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神庭は3Dプリンターの前を離れると、別の機材の方へ歩いていった。

伊織は円谷くんと共についていく。

そこは他の区画とは異なり、危険な廃棄物が生じます、という張り紙がなされていた。


「ここでは有機材料を用いた回路基板をプリントしているんだ」


机の上にはプリンタが置かれていた。

一昔前の家庭用インクジェットプリンタによく似ていた。

ヘッドが往復する音が途切れると、透明なフィルムが吐き出された。


「ちょうど完成したみたいだね。これがドローンのコントローラだよ」


神庭はフィルムをつまみ上げる。

五センチ四方の大きさで、黒い模様が描かれていた。

見覚えのある模様だ。


「これって円谷くんの家に落ちていた……」

「捨て忘れた試作品だろうね。ここで作られたんだ。実際にやってみようか。手を出して」


神庭は伊織の手を握った。

そして、腕まくりをすると、手首に印刷されたフィルムを貼った。

フィルムはラップのような素材で腕に簡単に貼り付いた。

最後にフィルムの端に一センチ四方の板を取り付けた。

それで準備は終わりだった。


「手を開いた状態で静止して。それから、指を一本ずつ曲げて」

「……こう?」


伊織は気をつけの姿勢で、右手の指を一本ずつ曲げていった。

全部の指を五回ずつ曲げたところで、神庭はドローンを持ち出してきた。

先程プリントしたものと同じサイズだ。


「親指が上昇、人差し指が前進、中指が回転だよ。曲げ具合と曲げている時間で調整できるから」

「え? もう操縦できるの?」


手首にフィルムを貼り付けただけだ。

ケーブル類を這わせたわけでもないし、指に何かを取り付けたわけでもない。

半信半疑ながらも、伊織は親指を曲げた。

すると、ミニドローンが甲高い音と共にテーブルから飛び立った。

慌てて親指を真っ直ぐにする。

プロペラを停止させたドローンが床へ落ちていった。


今度は親指を少しだけ曲げた状態を維持した。

ドローンはふらつきながらも室内を飛行した。


「本当に動かせるのね……。どういう仕組みなわけ?」

「人間は指を曲げるときに手首の筋肉を使うんだ。動かす指によって使う筋肉は違ってくる。触ってみればわかるけど、指を曲げたとき手首の筋肉は動いてるんだ。このフィルムはその運動を誘電率の変化として読み取っているんだ」


作成したフィルム型回路は誘電センサーとして機能する。

誘電率とは、物体が電荷をどの程度貯められるかを決めるパラメータだ。

高校の物理ではコンデンサと共に習う。

金属を近づければ人体もコンデンサとして機能するため、センサーを使えば、その値が計測できる。

難しい話だが、突き詰めると、指の曲げ方を数値として取り出す機構だ。

一旦、数値になれば、今度はそれをドローンの制御信号に変換すればいい。


「やってみたからわかると思うけど、三種類の入力があれば、ドローンの操縦はできるんだ」


上昇、旋回、前進。

確かに飛ばすだけなら、この三つがあれば、最低限の動きはできる。

タブレットやドローンのコントローラが複雑な機能を持っているのは、カメラやセンサー類の制御を行うために、大量の入力が必要となるからだ。


「でも、検知した結果をどうやってドローンに伝えるのよ? 手首に貼っただけじゃわからないでしょ」

「無線だよ。最後に貼ったチップ、それがWi-Fiの電波を反射しているんだ」


Wi-Fiは微弱な電波を利用した無線通信だ。

電波はそれ自体がエネルギーを持つ。

このわずかなエネルギーを使って回路を駆動し、結果を再びWi-Fiの電波として返す。

非接触ICと似た仕組みだ。


「最新の技術ってのはすごいのね」

「いや、これらは全部、昔からあった技術だよ。誰でも使えるようになったのが最近なだけでね」

「そうなの?」

「有機素材を利用したフィルム回路なんかはかなり長い間、研究されてきたよ。けど、民生品としての需要がなければ、世には出回らない。今は有力な活用先として障害者向けの入力デバイスがあるけどね」


内容はほとんどわからなかった。

ただ、事件を説明するために必要な情報は揃っていたと思う。


事件の概要は、おそらくこうだ。

円谷少年は3Dプリンターで作ったドローンを使用して小学校の屋上を撮影。

それを目として災害用ドローンを操縦した。

方法は神庭が説明した通りだ。

フィルム回路を利用したコントローラを使用し、指のわずかな動きを入力とした。

円谷明人は事情聴取の際にリストバンドを身につけていた。

リストバンドは回路を隠すのにうってつけだった。


「円谷くん、もう言い逃れはできないと思うよ」


神庭は諭すように言った。

円谷少年の顔色が目に見えて悪くなる。

しばらくの間を置いて彼は言った。


「あの、このことは……」

「残念だけど、お母さんにも言わないといけない。でも、大丈夫だよ。ここの皆も一緒に行くから」

「みんな?」


円谷少年が振り仰ぐと、フロアには青年たちが集まっていた。


「彼らは君がVRTalkで話していた人たちだよ。一緒なら怖くないだろう?」


神庭が紹介すると、青年たちは各々自己紹介を始めた。

いずれも円谷少年にしか通じないハンドルネームを語った。

初対面ではあるのだろう。

しかし、円谷少年は人見知りとは思えないほど、ハキハキと彼らと話せていた。


「……どういうこと?」

「山田さんに円谷くんの所属コミュニティを探してもらったんだ。彼らは円谷くんが唯一心を許せる人たちだ。ここから先は事情聴取なんかでストレスがかかるからね。勇気づけてくれるなら彼らしかいないと思ったんだ」

「へぇ。あんたにしては、随分と気が回るじゃない」


犯人が少年であることを思えば、多少の心配りは必要だろう。

しかし、まさか神庭にこんな真似ができるとは思わなかった。



その日、円谷少年は母親と共に警察に出頭した。

神庭の推理はすべて的中しており、円谷少年の自室からは試作品と思しきコントローラが見つかった。

これが決め手となり捜査本部は円谷少年を犯人として断定した。


一点だけ事実と違っていたのは、災害用ドローンへのアクセス方法だった。

伊織はハッキングだと踏んでいたが、円谷少年は単にパスワードを知っていただけだった。

操縦用タブレットにパスワードの書かれた付箋紙が貼られていたのだ。

担当教員である久留間は責任追及を恐れ、事情聴取でこのことを黙っていた。

普段、誰も触らないタブレットだけに、パスワードが貼ってあったことを知る者はなかった。

円谷少年がその事実に気づいたのも、小型ドローンを学校でこっそり飛ばし、偶然、カメラに写ったからだという。


動機はやはりいじめだった。

円谷少年は担任を含めたクラスの全員から陰口を叩かれていたと供述した。


だが、宇野川は頑なに円谷少年へのいじめを否定した。


「俺が生徒を青虫だなんて。そんな発言するわけがないじゃないですか。仮にも教師ですよ? これ、名誉毀損で訴えられるんじゃないですか?」


ネット上ではその言い方で相手が怯むのだろう。

しかし、そこは百戦錬磨の刑事が集まる場所だった。

その程度の弁で刑事を騙せるはずもなく、刑事たちが入れ替わり立ち替わり、詰問を続けた。


捜査の手は学校にも伸びた。

学校側は生徒たちに箝口令を敷き、事実を隠蔽する構えを見せた。

これが必要以上に警察と教育委員会を刺激し、校長や学年主任を含む教員たちに厳しい追及が始まった。


結局、被害者だったはずの宇野川が一番厳しい取り調べを受けるという稀有な事態となった。

事情を考えれば無理もない話であり、伊織も特に同情はしなかった。


逆に円谷少年の処遇には慎重な判断が求められていた。

家庭の事情が複雑であることが発端の一つだとして、児童相談所と連携して最善の方法が探された。

本人が反省していることや心のケアが必要であることなども加味され、保護観察処分で落ち着くとのことだった。


また、今回の事件をきっかけに円谷少年は転校を決めていた。

新しい学校は自宅学習を許す、一風変わった学校らしい。

通う生徒は有名子役だったり、バイオリニストの卵だったり、特殊な経歴の子ばかりだ。


その中でなら円谷少年も浮くことがないだろう。

しかし、学校には厳しい入学基準があり、特別な能力を持つと判断されなければ入学できないそうだった。

更には著名人の推薦状も必要だという。


円谷少年には工作の腕があるも、推薦状はハードルが高い。


手を貸したのは神庭だった。

意外なことに彼が推薦状を書いたのだ。




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