怠惰な日々 1
みなさん、はじめまして。
定期的に百合小説を更新させていただいております、
an-coromochi と申します。
毎回、偏った趣味全開の駄作を上げておりますが、
今回も例外なく偏っていて、百合ホラー(しかも、怪物もの)となっております。
ホラーとは名ばかりになってしまいましたが、
B級ホラー小説でも見ていると思って読んでいただけると幸いです。
毎日更新いたしますので、暇つぶしがてら気長に楽しんでください!
星の光を忘れた街で、流れる人波を大きなガラス窓越しに見つめていると、不意に、自分がこの大きな社会のうねりの中から、弾き出されてしまったかのような錯覚に襲われる。
離人感、というものなのだろうか。
何はともあれ、最近はこんなことが続いている。
何にも責任を持たないように、夢も、ヴィジョンも持たない。
自分は、もう賞味期限が切れたのだろう。
こうして廃棄される、消費期限切れの弁当と同じで、他の夢破れた者たちと共に、圧縮機で潰されるのがお似合いの人間なのだ。
私――月野瀬かごめという人間は。
終業時間ちょうどで、カウンターを離れる。まだもう片方のレジでは同僚が忙しそうにしているが、素知らぬ顔をしてバックルームに下がる。
ちょうど交代先の男性アルバイトが来ていた。早々にバックルームへと下がってきたかごめを見て、首を傾げている。確か、大学生だっただろうか。
「月野瀬さん、もう上がりですか?」
「そうだけど」と淡白に答えつつ、コンビニの制服を脱ぎ、Tシャツ一枚になって、バッグを引っ掴み、タイムカードを押した。
一切の淀みも迷いもない、無駄に洗練された動きだ。
男性は、そのまま裏口から出ていこうとするかごめに向かって、「引き継ぎはどうするんですか?」と早口で尋ねたのだが、彼女はまるで気にかける様子もなく、無言で扉を開け、外の蒸し暑い夜気の中に飛び込んだ。
細い通路を抜けて、コンビニの前を通ると、ガラス越しに自分を睨みつけるスタッフと目が合った。
数秒だけ、そのまま見つめ合ったが、特に言うこともなければ、相手に興味もなかったため、視線を表通りの人波に戻す。
時刻はとっくに零時を回っていた。
日を跨いで働くのが当たり前になっているな、とかごめは考える。
途中で何か買って帰ろうかとも思ったが、家にカップ麺の買い置きがあったことを思い出し、進行方向は変えず帰路につく。
すれ違う人々の中でも、自分と同じ、二十代半ばぐらいの女性が目につく。たまたまそうなのか、それとも意識して見てしまうのかは自分にも分からなかった。
ただ、その誰もが自分違って、どこか幸福そうに見えたのが、不愉快だった。
ギラギラと目にうるさい、ビビッドカラーを身にまとう、派手な化粧の二人の女。
つい先程まで働いていたらしい、しゃんとしたスーツ姿のOLらしき女。
ホテル帰りか、地味ながらも多幸感に満ちた表情で微笑み、隣の男と腕を組む女。
自分だけが、幸せの欠片を取りこぼしている気がしていた。
この感覚は、今に始まったことではない。
家賃だけはやたらと高いくせに、内装がぼろいアパートに辿り着く。そのまま気怠げな足取りで階段を上り、自分の部屋に鍵を差し込み、扉を開ける。
中に上がってすぐ、電気を点けようと思ったが、それすら面倒になって、何かを蹴飛ばしながらベッドへと倒れ込んだ。
薄闇に目が慣れる前に、ポケットから携帯を取り出す。すると、画面には二通の通知が表示されていた。
それを見たかごめは、全身から酸素を追い出そうとしているかのように大きなため息を吐いた。それに伴って、彼女の豊かな胸が上下する。
明日は世間的には休日だ。しかし、しがないコンビニバイトで、フリーターの自分はその限りではない。
現実から意識を逸らすため目をつむっていたところ、いつの間にか眠っていたらしい。次に目を開いたときは、カーテンの隙間から朝日が入り込んでくる時間だった。
怠惰な日々を過ごしている自分を責め立てるような朝日が、この死んだように眠る室内を照らした。
脱ぎっぱなしの洋服に、汁の残ったインスタント食品の容器。
ほとんど黒い鏡と化している、18型のテレビ。
そして、住人が軒並み虐殺されたかのように、がらんどうになった本棚たち。
…これも処分しなくては。
もう、私にはいらないものだ。
本棚の住人は、先週全て古本屋へと旅立って行った。その影響で、一時は心が軽くなった気がしたが、一週間も経った今では、すでにその幻覚じみた効果はなく、むしろ前よりどっと肩が重くなっている気がする。
無駄な疲労感に、すっかり私の中に住み慣れていた嫌なため息がこぼれる。
そうして、ぼうっと本棚を眺めていると、そばに置いていた携帯がやかましい着信音を奏で始めた。
自分に電話をかけてくるような相手は、ごく少数に限られる。
一つ目は、バイト先。この場合は無視しても構わない。
二つ目は、母親。この場合、基本的に無視をしても、こちらが出るまでかけ続けてくるためあまり意味はない。
そして、三つ目は――…。
ディスプレイに映った名前に、舌を打つ。それから少し迷った挙げ句、応答のボタンをタップする。
「何の用」即座にぶっきらぼうな声で呼びかける。
「あ、かごめちゃん…」
スピーカーの向こうでは、今にも消えそうな声をした女性の声がしていた。高いキーの、色んな意味で蚊の鳴くような声だった。
「白雪、こんな時間からかけてこないでって、いつも言ってるじゃん」
こんな時間、といっても時計を確認してみれば、すでに朝の十時すぎである。十分に常識的な時間だ。
「ご、ごめんね…」
おどおどとした口調の彼女は、姫川白雪。かごめの幼稚園時代からの幼馴染である。
背が低く、どんくさい記憶ばかりの彼女は、ずっと自分の後ろをついて回っているような子どもだった。
別に、親友と呼べるような関係だったわけじゃない。
庇護者が必要な白雪と、人に評価されたい自分とで、相性が良かっただけだ。利害関係の一致ともいえる。
私たちは、友情の欠片も、温みもない鎖で繋がっていた。
少なくとも、今のかごめにとっては。
まさか、自分たちが大人になったときに、立場が逆転するとは思いもよらなかった。
大企業勤めの白雪と、夢破れてフリーターに成り果てた自分。
こつこつと努力を積み上げる彼女と、それが出来なかった自分。
白雪との差が開けば開くほど、かごめは彼女に会いたがらなくなった。
現実を目にする嫌さ加減を知ってしまったからには、二人の関係が利害関係の一致、などとはいえなくなった。
私はもう、白雪に与えられるものを持ち合わせていない。
それなのに、何かと自分の今の暮らしを心配してくる彼女が、私は疎ましくて仕方がなかった。
まるで、自分の出来の悪さを見せつけられているかのようで、劣等感が刺激された。
あの頃の私は想い出の中にしかいないと、白雪は気が付けずにいるのだ。
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