23
特命の部屋へ戻り、伊織たちは説明を受けた。
「どんな事件かと言いますとね。ドローンを使った殺人未遂なんです」
橋村はモニターに写真を映した。
小学校を上空から撮影したものだ。
東京未来小学校。
写真の右下にはそんなタイトルがつけられていた。
今を遡ること二ヶ月前、東京未来小学校では災害用ドローンの定期点検がおこなわれていた。
破損やサビがないか確認したのち、実際に飛ばして動作に異常がないか確認する作業だ。
操縦は同小学校に勤務する教員が担当し、ドローン操縦の免許を有していた。
飛行試験は順調に進んでいたが、ある瞬間、急に制御が効かなくなったという。
「制御不能と言っても、めちゃくちゃな飛び方をしたわけではなく、別の誰かに制御を乗っ取られたかのようだと言うんですね。まるで別の誰かが操縦しているみたいに、きれいな動きで屋上へ向かったというんです」
そして、ドローンは運搬中だった土嚢を利用し、屋上にいた教員に危害を加えた。
土嚢の運搬方法は神庭の講義にもあった。
フックに吊り下げられたネットに土嚢が積まれる。
一般的な土嚢が三十キロ前後であることを思えば、振り回すだけで十分な凶器となっただろう。
「被害者は宇野川大吾という男性教員です。最初に背中から土嚢をぶつけられ転倒。その後、頭上から土嚢を落とされたのですが、運よく土嚢が足に当たったため、右足を複雑骨折する程度で済みました」
「点検中のドローンを操って犯行に及んだ、か……。操縦を担当していた教員が嘘をついていた可能性はないんですか?」
沖野が聞いた。
「おそらく本当でしょう。操縦担当の教員の他にアシスタントの教員も現場にいました。ふたりでコントローラの命令を受け付けないことを確認しています。また、ドローンの操作ログを調べたところ、外部から接続があったこともわかっています」
これで点検担当の教員が共犯という線も消えた。
犯人が遠隔からドローンを操っていたのは間違いない。
「ドローンへのアクセスは学外からですか?」
今度は神庭が聞いた。
「えぇ、アクセス履歴を見る限りでは、学校の外からドローンをハッキングしたとされています。ただ、追跡に難航しているようです」
「例の外国経由のアクセスって奴ですね」
伊織は覚えたての知識を披露した。
インターネット犯罪は非同盟国や共産国を経由されると追跡が困難になる。
そう神庭から習った。
「今回もそのケースです。しかし、通信経路の追跡は最重要ではないとされています。なぜかわかりますか?」
通信路の追跡は犯人の居場所に直結する。
重要でないとは考えにくかった。
「犯人の目撃情報があったからですか?」と伊織は言った。
「惜しいですね。正解は犯人がドローンを目で見ながら操縦していたからです」
「あぁ、それなら犯人は事件当時、学校の近くにいたことになりますね」
犯人のおおよその位置がわかっているなら、目撃情報を探す方が有益だ。
ましてドローンを操縦していたとなれば、かなり目立っただろう。
「あれ、目撃情報がないのに目視で飛ばしていたとわかったんですか?」
「はい。実はドローンのカメラ映像が転送された形跡がなかったんです」
ほとんどのドローンは前面にカメラを持つ。
映像は操縦者の手元へ送信され、それを見ながら飛ばすことが可能だ。
逆に映像がない状態で飛ばすには、目視に頼るしかない。
今回、犯人は映像を転送しなかった。
故に目視で飛ばしたというわけだ。
「あえて目視にした理由はわかっていませんが、回線の都合と言われていますね」
秘匿性を担保できるネットワークは往々にして公的機関が運営するものではない。
そうしたネットワークほど作りが粗雑で速度が出ないという。
映像をリアルタイムで送るのはまず不可能とのことだった。
「つまり、映像転送ができないのは、犯人にとっても不都合だったわけですね。となると、ますます目撃情報が重要になってくるわけですが、ここがこの事件で一番厄介な点です。目撃情報が一件もないんです」
犯人が現場付近にいたのは間違いない。
屋上にいるドローンを見るには、ある程度の高さも必要だ。
必然的に候補は学校周辺の見晴らしのよい場所に限られてくる。
だというのに、目撃者は一人として現れなかった。
よほどうまく偽装したか、遠方から操縦したかのどちらかだと考えられていた。
捜査本部は両面から検討を進めた。
双眼鏡で屋上が見られる候補地を虱潰しに調べ、偽装方法をドローンの専門家に聞くなどした。
しかし、どちらも芳しい成果は得られなかった。
「動機から犯人を絞るしかないでしょうね。容疑者を絞っちまえばこっちのもんです」
沖野が言った。
その方が筋がよいと伊織も思った。
話によれば、ドローンは特定の教員だけを狙っている。
人間関係を当たれば、容疑者に行き当たるはずだ。
「当然、被害者の人間関係も調べられています。面白いことがわかったそうですがね。なんと容疑者が百名ほどいて、全員被害者と面識を持たないんです」
「なんですか、そりゃあ」
沖野がぼやいた。
百人の容疑者。
直接的な接点なし。
どういう状況ならそうなるのか。
橋村は資料をめくって言った。
「VRTalkというSNSを知っていますか? 文字通りVR空間を中心に交流するサービスです」
「名前くらいなら……」
伊織はそう答える。
VR──バーチャルリアリティ──を楽しむには、ヘッドマウントディスプレイがなければならない。
アウトドア派の伊織には無用のものだ。
それでも、VRTalkは知っていた。
VRを利用したコミュニケーションサービスとして始まり、全世界に利用者がいる巨大サービスだからだ。
サービスの特徴はなんと言っても仮想世界でのやり取りだ。
創造された世界に入り、自由に歩き回る。
匿名の場合は、変声機で声も変える。
文字のやり取りでもいい。
見ず知らずの誰かと交流したり、趣味を同じくする者で集まったり。
楽しみ方は自由だ。
「それでどうしたら恨みを買うんですか?」
「被害者はいわゆる荒らしとでも言うんですかね。過激な発言を繰り返したり、特定の個人に付きまとったり。悪質な振る舞いが多かったそうです」
「それはまた……」
「一応、サンプルもあるので見てみますか」
橋村はモニターに文字のやり取りを映した。
内容は政治だった。
陰湿な悪口を並べ立て相手を怒らせると、一転して知識をひけらかし、相手の矛盾をつく。
被害者自身は政治に造詣が深いようだった。
伊織の知らないような単語が次々に出てくる。
中には壮絶な舌戦と言えなくもないようなやり取りも見られた。
絡まれた相手からすれば、相当なストレスだろう。
匿名と言えど、身元を調べる方法はいくらでもある。
恨みを持った何者かが勤務地や住所を調べ上げ、犯行に及んだとしてもおかしくはなかった。
「これを続けて容疑者が百人になるほど恨みを買ったわけか。本人にも問題があるんじゃねぇか?」
「まぁ、それは言わない約束ということで」
吐き捨てる沖野を橋村がなだめる。
「ちなみに、これらの容疑者のうち当日に明らかなアリバイがある人が七割程度だそうです。捜査本部は引き続き、この三十人を追っているそうですが、どちらかと言えば全員シロだと言われています。もしかしたら見えていない筋があるんじゃないかとそういう話なんです」
ようやく話の全貌が見えてきた。
捜査本部は解散されていない。
よって厳密には未解決事件ではないが、今のままだと未解決になってしまう。
そこで個人的な伝で橋村に依頼が来たわけだ。
神庭ならどうするだろうか。
ふと伊織は考えた。
操縦者の大体の位置も把握できないのでは、散布型センサーを使う意義がない。
新しい技術を出すのだろうか。
「今日もまた、皆で協力、頑張ろう。ということで、よろしくお願いします」
橋村の説明が終わると、伊織は早速、腰を上げた。
まずは現場だ。
何事も自分の目で確かめるところからだ。
すると、普段ならパソコンを開くはずの神庭が立ち上がった。
「珍しい。あんたも行くの?」
「うん、今回の現場には三次元マップがないからね」
「そんな理由?」
伊織は少しがっかりした。
神庭にも刑事らしさが身についてきたのかと期待した。
しかし、神庭は相変わらずのようだった。
現場の小学校は住宅街の中ほどにあった。
校舎は四階建てだが、それより高い建物は高層マンションがいくつかある程度だ。
公立校らしく設備は数十年前から更新されていない。
私立では校門前に顔認証ゲートを置くことも珍しくないが、東京未来小学校は錆びた鉄柵があるばかりだ。
この分では防犯カメラにも期待はできないな、と伊織は思った。
受付で来意を告げ、名簿に神庭と自分の名前を書いた。
二ヶ月間、刑事が足繁く通ったからだろう。
現れた教員は応対に手慣れていた。
退院した被害者に話を聞きたいと言うと、応接室へ通された。
革張りのソファに申し訳程度の観葉植物があった。
間もなく男性教員が現れた。
身長も体重も平均程度で髪が短い。
切れ長の目には好戦的な光があった。
宇野川大吾。
三十四歳。
彼がドローンに襲われた被害者だった。
「お忙しいところ、すみません。怪我はもうよろしいんですか?」
そう尋ねると、宇野川は鼻を鳴らした。
「歩けるようにはなりましたよ。リハビリに通ってますが」
宇野川はソファに腰掛けた。
日常生活に支障がない程度には回復しているようだった。
「で、新顔さんが何の用ですかね。先に言っておきますが、何度、注意されても私は方針を変えるつもりはありませんよ」
宇野川は横柄な態度で言った。
伊織と神庭は首を傾げる。
方針とは何の話だろうか。
「あんたら、論戦をやめさせに来たんでしょ?」
論戦。
その単語で事情を察した。
宇野川はSNSの利用法について、前任者に注意されていたのだろう。
「そういうわけではありません。我々の目的は事件の解決です」
「じゃ、さっさと逮捕してくださいよ。まだ解決できないんですか?」
「解決のためには宇野川さんの協力が不可欠です。そのために話を伺いたいんです」
「あのねぇ。話せることは全部話したんですよ。話せと言われても、もう何もないですよ? 足りないのはこっちの協力じゃなくて、そっちの能力じゃないんですか?」
宇野川の物言いには逐一、棘があった。
この調子でSNSでも敵を増やしたのだろう。
「本日から超科学と呼ばれる手法を導入します。神庭はそのスペシャリストです。すぐに解決できますよ」
「へぇ、そうなんですか? すぐにってことは数日かな。それ以内に解決できなかったら、書かせてもらいますね。警察が超科学とかいうインチキ手法を標榜してるって」
カチンと来たので伊織はとっさに言い返した。
「いいですよ。その代わり、解決できたらあなたは何をしてくれるんですか?」
「はい? なんで俺がなんかしなきゃいけないの? そっちの能力を計ってるだけで、賭けってわけじゃないでしょ?」
宇野川は鼻で笑った。
その態度にはさすがに我慢ができなかった。
もういっそ怒鳴ってやろうか。
伊織が拳を握りしめたところで、唐突に神庭が言った。
「そう言えば、宇野川さん。こちらの投稿はご覧になりましたか?」
スマートフォンを差し出し、宇野川に見せる。
SNSの画面が映されていた。
「これがどうしたんですか?」
「読めばわかりますよ」
宇野川は再度画面を覗き、顔を青くした。
「なんですか、これは……!」
伊織も身を乗り出して画面を見た。「虫に制裁を与えた」「ミライイキリ虫が逝き損ねた」「なぜ生きているのか」「ちゃんと○せばよかったのに」「早く次の奴、行けよ」「絶対、次が出てくるな」物騒な投稿が並んでいた。
「宇野川さんについてやり取りしている方々ですよ」
「バカな……!! こんなのは知りませんよ!」
「それはそうです。本人に見えるところで会話したら意味がないですからね」
「殺害予告じゃないんですか!? 逮捕してください!」
「いえ」神庭は首を横に振る。「彼らは隠語を使っていますので。虫が宇野川さんを指すと証明できません」
「じゃあ、どうしろっていうんですか!?」
「それは前任者から聞いていたのでは?」
痛烈な切り返しに、宇野川は言葉をつまらせる。
ネット上の議論は形勢が不利になれば逃げることもできるが、現実ではそうもいかない。
他人にやり込められた経験がないのだろう、宇野川は羞恥に顔を染めていた。
「とまぁ、これが超科学の力です」
伊織は無理やりまとめた。
神庭も長々とした解説を加えたが、宇野川は聞いてなかった。
言論の自由が云々とつぶやいていた。
それから、しおらしくなった宇野川にいくつか質問をして、応接室をあとにした。
事実の確認はできたが、新しい情報は増えなかった。
「さっきは助かったわ」部屋を出てから伊織は言った。「まさかあんたにフォローされるとは思わなかった」
「事実を伝えただけだよ。大したことじゃない」
神庭は落ち着いていた。
泰然自若とした物腰がカッコよく思えた。
「それより、噂通りの人だったわね。あんな非協力的な被害者は初めて」
伊織は話題を変えた。
なぜだか気恥ずかしくなったためだ。
「被害者の性格は関係ないよ。僕らの仕事は犯人を見つけ出すことだから」
「……なによ、今日はやたらといいこと言うじゃない」
「いつも言ってるんじゃないかな」
本筋は犯人がドローンを目視飛行させた場所だ。
小学校の屋上を見通せるどこか。
絞り込むには、まだ手がかりが足りない。




