ネヴィの本体から発光されているらしい真っ赤な光が洞穴全体を照らしている。
そんな赤色に染まった洞穴は、危険な状態だと教えるには十分だった。
「ねえ、いきなりそんなに怒ってどうしたのさ。てか、待って後輩くん、財宝が重くて走れないんだけど」
後ろを振り向くと、財宝をたくさん抱えて頭には王冠を装着した朝倉ノエルが、のっしりと遅すぎるスピードで歩いていた。
この人はこんなときに何してるんだ!
ドテ! ガッシャアアアアアン!
沢山の財宝を抱えていた朝倉ノエルが、自身の修道服に引っかかって、またもや転倒した。
流石に見捨てるわけにもいかず、俺は朝倉ノエルのもとに駆け付けて、朝倉ノエルを抱えて走り出した。
「ねえ、後輩くん。後輩くんが今とってもかっこよく見えるんだけど……」
俗に言うお姫様抱っこをされて、気が滅入ってしまったのか、朝倉ノエルがこんな状況にそぐわないことを暢気に言っている。
「朝倉さん、ちょっと黙ってください」
なんでこの人や脳内にいる奴ら含めて緊張感がないんだ。
焦っているのは俺だけのように見える。
『頑張れ、アリマ! がはははは!』
『がんばれーおにーちゃん!』
脳内では、子供の運動会を見に来た親のような感覚で応援するロキとネヴィ、抱えられている朝倉ノエルは、王冠だけを装着したまま後ろに顔を覗かせている。
「ねえ、後輩くん、真っ赤な光線みたいなのがどんどん近づいているよ」
発言の内容と暢気な声色が合っていない。
きっとその光線に当たったら死んでしまうんだ。
それに、洞穴が嫌な音を出しながら崩れていく。
これ、死んだだろ。
絶対に死んだよこれ。
結局、地球に帰ることが出来ないまま死ぬんだ。
全力で走る俺は、走馬灯のように過去の思い出が思い出されていく。
入学式の部活動紹介で、急にステージに乗り込んできた朝倉ノエル。
渡り廊下で倒れているふりをして、俺を第5倉庫に誘拐した朝倉ノエル。
モザイクの掛かる掃除箱の中に無理矢理押してきた朝倉ノエル。
クロノさんに対して強気になる朝倉ノエル。
ハイネ洞穴の中でこけまくって、泣きじゃくっていた朝倉ノエル。
「……なんで、つい先日のことしか走馬灯になってないんだよ!」
思わず俺はツッコんでしまった。
それに、すべて朝倉ノエルとの記憶じゃないか。
「ふぁああ……」
段々腹が立ってきた。暢気にあくびをしている朝倉ノエルに。
「ここで死んでたまるかよおおおおおおお!」
俺は今までよりも全力で走り出した。
『いけええええ! おにーちゃん! ふぉおおおおおおお!』
ネヴィが興奮しておかしくなってしまっている。
それと、脳内で叫ぶのはやめていただきたい。脳が爆発してしまう。
俺は全力で走った。
真っ赤な光線が俺のすれすれのところまで来た。
熱い!
背中が熱すぎる!
「……!」
うん、これ無理だわ――。