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校舎を後にして、校庭へ出た。

宇野川が担任を務める五年二組は体育の授業中だった。

クラスを四チームに分けてサッカーをしていた。

少年の放ったシュートが枠を外れ、伊織の方へ飛んでくる。

伊織は胸でボールを受け、三度リフティングをしてから、ボールを蹴り返した。

おぉ、という歓声が聞こえる。

いつの間にか生徒たちの視線が伊織に集まっていた。


「どちら様ですか?」


騒ぎに気づいた教師がやって来た。

伊織は簡単に事情を説明した。

クラスの生徒と話をしてよいと、教頭の許可は取っていた。


「そういうことですか。もう授業が終わりますので。どうぞ」

「ありがとうございます」


伊織はクラス名簿を開き、誰と話すかを考えた。

一応、事情聴取では全員から話を聞いている。

しかし、また全員と話す時間はない。

代表者を数人選ぶ必要があった。


「あの、警察の人ですか?」


名簿を見ていると、男子生徒がやってきた。

坊ちゃん刈りに丸メガネ。

利発そうな雰囲気だった。

背後には三人の生徒がついてきていた。


「そうよ、君たちは?」

「実は俺たち、ずっと事件について話してたんです。先生があんなことになったのが悔しくて。だから、誰かと話す必要があるなら僕らでお願いします」


男子生徒はそう言った。

話し方がはっきりしている。

五年生というのが信じられないくらいだ。


「じゃあ、お願いするわね」


伊織としては筋道立てて話せる生徒なら誰でもよかった。

立候補はありがたい申し出だった。


生徒らを連れ、屋上へ向かう。


ペントハウスのドアを開けると、がらんとした空間が現れた。

避難場所であるため太陽光パネルだけは設置されているが、面積的には屋上の半分程度だ。

パイプ類を束ねた段差が仕切りとなって、太陽光パネルに近づけないようになっている。


「最初、先生はあの辺りに立っていたんです」


男子生徒は校庭側の柵を示した。

伊織はそこまで歩いて行って、柵の間から校庭を見下ろした。

防災倉庫が片隅に見えた。

距離は百メートル以上ある。

その近くに立つ生徒の顔までは見えない。


「操縦するなら、どの建物がいいのかしらね」


学校周辺には背の高い建築物が少ない。

パッと見たところ四つのマンションが候補だ。

大体二百メートル以内に位置しており、高層階なら屋上を見下ろせる。


「あの距離から肉眼で操縦できるなら、相当、目がいいと思うけどね」


神庭が言う。


「実験ではできるってことになってるわよ」


距離二百メートル離れた場所からドローンを肉眼で操縦できるか。

捜査本部で検証実験がおこなわれていた。

結果、背景がカラフルであれば可能という結論だった。

一方、人に向けて土嚢をぶつけるような精密な動作は捜査員では再現できなかった。

よほど習熟していたか、双眼鏡を使ったかとされている。


「先生がドローンの攻撃を受けたのはどの辺だったかしら?」

「はい、ちょうど配管の近くなので、あの辺りです」


目的の場所には女子生徒が立っていた。

屋上の中央付近だ。


「ドローンは校庭から見て左側から右側に向かっていったんです。そのあと、森に逃げました」


森は校舎に向かって右手の方角だ。

地理的には小さな神社がある。

道路を挟んだ反対側のため、直線距離で二十メートルだろうか。

樹木の高さは最も高いもので屋上と同程度だ。


「森に逃げたあとは、墜落したってことで間違いない?」

「はい。なんかフラフラし始めたんです」


生徒は手をくねくねさせて言った。

調書には、木にぶつかり近くの民家へ落ちたとある。

原因は特定に至っていないが、教員の話では強風が吹いたとのことだ。


「そのことなんですけど」男子生徒が眉毛をハの字にする。「俺たち話し合ったんですけど、風なんて吹いてなかったと思うんです」

「風がなかった? でも、屋上にいた他の先生の話だと強い風が吹いていたという話だけど」

「確かに吹いてましたけど、あんな風で落ちるなんておかしいです」


男子生徒は強弁した。


「どれくらいの風かな? 髪が顔にかかるくらい?」


伊織が女子生徒に尋ねると、彼女は「たぶん、それくらい」と答えた。体感的には強風だろう。しかし、犯行に使われたドローンは災害時を想定したものだ。その程度の風なら問題ないように思える。

「操縦者の腕前次第ってことはないかしら。下手だから風に煽られて焦ったとか」


思い付きを口にするも、神庭に「姿勢制御は自動だよ」と指摘された。ドローンには風に自動対応する仕組みがあるらしい。操縦者の腕前によらず、ほぼスペック通りの風に耐えられる。ふらついた理由は深堀りすべきだろう。

「落ちたと言えば、小さいドローンも落ちてました」

「小さいドローン?」

「はい。神社の方にこれくらいの奴があったんです」


生徒は手のひらで丸を作った。

大人の拳くらいの大きさだ。

そのサイズのドローンがあったことは報告にない。


「いつ、どこで見つけたの?」

「一ヶ月くらい前ですけど……。雨で濡れてぐちゃぐちゃになってたんです」


難しい時期だ。

事件後に誰かが飛ばしたか、事件前から木に引っかかって見つけられなかったか。

事件に関係するかは話を聞いただけではわからない。


「今は誰が持ってる?」

「たぶん、捨てられちゃったと思います。先生に預けたから」


教員の顔を見ると、わからない、とばかりに首を振った。


「おもちゃを持ってくる生徒はたくさんいます。持ち主が現れなければ基本的には捨てます」

「事件に関係するかもしれないので、念の為、捨てられていないか確認をお願いします」

「はぁ、……まぁ、一応聞いてみますけど」


教員は明らかに気乗りしない様子で言った。


「ところで、君のクラスには事件があったとき一人だけ違う場所にいた子がいるね」


神庭が聞いた。

事件のあった日、宇野川のクラスには学校を休んだ生徒がいた。

その日が特別というわけではなく不登校だったそうだ。

宇野川のクラスで唯一、事情聴取ができていない生徒でもあった。


「あぁ、青芋虫ですか」


男子少年は毒づいた。

その豹変ぶりに伊織は驚く。


「クラスメートを青芋虫なんて呼んだらダメじゃない」

「先生がそう呼んでるんだからいいんですよ」


まさかとは思う。

いくらなんでも教員が生徒に蔑称をつけるなんて。


「あいつ、サボりなんですよ。病気じゃないんです」


男子生徒が言うと、残りの三人も肯いた。


「学校を休んで科学館で遊んでるんです」

「科学館?」

「そうです。帰りに見たことがある人がいるんです」


不登校の生徒が日中に科学館に出入りしている。

関係するとは思えないが、手帳に書き留めた。

事情聴取ができていないことも思えば、その少年についてもう少し聞くべきだろう。


しかし、同行した教員が割り込んできた。


「すみません、時間が来ましたので話はここまでということで」

「え、ちょっと」


教員はまだ話したそうな生徒の背中を押して、強引にペントハウスに連れて行った。

あまりのわざとらしさに伊織は唖然とした。

深堀りされたら不都合と言わんばかりだ。

いや、事実、そうなのだろう。

教員がいじめに関与したとあらばスキャンダルなのは間違いない。

現時点で証拠はないが、匿名で教育委員会に密告してやろうか。

伊織はそう思った。



本庁へ戻ると、神庭はすぐにパソコンを開いた。

伊織はその机にコーヒーを置く。


「あの学校、全体的に何かを隠していると思わない?」


自分のカップに口をつけ、伊織は疑問を吐き出した。

宇野川を含め、教員は皆、非協力的だった。

頼めば、しぶしぶ動くも、それ以上のことはしない。

調べられたら困ると言わんばかりだった。


「どうかな。以前の捜査では何も見つからなかったんでしょ」

「まぁ、内部犯の可能性は真っ先に疑われるものね」


捜査本部は学校をくまなく調べていた。

何かが見つかったという話はない。


「けど、あの久留間(くるま)って教師の態度もおかしかったと思うけど」


久留間はドローン操縦を担当した教員だった。

生徒から話を聞いたその足で、伊織は久留間に話を聞いた。

彼は四十過ぎの男で疲れた顔をしていた。

緩慢な動作で歩き、話し声もボソボソしていて聞き取りづらかった。


ところが、事件当時の様子を尋ねると、とたんに饒舌になった。

ドローンがどのように飛び、どのように落ちたのか。

自分は何をしていたか。

よく覚えているものだと感心した。

一方で遠隔操作の話になると、歯切れが悪くなった。

学校のセキュリティ対策だとか労働問題だとか抽象的なことを語り始めた。


「責任を問われたくなかったからじゃないかな」

「学校のセキュリティを一人で任されていたって話でしょ?」


久留間はIT関連設備を一人で担当していた。

その結果、セキュリティに穴が生まれ、外部からのハッキングを許した。

これが遠隔操作の直接的な要因だと言われる。

罪悪感を覚えることに違和感はない。


「けど、何かを隠す理由にはならないわ」

「タブレットの件は不思議だったね」


久留間はドローン操縦に使用するタブレットを頑なに見せたがらなかった。

事件には関係ない、の一点張りだった。

実際、タブレットは犯行当時、職員室にあると判明していた。

念の為、捜査本部でも調べられ、何もないことがわかっていた。

だからこそ、隠そうとする意図が見えなかった。


「考えても仕方ないよ。犯人を突き止めることとは関係がないからね」

「はいはい、捕まえてから聞けばいい、でしょ? 手がかりは掴めてるわけ?」

「今のところは何も。少なくとも目視で操縦可能な範囲に犯人がいないことはわかったよ」


神庭はパソコンの画面を見せてくる。

散布型センサーの解析結果だ。

周辺施設の屋上に人が立ち入ったかどうかは、振動を検知すればわかる。

事件前日まで遡っても該当する物件はなかった。


犯人は遠方から学校を監視していた。

今のところ捜査本部の見解と同じだ。

しかし、それは進展がないことも意味していた。


「タケさんたちは、何か掴めましたか?」


自席にいる沖野と山田に声をかけた。

ふたりはヘッドマウントディスプレイを被っていた。

返事がない。


「もしもーし」

「VR空間にいるんだし、聞こえるわけないよ」

「そうなの?」


ヘッドマウントディスプレイはヘビーユーザー向けのゲーム機の側面が強い。

伊織はアミューズメントパーク以外で身につけたことが一度もなかった。


仕方なく沖野の肩を叩く。

沖野は飛び上がるほどに驚いた。


「うぉお! お前、心臓が止まるかと思ったぞ……!」

「す、すみません……。そんなに気づかないもんなんですか?」

「いや、お前。最新の奴はすごいぞ。試してみろよ」


沖野にヘッドマウントディスプレイを渡される。

外見は分厚い水泳ゴーグルだ。

こんなものでと思うが、かけてみると世界が変わった。


「え、なにこれ!?」


伊織は城のような場所にいた。

中世風の城だ。

中庭を見下ろせるテラスにいる。

振り返ればパリの宮殿かというような豪奢な部屋がある。


「すごい。ディズニーみたい!」

「ディズニー? もうちょっとリアルだろ」

「最近のディズニーはこれくらいですよ。で、何を見てたんですか?」

「被害者が暴れていたっていうSNSだ。や、SNSと言っていいのかわからねぇけどな」


沖野の端切れが悪くなる。

気持ちはわかる。

単なるコミュニケーションツールにしては、これは重厚壮大に過ぎる。

もう一つの世界があると言ってもいい。


「どうやってこんなの作るのかしら」

「大半は自作っすよ」


ヘッドフォンを外した山田が言った。

外見に似合わずVRゲームに詳しいらしい。


「VRTalkは元々は自分のアバターを見せ合うのが目的だったんすよ」


山田はディスプレイにVR内の画像を表示した。

城の中庭に数多くのアバターがたむろしていた。

中には無機物や動物なども混じる。

今でこそ大半は販売されているものだが、かつてはほとんどが自作だったという。

アバターとヘッドマウントディスプレイが普及してくると、VRを楽しむだけの層が増えてきた。

アバターやゲームの即売会がVR空間で開かれるなど、コミュニティとしての側面が強くなったのだ。


「聞いたことあるな……。セカンドライフって奴だ」


沖野が遠い目で言う。


「なんすかそれ?」

「俺がこんな小さな頃に話題になったんだ。デジタル空間で第二の人生を送るっていう話でな」

「タケさんが子供の頃って、まともなスペックのマシンなんてなかったんじゃないすか?」

「まぁな。もっと、カクカクした奴だった」

「時代が早すぎたんすね。当時はデジタル空間には人生と呼べるほどの厚みがなかったんすよ。技術が足りない面もあったんすけどね、何より人間の理解がなかった。厚みを生むのは人間の存在っす。熱量を持って取り組む者がなければ、道は開けないんすよ」


山田は熱く語った。

確かにこれだけリアルな空間であれば、第二の人生とやらを求める人がいてもおかしくはない。


「すごいのはわかったけど、事件に関係する情報は見つかったの?」

「もちろんっすよ」


山田はハンドジェスチャーで画面を切り替えた。映し出されたのは城の外壁だった。血糊のようなもので落書きがなされている。「これは私を虐げた社会への復讐だ。貴様に下った天罰は序章に過ぎない。悔い改めることだな」犯行声明とも取れる文面だった。

「第一発見者はこの城を拠点にする人で、ちょうど事件発生の翌日だったそうっす。これが事件と関与してるかは不明っすけどね」

「時期的にはぴたりと来るわね。誰が書いたかわからないの?」

「そりゃ無理っすよ。管理者がいるわけじゃないんすから」


VRTalkには運営サーバが存在しない。

各エリアは、運営母体によって定められた規格に則り、個々人がブロックチェーンで構成する。

かつてのSNSのように運営会社が何でも把握している状態にはない。


「だから、VRTalkでは落書きが問題になってるんすよ。誰がいつ描いたか、誰にもわからないんす。監視カメラが必要になるんすよ」

「なにそれ」


デジタル空間に監視カメラとはおかしな話だ。

しかし、なければ犯人は捕まえられない。

広大なVR空間の全貌を把握するには、途方もない計算資源が必要であり、現状、それを持つ者が存在しないためだ。


「まるで現実世界ね」

「そうなんすよ。やり取りも個人間のメッセージか音声っすから記録には残らないんすよ」


それ故、デジタル空間でありながらも、捜査手法は聞き込みに頼らざるを得ない。

運営母体にIP開示を請求すれば済む話ではないのだ。


「とにかく、やってみればわかるっすよ」


山田にそう言われ、伊織はしばらくVR空間を散策した。

アカウントは新しく作った。

メールアドレスと重複しないIDを生成すれば完了だ。

アバターは初期セットの中から熊を選んだ。

熊となってデジタル空間を歩く。

できることは道行く人にチャットで声をかけ、音声通話の許可を求めることだ。


聞き込みは全くうまくいかなかった。

警察手帳もVR空間では効力がない。

宇野川の普段の行いについて尋ねるも、個人情報を聞くとは何事だ、と逆に諌められた。


十数分で諦めた。

権力なしでは聞き込みもままならない。

かと言って、大々的に警察が介入すれば、そこにいる者たちは姿を消してしまうだろう。

二度と現われないかもしれないし、足跡を追跡するのは、それはそれで骨だ。

現実世界以上に厄介だった。


「神庭は何かアイデアはないわけ?」


そう尋ねると「サーバが百台くらいあれば解析できるよ」という返答があった。

「いくらあれば作れるの? 係長に頼んでみたら?」

「安くて十五億くらいかな」


刑事部でそんな予算が降りるはずもなかった。


「公安に聞いてみたらわかるんじゃない?」

「そうかもしれないけど、……協力してくれるとは思えないわね」


同じ組織と言えども刑事部と公安部は距離がある。

山田の地道な聞き込みに期待するしかなかった。



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