戻れない二人 1
この章までは、ホラー要素は皆無となっております…。
申し訳ございませんが、ご勘弁ください。
叔母の家に到着すると、真っ昼間から酒瓶を空けている叔父叔母と、母の姿が視界に飛び込んできた。
何をしているのか、と呆れと怒りが半々になった感情で母に問いかけたかごめだったが、母に代わって、村の葬儀を取り仕切っている若い女性が質問に答えた。
「まあまあ、お母様も長旅で疲れたでしょうから」
「…すいません。あの、どちらで休ませたらいいでしょうか?」
「月野瀬さんのご自宅は、すでに私たちが整理して、すぐにでも使えるようにしてあるわ。お泊まりはそちらにどうぞ」
女性は、風見千代といった。
風見は、事務的な説明の仕方ではあったものの、やはり、この土地の人間特有の温かみをもってかごめと白雪に説明し、母親はこちらで相手をするので二人はゆっくりと休むといい、ということを提案した。
初めからそのつもりではあったものの、あまりの手際の良さに感心する。
ありがたくその提案に従うことを伝えると、風見はふわりと、品のある笑みを湛えた。
これに関しては、この土地にあまり似つかわしいとは思えなかった。
それほどまでに、洗練された仕草であったのだ。
母はどうやら、まともな記憶がないとはいえ、生まれ育った村に帰ってきたことで、かなり開放的な気分になっているようだった。
口うるさく真面目な母が昼間から酒を飲む姿など、未だかつて見たことがなかった。
そんな母を早々に置いていくことを決め、祖母の住まいで一休みしようとしていた二人に、風見が案内役として鶴姫を指名する。
「えぇ…」とあからさまに嫌そうな態度を取った彼女に、両親だけではなく、風見と村長すらも厳しい姿勢を見せる。
しばらくは、どんな叱責を受けても首を縦に振らなかった鶴姫だったのだが、痺れを切らしたような、追い詰めるような口調で風見が言葉を発したことで、大人しくなった。
「鶴姫、貴方は私の補佐でしょう?ならば役目を全うしなさい」
今にも泣き出すのではないかという鶴姫の表情に、さすがのかごめも口を割って入る。
「あの、場所さえ教えてもらえれば、二人で行けるので」
そうよね、と白雪にも確認を仰ぐ。もちろん、彼女も快く頷いた。
「お気遣いは嬉しいのだけれど、鶴姫は、私のしている葬儀役の仕事を覚えなければならないの。村のしきたりでね。だから、こういう機会には是非とも実践させておきたくて…」
今度はこちらが割り込む間もなく、畳みかけるように言葉が並べられた。
風見の顔に、よそものは口を出すな、と書かれている気がして、かごめは、それ以上何も言えなくなる。
シャープな印象を受ける風見の整った顔立ちは、一度冷淡さを覚えると、どんなに品よく微笑んでも、裏側に潜む冷たさを想像せずにはいられない種のものだった。
瞳をわずかに潤ませ、物言いたげに風見を見つめていた鶴姫だったが、その様子を白雪とかごめに見られているのに気が付いて、きりっと顔に力を戻した。
「風見さんが、それでいいなら…」
「…そういう言い方はよしなさい。私だって…」
たかが家に案内するだけで、こんなにも大事になるのか。ようやく見えた閉鎖的な田舎らしい一面に、変わった価値観だとかごめは苦々しく思った。
別に何を大事にしようと勝手だが、部外者を巻き込まないでほしい。
その後二人は、渋々といったふうに先導する鶴姫を追って、村の奥のほうへと向かった。
段々と人の気配が減っていくのを感じながら、乾いた土の上を歩く。蜘蛛の巣みたいに小径が広がる村の中を、ぐんぐんと迷いなく、鶴姫は歩いた。
傾斜のきつくなった小さな丘の上に目的の建物はあった。そのあたりまで来ると道も一本道になっていて、三人分ほどの横幅の道が竹の柵で仕切られていた。
祖母が暮らしていたらしい一軒家は、古めかしいレンガ造りの家だった。日本の最果てみたいな場所にこんな建物が残っているのは珍しい、と思いつつもかごめは内心ほっとしていた。
想像していたよりも新しい建物で良かった。まあ、古いことには変わりはないが、茅葺や藁の屋根でなかっただけマシと思おう。
誰かが管理しているのか、祖母の家の周りにも、棚田が存在しており、そのそばにも小屋がいくつか立っていた。
ただ、あちらはどう見ても無人だ。窓ガラスは割れているし、入口の戸は開いているどころか、存在していない。
家の側面には百葉箱のようなものまであった。その手前には、先ほど見た道祖神が置かれていて、独特な神聖さを放っている。
蝉やカエルの声に、ところどころ食い破られたような静寂が広がっていたが、それもまた考え事をするにはちょうど良さそうな環境だった。
短い丈のスカートをひらひらさせて先を行く鶴姫は、一見すれば、ご機嫌な足取りのようにも見えた。だが、時折覗く強張った横顔は、先ほどの件をまだ引きずっていることが如実に表れている。
「何か、感じ悪い。あの子…」
気が付けば、少し後ろを歩いていた白雪が隣に並んでいた。
白雪が人の文句を言うのはかなり珍しかったので、かごめは意外そうに目を丸くする。
「よっぽど気に入らなかったのね」と白雪に対して言ったつもりだったが、彼女は少し誤解したようで、「かごめちゃんのこと、何も知らないくせに…」とやたらと低い声で言った。
ここまで心配されると、さすがに居心地も悪い。ただ、気にしすぎだと言っても、妙なところが頑固な白雪は納得していない面持ちで頷くだけだ。
家の玄関には鍵がかけられていなかった。おそらく、村中の家の玄関がこうなのだろう。
都会なら不用心だと呆れるが、この場所なら、むしろ微笑ましい。
もちろん、私は鍵をかけるが。
扉を開けた鶴姫は、一瞬だけじろりとかごめを肩越しに睨みつけたのだが、その隣にいる白雪に睨み返され、慌てて中へと消えていった。
「…白雪」
言外に、彼女の大人げない行動を咎める。
相手は自分たちよりも、7、8歳下の子どもなのだ。成人すらしていない。そんな子どもにムキになっているのは、むしろ白雪のほうに思える。
「ご、ごめんね」
しゅん、と突然別人のようにしおらしくなり、肩を落とした白雪にどうにも違和感が拭えない。
私にだけいつまでも昔のような態度を取るのは、そうすることで私が昔みたいに――活力に溢れる時代に戻ると思っているからなのではないだろうか。
だとすれば、申し訳ないがそれは無駄だ。
時間は不可逆性のもの。
それは、時の影響を受ける、私の心身も同様だ。
腐った魂を、再び輝かせることなど出来はしない。
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