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目の前で婚約破棄しようとした王子を思わず張り倒しました

作者: 横手零

初投稿です。よろしくお願いします

 私は焦っていた。


 私の名はリリアーヌ・ド・ランベール。グラース王国の地方貴族であるジェラルド・ド・ランベール男爵の長女だ。王立ナルシス学園の一年生。王立ナルシス学園はこの国の貴族の子弟を教育するための機関だが、隣国からの留学生や庶民の入学も受け入れている。さまざまな知識とか交友範囲の拡大とかそういうのを得て領地経営に役立てられるように、というのが学園の目的らしい。王家への忠誠心を植え付けようという意図もあるのだろうけれど。


 おっと、いけない。思わず現実逃避してしまった。

 目の前でにらみ合っている一組の男女。まさに一触即発の気配だ。その原因が自分にあるのは否定できないのだが、私は声を大にして言いたい。

 どうしてこうなった!?私は悪くない!と。

 

 私を守るように目の前に立っているのは、この国の第二王子ローラン・ド・ラ・メロー様。左右や後ろには宰相の三男とか、法務相の年の離れた弟とか、つまり第二王子の取り巻き数人が、やはり私を守るように立っている。隣国からの留学生の一人もいつの間にか取り巻きに加わっていて、私の後ろに立っている。

 彼らに対峙しているのは侯爵家の令嬢アンジェリーヌ・ド・バルテルミー様を始めとする侯爵家や伯爵家のご令嬢たち。アンジェリーヌ様はローラン様の婚約者だし、他の令嬢も私の周りに立っている令息たちの婚約者だ。

 ローラン王子が睨みつけているのに対し、アンジェリーヌ様は静かに、というより冷めた目を向けているだけ。

 遠巻きにしている人たちがヒソヒソとささやき合っているのが聞こえる。内容までは聞き取れないが、どうせ私の悪口だろう。そりゃそうだ。王子はアンジェリーヌ様たちが悪いと思ってるんだろうけど、周囲から見れば悪役は私だ。

 どういうわけか、入学して半年ほど経つと第二王子ローラン様につきまとわれるようになった。最初ははっきりと(今にして思えばかなり無礼な態度で)断っていたのだが。

 どういうわけか、ローラン様の婚約者、バルテルミー侯爵家の令嬢であるアンジェリーヌ様から咎められた。王子に対し、その態度はあまりに無礼である、と。

 そして、これまたどういうわけかアンジェリーヌ様を始めとする高位貴族のご令嬢方から淑女としての礼儀作法を叩きこまれることになった。”普通の貴族令嬢”になれば王子の興味も薄れるかも、と思って頑張って礼儀作法を身につけたのだか王子が離れていくことは無く、どういうわけかその側近の令息も私に寄ってくる始末。それをアンジェリーヌ様に愚痴れば、「王族の批判はやめるように」と窘められた。

 そして、王子たちからはアンジェリーヌ様にいじめられていると受け止められた。繰り返し否定したのだが、聞く耳を持ってもらえなかった。

何にしても今の状況ははっきり言ってよろしくない。どうにかしないと。


「アンジェリーヌ・ド・バルテルミー!」

 私が弁明しようと一歩前に踏み出す前に、王子がアンジェリーヌ様を糾弾し始めてしまった。私からアンジェリーヌ様に話すと言ったでしょうに。私が話すつもりだったことと王子が思い描いている話は全然違ったのだけど。

 まったく。「待て」もできない駄犬め。いけない。心の声がどんどん悪くなっていく。


「グラース王国王子、ローラン・ド・ラ・メローの名において、お前との婚約をハ(スパコーン!!)ギヘッ!?」

乾いた音とともに王子がベシャッと倒れた。

 (頭の中身が空っぽだと、やっぱりいい音がするのね。……舌噛んでないといいんだけど)

ぼんやりとそんなことを考えながら、踏みつけられたカエルのように不格好に倒れたままピクピクと痙攣している王子様を冷めた目で見降ろす。

(こんなのがこの国の王子とはねえ。まあ、王太子様はまともな人だから、国としては問題ないのかもしれないけど)

 目だけを動かして、周囲を確認する。周囲に立っていた貴族の子息(おこちゃま)たちは呆然としている。学園の卒業記念パーティに出席するために皆正装しているのが余計まぬけに見える。私たちに向かって立つ令嬢たちも多くは呆然としている。こちらも豪奢なドレス姿だ。ちなみに私もドレス姿だ。令嬢たちのような自前ではなく、学園で借りたものだけど。アンジェリーヌ様や第二王子は今日で卒業。私はまだ入学して1年。あと2年は学園生だ。まあ、それまで学園に居られそうにないけど。

 令嬢たちの先頭に立つアンジェリーヌ様だけは他の令嬢・令息と違って咎めるような目つきで私を見ていた。何度も見たことがある。貴族の令嬢らしからぬ行動をした私を窘めるときにしていた目だ。しかし、今は私の礼儀がなってないとかそういうことを問題にしている状況じゃないと思うんだけど。そんな状況でアンジェリーヌ様の美しさに見蕩れそうになった私も人のこと言えないけど。この方は本当に美しい。見た目だけで無く心も。

 この人を捨てて私なんぞを選ぼうとは王子は何を考えているんだろう?

 自分の婚約者であるはずの王子が張り倒されて倒れているというのに、アンジェリーヌ様はそちらにはまったく興味を示さない。散々好き勝手された挙句、公の場でいきなり婚約破棄されそうになったのだ。愛想が尽きたというのはまさにこういうことを言うのだろう。

 「リリアーヌ嬢。君はいったい何を……」

王子の取り巻きの一人、宰相の三男ロイク・ド・モラン様が私に震える声で話しかけてくるが無視して、私はアンジェリーヌ様に対して優雅に見えるように意識しながらドレスの裾を掴んで一礼した。

「お騒がせして申し訳ありません、アンジェリーヌ様。罰は後程いかようにも受けますので」


「どんな罰でも受けるって、そんな大げさな……」

 法務相の弟ピエール・ド・ジレ様がおずおずと、という表現がぴったりな声色で声をかけてくる。そこで何故私の肩を持つ?私は王子を張り倒したんだぞ!?私の中で何かが音を立てて切れた。

「ピエール様。王子を張り倒した人間の味方をするのですか?そうやってあなた方が私を甘やかす言葉を発する度に私がどれだけいたたまれない気持ちになったかわかりますか?

 私があなたたちを誑かしているとみなが言っているのよ!?あなたたちが勝手に寄ってきただけなのに!」

「そこまでにしておけ」

「え?お兄様?」

だんだん口調が荒くなっていく私を止めたのはいつの間にか来ていた兄のマルスラン・ド・ランベールだった。

 1年生の私が卒業記念パーティーに出席するかどうかは自由意志だ。当然出ないつもりでいたのだが、王子たちに参加するよう”頼まれた”のだ。王子に”頼まれて”はさすがに断れなかった。

 次善の策として、王都内のランベール家別宅にいる兄に来てくれるよう慌てて連絡したのだが、ようやく来てくれたらしい。できれば、騒ぎになる前に来て欲しかった。

 そして、兄の後ろには第一王子のアレクサンドル様がいた。ひ弱なイメージがある第二王子と違い、背も高いし、威厳もある。これぞ王族という感じの人だ。

 私を含めて女性陣が皆慌てて淑女の礼を執り、第二王子の取り巻きは一瞬遅れて跪いた。


「やれやれ、せっかくの卒業記念パーティで何を騒いでいる?」

アレクサンドル様の呆れた声が向けられたのは私……ではなく、未だ倒れたままの第二王子とその取り巻きだ。

「それはその……」

言い淀むピエール様に第一王子はため息を一つ吐くとお付きの近衛騎士を振り返り、

「とりあえずローランを休憩室へ。一応、医者も呼んでくれ。……お前たちもローランに付き添ってやっててくれ。パーティが終わるまで出てこないように」

後半はピエール様たちに向けた言葉だ。付き添いと言っているが、このパーティ会場から出て行けということだ。取り巻きの内、アデラール・ド・フェール様だけがわずかに抵抗を示した。

「僕はリリアーヌ嬢に付いていてあげたいのですが」

騎士団の第3部隊だかの部隊長の次男だったかな?

「それには及びません。妹には私がついていますので」

兄がニッコリと、しかし威圧感のある笑顔を向けると、アデラール様はわずかに眉をしかめた後、軽く頭を下げてローラン様の後を追った。

 もう一人、隣国からの留学生が何か言いたげだったけど、結局何も言わずにアデラール様についていった。


 彼らが近衛騎士に連れられて立ち去るとアレクサンドル様はアンジェリーヌ様たちに向き直った。

「さて、申し訳ないがアンジェリーヌ嬢たちも別の休憩室へ。愚弟の方が悪いのはわかっているが、君たちだけをここに残すのもよろしくない」

「わかりました。皆さん行きましょう?リリアーヌもいっしょに来なさい」

アンジェリーナ様は周囲を見回した後、私にも声をかけてくれた。

「悪いが、リリアーヌ嬢はいっしょには行かせられない。あんな愚弟でも一応王族なのでな。それに手を上げたリリアーヌ嬢を見逃すわけにはいかない。とりあえずは寮の自室に戻り謹慎していてもらう」

第一王子はそう言うと、兄に連れていくよう指示した。

「今では部外者の男性が女子寮に足を踏み入れるのはどうかと思うのだが」

ためらう素振りを見せた兄だけど、王子の「女性騎士をつける」の言葉に渋々了承した。

 アンジェリーヌ様は何か言いたげだったけど、一瞬私に向けた目を伏せると、何も言わず一礼して立ち去った。ああ、アンジェリーヌ様にまた余計な心配をかけてしまった。本当に申し訳ない。

「では、行こうか」

女性騎士が来たのを確認して、兄が声をかけてきた。

「わかりました。……アレクサンドル様は何を?」

「私はここで事態を収拾しないとな。それに卒業記念パーティーでは父に代わって挨拶することになっている」




「いきなり張り倒すとかさすがにやりすぎじゃないか?」

 寮にある私の部屋に入ると兄がいきなりそんなことを言い出した。笑いを含んでいるあたり、本気で言っているのではないだろう。

「でも、ああでもしないと発言止められなかったし。まあ、ほとんどの人に意図は伝わっちゃってるだろうけど、言い切ってないからギリギリセーフのはず」

「まあな。さすがにあの場で婚約破棄はないよな。された方はもちろん、する方にも将来に傷がつく。ローラン様も、そんなこともわからないほど暗愚じゃなかったと思うんだがどうしてああなっちゃったかね?凡庸なりに善良な人だったと記憶しているんだが」

 そう言って兄は私をじっと見る。私の所為だと言っているわけではないのは、その表情からわかる。

「ローラン様の頭を叩いたときに魔法をかけられた気配を感じたわ。あの感じはおそらく精神操作系の魔法ね」

 実は私には魔法を感知する能力がある。魔法を使える人は極少数ではあるが存在する。感知能力を持っている人間も。

 私の感知能力の問題は、先ず相手と接触する必要があり、ただ触れているだけだと感知できるまでに時間がかかることだ。短時間で感知しようとするとより激しい接触が必要で、一瞬で感知するとなると相手を殴る蹴るする勢いで接触する必要があるのだ。王子を張り倒したように。

 兄はそれを知っているから、「さっき何か感じたか」と暗に訊いてきたのだ。

「しかし、そうなると……」

 兄がわずかに顔をしかめた。彼が何を懸念しているのかは私にもわかった。

「誰かがおそらく魅了の魔法をかけた。その疑いをかけられるのはローラン様に執着されてた私ってことよね。私自身は付きまとわれていただけなんだけどね」

「付きまとわれて嫌がっていたってのは少し見ていればわかりそうなものだが、噂だけ知ってる連中だとリリアーヌが誘惑したと考えるだろうな。ま、リリアーヌの無実はすぐに証明されるだろう。お前が魔法を使えないことは確認されていることだし」

魔法を使える人間、魔法を感知できる人間は確認された時点で国に届け出される。そこで使える魔法を再検査され、情報は国で管理される。


「問題は誰がどういう目的でやったか、だな」

 兄は少し考える素振りを見せたけど、すぐに立ち上がってドアへと歩き出した。

「何にしても、リリアーヌは無実が証明されるまでは謹慎だ。……大人しくしていろよ?」

「ローラン様を張り倒した罪は無くならないと思うけどね。私が逃げ出したくなる前に解決するといいんだけど」


 そうして、退屈極まりない数日間が始まったのだった。



「あー、退屈退屈退屈」

 部屋に誰も入ってこないのをいいことに、私はベッドに横たわったまま、ブツブツと文句を言い続けていた。靴をはいた鯛を召喚する勢いで「たいくつたいくつ」と繰り返す。

 5日前、兄が部屋を出て行ってから今日まで誰も私を訪ねてこなかった。いや、ドアの向こうから時々声が聞こえていたから、誰かは来たのだろう。ただ、私を監視する女性騎士によってみんな追い返されたようだった。はっきりと聞き取れたわけではないから、誰が来たのかはわからない。

 第二王子(と取り巻きの貴族の子弟)に魔法をかけた犯人は見つかったのだろうか?王子を張り倒した私の処遇は?

 アンジェリーヌ様はどうしているのだろう?あの後、やっぱり婚約破棄することになった可能性もある。婚約破棄自体は別にかまわない。私の責任さえ問われなければだが。

 実はこの国の王家の権力はそれ程強くない。アンジェリーヌ様のバルテルミー侯爵家など有力貴族が支持しているから権威を保てているところがあるのだ。先日の出来事に怒ったバルテルミー侯爵側から婚約破棄する可能性もゼロではないのだ。そうなったら、有力貴族の後ろ盾を失い、王家もかなり困ることになるだろう。

 弱体化した王家の恨みがどこに向かうか。

 有力貴族とは争えないから、結局私のところに向きそうなのだ。その前に故郷に逃げ帰って引きこもりたいところだ。有力貴族と反目するようになったなら、王都から遠く離れた田舎に引きこもった相手をどうこうする余裕も無くなっているだろう。


「何か物騒なことを考えてないかい?」

 いつの間にか部屋に兄が入ってきていた。

「何の情報も入ってこないので」

 私がふてくされながら答えると兄が片頬だけ歪めて笑った。何か状況が動いたから来たのだろう。真犯人がわかったのか、私を逃亡させるために来たのか。私が犯人であることにして、生け贄として差し出そうとしているのか。表情だけ見ると最初以外のどれかに思える。

「犯人がわかったよ。……ローラン様の取り巻きに隣国からの留学生がいただろう?彼がアンジェリーヌ嬢に横恋慕して、ローラン様を別の誰かに夢中にさせて婚約破棄させようとしたらしい」

 兄の言葉を聞いたときは一瞬「予想が外れたか」と思ったがどうも怪しい。その留学生の出身国は我が国との貿易で何とか成り立っているような国だったし、本人の家柄もそれ程高くない。

「それって、私の次くらいに生け贄にしやすい人物よね」

「そう言うな。僕が聞き知っているのは、ローラン様とその取り巻き連中が〈魅了〉の魔法をかけられていたことと、その効果を持つ魔道具を留学生が身につけていたことだけだ」

 私の言葉に、兄は軽く肩を上下させると手のひらを上に向けてみせた。私が納得しようとしまいと、この話はこれで終わりということだろう。

「で、私はどうなるの?それからアンジェリーヌ様とローラン様の婚約は?犯人ってことになった人の処遇は?」

「先ず、ローラン様とアンジェリーヌ嬢の婚約は継続。ここだけの話だか、内々で陛下がバルテルミー卿に頭を下げたそうだ。で、()()は退学になって本国に強制送還。処罰はあちらに任せるそうだ」

 親同士の話だけで継続か。アンジェリーヌ様自身の気持ちは無視ですかそうですか。()()は強制送還、か。裏がありそうだから送り返してなあなあで済ませようってところだろう。

「私は?」

「無罪放免。王子をしばき倒したことも含めてお咎めなし」

兄はそう言って、また軽く肩を上下させた。公的にはそうでも、周りの目を考えるといろいろ問題がある。そういうことだろう。

「アンジェリーヌ様がいれば庇ってくれそうだけど、もう卒業されてるし。彼女の派閥は庇護してくれるかもしれないけど、それはその派閥に入ることを意味するし」

「あと2年我慢して卒業してほしい、っていうのが貴族的な価値観なのだろうが、そこは強制しない。リリアーヌの好きにすればいい」

「じゃあ、自主退学ね。領地に引きこもることにでもするわ。高位貴族の相手なんてもうやってられない。そういうのはお兄様に任せるわ」

兄は今や第一王子の側近の一人。苦労するだろうけど、自分から選んだことなのだから頑張って欲しい。


 そして、2日後。

 私は荷物をまとめて寮から出ていくことになった。

 見送りに来てくれたのは、王子に付きまとわれる前はよく一緒にいた数人の友人とアンジェリーヌ様の代理だという侍女の人だけ。王子に連れまわされていたころに近寄ってきた人たちや、アンジェリーヌ様の取り巻きは来なかった。まあ、アンジェリーヌ様といっしょにいた令嬢の多くは先日卒業してしまったから来れないというのもあるだろうけど。

 一連の騒ぎの時、私を庇えなかったことを友人たちが謝ってきたけど、あの状況では口を出せなくても仕方が無いだろう。友人たちは私と同じように爵位の低い貴族の令嬢か、平民だ。王子だの侯爵家の子息だのに文句を言えるわけが無い。

 彼女たちと私の立場が逆だったら、私は口出したかもしれないけど。勇気のあるなしの問題ではなくて、私って空気読めないところがあるというか、爵位とか権威とかに敬意を払ってないところがあるから。

 アンジェリーヌ様の侍女は「お嬢様からの謝罪の手紙です」とだけ言って、手紙を差し出した。この人はあくまで仕事で来ただけなのだろう。そっけなくてもしかたない。迷惑そうな顔をしてないだけマシだと思わないと。手紙は後でじっくり読ませてもらおう。持った感じ、予想より量が多そうだ。

 馬車に乗り込み、窓から乗り出して友人たちに手を振る。彼女たちと会うことはたぶんもう無いだろう。社交界に顔を出す気も無いし。


「さて、これからどうするかな」

 学園の敷地から出たところでシートに座り直し、そう呟いた。

 学園と同等とはいかないにしても、家庭教師を雇えばそれなりの教育は受けることができる。王太子の側近になった兄は領地にはあまり帰ってこれなくなるだろう。しっかり知識を身につけて領地経営の補佐でもするか。

 そんなことを考えていると、郊外に出たところで急に馬車が止まった。こんなところで止まる理由はない。王子の取り巻きの誰かが逆恨みでもして文句でも言いに来たのかな?

 確かにそこにいたのは第二王子の取り巻きの一人だった。ただ、理由が。

「お嬢様がランベール領に帰還されるまで護衛の任に就くことになりました。よろしくお願いいたします」

馬車から降りた私の前で跪いて、そんなことを言いだしたのはアデラール・ド・フェール様。騎士団の部隊長の息子だったっけ。そんな人が私に対してお嬢様?護衛?

「アデラール様。状況がまっっったくわからないのですけれど?」

片頬が引き攣るのを自覚しながら、問い質す。

「はい、お嬢様」

「お嬢様はやめてください。敬語もなしでお願いします」

「……わかった。先日の騒ぎで勘当されたんだ。ピエールたちはローランの友人というだけだけど、俺は護衛も兼ねてたからな。王子に魔法をかけられてたことに気づきもしなかった責任をとらされたわけだ」

アデラール様はそう言うと肩をすくめてみせた。

「で、家から放り出された俺にマルスラン様が「それなら、ウチの騎兵隊に入る気はないか」と声をかけてくださって」

今に至るのだと。最初の任務として私が領に帰るまでの護衛を仰せつかったのだと。

 私はため息が出そうになるのをなんとか我慢した。勘当されたとはいえ、ローラン様の側近の一人をランベール家が引き抜いたということが周囲にどう見られるかわからない兄でもあるまいに。まあ、何が起ころうとそれは兄の自業自得。私は領に帰ったら悠々自適、勝手気ままに生きることにする。

「わかりました。では、道中の護衛、よろしくお願いしますね」

私はそう言って、アデラール様に頭を下げた。




その後、第三皇子が王位継承権を突然はく奪されたり、王太子の急死により第二王子ローランが王位に就き王妃となったアンジェリーヌが事実上国政を取り仕切ったり、「これがグラース王国バルテルミー朝の始まりである」と後の歴史書に書かれたりするのだが、それはまた別の話。


「何で騎士団に入りそこなった旦那が近衛騎士団長になってたり、私がアンジェリーヌ様付きの筆頭女官になってたりするのよ。どうしてこうなった」

読んでいただき、ありがとうございます。感想、誤字脱字報告感謝です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] その後、第三皇子が王位継承権を突然はく奪されたり、王太子の急死により第二王子ローレンが王位に就き王妃となったアンジェリーヌが事実上国政を取り仕切ったり、「これがグラース王国バルテルミー…
[気になる点] 黒幕は婚約者もしくは婚約者のお家ってところでしょうかね。
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