11話 クエストを決めよう!
俺は、暗黒騎士の鎧を身に纏い、クロノさんの店からすぐ近くにある豪華な建物のギルドに向かう。
「ああ、これで1年間貯めたお金が全部なくなっちゃった……」
しょんぼり地を見ながら隣を歩く朝倉ノエルは、クロノさんの店を出たときからずっとこればかり言っている。
「でも、朝倉さんが買ってあげるって言ってくれたじゃないですか。俺、自分で払うからいいですって断りましたよね?」
そう、借金してでも払う覚悟が出来ていた俺がレジに行くと、胸のない胸を張った朝倉ノエルが先輩面(?)して払ってくれた。
一度は断ったものの、「後輩から名字で言われ続けている先輩の気持ちにもなってみろ」と意味不明な理屈を言われたので、黙って払ってもらうことにしたのだった。
「でも、『孤独なおばあちゃんのお世話』っていうクエストで1年間貯めてきたお金だよ? 時には食器洗いをして、部屋の掃除をして、お使いに行って、何を言ってるかよくわからない話に付き合って、ずいぶん昔に出て行った娘だと勘違いされて説教されて、オレオレ詐欺的な感じで家に寄ってくるチンピラ冒険者たちを追い払って、そんな些細なクエストで貯めてきたお金が、こんなにあっさりなくなっちゃうなんて、感慨ものでしょ?」
「……なんか、すみません。やっぱお金返します……」
朝倉ノエルが『孤独なおばあちゃんのお世話』などというクエストをしているのが容易に想像出来てしまった俺は、考えるだけで罪悪感に苛まれてしまう。
こんな人のもらい物は受け取りづらい。
加えて、お金を返してほしいから言ってるんじゃなくて、悪気もなく言っているため、尚更申し訳なくなってくる。
「いや、ここは先輩でいさせてよ。ね、だから後輩くんも先輩って――」
「――あ、ギルド着きましたよ」
ギルドの前に着いた俺は、彼女の話を遮って教えた。
「あ、うん。じゃ、入ろっか」
自分の無謀なお願いを遮られて少ししょんぼりしている朝倉ノエルと共にギルドに入ると、いかにも強そうな冒険者たちがギルドのど真ん中に設置された巨大な掲示板に集まっていた。
俺より背の高い重戦士に、ぐははははと豪快に笑う狼みたいな獣人、妖艶な雰囲気を纏ったアマゾネス、神聖そうな鎧を纏った聖騎士。
なんか俺の想像と違った。
「あの、朝倉さん。ここって穏やかな国なんですよね?」
俺は隣にいる朝倉ノエルに尋ねる。
溢れまくった魔王がまだ侵攻をしていない穏やかな王国だと聞いていたのだが、ギルドにいる冒険者たちはとてもじゃないけど穏やかじゃない。
魔王のはずの俺が委縮してしまう。
こんな奴らと戦ったら、本当に地球に戻ることが出来ない。
帰りたい。
「ああそれはね、この国の周りの国がすべて魔王に侵略されてるからね。唯一侵略されていないスターリア王国に集まってるの」
「この国、詰んでません?」
『がはははは! そんなに魔王が侵略してんのか! 俺の努力なんて無駄だったじゃないか! がはははは!』
え?
意味深なことを言うロキ。
元々この世界にいたってことか?
『おっと、口が滑っちまった……』
いや、気になるんだけど。
「まぁ、詰んでるけど、周りの国以上に強い冒険者が集まってるから、大丈夫でしょ。それに私たちが討伐すればいいだけだし。って、聞いてる後輩くん?」
俺から聞いたにもかかわらず、朝倉ノエルの話なんて耳に入ってこない。
それ以上にロキの発言の方が気になって仕方ない。
(どういうことだよ、ロキ)
『まあ、いずれわかるから』
ロキが急に冷静になる。
(いや、それじゃ納得しないんだが)
『……』
ロキは何も言わなくなった。
都合のいい能力なこと。
「――ほら、後輩くんも行くよ!」
「え、あ、はい」
朝倉ノエルが俺の腕を掴んで掲示板の方へと向かう。
彼女に腕を掴まれるのもこれで何回目か。
すっかりと慣れてしまった。
そもそもトキメキも何もなかったので、この表現は間違っているかもしれないが。
「あのね、ずっとやってみたいクエストがあったんだ」
俺を連れて、朝倉ノエルは巨大な掲示板の隅にある埃被った1枚の依頼用紙を指差した。
『ハイネ洞穴を攻略せよ!』
クエストランク不明
概要
・100年前に討伐された|《時の魔王》ネヴィが残したという財宝があるかもしれない洞穴の調査。
・登場モンスター不明。
・クエスト条件:責任はすべて個人に任せる。
・クリア条件:洞穴の内部をすべて解明すること。
・報酬:1000万en
こんな風に記載されていた。
クエストの概要を見終わった後、朝倉ノエルの方を見ると、目を輝かせて俺がこのクエストに行くことを期待している。
こんな危険なクエストを受けてたまるか。
俺は首をブンブンと横に振った。
「えーお願い! 後輩くんの攻撃力ならきっと大丈夫だから! たぶん!」
せめて確信してほしかった。
たしかに朝倉ノエル曰く、俺の攻撃力は高い方だし、《ロキの加護》があれば倒せないこともないのかもしれない。
それに、クロノさんから魔王様だからと攻撃するたびに回復する『吸血剣』などという武器ももらったし。
だけど、登場モンスター不明に、クエスト条件は個人の責任でクエストしなければならないし、魔王の洞穴の解明とか、何よりクエストランクが不明って。
隣にある『孤独なおばあちゃんのお世話』とかランク1だぞ。
こんなクエスト絶対にしたくない。
「あの、やっぱり帰らせてください」
修道服を纏った朝倉ノエルが、このクエスト以外目にないことを悟った俺は、怖気付いて帰らせてもらうように頼んだ。
「いいけど、後輩くんは帰り道わからないのにどうやって帰るつもりなの?」
朝倉ノエルは、何かを思いついたように悪巧みをしていると言わんばかりの表情になっていた。
事実、朝倉ノエルの言った通り俺は帰り道を知らない。
何を企んでいるか粗方予想出来ているが、俺だって策はある。
「もし、クエストを受けてくれたら、帰り道を教えてあげるよ」
やっぱりな。
この人の考えていることなんて幼児でもわかる。
だが、俺にも策があるのだ。
舐めてもらっちゃ困るな。
「じゃあいいです。俺これからこの世界で暮らしていくんで、ありがとうございました」
そう言って俺は深く一礼をして、ギルドから立ち去るために出入り口へと向かおうとする。
「あ、ずるいずるい! てか、ここで暮らすなら、入部するのと変わらないよね? それに、1度だけクエスト手伝ってくれるって言ったじゃん! ――わかった! 報酬は5対5でいいから! ごめん、7対3でいいからお願い行かないで!」
「いや、クエストに成功する前提で話すのやめてもらっていいですか?」
なぜ、報酬を7にしただけで俺が納得すると思ってるのか。
1度だけしか来ない世界の報酬金なんてどうでもいいし、どんなクエストかもわからないのに成功する前提で話していることに気づいているのか。
「でも、お願い! これだけしたらすぐに帰らせてあげるから! だめ、かな?」
合掌をしながら、上目遣いで可愛く見せようとしているものの、何故だろうか、微塵も可愛くない。
「……」
しかし、俺も俺で朝倉ノエルのクエストに1度だけ手伝うって約束したし、約束は守ろう。
どうか死にませんように。
「わかりました。本当に今回だけですよ」
しばらく考え込んだ俺がそう言うと、朝倉ノエルは拳を天に掲げて飛び跳ねた。
「おおおおおおおおおおお! よっしゃああああああああああああ! やったああああああああああ! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
全力で雄叫びを上げる朝倉ノエル。
修道服を着た女の子のイメージが崩れていく。
そもそもなんで朝倉ノエルが修道女なんだと疑問が生まれるが、それも後だ。
とにかくこのクエストで死なないことを祈るのみだ。
本当に死にませんように――。