第06話 私の婚約者は三男坊
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第06話 私の婚約者は三男坊
妹ちゃんの姉であるところの子爵令嬢アイネです。名乗るほどの家名ではございません。
とうとう私も婚約する事になりました。いやー 中々見つからずに婚期を逃す事になりそうだったのだけれど、滑り込みセーフだよ。何その表現。
お相手は、最近王都に来られたニース辺境伯家の三男です。顔は……まあまあかな。お金持ちか? 今持っているかどうかではなく、これから増やせるかどうかが問題なのだよ諸君。
ニース辺境伯というのは、以前は『ニース公国』という隣国だったんだよね。百年くらい前までかな。その当時は、法国にある幾つかの公国が帝国や王国を引き込んで、戦争していたんだね。ニース領はその北にあるサボア公国と同じく帝国側について王国と戦争したんだけど、帝国はほら、皇帝陛下の権威がいまいちじゃない? 教皇猊下とも対立していたりして、帝国内ならともかく、その外で影響力を保つのは結構難しい。
百年戦争の頃なら、王国もすっごくちっさい国になってたから、帝国につくというのはありだったんだろうけれど、王国は生き延び、帝国や王国の分家筋のローヌ公国は戦争で当主の男系が戦死して、残った娘が皇帝の嫁になるって事で、王国とローヌ公国の相続問題に帝国がしゃしゃり出たあたりで更に面倒なことになったんだよね。
で、これで王国と更に敵対して摺り潰されることを厭うた当時のニース公が王国に帰属する際に、『辺境伯』の地位を望んだんだね。ニース公国では、王の親族のようになるし国が変わったという事も内外に示しにくい。侯爵だと降爵したようでいまいち……と言う事なんだけど、帝国風の『辺境伯』を名乗る事にしたみたい。
表向きは中立って事で、帝国風にして難を逃れたみたい。サボア公国はそのあと五十年近く王国と帝国の戦場になったしね。名を捨てて実を取るところも、私と子爵家好みの家だというわけだよ諸君。
辺境伯子息、三男さんとの出会いは、母の古い友人であるとある公爵夫人の紹介だったね。母は、魔力量が少なく残念な子爵夫人にしかなれなかったと自嘲しているけれど、社交界ではそれなりに名の知れた才色兼備の令嬢だったのね。
母は王都を護る王家の信頼篤い子爵家の夫人に、年上の友人であったその方は、王都の南に領地を持つ公爵家の夫人となっていたのです。
母経由で「ニース辺境伯家の商会が王都に店を出すので商会頭の世話をして欲しい」という依頼を受け、私はその三男坊と出会ったわけです。
「アイネ嬢、暫くよろしくお願いします」
最初から私の名前を呼ぶことを許可して欲しいと言われ、私が何と呼べば宜しいでしょうかと聞けば……
「ダーリンで構いませんよ」
と、軽くジャブを入れてくる。内海の陽気な空気を纏った男だなと、王都の貴族しか知らない私にとっては興味深い存在に思えた。え、顔とか全然好みじゃないよ。ギャランドゥだし。手の甲の毛剃れとか思うし。
「私のことはハニーでも構いません」
「では、マイ・スウィート・ハニー。これからよろしく、一生大切にすると神に誓いましょう」
「あはは、では、お友達からお願いしますわ」
母の旧友である公爵夫人の顔を潰すわけにもいかず、それに、ニースは法国との行き来も頻繁な商業的に魅力のある場所なので、そこの領主の商会と伝手ができるのは、王都の社交界での立場を良くすることができるかもしれない。
法国は、食器や衣装に家具に建築、様々な工芸品が多くの芸術家・職人達により競うように本国のみならず、諸外国に販売されているからね。やっぱり、買うなら現地のコネでお安く手に入れられる方が弱小子爵家にとってはお財布に優しく有難いわけです。
商会を置く不動産などを子爵家のコネを使って案内し、どうにか店の場所を決めることができたのは数日後。正式な契約はニース家との遣り取りになるので、仮契約だけどね。
「どのようなものを扱うつもりですの?」
三男坊であるダーリンは暫く考えた後、「王都で買い物をします」と答えたよ。
「ニース領で生産している物を王都に持ち込んで売る……ということは考えていませんよハニー」
ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべ、すっかりハニー呼びも慣れているご様子です。先ずは、ニースや法国で見かけない王都や王国の北部で扱われている様々な嗜好品を一通り買ってニース領に持ち込むのだそうです。
「先ずは、ニースの貴族、主だった法国の貴族と取引のある商人に王国の嗜好品、工芸品や織物といった私の気に入ったものを購入し見せます。王都の博覧会みたいなものですね」
これに、反応が良ければ王都の購入した先と、ニースの商人との『仲介』を行い、手数料を頂く……といった商売を先ずは始めるという事。
「その逆もありですよハニー」
「……どういう意味かなダーリン」
「ふふ、あなたをニースに、そして法国の知り合いの貴族のサロンにご招待しますよ」
「……素晴らしい提案ですわダーリン」
三男坊の提案は、私に王都で売る物の目利きをしろと言う事なのだと理解できた。だが、私のような小娘だけの審美眼では役に立つかどうか不明だ。役不足ってのは、その人にとって役が足らないという意味だから、大物に端役をやらせるといったニュアンスだからね。役不足は言葉不足だよ。
「できれば、母も連れて行きたいのですダーリン」
「それは素晴らしい提案だねハニー。子爵閣下に……あなたの自慢の妹君も誘うと直いいね。実は、祖父が妖精騎士に興味津々でね。年の近い親族の娘もいるから、良い刺激になると思う。それに、王都をしばらくはなれるのは、妹君の為にも良い事ではないかな」
確かに。ここのところ、家に籠る日々が続いている。『猫』がいて、それなりに新しい環境になれつつあるみたいだけれど、昔のようにまた書庫の住人になられても困る。折角、外に出るようになったんだからね。
「両親に相談してみます。恐らくは喜んでこの提案を受けると思いますわダーリン」
「そうだと僕も嬉しいし、両親も喜ぶと思うよハニー」
ダーリンと付け加えるのが当たり前になっている自分が怖い。それは、相手にも言えるんだけれどね。
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父に相談すると「よろしいならば婚約だ」とばかりに話を進める算段に入ったようである。侯爵・辺境伯の家の中で、王家にとって最も繋がりを強化したいニース辺境伯家だが、姫は一人で、既にレンヌ大公家に打診がいっているのでこれはニース家に嫁がせる姫がいないという。
私の場合、婿取りなのだが、これで王都の重臣? まあ、その昔は王家の猶子であったわけだから、近い存在と縁戚関係を結ぶことは王国とニース辺境伯領の間の関係を深める事になるので、前向きに国王陛下の周辺から勧められているようね。
つまり、今回のお話は、遠回しな王家とその意を組んだ公爵夫人と両親の間で作られたお見合いであるというわけだよ。
まあほら、結婚は義務であり仕事、結婚して跡取りを生んでからが女性の自由になる時間だからね。今の国王には愛人がいないけれど、身分の低い貴族や平民の女を愛人にする場合、下級貴族の妻にさせて、その貴族を陞爵・側近にして、妻を愛人にするというのがありがちなパターンだから。
私は子爵家の仕事で忙しいので、暇な貴族夫人みたいなことはあり得ないけど、別にこの婚約者に不満はない。とは言え、会ってするのは仕事の話。ハニーだダーリンだと言っても、中身はビジネストークだから。まあ、婚約から即結婚という事はなさそうなので、相手をじっくりと見極めたいと思うよ。
とにかく、私が早い所片付かないと、妹ちゃんに負担が掛かるからね。結婚もして子供も産んで、十年後くらいに子爵家を継いで。その時に陞爵させるなんて話もあるから、家格に応じた使用人も育てなきゃだし。
恐らく、王都の店の切り盛りは私の仕事の範疇になるから、その辺りも考えなきゃ出しね。
そういえば、ニース商会と言うのは、公国でなくなったニース家にとっての外交組織なのだそうだよ。なので、下働きの使用人含め、文官・武官に相当するニース人がたくさん含まれている。
その上、有事には全員が騎士・兵士として動員される准軍事組織なのだそうだよ。これは王国にはない組織だね。
その話を面白いと思いダーリンに聞いたところ、船乗りの文化だと言われ大いに納得した覚えがある。
「ハニー 船の上と言うのは、その所属する国の領土の一部と考えられるという話を知っているかい?」
「知識としてはありますダーリン」
船の上は、飛び地の動く島のような存在で、国の紋章を掲げ、領土として主張する文化があるのだよ。
「船同士の戦いは、海の上での国と国とをかけた戦いになるんだよね。その時、全ての船員は戦士になる。戦わねばならない」
それは私もお芝居で見たことがある。確か……『沈黙の戦列艦』だったかな。敵に奇襲を受けて占拠されたとある国の誇る最強の戦列艦を、たった一人の料理人が敵をバッタバッタとなぎ倒し、捕らえられた者たちを解放し、その中の貴族のお姫様と最後はハッピーエンドになる冒険活劇だね。
その後も、同じネタで『沈黙の城塞』とかシリーズが何作か上演されたね。
でもさ、毎回毎回樽の中に隠れているのは可笑しいよね。料理人が肉斬り包丁でバッサバッサと敵を斬り裂くのは痛快だけど。あ、そういう包丁、頼んでみようかな。魔銀製なら何とかなりそうだよね。