仲裁 父との別れ
夢を夢を見ている。私は僕で、僕は両親とともに、慎ましくも温かい生活を送っている。
「リュウ君は将来なにになりたいの?」
「うーん、……そうだ! 魔法使いとかかっこいいんじゃないかな!」
「ふふっ、リュウ君、魔法使いは実在しないのよ」
「え?そうなのぉ?!」
「でも、なれたら素敵ね」
「うん!……」
確かにあったはずの、遠い遠い彼方の記憶……
だだっぴろい謁見の間には中央に赤いカーペットが敷かれいる。
それは双方の隔たりの大きさをまるで示しているかのようにも思えた。
左右におそらく各親類が座っており、そしてなんと私は立会人と思しき
人物のすぐ横にいる。なぜかこのガタイの凄まじく良い、立会人と私は
同時に部屋に入ることになったのだ。
ただそんなことはどうだっていい。一番気になっているのは
各家族の横に添えてあるかのようにそれぞれ置かれてる1つの檻。
それぞれに父と母がそこに閉じ込められているのだ。
特に父の檻は厳重にみえる。生半可な檻では押さえつけられないということだろう。
すぐにでも助け出したい。思いは先に走ったが、理性がそれを瞬時に止めた。
父、母、それぞれに複数人の付添人がおり、恐らく親族なのであろうと推測できた。
外見を見てもほとんどが両親と同じか、それ以上の年齢であることが風貌からわかる。
そしてカーペットの進んだ一番奥、そこにはひときわ豪勢な椅子が2個。
でかいものと小さいものが二つ並んでいた。
しかしそこにはまだ誰もいない。
などと考え事をしていたら後ろから蹴られるような衝撃が加わった。
「おおっとごめんごめん、すまないね、お嬢ちゃん。怪我はしてないかな?」
そういってきたのは先ほどから私の横にいる、ひときわ上質な衣服を身に着け
立派な髭をしたおじさんだった。
一瞬凄まじい、筋骨隆々な大男に襲われたのかと思ったが、あとから見ると
彼の気品あふれる雰囲気や、ゆったりした動きから、『荒々しさを覆い隠している』のがわかる。
……この男は戦闘のプロだ。歯向かえば大惨事は免れないだろう。そんな彼は私の左手を取り
「さあ、私たちも席に着こうか」
そういうと彼は私を引き連れてまっすぐと歩いていき、一番奥の小さな椅子に
彼の大きな手が、座るようにと促していた。
私はおとなしくそこにちょんとすわると、彼は隣の大きな椅子にどっしりと座り
部屋を一瞥して言った。
「私が今回の問題について仲裁を請け負ったゲオルグだ。本案件については
大まかな話は大体聞いている。なので私の中で既に結論は出ているので
それを発表しようと思う」
その言葉に流石に皆の緊張感が走る。話し合いとは名ばかりのただの裁きの場なのか?
しかし周りの空気を見る感じ、各々が困惑を禁じ得ないようであり、かなりの異常事態のようだ。
「ゲオルグ殿……僭越ながら申し上げさせていただきます」
父がいる側の中でもひときわ老齢かつ、顔にはどれだけの苦労を重ねてきたかを感じさせる
つよい皺がまるで顔に刻印されてるかのような人物が、さほど大きな声ではないものの
強い意志を感じさせる声で発言した。
父側にいるのはその人物と、父と同年代ぐらいの人物の2名であるため、彼が祖父なのであろう。
「なんだ、カスパール。 貴様わしの仲裁にケチをつけてわしの名を貶めたいのか?」
凄まじい圧だ。新米の兵士や分隊長程度の人間であれば、返事すらできなそうな
でかく、太く、よく通る声で、何よりも震え上がってしまうような形相をしている。
しかしカスパールと呼ばれた祖父も負けていない。
一見するとこじんまりとした、猫背気味な外見で気弱そうな容貌だが
その顔、瞳に宿る光はギラギラとしており、全く折れる気がない事を示しているかのようだ。
「”ロード”ゲオルグ……貴殿がどれほどの人物か知らない者はいないだろ。
しかしこちらもそれは同じなのだよ……。決めたというのであれば当然納得できる
内容を用意してきたのであろうな?」
一触即発しそうなムードだけど、同時にこれが駆け引き、必要なやり取りなのだという
演技感を感じる。ただゲオルグが用意した回答はさすがに私も驚かされたのである。
「そんなもの考える必要はない。双方の両親は自衛のために出奔したのだから
それは至極当然なこと。したがって無罪、即刻解放だ」
彼の発言は双方の家族に沈黙を与え、そして周囲にた使用人たちはどよめいた。
「ふざけるな! 我が家のしきたりも知らぬ者が好き勝手言いおって!」
今度はもう一人の父側にいる、父と同年代か少し上だろうか?
しかし聞き及んでいる内容を鑑みるに彼が父の弟なのだろう。
「おい、貴様ら…… 何か勘違いしとらんか……これは両家の問題であって
お前たち『賢者』だけの問題ではないんだぞ」
それに対して負けじと祖父は言い返す。
「それを言うならば、既にエルメリアは当家の人間。
既にそちら側の人間ではないし、ましてやゲオルグ殿に至っては親族でもないですぞ」
瞬間、母方の親族たちの様子を伺う。こちらはうって変わってただただ慌てており
まったく交渉馴れした様子がない。まぁ話では下級貴族という話だし
なにより、女性しかこの場に来ていない時点で違和感があった。
一方……瞬間的にすさまじい殺意を感じた。
それはすぐ隣にいるゲオルグ氏から発されている事は明らかであった。
「貴様ら何もわかってないようだから最後にもう一度だけ警告してやる。
これはお前らの好き勝手にされる娘とその子を心配したエルメリア殿のご両親からの
仲裁願いを、この『ロード』の二つ名を受けつぐ、このワシ『ゲオルグ』が
最後の頼みの綱として頼られて請け負った仲裁だということだ。
つまり、わしの決定を覆すということは、このワシを敵に回すということだぞ『賢者』共よ」
凄まじい圧である。私達を守るためという言葉に嘘偽りを感じないが
その横で聞いてるこっちが殺されるのではないかと思うほどの絶対的な威圧感である。
それでもなお、祖父カスパールはひたすらゲオルグ氏の顔を鋭い眼光で見ているのである。
そして祖父はその殺意を受けたうえで、言葉をつないだ。
「我々『賢者』の求めるものは魔術の探求に他ならない。それはゲオルグ殿。
たとえ貴方の持つ圧倒的戦闘力をもってしても一筋縄ではいかないこと。
ここで我が命運を断ってでも一矢報いて見せますぞ……」
互いの間に、周りに凄まじい重圧がかかるほどの緊張感が走っている。
おそらくこの場にいる全員を巻き込むほどの大惨劇が繰り広げられるやもしれない程だ。
そしてゲオルグは腰に下げている剣の柄に手をかけながら再度会話を始めた。
「要求はなんだ、言ってみろ」
ゲオルグ氏の仲裁術は巧みなものを感じた。乱暴にも思えたが、結果的にやっていることは
最初に無理難題を吹っかけて、相手の要求を値切るシンプルなものだ。
しかし右手に棍棒を握るのは忘れていないようだ。
「まず、当家の長男であるランスロッドは、本来存在の抹消――を予定していた」
抹消……人に対して使われる言葉としてはあまりに違和感が強く、父方の家系には
ゲオルグ氏とは全く別の狂気じみた迫力を感じる。当然ゲオルグ氏の威圧感は更に増していた。
「――が、ゲオルグ殿がそこまで言われるのであれば致し方ない。この男もその家族も
我が家において価値がない者だ。好きにすればいい……」
私はここまで聞いてほっとした……のだが、それは些か安易だった。
「が、我が『賢者』の秘術は門外不出、したがってランスロッドは我が家の室内に一生涯
監禁とし、一切の術の行使を禁止とする」
当然のごとくといった有様でまずゲオルグ氏が口を出した。
「なぜお前たちはいつもそうなんだ。人一人の人生を踏みにじって何がそんなに楽しいんだ?」
どんなことを言うのかと思えば意外と人情的なことを言っていた。
まぁ私も聞いていて最もだと思うことなのだが、あまりにも父の家は杓子定規すぎるというか
柔軟性に欠けるように感じる。
そんなゲオルグ氏に相変わらず鋭い目線を向ける祖父カスパールはため息をついてから言った。
「だからお前は何もわかっていないと言っているのだ。我ら『賢者』の使命を。
我ら『賢者』の責任を。我々が魔道の道を切り開き続けてきたからこそ
この王の存在しない貴族主義の国が他国と渡り合えて来たということを」
これにはゲオルグ氏にも思うところがあったようで彼は再び目をギラつかせて野太い声で
祖父にまるで恫喝するかのような勢いで発言した。
「まるで自分たちだけが我が国を支えてきたかのように言うではないか……」
言葉の内容は大人しかったが、今までにないほどの怒気が籠っていた。
「早合点するな。何もどの家が特別ということではない。どの家もなすべきことを成した。
故に今があるということを言っている。そしてゲオルグ、お前がしようとしていることは
我が家にとってはそれを破綻させようとしているのだと言っているのだ」
ゲオルグ氏は押し黙った。ギラギラとした目つきや雰囲気に変化はない。
だが、我が祖父殿はどうしてもこれ以上は譲る気がないという気配である。
すると突然、ゲオルグ氏は立ち上がり、祖父たちのほうに向かっていった。
それでも祖父はなおゲオルグ氏から目をそらすことはなかった……のだが
彼はそこをそのまま通り過ぎ、ゲオルグ氏は父の牢の前に立った。
「ランスロッドよ、お前の親父はあんなたわけたことを言っているが、もしそれでもいいなら
家族たちは開放してやろう。同意するなら首を縦に振れ。そうでなければ横に振れ」
いったい父はどうするのだろうか……父はすぐさま首を縦に振った。
瞬間、ゲオルグ氏は腰に差してあった片手で扱うにはいささか以上に大きい……長さ以上に
なにかをすりつぶすかのように厚みが凄まじい剣を片手で軽々と引き抜き、そのまま牢の真上より
たたきつけるかのように切りつけた!
ッ――――――――――――――――――ン!
耳が割れるかと思うほどの激しい金属音、まさか一撃で牢を破壊してしまうのかとおもったが
流石は父を封じているだけの牢であった。傷一つついた様子はなく、むしろゲオルグ氏がたたきつけた
剣のほうがわずかながらに刃こぼれしていた。
「ふんっ、相変わらず小賢しい物を作りおる」
そういうとゲオルグ氏は刃を収めた。あきらめたのかと思ったのだが、次は体格に似合わない
片手で先端がとがったハンマーのようなものが手のひらから表れた。
祖父がそれをみて言った。
「相変わらずはお前さんだろう。息子よ、よく見ておけ、あれが『ロード』の名を受け継ぐ家が
代々受け継ぐ法具、『破壊槌』だ」
ゲオルグ氏はそのハンマーをぐっと握りしめると、そのハンマーは凄まじくまばゆい光を放ち
その槌は牢屋に振り下ろされた。
凄まじい音でもするのではないかと身構えていたが、想定していたものとは違く
いかにも片手のトンカチでも振り下ろしたような軽い音がした。
しかしその瞬間、父を覆っていた牢獄は跡形もなく木っ端みじんに砕け散ったのだ。
祖父が父ではないほうの息子に向かって語り掛ける。
「あれが『ロード』の名を冠する一族が持つ魔法具だ。彼らは対魔法具特化の法具の制作と
使用に特化した一族であり、我々魔道に特化している一族にとっては最も相性が悪い」
それを聞いていたゲオルグ氏はやれやれという様子で祖父に向かっていった。
「だからこそ我々は基本的にお互いを尊重し、今日までこうしてやってきているではないか。
むしろいつも冷静沈着ですべてを見通しているかのようなお前がこんなにもことを大きくして
騒ぎ立てていることのほうこそがどうかしているぞ」
解放された父を見ながら祖父は言った。
「今のままでは我が国ローレシアは他国に魔道において後れを取り
そのうち侵攻されるやもしれぬ。我が国が魔道において群を抜いていたのも昔の話。
もはや同領域に到達されるのも時間の問題なのだ」
それに答えるかのようにゲオルグ氏は言った。
「お前のその焦りがこれだけの人間を巻き込んだ。お前は戦争で人が死ぬのは許されなくても
家の事情で人の人生をつぶすことを良しとするのか?」
祖父は何も答えなかった。その当時のことを知らない私にとっては
それを眺めている事しかできない。
「カスパールよ、お主が我らのため、国のために尽力してくれてることはみんな分かっている。
だから少しは我々も信頼してくれ。お前達の一族が遺してくれた『国』を守るのは
我々にも少し背負わせてくれ」
今までのゲオルグ氏の荒々しい雰囲気から一転しての騎士らしい態度と発言だった。
おそらくどちらも彼の本質なのであろうが、祖父が『賢者』の二つ名にこだわったように
彼も彼なりに『ロード』の二つ名にプライドをもっているのだろう。
そういいつつ、ゲオルグ氏はさっと取り出したナイフで父を拘束していた
ロープをすべて切りとった。
顔にはおおきなズタ袋が被されていたが、それもナイフで切り裂き取り払う。
父は自由の身となった……はずだった。
皆が父の姿を見て驚愕した。私はあまりのショックに、気が付けば涙を流していた。
なんと父の顔からは口がなくなっていたのである。
口がないというのは比喩ではない、何をしたのかわからないが口の部分がただの皮膚で覆われているのだ。
ゲオルグ氏は更に父の両手を確認した――――手首から先がなくなっていた。
それをみた母は檻の中で泣き叫んでいた。いったいなんてことを!!
「カスパール!!! ついに貴様、外道になり果てたか!!! どんなに意見が合わないとはいえ
まかりなりにも実の息子、その口と手を奪うとは何たることか!」
ゲオルグ氏はおそらく自然と怒りに身を任せて祖父を先ほどの剣で切り捨てようとしていた。
そんな祖父の前に、父は立ちふさがっていた。ゲオルグ氏はかろうじて剣を振り下ろすのを止めたが
袈裟切りにしようとした父の右首元あたりに刃が当たってしまい、流血していた。
私の頬に無意識に涙が伝った。
涙した後、祖父への憎悪の炎が心を満たしていくのを感じた。しかし祖父の顔はずっと
強い顔で、涙せず、しかし精一杯の張った声で我々に告げたのだ。
「既にランスロッドとの間で取り決めは終わっていたのだよ、ゲオルグ……」
ゲオルグ氏は剣をおろし、鞘に納めた。しかし母は半狂乱になってまだ叫び続けていた。
私はなぜか泣きわめきたかったのに、ただ真顔で涙を流すことしかできなかった。
祖父は話をつづけた。
「私がランスロッドたちの居場所を見つけた瞬間、空間移動で瞬時にランスロッドのもとに
たどり着いた。ランスロッドも私がすぐに来ることはわかっていた。そしてランスロッドは
自らのけじめとして魔道を完全に捨てること、我が家の家宝を返却することを条件に
エルメリア殿の自由とルージュへの転生儀式の上書をしないことを約束したのだ」
悲しみの中で一つの疑念が浮かび上がった。転生儀式の『上書き』をしないことといったのか?
ということはこうして、今子供らしくない思考をしている私はルージュではないということなのか?
しかし状況があまりに状況でそれをうかがい知ることもできなかった。
そして更なる衝撃が我々を襲う。祖父の姿が徐々に透明になっていき始めたのだ。
「のちの事は次男のガウェインにすべて託してある。『賢者』の家柄はこれからも
盤石だ……ただゲオルグ……君も言った通り私の責任は重大だ。
私もそれに相応しい罰が必要だ。
よって私は未来永劫、世界が終わるまで我が家の知識の依り代となり
子孫を守ることとする。私同様愚かな息子、ランスロッドとともに……。
最後に、わが友ゲオルグよ……」
そこまで言うと祖父は初めて少しだけ優しい顔を見せて
「娘ルージュとエルメリア殿の世話を頼む……ではさらばだ」
消え去る祖父を、初めて見る祖父を、そして最後にだけのぞかせた優しい顔を見せた祖父を。
私は出会ったその日のうちに失うことになった……。そして、その日初めて父も涙を流していた。
後に残った、父の弟であるガウェインさんは、突然歩き始め、母の牢の前にやってきた。
そして目の前で手をかざすと文様が浮き上がり、勝手にドアが開いた。
母は特に手足などを拘束されていたわけではないが、空いた牢から出てくる様子はなかった。
しゃがみ込み、そのまま泣き続けていた。
「後のことについては父、カスパールより仰せつかってますが、エルメリア様とルージュ
のことについては、我が『賢者』の家ではなく『ロード』の家に
世話になってもらうようにと……、おそらくそのほうが2人にとって幸せだと」
そういうとガウェインさんと父はその場を去ろうとした。しかしそれを私は呼び止めた!
色んな感情が渦巻く中で、これだけははっきりさせなければならないと思ったのだ。
「私の!私の転生儀式ってどういうことですか!」
すると父を抱えて立ち去ろうとしていた叔父が答えてくれた。
「貴方には兄が転生の儀式を施してありますが、特定の誰かを指定しなかったようです」
特定の誰かを指定しなかった? そもそも転生の儀式というものの知識が無さすぎて
理解が追いついていかない。
「あまり深く考える必要はありません。転生の儀式とは、要するに過去に存在した人物の
知識や記憶、感情などを植え付ける行為ですが、自分自身が無くなってしまうわけではなく
自身の経験や知識のように感じるだけで、ルージュ。貴方自体の存在が消されたりする
訳ではありません。加えて兄は儀式に一工夫したとのことで、継承するものは
この世界の過去の人物ではなく、存在するかもわからない何処かの世界からランダムに
呼び起こしたそうです。そんな世界が存在するのかもわからないのですがね。
加えて記憶や感情に関しては極力干渉しないように追加の工程を挟んだようなので
貴方はちょっと普通の人より人間としての経験値が高いだけの少女ですよ」
凄まじいスピードで難しいことを言われてあまり理解出来ずにいたが、母が私に抱きついてきて
「ガウェインさんのおっしゃっている意味は理解できました。ある程度夫からも伺ってます。
ルージュ、その事については後で說明します……しますので……今だけは……」
そういうと母は再びしゃがみ込み、私を包み込みながら泣き叫んでいた。
何故そんなに泣き叫ぶのか、たしかに父の有様はひどかったが、死んでいないだけでも良しと
するべきではないかと思ったのだっが、冷静に考えると口がなくなっているということは
食料をとることが出来ない……のか?
「お母さん、お父さんはご飯は……?」
転生しているかは知らないが、更に大泣きする母の姿は私にとって確かな記憶として残るのであった。