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5.イレギュラーな裏切り行為

「すみません、急に泣き出しちゃって。男なのに情けないですね……」


 目をゴシゴシと擦りながら、バンさんに謝罪する。しかし彼女は、俺に憐れみの目を向けるどころか、微笑みながら俺の膝をポンポンと叩いてくれた。


「いいのいいの。私の前でそれだけ泣けたってことは、私のこと信頼してくれてるってことでしょ。……私は、嬉しいよ?」


「そりゃあまぁ……。バンさんは仕事場でも一番仲が良いですし、何より俺の姉ちゃんみたいな存在ですから」


「……お姉ちゃん、か。ま、私のほうが歳上なんだし当然か……」


 そう言うとバンさんは、CS機のコントローラーを棚から手に取った。手持ち無沙汰だったのか、特に意味もなくスティックをカチャカチャといじり出す。


「……俺、今日の失敗は全部、自分の情報収集不足だと思ってたんです。あいつが何をしたら嫌がるのかを、知らなかった自分が悪いんだって」


「それはなんというか、凄く君島君らしいというか……」


「昔から俺、“準備不足”になるのが怖いんです。自分が想定してなかった事態になると、よくパニックになっちゃって……」


「そうなったときってさ、やっぱり何も考えられなくなっちゃうものなの?」


「そうっすね。どうすればいいのか分からなくなって、自分が想定してたことができなくなっちゃうんです。そのまま悪いことに流されて、結局失敗しちゃうんですよね……」


「ふぅん……そっか」


 バンさんはしばらく手元のコントローラーを見つめると、咄嗟に先程戻した『シーペックスレジェンズ』のパッケージを再び手に取った。そしてそのまま、彼女は俺にとある提案をしてみせる。


「ねぇ、君島君。気分転換に、ちょっと勝負しよっか」


「へ? 勝負?」


「そ。今からお互い一試合ずつカジュアルに入って、どっちがより多くダメージ数を稼げるかを勝負するの」


「ダメージ勝負ですか……」


 このゲームはマッチ終了後に、他の敵プレイヤーに与えた合計ダメージ数が表示される。

 界隈では、二千ダメージ以上与えられるようになれば、中級者の仲間入りと言われており、多くのプレイヤーは、そこを目指して日々プレイをしている。


「いや、やるのはいいんですけど、なんで急に?」


「いいからいいから! うーん、そうだなぁ。じゃあやるからには、何か賭けて戦いたいよねぇ……」


 彼女は天井を見上げながら「うーん……」と唸ると、思いついたかのように自分の両膝を叩いてみせる。


「じゃ、勝ったほうがなんでも一つ、相手にお願いできるってどう?」


「なんでもって……いいんですか、バンさんはそれで」


「……どうして、そんなこと聞くのかな?」


 バンさんはそう言うと、ニヤニヤしながらこちらに問い返してくる。


 ――分かってるくせに。


「いや、先に言っときますけど、断じて変なお願いはしませんからね。俺だってバカじゃないんですから」


「ふぅん。ま、私はなんでもいいよ。逆に私も、なんでもお願いさせてもらうから」


「お好きにどうぞ……。で、どっちが先にやるんすか?」


 CS機の電源を点けながら、俺は彼女に問う。


「えー、ここはもちろん君島君でしょ。女の子には手本を見せてあげないと」


「はぁ。まぁ別にどっちでもいいんですけど。……因みにバンさんは、ランク帯いくつなんすか?」


 このゲームは、プレイヤーの腕によってランクで区分されるモードがある。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスター帯の順だ。

 俺は特別上手くはないが、それでもプラチナ帯にいくほどはやり込んでいる。並のエンジョイプレイヤーよりかは、上手くプレイできる自信はあった。


「私? ……私はねぇ、ゴールド帯なんだよね。なかなかプラチナ帯に行けなくって」


「あー……そうなんすね」


 ――勝った!


 心の中でガッツポーズをきめる。ゴールド帯なら恐らく、ダメージの平均値は多くて千前後だろう。もちろん対戦相手次第なところもあるが、単純な腕勝負だけなら、俺のほうが確実に上だ。


 ――なんか突然変なことになったけど……。これで勝ったら、なんでも一つお願いしていいんだよな? それならやっぱり……『ファイター×ファイター』の漫画十二巻、全部プレゼントで買ってもらうしかない!


 ちょうど、今月の給料が入り次第、漫画を全巻買おうと考えていたところだ。全巻を買うとなるとやはり、そこそこ値段が張ってしまうので、罰ゲームで買ってもらうものとしてはちょうどいい。


「で、そういう君島君は、ランク帯いくつなの?」


 コントローラーを俺に手渡しながら、今度は彼女が問うてくる。


「俺すか? 俺はプラチナっすよ。へへっ、この勝負、もしかしたら俺が勝っちゃうかもしれないっすねー」


「えー、そっかぁ。じゃあ私も、頑張ってダメージ稼がないとなぁ」


 そんな風に俺の隣で呟く彼女は、言葉とは裏腹に、何故かニヤリと口元を吊り上げていた。



☆ ★ ☆



 《YOU ARE THE CHAMPION》


 ディスプレイ画面に映った文字を見て、思わず絶句してしまう。

 緊張から解放された様子の彼女は、ふぅっと一息をつくと、俺を見るなり嬉しそうに右手でピースしてみせた。


「さ、三千七百ダメージ……。調子が良かったときの俺でも、三千ダメージ出したことないのに……」


 俺が先攻でプレイしたときには、半分以下の千四百ダメージしか出せなかった。見事に俺はダブルスコア以上の差で、彼女との勝負に負けてしまったのである。


「えへへ、ちょっと頑張っちゃった。普段はキーボードマウスだから慣れなかったんだけど、自分から勝負仕掛けたからには、このくらいやらないとね」


 コントローラーを床に置いて、バンさんが大きく伸びをする。珍しく彼女は、いつにも増して誇らしげだ。


「キーマウって……ちょ、ちょっと待ってください! ……もしかしてバンさん、俺に嘘つきました?」


「んー? ……どうして、そう思ったのかな?」


 横目でこちらを見ながら、彼女が告げる。


「バンさん、ゴールド帯なんすよね? その割には、明らかにゴールド帯の動きじゃなかったっすけど」


「あー、気づいちゃった?」


「気づいたって、何を……っ」


 すると突然、彼女は身を乗り出して、顔を俺の目の前に近づけてきた。今までの彼女らしからぬ行動に、再び言葉を失ってしまう。


「じつはね……私、ダイヤ帯なんだ。それも、もうすぐマスター帯にいけそうなんだよね」


「は、は……!? なんで、そんな嘘ついたんすか……?」


「あー、想定外すぎてパニクってるでしょ。君島君ったら可愛いー」


「はぁ……!?」


 意味が分からない。普段のバンさんなら、こんなこと絶対にしないはずだ。それなのに、どうして嘘をついてまでして、こんなことを彼女はしているんだ。


「……君島君。私がゴールド帯だって、本気で信じてくれてたでしょ?」


「そりゃあ。……バンさんがそんな嘘つくだなんて、思ってませんでしたから」


「そう、ありがと。……でもね、君島君が気づいてないだけで、意外と世の中には理不尽なイレギュラーがたくさん転がってるんだよ。今みたいに、信じてた人にも簡単に裏切られることだって、平気であるもん」


 そう言いながら、更に彼女は顔をグッと近づけてくる。思わずその場にのけぞってしまい、馬乗りに近い体勢となる。


「……君島君は、いつもいつもなんでもかんでも、完璧にこなそうとしすぎなんだよ。そうやって自分の首絞めて、例え失敗したとしても、今日みたいに自分を責めるの。……そんな君島君、私もう見たくない」


「な、なに言ってんすか……?」


 俺が問うと彼女は、ようやく顔を引いて体勢を戻した。全く状況が掴めないまま、俺も渋々体勢を戻す。


「……じゃあ、さ。私のお願い、言ってもいいかな?」


「え。……ど、どうぞ」


 この状況で? そんな疑問を抱きつつ俺が返事をすると、彼女は目をつぶり大きくゆっくりと深呼吸をしてみせる。そのまま数秒ほど間を空けると、静かに言葉を口にした。


「……これから先さ。私、君島君に好きになってもらえるように、頑張ってみても……いい、かな?」


「……へ。……へぇっ!?」


 視線を逸らして頬を赤らめながら、恥ずかしそうにそんなことを告げる彼女に、俺は思わず変な声をあげてしまうのだった。

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