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神庭の机は空いていた五つ目の机になった。
位置的には伊織の隣で、今はおみやげ置き場にされていた。
机を片付け、神庭に明け渡す。
神庭は手提げ鞄を机に置き、ノートパソコンを取り出した。
珍しいな、と伊織は思う。
最近ではスマートフォンの処理能力が上がったため、事務仕事ならスマートフォンにキーボードとディスプレイを接続して済んでしまう。
個人用にノートタイプを持ち運ぶ人間はほとんどいない。
「それ、何に使うの?」
「シミュレーションかな」
「ふぅん」
伊織は情報分析課の人間に知り合いがいない。
事件の際に所轄や本庁の人員と軽く話す程度だ。
人種としては理屈っぽい理系。
メガネ率が高く、色白。
運動が苦手というイメージだ。
神庭も情報分析課出身というから、彼らと同じだと思っていた。
しかし、神庭にはそうしたイメージがない。
体格も悲観するほど悪くはなく、外見的には普通の刑事だ。
いや、だからと言って油断はできないが。
「これ、動かなくなっちゃったんだけど、どうしてかわかる?」
机の上のぬいぐるみを見せてみる。
神庭は無言でそれを受け取り、振ったり後ろから眺めたりする。
かと思うと、いきなりぬいぐるみの目を拭き始めた。
「そんなところ拭いてどうするの?」
「目がセンサーになってるんだ。赤外線を出して反射波を見てるんだと思う。当たり前だけど、汚れ過ぎると反応が鈍くなる」
ハンカチで丁寧に拭われたぬいぐるみを机に置く。
顔の前に手をかざすと、綺麗なお辞儀をしてくれた。
「電池切れじゃなかったんだ。どうしてわかったの? 前に直したことがあるとか」
「いいや。初めて見た。けれど、動くぬいぐるみの仕組みはそんなに多くないから、じっくり見ればわかるよ」
「ふぅん」
神庭の説明に馬鹿にするような響きはない。
こいつはマシな奴かもしれない。
神庭が荷物を整理し終えると、そのまま捜査会議の流れとなった。
電子ボードを中心に全員が椅子に座る。
部屋が狭いため綺麗な円にならないが、四人なら辛うじて座れた。
橋村がボードにITベンチャー社長殺人事件と書いた。
「我々が今日から取り組む事件は、世間ではこう呼ばれています」
三ヶ月前、代官山の高級マンションでITベンチャーの社長が刺殺体で見つかった。
被害者は会社をゼロから立ち上げ、東証第一部に上場を果たした辣腕家で、マスコミの取り扱いも大々的だった。
「グラッツェって会社なんだけど神庭くん、知ってる?」
橋村が質問すると、神庭はすらすらと答えた。
「はい。情報インディビジュアライズドサービスをメインとした会社です」
「情報イン、……何?」
橋村は聞き取れなかったのか、ぽかんとした表情を浮かべる。
「インディビジュアライズドサービス。個人の趣味志向に合わせ、情報を収集、分類、選別して、新たな価値を提供することです」
橋村は首を傾げていた。
実のところ、伊織もよくわかっていない。
「まぁ、とにかくキャンペーンが派手だったので、みんな知っているでしょう」
捜査資料をめくって、橋村は続ける。
資料には、キャンペーンガールの写真が貼られていた。
行き詰まった捜査員たちがダメ元で洗った項目だった。
話題沸騰中のアイドル安藤ハナを起用したとして、話題になっていた。
「で、その社長さんである福田良隆さんが被害者です。結婚していて、奥さんがひとり。ふたり暮らしだったそうです」
事件があったのは今年一月十一日。
その日、福田良隆は朝から自宅で仕事をしていた。
午後七時に妻の福田が友人との新年会に出かけ、被害者は自宅でひとりになる。
午後十時頃に福田紗季が二次会をするために友人らを引き連れて帰宅。
寝室で刺殺された被害者を発見した。
寝室には荒らされた形跡があり、財布の現金が盗まれていた。
しかし、犯人と被害者が争った様子はなかった。
というのも、被害者は背中を一突きにされていたからだ。
おそらく背後から忍び寄り、一撃を加えたものと思われる。
死亡推定時刻は午後八時から九時。
新年会や二次会の開催は被害者自身がSNSに書き込んでいるため誰でも知ることができた。
そして、八時二十分頃と四十分頃にマンションの防犯カメラには不審な男が出入りする様子が映されていた。
橋村は指を舐め資料をめくる。
「と言うように、ここまでは非常にシンプルな殺人事件と言えます。神庭くん、犯人として考えられる人物にはどんな人がいると思いますか?」
「強盗の線が濃厚かと思います」
「私もそう思います。しかし、そこまで単純なら未解決事件にはなりません。この事件は今日まで三ヶ月間、解決されていません。血液、指紋、髪の毛、足跡、指紋……、あらゆる遺留物が調査されましたが、決定的な証拠は見つかっていません。それはその資料を見てもらえばわかります」
キャンペーンガールを初めとして、被害者に関係ある人物は潰しに調査した。
強盗の可能性も考慮し、広範囲で聞き込みをした。
それでも、犯行可能な人物はただのひとりとしていなかった。
「なぜだか、わかりますか?」
今度は数秒も考えて、神庭は首を横に振る。
「いいえ、わかりません」
「では答えを言います。現場が密室だったからです」