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伊織は別班の刑事に呼ばれ、オトメロ5の事情聴取に同席することになった。

メンバー全員が若い女性であるため、歳の近い伊織が選ばれたのだった。


世田谷区にある七階建てのオフィスビル。

その二階が安藤ハナの所属事務所だった。

受付を済ませ、ドアを開ける。

手狭なフロアにデスクが並ぶ。

応接室はなく、パーティションで区切られた一角にソファが置かれていた。


「あんた、誰? 見ない顔ね」


巻き毛の女の子が伊織を睨み付けていた。

伊織は名刺を渡して自己紹介をした。


「警視庁から参りました、御子貝です」

「ふぅん、あんたもアイドル養成所の出身なの?」

「そんなとこ行ったこともないですけど……」

「その割にはカワイイ顔してるわね。スタイルもいいし」言いたいことを言うと彼女はソファに腰掛けた。「で、今度は何を聞きたいわけ? 昨日、そこそこ話してあげたと思うけど」


堂に入った仕草は、この場の主役が彼女だと示していた。

そして、彼女自身それを当然と受け止めている。

思い出した。

彼女はオトメロ5のメンバー、三木谷イマリだ。


「今日は的を絞って詳しい話を伺う予定です」

「そうなの? なんでもいいけど手短に済ませてよね」


イマリは警察相手にも物怖じしない。


「遅れてすみません」


間もなくプロデューサーの秋山凛が姿を見せた。

プロデューサーという職名から年上だと思っていたが、目の前に現れた女性は伊織と同年代だった。


事情聴取には三木谷イマリ、木野チヅル、鳩山ユキの三人も同席した。


「本日は安藤ハナさんの近況についてお聞かせいただければと思います」伊織は手元のメモ帳をめくった。「安藤ハナさんはストーカー被害に遭っていたというのは、事実でしょうか」


昨日の聴取で秋山が供述した内容だった。

安藤ハナは一年前から不審な手紙を受け取る、夜道で声をかけられる、といった行為に悩まされていたという。


「事実も何も、あんたたちが一番よく知ってるんでしょうよ。ハナは被害届も出してたんだから」


イマリが鼻を鳴らした。

被害届の件は捜査本部にも通達があった。

彼女が以前に住んでいた豊島区の交番に履歴が残っていた。


「はい。それについて、何か詳しいことがあれば、」

「今になって聞きに来るなんて、遅すぎんのよ!」イマリが机を叩いた。「一年も前からストーカーがいるのよ!? 警察に相談も行った! そのときはちっとも聞いてくれなかったくせに!」

「落ち着いて」木野チヅルがイマリの肩に手を置いた。「この人はストーカーを担当した人じゃない」

「知ってるわよ!」


イマリはチヅルの手を振りほどく。

顔を上気させ、伊織を睨んでいた。

決して表には出ないであろう、怒りの形相だった。

アイドルは常に笑っている。

まるで何の悩みもないかのように。

しかし、それは見せていないだけの話だ。


「……それについては、申し訳なく思います」


伊織は頭を下げた。

イマリの心情は痛いくらいにわかった。

しかし、ストーカーの逮捕は世間が思うほど簡単ではない。

ストーカー規制法でなければ取り締まれないためだ。

つきまといや待ち伏せ、監視の事実があったと証明しなければ、逮捕できない。


「頭、上げなさいよ。別に私はあんた個人を責めてるわけじゃないし。……それに私たちだって最近までストーカーのことは知らなかったもの」


イマリが決まり悪そうに言う。

ストーカーを知らない。

意外な発言だった。


「ずっと隠してたの。知ってたのはプロデューサーだけ。ふたりで一年間、戦ってたの」

「そうだったんですね……」


ふたりだけでストーカーと向き合っていた。

秋山自身も若い女性だ。

苦しい戦いだったに違いない。


神庭がストーカーを探してくれたなら。

そう思わずにはいられない。

彼なら一日とかからずストーカーを特定できるに違いなかった。

しかし、彼が凶悪犯罪以外を担当することはない。

超科学は適用範囲が厳密に決まっていた。


「ところで、安藤ハナさんに恨みを持つ人に心当たりはありませんか?」


伊織は質問を変えた。

三人はそろって首を横に振った。


「あの子が恨まれるなんてとんでもないわ」


イマリが言い、チヅルとユキも同意した。

人当たりがよく、誰からも好かれていたという。

急に売れたことによる妬みの方が可能性があるとのことだ。

その場合、容疑者は業界の人間とは限らない。

ファンがアイドルに恨みを持ち、犯行に及ぶケースは過去数多くあった。


「お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました」


その後、いくつかの質問を重ねた。

聴取を終え、伊織は事務所を去ることにした。

その直前、イマリに呼び止められた。


「お願い、あの子を早く助けてあげて!」


表情には必死さが滲み出ていた。

自身を主人公と疑わない彼女が他人に懇願する。

それだけ安藤ハナを慕っているのだろう。


「もちろんです。全力をあげて捜査します」


伊織は力強く答えた。



翌朝。


神庭は疲れた足取りで世田谷署を目指していた。


昨晩は一睡もしていなかった。

提供された防犯カメラの映像をずっと解析していたためだった。


簡単な物体検出なら人間がやる必要はない。

だが、今回の件は機械では到底、解明不可能な現象だった。

神庭自身が映像を検証し、それでも答えは出なかった。


「神庭さん、おはようございます」


唐突に声をかけられた。

制服を着た女性が神庭に近づいてくる。

見覚えのある顔だった。


「梓川さん。どうしたんですか?」

「お弁当を渡そうと思って。これ、頑張って作りました。よかったら食べてください」


梓川はピンク色のハンカチで包まれた小箱を差し出してきた。


「僕に?」


神庭はまごついた。

いきなり手作り弁当をもらう理由がなかった。


「私が作りたかったからじゃダメですか? ファンなんです」


梓川は上目遣いで見つめてくる。

断るのも気が引けて、神庭は弁当を受け取った。

もらって困るものでもない。

衆目を集めるよりはよいと思った。


「眠そうですね? 難航してるんですか?」

「まぁ、そうですね……」

「神庭さんの方が年上なんだからため口でいいですよ」

「え、うん」

「じゃ、神庭さんの悩みを当ててみせますね。犯人の逃走経路が掴めない、ですね?」


梓川はにこにこと言う。

なぜ交通部の彼女がそこまで知っているのか。

人の口に戸は立てられないということか。


神庭は諦めて言った。


「大きな声では言えないけれどね」

「え、本当にそうなんですか? 私、当てちゃった。超能力者かも」

「当てずっぽうだったのか」


だとしたら、そんな子供だましの方法に引っかかった自分は相当間抜けだ。

神庭は眉間をもんで、眠気を覚まそうとした。


「室内にカメラとかなかったんですか?」

「なかったよ。あったらもう見つけてる」

「そうなんですか? ストーカーに怯えてたのなら、あってもよさそうなのに」

「どうだろうね」はぐらかしつつ神庭は時計を見た。「ごめん、そろそろ行かないと」


間もなく捜査会議が始まる時間だった。

梓川は両手を合わせて舌を出した。


「引き止めちゃってごめんなさい! 頑張ってくださいね」

「うん。これ、ありがとう」


神庭は弁当箱を持って、警察署へ向かった。

元気よく梓川は手を振ってくれた。

そのおかげで、大いに目立ってしまった。



   †


朝の早い段階で捜査会議が開かれた。

設定したのは管理官で、理由は人間の脳が創造的な活動を得意とするのが午前中だから、だそうだ。


神庭は開始時刻ギリギリにやってきた。

伊織の隣に座る。

手にはピンク色のハンカチで包まれたお弁当を持っていた。


「なにそれ」

「もらったんだ、来る途中に」

「はぁ?」


要領を得ない回答だった。

出勤中にお弁当をもらう。

そんなことがあるのだろうか。

聞き返すと神庭は生返事を返した。

眠そうな顔だ。

昨日は何時まで本部にいたのだろう。



捜査会議では昨日の調査で判明した事実が発表された。

ストーカーの追跡と現場検証の二軸で議論がなされた。

捜査は順調に進んでいるものの、決め手となる情報は出ていない。

特に犯人像の解析が急務とされた。

依然として目撃者もカメラ映像も見つかっていないためだ。


会議はつつがなく進み、重大な話題はすべて消化した。

管理官は一息入れてから神庭を指名した。


「神庭くん、昨日の成果を報告してくれ」


明らかな特別扱いに他の刑事の顔が曇る。

だが、それは同時に神庭に課せられた試練とも言えた。


「はい」神庭が立ち上がる。「防犯カメラの映像を分析し、被害者が徒歩で脱出した形跡がないことがわかりました」

「なんだと? 刑事が必死に見ている段階と聞くが」

「歩容認証です。歩く様子を映すデータが十分にあれば、歩き方で個人の特定が可能です。被害者は露出機会が多いため、データは十分でした。被害者が帰宅してから今日までの全時間帯の映像を解析しましたが、被害者に該当する人物はいませんでした」

「ふん、それはご苦労」


管理官は明らかに不満げだった。

超科学の失敗を望んでいたに違いなかった。


「他には?」

「人通りが少ない午前二時から午前五時までの三時間で、マンションの裏口付近を歩いた人は少なくとも五人いることがわかりました。また、同時間帯には裏口付近を二十一台の車両が通り過ぎました」

「なんだそれは。どうやって調べた?」

「散布型センサーを使用しました」

「以前の強盗事件で犯人の逃走経路を割り出したものか。なら、犯人を見つけられるのではないか?」

「いえ、該当地区は深夜でも車両の通行が多いため、精度の高い分析はできませんでした」

「では、見つけられなかったのだな?」

「その通りです」

「二時から五時というのもよくわからないな。常にわかるわけではないのか?」

「振動から検出する方法なので、複数の人や車両がいる環境で数を判定できるほどの精度はありません。現場付近は人通りが多いため、その三時間が分析できる限界でした」

「通りがかったという五人の中の誰かが犯人なのか?」

「通りがかったかどうかはわかりません。マンションから出てきたか、あるいは歩いてきたかのどちらかです。高速道路が近く雑音が大きすぎます。正確な歩行追跡は不可能でした」

「なんだ。では、結局何もわかっていないのと同じではないか」


管理官は机を叩いた。

しんと会議室が静まり返る。


「超科学で立ちどころに解決すると思っていたのだがな」


管理官は捜査会議の終了を宣言した。

刑事たちがそれぞれの持場に散っていく。

超科学が目の前でこき下ろされたからだろう。

その表情は生き生きとしていた。




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