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本庁に戻ると、神庭は相変わらず机に向かってパソコンをいじっていた。

前日の取り決め通り、この事件に関しては神庭だけが別行動となっていた。

橋村は最後まで渋っていたが、結局は首を縦に振った。

その方が収まりがつくと判断したからだろう。


それにしても、神庭は動かなかった。

昨日の捜査会議後もずっと座っていたし、今日も外出していない。

殺人事件の捜査だというのに未だ現場も見ていないのだ。


伊織は椅子を動かし、神庭の後ろに座る。


「ねぇ、いつまでそうしてるのよ。現場は見ないの?」

「現場には行かない主義なんだ」


神庭はとんちんかんなことを言う。


「何も見ないでわかるわけないじゃない」

「現場は鑑識が調べた。僕が行っても見つかるものはないよ」

「けど、実際に見ないと間取りや位置関係なんかわからないでしょ」

「わかるよ」

「どうして?」

「三次元マップがあるから」


神庭がパソコンを操作する。

画面には被害者の自宅写真が写っていた。

ただの写真ではなかった。


「これ、動くの?」

「昔のグーグルマップと同じ仕組みだよ。カメラを背負った鑑識が部屋を歩き回れば、勝手にマッピングされる。全天球カメラだから天井も床も見られる」


マウスを動かすと面白いくらい画面が動く。

風呂もリビングも寝室も細かいところまでよく見える。


「こんなのあるんだ……」


反対派は超科学の知識を意図的に締め出していた。

便利なものもあったのかもしれないと思うと、多少は悔しい。


「みんな使ってると思ってた。科学が嫌いだから使ってないの?」

「私が嫌いなのは科学じゃなくて、あんたらの超科学だけよ」

「使った方が効率がいいのに」

「だったら、その良さを証明してみせなさい。現在の進捗を報告して。わかったことは?」


意地悪のつもりで言った。

三ヶ月の捜査で事件は調べつくされている。

一日で新発見があるはずもない。


だが、神庭は朗々と語った。


「いくつかあるよ。まず、犯人はほぼ確実に男性。身長は約百七十センチで、体重は、」

「ちょ、ちょっと待って! なんでそんなことがわかるのよ!?」


捜査資料にもそんなことは書いていない。

防犯カメラの映像から大まかな身長が出されているだけだ。


「死因データベースで調べたんだ」

「なにそれ?」

「死因を集めたデータベース。科捜研は昔から殺人事件の被害者からデータを取るようにしているんだ。死因、傷口の深さ、筋肉の固さ、かかった力。取れる物理量は全部取ってある」

「それで?」

「その膨大なデータから抽出した意味と犯人の情報を足し合わせたデータを学習データにして検出器を作った。物理量を入れれば、かなりの確度で犯人の情報を推察する。わかる?」


わからなかった。

伊織は額を揉んで脳に活を入れる。

事情を察したのか、神庭はかみ砕いて説明してくれる。


「昔は手口原紙というのがあったでしょ。あれは事件の概要や動機、方法なんかを記して保存するものだった。何十年か前に電子化されて、今では検索もかけられる。死因データベースはそれを更に発展させたものだ。今では保存できる容量も遺体から取れる情報も昔とは比べものにならないから、取れるものは全部取って保存してある。ここまではいい?」

「わかる。要するにいろんな情報が詰まってるのね」

「そう。でも、このデータベースはそれだけじゃ使えない。情報が多過ぎて、何の意味があるか人間にはわからないから。たとえば、死因は鈍器による殴打、頭蓋骨の陥没部位は後頭部、陥没の深度は二センチ、出血量は三〇〇ミリリットル、というデータを読んで、わかることはある?」


首を横に振る。

むしろ、だからなんだ、と聞き返したい。


「そう、人間にはわからない。そこで機械学習を持ち出す。人間が見ただけでは意味のないデータでも、機械にかかればそうではなくなる。機械は膨大なデータから傾向を見つけ出す。何より大切なのは人間がおこなう類推とは全く方法が違うという点だね。こういう死因ならこういう特徴を持った犯人が多い、という推測なら人間にもできる。だけど、この傷口があるとき、犯人は空腹だった確率は何パーセントとか、帽子をかぶっていたかもしれないとか、身長が何センチとか、そういうことまでは見抜けない。なぜなら、人間の目では細やかな分析ができないから。だから、今まではこういった情報を得るために、鑑識が何日もかけて調べていた。でも、こいつならその必要はない。過去のデータと照らし合わせるだけで済むからね」


目を閉じて神庭の言った言葉を必死に頭の中で繰り返す。

うっすらとイメージが掴めてくる。


「……ちょっとわかったかも。つまり、そうして傾向を見つけておけば、遺体の情報がわかれば、自然に犯人像もわかるってことでしょ?」

「そういうこと。精度は百パーセントではないけど、大きくはずしたこともない」


遺体を調べれば犯人像を絞り込める。

今までなら考えられないようなことだ。


「やっぱり、それ、ズルくない?」


超科学全般に言えることだが、どことなく楽をしている気がする。


「ズルじゃない。これを作るのも大変なんだ。努力の成果だよ」

「あ、そ」


伊織は椅子をくるくると回し、聞いた。


「そんな便利なものどっから出てくるわけ? 私、聞いたことないんだけど」

「現場ではまだ使われていないよ。これは僕が作って科捜研で試験中のものだから」

「あんたが作ったの!?」


詳しいとは思ったが、まさか自作とは。

伊織にはパソコンソフトの作り方もわからない。

まして機械に自動で学習させる仕組みなんて、一生かかってもできないだろう。


認めたくはないけれど、こいつはすごい奴なのかもしれない。


「話を戻すけど、その機械の計算によれば、身長百七十の男が犯人なのね。副社長の桜井がちょうど百七十みたいだけど。この人が犯人なの?」

「まだ、わからない。証拠が見つかっていないから。副社長か奥さんが映った防犯カメラの映像があれば、たぶん、わかるけど」

「それならあるわよ。過去一ヶ月分全部見て、場所をメモしてあるから」

「そんなことしたの?」


机からメモを取りだして神庭に渡す。

マンションの管理会社から受け取ったテープの番号と該当箇所の時間が羅列されている。

神庭に手を貸すことになるが、あるものを渡さないほど意地悪にはなれない。


「そうよ。刑事は体力が勝負なんだから。あんたにはできないでしょ?」

「少なくともやる必要はないかな」


神庭は該当のシーンを探し、何やら顔を拡大したり切り出したりしている。


「またズルしようとしてるんじゃないでしょうね?」

「ズルじゃないよ。顔を学習データにして、このふたりが現れる部分を自動で探すだけ。人が見る必要はないんだ。これは人間の仕事じゃないよ」


さらりとひどいことを言う。


「あんた、今、私の苦労を馬鹿にしなかった!?」


二ヶ月と少し前、伊織は来る日も来る日も防犯カメラの映像を睨み続けた。

拷問のような日々だった。


「そんなつもりはないよ。それもやり方の一つだ」


そう言って、神庭はパソコンを閉じる。


「僕は、そろそろ現場を見に行くよ」

「今から? もうすぐ夜なのに」

「奥さんが新年会をしたっていうカフェを見たくて。そこの写真はなかったから」

「でも、犯人は男なんじゃないの?」

「だから、カフェを調べるんだよ」


意味深な言葉を残して神庭は席を立つ。

詳細を知りたかったが、教えを請うのはなんだか悔しかった。


直感だが、神庭はすでに事件のほとんどを解明しているような気がする。

わずか十数時間。

しかも、パソコンをいじっただけ。

常識的に考えて絶対にあり得ない。

けれど、神庭は常識では考えられないような捜査手法を使っていた。

もしかしてもしかすると本当に数日で解けてしまうのかもしれない。




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