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校庭の隅に置かれたドローンがけたたましい音と共に飛び立った。

六枚のプロペラを回転させ、ゆっくりと高度を上げていく。

校舎の壁沿いに飛び、教室の中を撮影する。

覗き込まれたクラスからは生徒の歓声が上がった。


宇野川(うのがわ)大吾はその様子を屋上から眺めていた。

彼の務める東京未来小学校は地域の避難所に指定されていた。

そのため、防災倉庫には災害用ドローンが置かれ、年に一度、点検のために飛ばすのだった。


その際、生徒はドローンを見物してよいことになっていた。

屋上を解放し、教員の監視のもと、ドローン見学をする。

屋上には生徒がひしめき、ドローンが飛ぶ様子を騒ぎながら眺めている。


全くよく飽きないものだ、と宇野川は思う。

今日日、ドローンなど田舎に行けばいくらでも飛んでいる。

農薬を撒くのも環境調査をするのもすべてドローンだ。

しかし、都内で育った子供には、あれが新鮮に映るらしかった。


「うわ、あんなのも持てるんだ!」


一年生が声を上げた。

ドローンが土嚢の運搬テストを行っていた。

足にフックを引っ掛けネットを取り付ける。

そこに土嚢を載せて運ばせるのだ。


災害用ドローンは強風や大雨にも耐えられる強靭なプロペラを持つ。

数十キロの荷物を運ぶことも可能だ。

洪水が発生した際には、土嚢の運搬や逃げ遅れた生徒の救助などに使われる想定だった。


「あ、こっちに来るよ!」


ドローンは不意に進路を変えた。

土嚢を吊り下げたまま高度を上げ、やがて屋上に姿を見せた。


「すごい風!」

「うるさいね!」


生徒たちがはしゃぎだす。

他方、宇野川は眉間にシワを寄せていた。

土嚢を持ったまま屋上に飛んでくるとは何のつもりか。

サービスのつもりかもしれないが危険にすぎる。


宇野川は操縦担当の教員を探した。

校庭を見下ろすと、防災倉庫の前にコントローラを持つ教員がいた。

彼は青い顔で屋上を見上げていた。

時折、思い出したようにがむしゃらにコントローラを操作する。

あんな無茶をしたらドローンはたちどころに墜落するはずだが、屋上のドローンにその様子はない。


一体どういうことなのか。

いや、導かれる事実は一つしかない。

彼はドローンを操縦していない。


「先生、危ない!」


そのとき、生徒が叫んだ。

宇野川が振り返ると、ドローンが猛スピードで向かってくるところだった。

とっさにその場にしゃがんだ。


土嚢が屋上の柵にぶつかり、凄まじい音がした。

宇野川が立っていたら、直撃を受けていたかもしれない。

なぜドローンか自分に? 我が身に起こったことが信じられない。


宇野川はよろよろと柵を離れた。

ドローンは土嚢を吊ったまま屋上の周囲を旋回していた。

速度を上げ、再び屋上に戻ってきた。

ドローンはまたしても宇野川に向かってきた。

機影が急速に迫ってくる。

宇野川は屋上に転がるようにして回避した。

宇野川は確信した。

ドローンは自分を狙っている。


一体、誰の仕業か。

殺す気なのだろうか。

まさか。

自分が殺されるのか。


恐怖で思考が麻痺していた。

とにかく、次の攻撃を避けることに集中しなければ。

そう思った。

宇野川は生徒の避難誘導には加わらず、ペントハウスとは反対側に走った。


ドローンのプロペラ音が近づいてくる。

後ろから追いかけられているのだとわかった。

必死に走る。

しかし、重りを持っているとは言え、ドローンの速度には勝てなかった。


背中に重い衝撃が走った。

投げ出されるように転ぶ。

屋上の床で顎をうち、瞼の裏に火花が散った。

すぐには立ち上がることもできない。


直後、ドローンは宇野川の真上でフックを切り離した。

支えるものを失った土嚢が落下し、宇野川を直撃した。



年代物のプロジェクターが壁に夜空を映した。

空には光の点が浮かび、時々刻々と形を変えていく。

テーマパークやコンサートでおなじみのドローンショーだった。


神庭が次のスライドを表示すると、橋梁の下を飛ぶドローンが映った。

老朽化が進む橋の点検作業だ。

その次は環境調査用ドローン。

最後は雨の中、土嚢を運ぶ災害用ドローンだった。


「このようにドローンは産業界に大きな影響を与えました。バッテリー技術の革命的進歩により飛行時間が飛躍的に伸び、用途の幅が広がったためです」


そこは本庁舎の片隅にある会議室だった。

特命は昼休みに会議室を借り、講習会を開いていた。

講師は神庭。

内容は超科学だ。


講習会の企画者は伊織だ。

先の事件を受け、認識を改めようと思ったのだ。

超科学を毛嫌いしても時代の流れは変わらない。

ならいっそ勉強し、自身の血肉としていこう。

伊織はそう思うようになっていた。


神庭に講師を依頼すると、彼は嫌な顔ひとつせず引き受けてくれた。

話す内容は一任したが、今のところ難しい話もなく、わかりやすかった。


「さて、前置きはこのくらいにして本題に入りましょう」


神庭はドローンで撮影された映像を映した。

町中を飛びながら人間や車を認識して、色分けを行っている。

デモでよく使われるものだ。

伊織も何かの動画で見たことがあった。

資料の出展が違うのか、スライドは英語で書かれていた。



A3:Tutorial Session

Advanced Optimization for Realtime Recognition


見慣れない横文字が並ぶ。

意味もよくわからない。


「これ、何の資料?」

「昔、サミットでトレーニングセッションの講師をしたときのものだよ」


トレーニングなんとか。

耳慣れない単語に伊織は首を傾げる。

沖野や山田も同様だった。


「日本語で言うと?」

「入門授業かな。AIに関する基礎的な内容を二日かけて講義したんだ」

「あ、それ聞いたよ」橋村が手を打った。「参加費が三十万円もするのに、神庭くんの講義には数百人が応募して、抽選になったんだよね。サンフランシスコでやったんだっけ?」

「はい、大体それくらいの参加者だったかと思います」

「ちょ、ちょっと待って。どういうことよ、それ?」


二十代で国際的なサミットの講師に抜擢。

高額な参加費にも関わらず数百人が応募した。

しかも、世界中から集まる専門家に英語で授業だ。

次元が違いすぎて想像もできない。


「よくわからないけど、頼まれたんだよ。断る理由もなかったし、引き受けたんだ」


神庭は淡々と語る。

思わずため息が出た。


「はぁ……。あんたがすごいのはわかったわ。それで、その資料をどうす────、まさか、それを私たちにやらせるつもり?」

「そうだよ」

「どう見ても難しそうな話なんだけど?」

「そうかな? 偏微分方程式がわかれば問題なく理解できるよ」

「できるわけないでしょ!」

「なんで? 高校は卒業してるんだよね?」


神庭の中では、高校を卒業することと高校で履修する内容を完璧に理解していることは同義らしかった。


どうも講義を受ける前に神庭に常識を教える必要がありそうだった。

普通の刑事は偏微分方程式などできないこと、文系に至っては履修範囲にすら入っていないこと。

そんなことを滔々と説いていると昼休みが終わった。

超科学の概要にたどり着くまで、まだ時間がかかりそうだった。


「おや、講義は終わったんですか?」


会議室の片付けをしていると、橋村がやってきた。

彼は管理官に呼び出されたからと別行動をしていた。


「今終わったところです。初回はドローンについてでした」

「それは奇遇ですね。ちょうどドローンに関する事件の相談があったんですよ」


橋村はそう言って、ドローンの写真を取り出した。

奇しくもスライドに載っていた災害用ドローンだった。




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