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「犯人の逃走経路に話を戻します」


神庭は画面を切り替えた。

再び現場周辺の地図が映される。


「犯行当時、現場周辺は無人でした。よって、センサーで感知された歩行記録は犯人のものと思われます。これがスキーマスクを被った犯人の行方を追跡したものです」


地図上の赤い人間が走り出す。

コンビニを出発点に道路沿いに転々と伸び、住宅街の一角で消えていた。

これが逃走経路。

捜査本部が血眼になっても見つけられなかった犯人の痕跡だ。

改めて見せられると、反則としか言いようがない。


「半端なところで途切れているようだけど?」


橋村が聞いた。


「歩行記録はここまでです。この先は車で逃げたようです」

「なるほど、もうひとりの方は?」


神庭は再度キーを叩いた。

黄色い人間が地図上に現れる。

コンビニを出ると、赤い人間と反対方向に走って行った。

かち合った強盗が肩を並べて逃げるはずもないので、当然だろう。

住宅街に入り、複雑な経路で走ったあと、赤い人間と同じ場所で止まった。


「は? なんだい、これは?」

「見ての通りです」

「見ての通りってお前、……これじゃ犯人が同じ公園で集合したみたいじゃねぇか」


沖野が指摘する。


「実際、集合していたと考えられます」

「はぁ?」


別々で押し入った強盗が集合。

強盗犯は金属バットとナイフで格闘までしていた。

仲間なら戦う意味がない。


「は、馬鹿馬鹿しい。グルだったっての?」


後藤が鼻で笑う。

四事沢も同様の態度を示した。

伊織も何かの間違いだと思う。

しかし、神庭の技術は本物だ。

ふたりの強盗が単独犯であることを装う意味があったのではないか。


「捜査を撹乱させる目的ってことは考えられませんか?」


伊織は思いつきを口にする。

沖野が唸った。


「警察を騙して何の得があるんだ? ひとりだろうが、ふたりだろうが、押し込みであることには変わりねぇぞ」


閉ざされた山荘の連続殺人でもない限り、単独犯か否かは重要な問題ではない。

警察を騙せるが、それだけだ。

捜査本部は犯人が単独か、複数かで惑わされるほどヤワではない。

だとしたら、何のために戦ったのか、ますます謎だ。

突然、仲間割れしたとでもいうのか。

なら、なぜ同じ車で逃げたのか。


「理解できないですね。なんだって犯人は単独犯を装って、強盗をしたんですか?」


四事沢が問う。


「それは重要な問題ではありません。強盗犯を逮捕したのち、直接聞けば済む話です」

「そうまで言うんだったら犯人とやらを教えてくださいよ」

「では、お聞きしたいと思います」


神庭は次のスライドを表示した。

映し出されたのは駐車場に設置された防犯カメラの映像だった。

沖野が千葉県警から提供してもらったという動画だ。

スキーマスクを被った人物が映り込む。

一瞬だけマスクを脱ごうとして戻している。


「この映像が何だって?」

「注目していただきたいのはここです」


神庭が示したのは犯人の右手だった。


「ここで一瞬だけ犯人の手のひらが映っていますね」

「だから、どうしたって言うんですか?」

「わかりませんか? 高解像度なカメラで手のひらが映っているんです。当然、あるものを復元できます」

「あるもの?」

「えぇ、指紋を復元することができます」

「な、何だって!?」


写真から指紋を復元。

耳慣れない話だが、手法自体は令和以前から存在するという。

スマートフォンで撮影した写真から指紋認証システムを突破できるだけの指紋の復元に成功するという事例があった。

当時のカメラでも十分だったのなら、今のカメラなら当然可能だ。


「ここに映っている指紋の持ち主を探せば強盗犯の片方を特定することができます。ふたりの強盗は共犯ですので、ひとり捕まえればもうひとりも自動的に割り出せます」

「けれど、再犯でない限り指紋はデータベースにないんじゃないかな? 初犯だと指紋だけじゃ特定にはいたらないんじゃ……」


橋村が懸念を口にする。


「いえ、可能ですよ。ある程度、容疑者を絞り込めばよいだけです」

「どうやって?」

「そこは皆さんの方が得意かと思っていたのですが」


そう言って、神庭はスライドをめくる。

そこには、なぜグルなのか、と一言だけ書かれていた。


「強盗犯に聞けばわかる内容なのですが、少しだけ考えてみます。普通に考えて、ふたりの強盗が単独犯を装い、同じコンビニに押し入る必要はありません」

「でも、実際にあっただろうが」

「えぇ、つまり、そこには同時に強盗をしなければならなかった理由があるのです」


同時に強盗をする動機。

素直に考えれば、協力して成功率を上げるためだ。

しかし、今回のケースはわざわざ戦ってまで単独犯を装っている。

単独犯でなければならない理由があった。

そして、それは警察の捜査を撹乱するためではない。


「その理由ってのは何なんだ?」

「着眼点は情報量です」

「情報量……?」


一同が首をひねっているため、神庭は解説を始めた。


「情報量とは、文字通り情報の量を表す概念です。とある事象の発生確率をPとすると、Pの逆数の対数で表されます」


つまり、発生確率が低いことほど大きな情報量を持つという。


「情報量が多いとどうなるんだ?」

「情報の価値が上がります」


一般的な例で言えば、ニュースだ。

滅多に起こらない事件ほど大きなニュースになる。

考えてみれば当然の話だ。

誰もが知っている話はニュースにならない。


「今回の件で言えば、強盗がふたり同時にやってきた件がそれに当たります。この事件では強盗が盗んだ額は多くありませんが、ふたり同時にやってきたことによる情報価値はそれ以上のものが生まれていたのです。得をした人がひとりだけいますね」

「……」


誰もが無言だった。

長らく沈黙を貫いたあと、そのうちの一人が諦めたようにうなだれた。


四事沢だった。



事件から二日が経った。


四事沢は強盗計画を首謀したことを自供し、実行犯のふたりも逮捕された。


強盗の目的は動画の再生数だった。

四事沢は劇団員として活動する傍ら、動画を定期的にアップロードしていた。

動画投稿サイトではパートナー契約を結ぶことで再生数に応じた広告収入が支払われる。

そこで四事沢は強盗が同時に押し入るというシナリオを思い描き、自作自演を実行した。

彼の目論見通り強盗動画はテレビでも取り上げられ、再生数は一千万回を超えた。

この再生により、四事沢が得た金額は百万円から二百万円と言われている。

強盗がレジから盗んだ五万円よりはるかに多い金額だった。

もっとも、四事沢の狙いは一時的な広告収入ではなく、これを機に動画投稿者として認知度を高めることにあったようだ。


「考えてみりゃ、当たり前だったんだよな。気づけなかったのが情けねぇ」


沖野は悔しげに言った。

動機から突き詰めれば、犯人に到達できたかもしれない。

伊織も同じ思いだった。


「実行犯も身内でしたからね」


ふたりの強盗は劇団の仲間だった。

四事沢から金銭を受け取る代わりに自作自演に協力したと供述した。

逮捕のきっかけは四事沢の自供と神庭が復元した指紋だ。

ふたりとも神庭が推測した通り、背の高い女性だった。


他方、後藤夏美は事件とは関係がなかった。

伊織と沖野は裏があると睨んでいたが、完璧な空振りに終わった。


「本当に怪しげだったんですよ? 話を聞いたときも慌ててましたし……」


伊織が言い訳がましく言うと、沖野は「よくあることだ」と肯いた。

「事件とは関係なく後ろ暗いことがあったんだろ? そういう奴らも怪しげな態度を取るからな」

「後ろ暗いことって、たとえば、どんなですか?」

「そうだな」沖野は少し考え言った。「店長とできてたとかだな」

「まさか。あんな奴と?」

「人は見かけによらねぇもんだよ。実際、あの店長は辞めたバイトのことを詳しく知ってたんだろ?」

「あ」


頭の奥底で何かが引っかかった。

後藤夏美はアルバイトを辞めたあと、一度もコンビニへ行っていないと供述していた。

しかし、胡麻島は彼女がアルバイトを辞めたあとも元気にしているようだ、と証言していた。

コンビニへ行っていないのに様子を知っていた。


「ふたりは業務外で顔を合わせる関係だった証拠だろうが」

「た、確かに……」


筋の通った推理だった。

後藤と胡麻島は不倫の関係にあった。

後藤がアルバイトを辞めた理由もバレそうになったからと思えば納得できる。

犯人には至っていないが、沖野の実力は本物だった。


「浮気なんか見抜いても何の足しにもならねぇよ。結局、今回も科学野郎の手柄だったしな」


事件後、沖野は目に見えて落ち込んでいた。

殊勝にも書類仕事を率先して片付け、時折、虚空を見つめては自身の人生を振り返っていた。




「私、何のために警察になったんだろうなぁ」


休日。

伊織は古い友人である佐々木珠美(たまみ)と喫茶店へ出かけた。

彼女とは警察学校の同期だった。

卒業後の配属も同じ立川署で、時々、一緒に映画を見に行くなどした。

伊織が異動になったあとも、その関係は続いている。


珠美は柔和な顔立ちで愛らしい印象を受ける。

伊織と同い年だが、姉のような包容力があった。


「どうしたの急に?」

「それがさ。変な奴が異動して来たの」


伊織は珠美に心中を語った。

超科学の力を嫌というほど味わった。

過去の常識を破壊し、新時代を作る力。

そう呼ばれる理由もわかった。

警察は変革期にあった。

伊織はその渦中にいる。

古い価値観にしがみつく者が取り残され、新しい風に乗った者が次世代の主役となる。

自分は取り残される方だろう。

そんな思いがあった。


「大変なんだね、いろいろ」

「そうなのよ! でも、他の人はもっとつらそう。何年も刑事として鍛えてきたのに、突然、他人に大切にしてきたものを取られるわけだし」

「伊織ちゃんは嫌いなの、超科学?」

「嫌いに決まってるでしょ」

「でも、すごいって思っちゃう?」

「……う、うん。そういう面もある」

「複雑な心境だね」


珠美は微笑む。

他人を素直にさせてしまう、慈愛に満ちた笑みだった。

彼女の前では虚勢を張ろうという気も失せてしまう。

実際、伊織は自分の気持ちがわからなかった。

最近まで超科学など認めるかと気色ばんでいた。

それが今では自分がどういう感情を抱いているのか、よくわからなくなっている。

様々な思いが胸の内を渦巻いている。


「よく考えないといけないね」

「考えたところで、好きにはなれないと思うけどね」


伊織はむきになって言った。

意地を張っているだけなのはわかっている。

しかし、譲れないものはある。

超科学をどう捉えるかは、もう少し様子を見てから決めようと伊織は思う。



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