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4.失敗は始めから

「……バンさん」


 真木にフラれて、帰ってきた俺の元にやってきたのは、仕事場の先輩であるバンさんだった。

 今朝出会った時とは違い、今度は水色のカーディガンを着た私服姿になっていた。


「部屋にいたら、急に君島君の叫び声が聞こえてきてね。高木さんに事情を聞いてみたら、彼女にフラれたって言ってたから、大丈夫かなーって」


「あー……聞こえてました? すみません、つい感情的になっちゃって」


「珍しいね、君が感情的になるなんて。相当嫌なフラれ方でもしたの?」


「いや……そうじゃ、ないんですけど……」


 言葉に詰まる俺を見て、バンさんが首を傾げる。


「……あの、とりあえず上がりますか? ここで話すのもなんですし……」


「えっ、いいの? 今まで一回も、中に入れてくれたことなかったじゃん」


 俺のお誘いに、バンさんが驚いた表情を見せる。無理もない。

 今までは俺は真木に「他の女はあまり入れてほしくない」と言われていていた。更には、彼女と真木は何度か面識もあり、それもあって余計彼女は警戒されていたのだ。


「いいんですよ。もう、誰も文句を言う人はいませんから」


「……そう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 そうして俺は、初めてバンさんを部屋の中へと招待した。

 正直、フラれたばかりで真木との思い出の品が多々残っているため、あまり見せたいものではなかったが……。ここは彼女の厚意に免じて、我慢しよう。


「へぇ、中はちゃんと整理整頓してあるんだねぇ。流石は完璧主義の君島君だ」


 まるで未知のものを見るかの如く、バンさんが目をキラキラさせて部屋中を見回してみせる。それほど大した部屋じゃないと思うのだが、そんなに見てて楽しいのだろうか。


「あれ、君島君めちゃくちゃゲームソフト持ってんじゃん! もしかして、意外とゲーマー?」


 バンさんはテレビの横に置かれたCS機に気が付くと、その隣のゲームパッケージを並べた棚を座って眺めだした。


「ゲーマーってほどじゃないっすけど、そこそこは。っていうか、バンさんこそゲームするんすか?」


「するよー。なんてったって、私の趣味はゲームと漫画とアニメだからね!」


「なんすか、その典型的なオタク趣味は……」


「い、いいじゃんか別に! ほっとけ!」


 俺の言葉を一蹴しつつ、彼女は棚の端から端までを一通りまじまじと見て堪能していた。

 そんな中、「あっ!」と声を出してとある一本のゲームを見つけると、それを手に取りこちらへ見せてくる。


「君島君もやるんだぁ、『シーペックスレジェンズ』! 無料ゲーなのに、わざわざパッケージ版買ったんだね。やっぱりガチ勢?」


「あー……まぁ……。それは、あの、自分で買ったっていうか、えっと……」


「ん、何々?」


 まるで物欲しそうに、彼女がこちらを見てくる。あまり口に出したくはなかったが、そう聞かれては仕方がない。


「……彼女がそのゲーム好きで、一緒にやろうって言ってわざわざ買ってくれたんですよ。無料でできるっていうのに、『スタートダッシュできるから』って」


「あっ、あー……。そうなんだ……なんか、ごめん」


「いえ……」


 バンさんもまさか、ここで元恋人の話題が出てくるとは、思ってもいなかったらしい。彼女は気まずそうに、パッケージを棚へと戻していた。

 絶妙に話題を切り出しにくくなってしまった雰囲気の中、なんとか打開しようと、適当な話を持ちかけてみる。


「えっと……な、何か飲みます? と言っても、お茶かオレンジジュースぐらいしか出せないんすけど……」


「い、いいよ。私が急に押しかけただけだから。気にしないで」


「そ、そうっすか……」


「……それよりさ、その、聞かせてくれないかな?」


 何かを言いたげにもじもじしながら、彼女は俺の顔色をうかがってくる。


「はい……? 何をです?」


「ほら、その……。君が、どうしてフラれちゃったのか」


「……え、聞きたいんですか?」


「あっ、当たり前じゃん! だって私、あれほどプロポーズの相談受けてたんだから。っていうか、そうじゃなかったらわざわざ、家に訪ねてこないでしょ?」


「まぁ……それもそうっすね。あんまり気持ちの良い話じゃないっすけど、バンさんがそう言うなら」


 そうして俺は、バンさんと向かい合って座りこむと、先程起きた事の全てを事細かに説明した。

 彼女は途中で口を挟むことなく、最後までじっと俺の話を聞いてくれていた。


「そっかぁ……。『一途な男が好き』ねぇ」


 説明が終わって開口一番、しみじみと彼女が呟く。


「真木は付き合う前から、ずっと同じことを言ってましたから。だからいざ付き合うってなったときから、絶対に他の女性には目移りしないよう心掛けていたんです」


「そうなんだ。……まぁ確かに真木さんの気持ちは、私にも分かるよ。分かるんだけどさ……。前々から思ってたんだけど、真木さんってなんか、その……相当重い女の子じゃなかった?」


「え、重い?」


「うん。だってそれって、いわゆる“束縛”でしょ? 部屋に女の子を入れるなとか、私だけを好きになれとか。他の相手に恋人を取られたくないのは分かるけど、それってただ君島君のことを、苦しめてただけなんじゃないのかな?」


「俺を……?」


 そんなこと、初めて言われた。

 俺は、過去に付き合った女の子にも、同じような経験をされたことがあった。

 だからこそ、女の子はこういうのが当たり前だと思っていたし、恋人が望むなら、できる限り努力をしようと頑張ってきた。

 それがまさか、俺が今まで積み重ねてきた努力は全て、“重い束縛”の術中だったということなのか?


「ごめんね、こんなこと言って。フラれた直後に好きだった女の子のことを悪く言うのは、申し訳ないとは思う。でも、どうしても言っておきたくて」


 するとバンさんは、突如座ったまま、こちらに一歩近付いてきた。あと少し近付けば、膝同士がぶつかってしまいそうな距離に、思わずビクッとしてしまう。


「あの、ね。……君島君は、その子と別れてよかったと思うよ」


「っ……?」


 別れてよかった。そんな、俺の中には全くと言っていいほど存在していなかった言葉に、ショックを覚える。――同時に、俺の中にまだ残っている彼女への未練が、その言葉を聞いて怒りをあらわにしてしまう。


「な、なんで、そんなこと言うんですか? やめてくださいよ……」


「だって、考えてもみてよ。『自分以外の女の子と関わっちゃダメ、私だけを見て』って言うのはつまり、自分以外の相手が出てきたら、負ける可能性があるからだよね? 恋人が自分から離れていくのが怖いから、束縛ってするんだよね?」


「それは……そうかもしれませんけど、でもっ……!」


 咄嗟に否定の言葉を口にするも、バンさんはそんな俺の言葉に屈せずに話し続ける。


「つまりそれって、自分磨きを放棄してるようなもんだよ。恋愛っていうのは、自分と相手以外の、人間っていうたくさんの敵がいる中で、ずっと相手に自分を見てもらうように、努力することが大切なんじゃないかな? 初めからそんなルール作って、相手を縛り付けてるなんて、それってズルいと思わない?」


「……確かに、思い当たる節はありますけど……。でも俺は、それでも本気で彼女のことを好きで……」


「うん、分かってる。君島君はそうだったかもしれないよ。でも真木さんは? 話を聞く限り、凄く些細なことでフラれたんだよね? 私だったら、その程度のことで相手を振ろうだなんて思わないし、まずはしっかり話し合いたいと考えると思う。でも真木さんは違った。……それってつまり、そんなレベルで恋人を乗り換えられるぐらいの、軽い気持ちだったってことなんじゃないのかな」


「っ……じゃあ、俺は……」


「……“遊ばれてた”って言葉は響きが悪いけど。でも真木さんにとって君島君は、その程度の相手だったってことだとは思う……かな」


「っ……!!」


 その彼女の一言で、完全に打ち砕かれた。今の今まで認めようとせず、必死に培ってきた彼女への想いが、一気に崩れ去った。それと同時に、ずっと我慢してきた涙が、はらりとこぼれ落ちてくる。


 ようやく分かったのだ。俺は決して、今日のイレギュラーな出来事で失敗したのではない。

 一年半前、彼女と出会ってしまったその日から、彼女を好きになってしまったその日から、彼女に告白して、付き合い始めたその日から――“始めから、俺は失敗していた”のだと。

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