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6.悲しみをBAN

「あのっ、急になに言い出すんすか!? 俺に好きになってもらうって……」


 一体何を言い出すかと思えば、バンさんは急に告白に近いお願いをしてきたのだ。

 いくらバンさんのお願いとは言えど、突然そんなことを言われたところで、意識して見られるようになるわけがない。


「言葉の通りだよっ! ……君島君、ずっと真木さんと付き合ってたから、気持ちを我慢してたんだ。叶わない想いだって分かってたけど、君島君と会って話す度に、なんとか悟られないようにしようって、ずっと必死だったの」


「そ、そうだったんすか? 全然気づかなかったです……」


 バンさんが恥ずかしそうにしながら、横目でチラチラとこちらを見ている。今の今まで普通に話せていたというのに、どうして急にそんなよそよそしい態度になっているのか。


「だ、だって……。君島君てば、全然他の女の子に興味なさそうだったじゃんか。私もただの職場の先輩としか見られてなさそうだったし」


「そりゃあだって、実際その通りでしたし……」


「うぅ……! ほら、すぐそういうこと言う! バカァ!!」


 バンさんは涙目になると、足元にあったクッションを手に取り、それを思い切りこちらへ投げつけてきた。危うく顔面に直撃する寸前で、それを右腕でガードする。


「ちょ、バカって! いや、そりゃあ気づかなかったことは、申し訳ないと思いますけど……!」


「言ったね!? 聞いたからね! じゃあ私のお願い、聞いてくれるってことでいいよね?」


「えっ、それは……」


 分かった、と言わなければならない状況なのは分かる。だが事が事なので、すぐには即答できそうにもないのが俺の現状だ。


「もうっ! せっかくお姉さんっぽく誘惑したのに、全然乗ってくれようとしないじゃん! さっきの、恥ずかしかったんだからね!?」


「あ、恥ずかしかったんだあれ……」


「当たり前でしょ! 中学以来彼氏なんてできてないし、男の子への誘惑の仕方なんて知らないし!」


 うぅ……と唸りながら、バンさんは体育座りをして顔をうずめてしまう。この様子だと、どうやら本気で恥ずかしかったらしい。


「えーっと……改めて聞きますけど、本気でバンさんは俺のこと好きなんすか?」


「だから、そうだって言ってんじゃん……」


 体育座りのまま、彼女が細々とした声で答える。


「な、なんで俺なんすか? 別に俺じゃなくても、他に男なんてたくさんいますし」


「それはっ……! それは……。ひ、秘密!!」


「えぇ……。ここまで打ち明けといて、そこは秘密なんすか?」


「だって、恥ずかしいもん! 言いたくないもん!」


「そうっすか……」


 ずっと顔をうずめながら、バンさんがムキになっている。普段からは想像もできないそんな姿に、なんだか徐々に俺の緊張も解れてきた。


「なんか……ははっ」


「なっ! なんで笑うの!?」


 ようやく彼女は顔を上げると、眼鏡を直しながらこちらを睨みつけてくる。


「いやだって、全然いつものバンさんじゃないんすもん。いつもはもっと真面目だし、仕事もちゃんとできる人じゃないっすか。なのに恋愛になると、バンさんってこうなるんだなぁって」


「……幻滅した?」


 すると不安げに、彼女が問うてくる。


「まさか。そんなわけないじゃないっすか。寧ろ、面白いっすよ」


「面白いって言うな! 酷い!」


「すみませんて。……でも、バンさんが俺のことを本気で想ってくれてるんだなってことは、よく分かりましたから」


 そして俺はそのまま、バンさんに一歩近づく。


「……正直言ってまだ、俺はバンさんのことをそういう目で見られる自信はないです。けど、バンさんがそこまで言うなら……いいですよ」


「えっ……いいの?」


「はい。俺もバンさんと一緒にいると、楽しいですからね!」


 するとバンさんは、みるみるうちに目に涙を浮かべ始める。またまた突然のことに、一体何事だと焦ってしまう。


「ちょ、バンさん!?」


「うぅ……やっぱり好きぃ……」


「はっ!? ちょ、急に何を……!?」


「無理ぃ、尊い、今すぐ死ねるぅ……」


「ば、バンさん……?」


 そのままバンさんは、頭を銃で撃ち抜かれたかの如く、眼鏡を吹っ飛ばして後ろに倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫すか……?」


「ダメ! いま話しかけないで! かけられたら死ぬ!」


「はぁ……?」


 顔を左手で覆いながら、右手をこちらに向けて待てと合図する。なんだかよく分からないが、無視して声をかけると怒られそうなので、ここは素直に従おう。

 バンさんはそのまま体を俺に背を向けるように傾けると、静かに語り出す。


「……私さ。中学のときにできた彼氏と二年間付き合って、そのまま卒業と同時に別れちゃったんだ。お互いまだ好き同士だったけど、彼が夢を叶えたいからって、県外に出ちゃって」


「そうだったんですか?」


「まだ喋っちゃダメ」


「はっ、はい!」


「……それからずっと、彼のことを引きずってたの。連絡先は、自分の夢に集中するために、キッパリ別れたいって彼に言われちゃったから、残せなかった。当時は私も一緒に、同じ高校へ進めば良かったかなとか、色々考えたりもしたな」


 そう語る彼女が、胸の前で拳をギュと握りしめていたのを、俺は見逃さなかった。


「大人になってからも、彼のことは忘れられなかったんだ。きっともうとっくの昔に、彼は他の女の子と結ばれてるだろうなって、そんなことは分かってた。……でも私は、思い出の中にいるあの彼のことが、後悔したままずっと忘れられなくて。何度か友達に誘われて、合コンとかにも行ってみたけど、ずっと凝り固まったままの私の気持ちは、全然変わらなかった。あの人ぐらい本気になれる人とはもう、出会えないのかもなって。それに、私ってこんな性格だし、正直多分、真木さんと同じぐらい、嫉妬深いし……。だから今後も一生、恋愛なんてできないだろうなって思ってた」


 すると彼女は、眼鏡を手に取りそっとその場に起き上がった。先程とは違い、俺の目をしっかり見ながら話を続ける。


「でもね、君島君と出会ってから変わったの。なんでも完璧にこなそうと努力して、それを実際にやってみせる君のことが、素直に凄いと思った。でも表ではそれを絶対に見せようとしなくて、あくまでもちょっと変な人っぽく振る舞う君が、可愛いとまで思った」


「か、可愛いって……」


「あー、また喋った。ダメだって言ってるのに」


 にひっと笑うと、彼女は先程照れていたのがまるで嘘のように、再びこちらに顔を近づけてくる。


「……君のおかげで吹っ切れたんだ。今はもう、君のことしか見られないの。だから私、頑張るよ。君島君を惚れさせるためにも」


「……えっと。もう喋っていいんすか?」


「ん、なに? 何か言いたいことあるの?」


「あのー……この距離ってその、キスするときの距離なんじゃないかなぁって……」


 俺が告げると、その後数秒ほど間が空いた。するとバンさんは、またも顔を真っ赤にさせて、咄嗟に体を退け反らせる。


「きっ……き、キス!? 無理無理、そんなのできないっ!」


「いや、しないっすけど……。だってバンさんが、そんなに顔近づけるから」


「だってだって! アニメとかでもよくヒロインが、めちゃくちゃ主人公に顔近づけたりするじゃん!」


「それはそれで、これはこれでしょ。バンさんがやっても、『顔近いなぁ……』ぐらいにしか思えないんすけど」


「酷い!! こんなに頑張ってるのに!! 私ってそんなに魅力ないの!?」


「いや、魅力がないというか……バンさんって、意外とポンコツなのかなぁって」


「ぽ、ポンコツってぇ……! わーん、いいもん! これから良い女になって、絶対、絶対、ぜーったい、君島君のこと惚れさせてやるから! 覚悟しといてよね!!」


 そう言って彼女は、半泣きのまま立ち上がる。


「あれ、帰るんすか?」


「帰る! 今から君島君を落とすために、作戦会議するから!」


「はいはい……そっすか」


 その場から逃げるように、玄関へと早歩きで向かっていく。渋々俺も、その後を追いかけた。


「まぁ……なんかこんなことにはなったっすけど。ひとまず励ましてくれて、ありがとうございました。おかげでだいぶ、気持ちも楽になりました」


「っ……別に。ただ私は、言いたいこと言っただけだし。……それに乗じて、自分勝手にお願いもしちゃったし……それは、ごめん」


 どうやら彼女は、強引にこんな流れを作ってしまったことに、多少なりとも申し訳ないと思っているようだった。


「ま、いいっすよ。今日はお互い様ってことで」


「……そっか。じゃあ、そういうことにしておく」


 玄関の扉を開いて、バンさんが外に出る。最後に何か言いたげな表情を浮かべながら、彼女は扉に手をかけて立っていた。


「バンさん?」


「……変だよね、まだ恋人でもないのにさ。離れたくないなって、思っちゃうの。……私、おかしいよね?」


 涙目になりながら、上目遣いで彼女が俺に問うてくる。そんな初めて見る彼女の姿に思わず、少しだけ俺の胸が高鳴った。


「そんな気にしなくても、明日また仕事で会うじゃないっすか。心配しなくても、俺はどこにも逃げませんよ」


「本当に?」


「ホントっすよ。約束します」


「……分かった。約束ね」


 彼女はニコッと笑ってみせると、「じゃっ」と言って廊下へ出た。

 そんな彼女を見送ろうと、俺も(かかと)を踏みながら靴を履く。


 一階へと降りる階段のあたりまで着いたとき、ふと彼女はこちらを振り向くと、張った声で「ねぇ!」と呼びかけた。


「約束だからね! 覚えとくから!」


「はいはい、分かってますよ!」


「うん! ……それじゃあね、()()()ちゃん!」


「はい、また……って、ショウちゃん!?」


 彼女から初めてそのあだ名で呼ばれたことに、ワンテンポ遅れて驚いてしまった。そんな俺を見て彼女は、あっかんべーをして逃げるように一階へと降りていってしまう。

 すっかり静まり返った廊下に取り残された俺は、呆れて小さく笑ってしまった。


「……ま、いいか」


 今日はものの数時間の間に、あまりにも色々なことがありすぎた。真木にフラれたことは相当ショックだったが、バンさんの振る舞いのおかげで、なんとか病まずに済みそうだ。


 これからどうなってしまうのかは、まだよく分からない。だが少なくとも今、一つだけ言えることがあるとすれば――今日の悲しみを乗り越えて、また明日からも彼女となら、頑張って生きていける。そんな気がした。

 正午を知らせるチャイムが町中に響く。そんな音と共に、それまではただの職場の先輩後輩同士だった俺たちの、ちょっと不思議な関係が始まった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


本作は半年間全く執筆活動ができなかった自分の、リハビリも兼ねて書いた作品です。

冒頭部分のみザッと書き起こしただけの作品なので、ぶっちゃけ作品全体のプロットは現状皆無です。

とはいえ、もし万が一評判が良かった場合には、続きを書こうと思ってます。(取り敢えず、総合評価100ptは超えたいというワガママ)


もし、この続きを「読みたい!」と思ってくださった方は、ぜひ評価・ブックマーク等々していただけると励みになりますので、よろしくお願いします!

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