13話 泣き虫じゃないもん
「ぐすん、《ヒール》……。ぐすん、《ヒール》……。ひぐっ……。ぐすん、《ヒール》……」
「朝倉さん、いつまで泣いてんですか。勝手に1人で進むからでしょ」
泣きながらも《ヒール》を唱えて明かりを生み出す朝倉ノエルは、1人で逃げ出して転倒した瞬間にモンスターに襲われそうになっていた。
俺が彼女のもとに駆け付けた頃には、子供に虐められるどこかの亀みたいな感じになっていたので、吸血剣と|《ロキの加護》を駆使して倒していった。
自分が思っていた以上に《ロキの加護》が優秀なスキルだと感じた。
俺の攻撃力も相まってか、|《ロキの加護》の能力『自分より攻撃の低い相手を一撃で倒す』が非常に活躍してくれている。
俺たちを囲んでいたモンスターたちはすんなりとやられて灰になっていく。
こんな一撃必殺があっていいものか。
それに、吸血剣は物理技をこの武器で使用したときに体力を回復するらしいが、そもそも攻撃されない俺が使ってもただの鈍器と何ら変わらないのだ。
「でも、ぐすん、《ヒール》……。ひぐっ……後輩くんに離れたらモンスターに襲われたんだよ? 《ヒール》。私、もうクエストやめたい……《ヒール》……ぐすん」
「ほら、俺のメモ帳にハイネ洞穴のルート書き込んでますから。もうちょっと頑張りましょ?」
泣き止まずとも、リタイアを望もうとも、《ヒール》だけは言い続ける朝倉ノエルは、目を真っ赤にさせて、俺の鎧の角をがっしりと掴んでいる。
俺は、高校に持ち歩いていたメモ帳に地図を作っていく。
これさえ完成すればクエストクリアにはなるのだから、もう暫くの辛抱だ。
まぁ、あとどれくらいかかるかはわからないが。
「ねぇ、後輩くんがお兄ちゃんに見えるんだけど……ひぐっ……《ヒール》……お兄ちゃん?」
「――ホントやめてください」
俺はそれだけを言って、メモ帳に洞穴のルートを書いていくが、何が「お兄ちゃん?」だ。
1人っ子で、弟や妹に憧れていた俺でも、この人からそう言われるのは嬉しくない。
「ねぇ、お兄ちゃん……《ヒール》……私、おなか減った……《ヒール》……」
「……そこら辺のモンスターでも食べたらどうですか?」
「お兄ちゃん、ひどーい!」
「本当にやめてください。置いていきますよ?」
「ごめんなさい、《ヒール》!」
どれほど歩いたことか。
俺だってお腹は空いているし、歩き疲れた。
なにより、朝倉ノエルの相手をすることが1番の疲労である。
『おい、さっさと最奥に向かえ』
ロキがたまに喋ったかと思うと、だんだん苛立ちを帯びた言い方で早く最奥に行くことを促す。
最奥に何があると言うのか。
明らかに様子のおかしいロキに不信感を覚えつつ、俺たちは行き止まりの場所も正確にメモしながら、最奥に向かっていく。
でも、モンスターが俺たちの恐怖ではなくなったことが1番の安心する部分でもあるため、順調に最奥には向かっていることだろう。
俺の隣では泣き止んだ朝倉ノエルが、真顔でロボットのように《ヒール》をひたすら唱えている。
普通に怖い。
てか、彼女自身、言い続けることに飽きてしまっている。
そんな彼女が俺を見ていった。
「魔王アリマが異世界に来てくれたことで、私はとても楽しいよ。《ヒール》! 後輩くん、ありがとね! 《ヒール》!」
ヒールの白い光が、朝倉ノエルの笑顔を照らす。
目元は真っ赤に腫れ上がっているが。
「ま、はい」
ときどき素直になる朝倉ノエルには調子が狂う。
本当にキャラ変することをおすすめする。
「でも、俺も魔王ですよ? 魔王討伐部の部長が魔王と手を組んでいいんですか?」
忘れていたが、彼女の所属する部活は魔王討伐部である。
そんな人が魔王を引き連れているのだ。
たしかに、魔王を以って魔王を○す作戦を実行しているとしても、名を名乗っている限りは俺も倒されるのだろうか。
「うん! 魔王を以って魔王を○す作戦もあるんだけど、この世界の魔王をすべて倒した後に後輩くんを倒せば問題ないかなって! 《ヒール》!」
「……」
よし、このクエストが終わったら、ここでのことはすべて忘れよう。
俺はそう誓った。
そんなやり取りをしている俺たちの前方から、何か声が聞こえてきた。
「く~ろ~の~は――にき、だけど、――には――くろの~。ハ~イ――――だけど、ときどき――ハイネ~。ひまだな~」
幼い女の子のような可愛いらしい歌い声が聞こえた。
そんな声にびくびくしているのは、未だに俺の鎧の角から手を離さない朝倉ノエル。
「ね、ねえ、今聞いた? 《ヒール》! 今、化け物みたいな声が……《ヒール》……」
さっきよりも鎧を掴む力が強くなっている。
しかし、1つだけ俺と認識の違いがあった。
「いや、どうみても女の子の声でしたよ?」
何を聞き間違いしているのか。
「は? 何言ってんの? 《ヒール》……完全に化け物のそれだったじゃん! 《ヒール》……きっと、喋るモンスターとかだって。《ヒール》」
《ヒール》だけは怠らない朝倉ノエルは、聞こえてくる声にビビっている。
いったい、誰が魔王討伐部とか名乗っているのやら。
そんなことを思っていると、突如、しばらく聞いていなかった汚い笑い声が脳内から聞こえてきた。
『がはははは! まだ生きてやがったか! おい、《時の魔王》はまだ生きているぞ! がはははは! さすがは最強の魔王の1人だ! がはははは! さぁ、そのまままっすぐ突っ込め!』
何やら不穏なことを言うロキは、いつも通りに戻ってしまった。
そういや、俺の努力が無駄だったとかなんとか言っていたような気がする。
それに関係あるのだろうか。
だが、ロキが言うことが本当ならば、ついにハイネ洞穴の最奥に到着することになる。
「あの、そこまっすぐ行ったら、この洞穴の最奥だそうです」
「マジで! やったぜ!」
俺が朝倉ノエルに伝えると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべると、さっきまでのビビりは何だったのか、《ヒール》を忘れて1人で最奥に行ってしまった。
こけるか心配しながら、俺は走って行ってしまった朝倉ノエルを追いかける。
すると、
「わあっはっはっはっは! ボクはときのまおーである~! せかいのはんぶんをあたえてやろ~! よし、きまっ――きゃあああああああああああ! ばけものだああああああああああああああああああ~~~~~~!?」
「ぎゃあああああああああああああああああ! 化け物おおおおおおおおおおおおお!」
最奥から聞こえた可愛らしい声の可愛らしい発言の後の甲高い悲鳴と、何も学ばずに1人突っ走った朝倉ノエルの鼓膜に響く叫喚が洞穴中を轟いた。