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翌日。

伊織は秋葉原へ連れて行かれた。

オフィスビルにアニメの看板が貼り付けられる混沌とした街だ。

昼間は観光客とサラリーマンが入り混じるが、不思議と棲み分けがなされていた。


神庭が向かったのはオフィス街の一角だった。

エレベーターを降りると、お洒落な学食のような場所に出た。

テーブルと椅子が並び、私服姿の大人がスマホで仕事をしていた。

奥には見たこともない機材がいくつもあった。

伊織には用途すらわからない。


「何ここ? 工作室?」

「そんな感じ。ここは自社で機材を持てない会社が共同で使えるスペースなんだ」


工作シェアオフィスないし試作ラボと呼ばれるそうだ。

主な利用者はハードウェア系のベンチャー企業。

ロボットやカメラ、スケボーと、少し見ただけでも開発物は様々だった。


「なんとなくだけど、家電が多いのね」

「鋭いね。秋葉原は元々、電子工作の聖地だったんだ。ここでは電子回路やそれを乗せる基板も作れるよ」

「へぇ」


基板の開発と言われると、工場で難しい機械を使うイメージがあった。

しかし、実際の様子を見ると、スマホで回路図を描いて、機械に入力するだけだ。

機械は設計図に従い、回路基板を即座に作り、出力する。

ものの数分で回路が完成する。

速さの秘訣はプリンターだ。

回路を印刷するのだ。


「印刷なんてできるわけ?」

「回路は、目的とする電気特性を持つ導体が利用したい形になっていれば使えるからね。不導体の上に金属インクで印刷する方法は理に適ってるんだ」

「なんだか、すごいのね」


感心しながら他の機械も見て回る。

利用者の多くは三十代だが、中には大学生と思しき青年もいた。

大学に通いながら会社を興そうとするベンチャーの人たちだという。

志の高さに感心する。

まさに違う世界の住人だ。


「神庭さんじゃないですか! お久しぶりです!」


奥まで歩いていくと、三十代前半の男性が走り寄ってきた。


「えぇと、誰でしたっけ?」

「白木です! 昔、NIIでお世話になったんです」


白木の言葉で周囲にいた男性陣が手を止めた。全員が神庭に熱い視線を向けていた。「あれが伝説の神庭さんか……」などのつぶやきも聞こえる。何人かが名刺を手に白木の後ろに並び始めた。あっという間に人だかりができてしまった。

「もしかして神庭って有名人なの?」

「当然です! この界隈で神庭さんを知らない人はいませんよ! 一億出したって雇いたいくらいです!」


白木が熱っぽく語った。

一億が年収の額だと気づくのに時間がかかった。

警察機関では警視長だってそんなにはもらっていない。

逆に言えば、今、白木の後ろに並ぶのは、一億を出せる新興企業の幹部に違いなかった。


熱烈な挨拶は二十分もしてようやく終わった。

神庭は奥まった席を見つけて腰掛けた。


「ふぅ、こういう場所に来ると、大変だね」

「大変なのはあんたの人気っぷりよ。一億よ、一億? なんで警察にいるのよ」

「まぁ、やりたいことがあるからだよ」

「なにそれ」


警察組織に神庭が何を求めているのか。

少し気になった。

しかし、好奇心をぐっと抑える。

今は事件の方が優先だった。


「そろそろここに来た理由を聞きたいんだけど?」

「あとで話すよ。もうすぐで来るはずだから」

「来るって誰が?」


伊織が言うと同時に、入り口に見知った人影が現れた。

色白で小柄。

ヘッドマウントディスプレイを被ったまま危なげなく歩く少年。

円谷明人だった。



「少し話を聞かせてもらえるかな」


神庭は円谷少年に声をかけ、個室へ誘った。

会議用に使われるスペースらしく、ホワイトボードやディスプレイがあった。


「……」


円谷少年はいきなり呼び出され困惑している風だった。

伊織も同じ気持ちだ。

神庭から事前の説明はなかった。

円谷少年がこんな場所に出入りしているなど、初めて知った。


「話を聞くなら、円谷くんの家に行けばよかったのに」

「母親のいない場所で話をしたかったんだ。君のお母さんは怖いからね」


神庭はパソコンをディスプレイに接続した。

映し出されたのはパワーポイントだった。

ようやく伊織にも意図が見えた。

同時に次の一言が容易に想像できた。


「最初に今回の事件を振り返ってみようか」


神庭がパソコンを操作すると、学校の見取り図が表示された。


「事件が起こったのは円谷くんの通う小学校の屋上だった。年に一度の災害用ドローンのテスト飛行中、突如としてドローンが制御を失い、教員に襲いかかった。何者かが遠隔から制御を奪ったんだろうね。けど、この人物はドローンの映像を転送しなかった。回線速度に問題があったからだ。だから、操縦者は目視でドローンを飛ばしていたと考えられる」

「……」


円谷少年は無言だった。

伊織も特に口を挟む気にはなれない。

神庭の独演を聞くことにした。


「今回の事件を解決する鍵は、どこからドローンを操縦していたかだった。警察は長らくこの問題をどこからドローンを見ていたか、に置き換えてきた。操縦者が望遠鏡などを利用してドローンを目視していた。その思い込みが捜査を行き詰まらせていたんだ」


まるで犯人がドローンを見ていなかったかのような言い方だった。

ドローンは視界に入っていないと飛ばせない。

そこに間違いはないはずだ。


「ドローンを飛ばすのに自分で直接見る必要はないんだ。あっちに解答を作ってあるから、一緒に見ようか」


神庭は円谷少年を誘い、会議室を出た。

伊織もあとをついていく。

向かった先には3Dプリンターがあった。

巨大なアームが忙しく動き、何かを造形していた。

間もなくプリンターは軽快な音楽を鳴らし、作業が完了した旨を報告した。


「予めプリントしてもらっていたんだ。結構、時間がかかるからね」


神庭は保護カバーを外し、完成品を取り出す。

大きさは手のひらに乗る程度。

プラスチック屑にまみれた箱のようなものだった。

神庭は丁寧に屑を取り除いていく。

間もなく形が明らかになった。

中央にあるのは確かに箱だ。

しかし、そこから四本の腕が伸びていた。

その先端に神庭は別にプリントされたプロペラを取り付けた。


「ドローン……。これでドローンを出力したわけ?」

「そうだよ。プロペラ込みで簡単に作れるんだ。あとはこれに必要な部品を取り付ければいい」


ドローンの動作には制御用のマイクロコンピュータ、モーター、バッテリーが最低限必要になる。

そこにカメラや高度センサーなどを組み込めば、市販品に近い仕上がりのものが完成する。


伊織は珠美の話を思い出した。

ドローンを鹵獲しても持ち主の特定に至るケースが減っている。

こうして自作することが可能なためだ。


「……でも、これが事件にどう関係するわけ?」


犯行に使われたのは自作ドローンではない。

災害用の本格的なものだ。


「被害者を襲ったドローンは風に煽られた落ちた、と言われているよね」

「そんな話だったわね。髪が顔を覆うくらい強い風が吹いたって……」

「けど、災害用ドローンがその程度の風で落ちるはずがない」

「その話は前も聞いたわ。でも、風以外に理由なんてないわよ」


上空に局所的な強風が吹いたのではないか。

そんな意見もあった。


「落ちたんだろうね。ただ、落ちたのは操縦者の目の方だけどね」

「……はぁ? 目が落ちる?」

「災害用ドローンを操縦者は、自作ドローンが撮影したカメラ映像を見ていたんだよ」

「自作ドローンが撮影した……、あ! そういうことなの?」


犯人が自らドローンの見える位置に立つ必要はない。

ドローンが見えるのなら、どのような形でも構わないのだ。

小型ドローンを飛ばし、小学校の屋上が撮影できる位置で静止させる。

そして、小型ドローンの映像を見ながら、災害用ドローンを操縦する。

それなら、屋内にいても災害用ドローンの操縦が可能だ。


「でも、待って。小型ドローンの操縦はどうするのよ?」

「ホバリングするだけなら制御プログラムが自動でやってくれるよ。小型ドローンは位置を調整したあとは放置していい。学校の屋上にいたはずだよ」

「あ、まさか神社に落ちてた小型ドローンって……」

「犯人が飛ばしたものだろうね」


災害用ドローンを飛ばす日に合わせ、予め神社に設置していたのだろう。

防災用ドローンの羽音に紛れてしまえば、誰も小型ドローンには気づかない。


「それで、犯人は誰なんですか?」


円谷少年が初めて口を開いた。

か細い声だが、挑発するような響きもあった。


「君だよ、円谷くん」


神庭は即答した。


「僕は科学館にいたよ」

「知ってるよ。でも、君はいつもヘッドマウントディスプレイを身に着けているからね。ARモードで外を見ているのか、それとも全く違う映像を見ているのか、外からは区別をつけられない」

「じゃあ、僕はどうやって操縦していたの?」

「そうよ。円谷くんは科学館のカメラに映ってたのよ? コントローラもスマホも操作してなかったわ」


伊織は二人の間に割って入る。

監視カメラの映像がある限り、円谷くんのアリバイは崩せない。


「ドローンの操縦にコントローラかスマートフォンが必要、ね。その思い込みは捜査を行き詰まらせた二つ目の理由だよ。それも解答を用意してある。行こうか」



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