今日の貴方はどこか違う 2
横目で、眠りかけのように瞳を半分ほど閉じた白雪を盗み見る。
こんな田舎で、私みたいなフリーターの相手をさせるには惜しい人材だと、重々分かっている。
ふと、彼女の将来が心配になって、かごめは問いかけた。
その行動は、学生時代、かごめと白雪が結んでいた関係を想起させるようなものであった。
「白雪さぁ…。そんなこと言ってないで、ちゃんと良い相手を探しなさいよ」
その忠告に、半開きだった彼女の瞳がゆっくりと開く。
「…いじわる」
「は、何でよ?」
「約束…」
「約束?何よ、それ」
「…何でもないよ。忘れて」
ぷい、とそっぽを向いた彼女は、普段の小動物のようなおどおどとした態度からは考えられないほどハッキリと、不機嫌さを示してきた。
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それに対し、どうしたものか、とらしくもなく困っていると、不意に、自分たちが歩いてきたほうから冷ややかな声が聞こえてきた。
「ねえ、呼ばれてるよ」
顔を上げると、数メートル先に吊り目で肩まで伸ばした髪に包まれた、ツンとした顔があった。
従姉妹にあたる、月野瀬鶴姫だ。
鶴姫なんて、とかごめは内心で少しだけ笑った。
この村は、名前までタイムスリップを起こしているようだった。
まだ幼さを残す、シャープな顔の輪郭を持った鶴姫は、かごめの心情を見透かすように目に力を漲らせたのだが、かごめがまともに相手をしないと分かるや否や、背中を向けながらぼそりと嫌味を漏らした。
「ニートのくせに」
さすがに心にくるものがあって、かごめは言葉を詰まらせる。それから、苦虫を噛み潰したような表情で鶴姫を見つめた。
そんなかごめの心情を痛いほど感じ取った白雪は、かごめには見せたこともないような冷酷な表情になって立ち上がった。
「ちょっと失礼じゃありませんか」
びくり、と鶴姫が肩を震わせた。
義務教育を終えたばかりの小娘は、大人に敵意を向けられるということが、どうやら新鮮な経験らしい。
田舎の娘らしくはないミニスカートと、タンクトップの上から羽織った黄色のパーカーが、かごめの目には眩しく映った。
自分も、かつてはこういう輝かしく、若さに満ち溢れた時代があったと思うと、どこか鶴姫が憎たらしくも、愛らしくも感じられた。
やはり、多少は血を分けた仲だからだろうか。
かごめは、井戸の周りに立っている柱に手を添え、へし折ろうとせんばかりに力を込めている白雪を落ち着かせようと試みる。
「いいじゃない、まだ子どもなんだし」
「…うざ」と再びかごめのほうを、疎ましそうに睨みつけた鶴姫。
折角のフォローも、彼女にとっては余計なことだったらしい。
それを聞いて、白雪が気色ばむ。
「いい加減にしなさい。子どもとはいえ、あまりに礼儀がなってない」
ぴしゃり、と言い放たれた言葉は、矛となって鶴姫の体を貫き、一歩、彼女を後ろに下がらせることに成功する。
言葉を詰まらせた鶴姫は、もごもごと口の中で何か言い訳らしきものをしながら、ちらちらと白雪の様子を窺っていた。
自分の知らない一面を見せる白雪だったが、彼女はいよいよ相手をこらしめようとしたのか、やけにハッキリとしたアクセントでこう告げた。
「そもそも、かごめちゃんは『ニート』ではなくて、『フリーター』です」
「ちょ…」
いや、そこはどうでもいい。というか、その話題は私がへこむ。
かごめが、やっぱりどこか抜けている白雪に非難めいた視線を向けていると、その鈍感さに恐怖感が薄らいだのか、鶴姫が初めて彼女に口ごたえした。
「どっちだって同じじゃん」
その嘲笑を含んだ発言に、かごめは少なからずショックを受けて、その形の整った眉を歪める。
夢に満ち溢れた年頃の彼女からすれば、フリーターもニートも同じようなものということか…。
自分だって彼女の年頃なら、きっと同じようなことを口にしたのだろうな。
だが、そういう人種であった経験のない白雪は、ムッと、表情をさらに険しくすると、いかにその二種類が違うのかを語りだした。
おそらくは、私の名誉を守るための行為のつもりだろうが、逆効果である。
傷口に塩を塗りたくっているのが自分だと気が付かない白雪は、不気味な信仰心じみた論説に押された鶴姫が、怯えた様子でこの場を後にするまでその行為を続けた。
敗走するようにして遠ざかっていく鶴姫の背中を見送った白雪は、どこか満足そうな顔をして、かごめを振り返った。
成敗しときました、とでも言い出しかねない彼女の態度に肩を落としたかごめが、「余計なことしないで」と突き放すまで、白雪はその表情を崩さなかった。
その後、叔母たちの家に戻り始めた頃には太陽も西に傾いており、家畜たちも完全に目を覚まして、大きな声で鳴いたりする時分だった。
豚も牛や鶏、そして馬も。様々な種類の家畜があちこちで飼われているのが確認できたが、数も相当で、これだけの家畜を五十人ぽっちの住民しかいない村で、どう管理しているのか気になる。
極稀にすれ違う村人たちも、概ね明るく、親切に声をかけてくれるのだが、子ども連れだけは違った。
何か忌避すべきもののような扱われ方で、かごめの顔を見た子連れの母親はさっと物陰に隠れるか、出てきた扉にまた戻っていく始末だ。
小さい子がいると、何かと敏感になるだろう、とそのときは適当に片付けていた出来事が、まさかその時点から鳴り響いていた警鐘だったとは、かごめも、そして聡明な白雪も、微塵も想像していないのであった。
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