ルドルフ
それから午後の昼食後。ドロシーは上手く話を通してくれたらしく
わざわざ直々に話をしてくれるという。あまり長くは時間が取れないとのことなので
私は急いでルドルフ氏のもとに向かった。
ルドルフ氏の部屋の前に立ち、ノックをした。
「ルドルフさん、ルージュです」
「どうぞ、お入りください」
私は扉を開くと、まず会釈をし、室内の様子とルドルフ氏の容貌を観察した。
室内には特別華美な装飾もなく、必要最低限のものしか置かれていなかった。
そして文武両道、ゲオルグ氏とは違って典型的なジェネラリストとだとイメージしていたのだが……
体の線こそ細く、顔立ちも端正、しかしその纏う雰囲気は正にゲオルグ氏に似た
圧倒的な威圧感、凶暴性こそ無いが、必要ならば何事も躊躇しない。
そう、これは軍人の臭いだ……。
「その年齢にして、入室して直ぐに部屋の観察をし、私という人物の観察をしたか。
確かに噂通り普通ではないな――ルージュ。私がルドルフだ。新たな家族として君を歓迎する」
そう言われ、ルドルフ氏は立ち上がり、私の目の前にやってきて、手を差し出してきた。
私は誘われるがままに、手を差し出し、握手をした……その時だ。
「私と父のことに『氏』と心の中につけているのかな?極めて君の心は観察が難しかったが
我が『ロード』の家にはそう言う習慣は不要だよ。どうしても気になるなら
「さん」付けぐらいにしてくれ、もっとも我が家に敬称は不要とは伝えてあるはずだがね」
心の中を読まれた?! 何らかの魔法だろうか。
と思ってふと握りあった手を瞬間的に払い除けてしまった。
「ふふっ、やはりな。 君は間違いなく誰かの記憶を受け継いでるだろうと今確信を持った。
恐らくその人物の経歴には軍歴があるはずだ。君の注意深さや思考パターンを考えると
とても年齢相応しくない。まるで大人びてるを通り越しているよ。下手したら父のほうが
子供らしいかもしれないな」
そう顔は笑いながらも、目の奥にはギラついた光があるのが私には分かる。
ルドルフ「さん」もやはり血は争えないということなのか。
それにしても私の転生前の人物は軍人……なのだろうか?確かに戦闘に関わる知識が
多く持っているというのは感じていたことではあるのだが、何処まで知っていれば
どのような人物なのか、分かっていなかった。
「それとランスロッドによる精神への干渉を防ぐ魔法は君の心に凄まじく強い
精神への魔法攻撃耐性を与えているね。私も普通の人間なら、目を見るだけでほとんどの人間の
思考を読むことが出来るのだが、こうして手を掴んで注意深く観察してようやくぼんやりと
読み取ることが出来る程度だった」
なんて人だ……ゲオルグさんの立ち振る舞いや雰囲気とは全く違うが
この人には隙が無いというか、別の意味で圧倒されてしまう雰囲気を持っている。
常に主導権をもって相手を制御し続けるような、そんな雰囲気。
「ああ、謝っておくけど、これはうちの家に来た人間全員に行ってることなんだ。
気を悪くしないでくれ。当人にあれこれ聞くより、私が『見て』判断したほうが
ほとんどの場合早く済むのでね」
実際それは事実なのだろう。うわさで聞いていたルドルフの印象はゲオルグの足りないところを
補うような人物を想定していたが、実際にはこれだ。そういえば『ロード』の二つ名の意味を
私は聞いたことがなかった……がとりあえずは私のことだ。
「私についても、もうどのようにするのがよいのか、判断がついたということでしょうか?」
内心、ドキドキしている。ある意味何を言われるかで私の将来が決まるのだ。
しかし彼は即断即決してきそうな雰囲気を持っていたのだが、存外悩んでいるようだ。
しばしの静寂が続いた……1秒1秒が長く感じる。結局、私は自ら問いかけることにした。
「あの……何をやっても適性がないのでしょうか?」
そういうと、ルドルフは笑った。ゲオルグ氏の豪快な笑いとは違って清々しさのある笑いだ。
この笑顔をみたら、惚れ込んでしまう女性は多そうだなと思った。
何にしても、この家の人たちは本当に感情の起伏に富んでいると感じた。
「何をやっても適性がないのではなく、恐らく何をやっても適性がある。だから少し悩んだ」
それは些か過大評価な気がしたが、そういわれるのは悪い気分ではなかった。
「ただし、出来ないことが2つだけある。まずは客人の接待などは厳しいな。
恐らく気がついてないだろうから言うが、君の右頬に刃物か何かで切られたかのような
跡があるのは、一体居つからだい?子供とはいえ、女の子に容姿の面を余り言うのは
失礼だとは分かってるのだが、これも家族の為には言うべきことだ」
言われるまで気が付かなかったのは言うまでもない。なにせソレまでの我が家には
ガラスと鉄で構成された物がほとんど置かれていなかったのだ。反射しないものしか無かったのだ。
しいて言えば桶に水を入れた時、何か自分の頬に傷?くぼみ?なにかがあるなとおもって
触ったりしたことはあったのだが、よくわからなかったし、父と母以外に会うことが殆どなかった。
なので何も気にしたことがなく、今言われて初めて認識したのだ。
「あ……ただ、この家に来た時に、着替えのために見る鑑には傷跡が映らないんです」
「だろうね。あの鑑には君の傷が映らな無いように魔法で細工をした。君の母君……
いや、今は家族だからエルメリアだね、彼女からそうしてほしいと言われていた。
おそらく今までの生活でもソレが見えないようにしていたのだろう」
なるほど……しかし、傷跡程度、治癒できないものなのだろうか。
そう思いながら私は傷跡をなでる。軽く自分の皮膚が再生するイメージをして思念魔法を
使おうとしたその時だ。
素早くルドルフさんは私の手に向かって手をかざした。
私の手に光り始めていた魔法の痕跡が四散していく。
とっさの行動に少しびっくりしたが、彼が說明してくれた。
「――ふうぅ、先に說明しておくべきだったね。今のは強引に止めさせてもらったよ。
順序が前後するが君はしばらく、いや当面の間、魔法の行使をするな。
君の魔法は自分自身を破壊する恐れすらある」
自分自身を破壊すると言われてゾクッとした。そこまで言われるなら
無理に使うつもりはないが何があるのだろうか。
そこまで言うとルドルフさんは机に置いてあった魔法陣だけが書かれた円状の板に手を触れた。
かすかにだが、魔法陣に光が灯る。
『ルドルフ、ドロシーです。何かありましたか?』
どうやら音声通信をする魔法陣のようだ。
『ルージュの件だ。少し長引きそうなので、城内に集まっている貴族たちに
少し遅れると伝えてくれ。……そうだな、ルージュの件について
更に詳細を調べてるとでも言っておいてくれ……ああ、すまない、任せた」
そういい終えると、魔法陣から手を離した。光も四散して消えていく。
「大丈夫なんですか? かなりご多忙な身だと伺ってますが……」
「はは、そう言うところだよ、年相応しくないというのは」
口では笑っているが、顔が笑っていないのは少し怖かった。
この人はこの人でやはりあのゲオルグの息子なのだと感じる場面は多い。
「君がこの屋敷について意識を取り戻した時点で治療を施したあとがあったことに
君なら気がついたはずだ。ソレは何を意味するか分かるかね?
我が『ロード』の家に仕える一流の治療術を使えるものが担当した。
ここまで言えば分かるか?」
なるほど、つまりソレでも治ってないものがあるとすれば『治せない』ということなのだろう。
「つまりそう言うことだ。ちなみにエルメリアは頬の傷についてはなんと生まれたときから
存在していたということだ。これが何を意味するか分かるか?
君の父親はこの世界に居ない、誰かを転生させるという、不可解な魔術を行使した結果
その、何処に居るかわからない人間を転成させたのだろう。その人物の傷である可能性がある」
実に厄介な話になってきた。何れにしても私自身感じていたことだ。前世とでも言えばいいのか。
私ではない誰かの記憶が、私が意識がない時に、特に寝ている時に夢を見るかのように感じていた。
しかし今それは消えつつある。
「エルメリアから聞いて私なりにも調べてみたのだが、転生術については『賢者』の
秘伝であり、また他の魔術師にはまず使用できるような代物ではないのでソレ以上は
調べようがなかった。まぁ話は戻るが、君に接客は難しいだろう……それに」
彼は私の右手を指差して言った
「君の家を制圧しに行ったのは、『賢者』と長きにわたる盟友である『ロード』、つまり
我々の私兵なのだよ。君に殴られた者には君に乱暴を働いた罰として1年間、
毎週邸内の雑草むしりを命じておいた。気に食わんかもしれないが許してやってくれ。
それに君のとっさの行動には後に称賛していたしな。実に冷静さと勇敢さを持っていると」
ルドルフ氏の称賛はありがたいが、彼が言わんとしたいことがいまいち見えてこない。
私に何を求めているのだろうか、いや転生者とは言え所詮は子供、何かを期待してる訳ではなかろう。
「私にはもっと別の適正があるということですか……魔術師などの」
すると彼は両手を上げて手のひらを返して首を振った。
「2つ目にオススメしないのがそれだよ……ははは、君は周りをよく見えてるようで
自分の事に対して理解してないことが多いように見えるな――
まっとうな魔術師としての道だけはお勧めしないというか、恐らく無理だろう。
理由はもう聞いていると思うし、先程もいったが最悪君の今の右手のようなことになる」
この右手……魔法の使用の仕方が間違ってたのではないのだろうか?
「この右手については私の魔法の扱いが最初よくなかったのが原因だと考えてます。
手に圧縮するような強い空気の塊を作ろうと意識したら手を潰してしまいました」
それをきいたルドルフはやれやれという表情をしている。
「よくそんな無茶な事をしたことだ。右手が無くなっていても不思議じゃないぞ。
それと君の場合は膨大な魔力貯蔵量がある一方で精度がまったくない状態だ。
そんな状態で魔法を扱えば最悪、体ごと吹っ飛んでもおかしくないぞ」
サラリと恐ろしいことを言ってくれる。しかし銃に例えれば銃身に相応しくない
火薬量を詰め込んで銃身ごと暴発すれば使用者はとんでもないダメージを体に受けるのと同じか。
……銃身? 火薬? 知識と形のイメージだけは湧くが、ふわふわとしていて
この世界の言葉に置き換えることが出来ない。
するとルドルフは手に持っていたペンを軽く5度机にトントンと叩くと思い出したかのように
話の続きを始めた。
「君はどちらかと言うと『ロード』の家柄と恐らく相性がいい。
我が家の事はエルメリアから聞いたかな? 対魔法耐性と魔法の無力化を得意としているが
つまりソレだけでは決定打にならない。つまり我が家では皆、兵士としての訓練を受けている。
ならば事は簡単だ。我が息子と娘同様に扱えばいいのだ」
息子さんと娘さんがいるのか? まぁ彼の年齢を考えれば確かに子供がいてもおかしくないが。
「年齢的にも君と同じで、双子なんだ。長男のジャックと長女のオリビア。
共に幼少期から学業、剣術、魔術を中心に学習をしているよ。君も心の傷が癒えたら
息子たちと共に生活するといい」
そういうルドルフの顔は優しげだった。
ゲオルグと同じく家族に優しいのがこの家の在り方なのだろう。
「さて、今日はこの後そろそろ城に待たせてる、他の貴族連中に今回の事の報告を
しなければならないんだ。君をうちに預ける事も含めてね。という訳で今日は
このへんで失礼させていただくよ」
そう言うと彼は席を立つと、帯刀しコートを着込むと、私を残して外出してしまった。
ただ1人、私も部屋に残っていても仕方なく、部屋に戻ることにした。