12
映像を見終えたあと、特命の部屋には沈黙が漂った。
沖野がつぶやく。
「信じられねぇな。押し込みがかち合うってどんな珍事だよ……」
「仕方ありません。起こるものは起こるんです」
伊織は質問してみた。
「あの、このあと犯人は二人とも逃げ切ったんですか?」
「はい。警察が駆けつけた頃にはいなくなっていたようです」
「検問には引っかからなかったんですか?」
コンビニ強盗の大半は逃走中に現行犯逮捕という形で決着する。
車両を使えば検問に、徒歩ならば街頭防犯カメラに。
どちらにしてもすぐに包囲される。
「それがですね……。この店員は動画を撮るのに夢中になっていて、非常ボタンを押さなかったんですよ」
「え? 犯人を追いかけたんですか?」
「あ、いや、正確に言うと、動画の完成度を確かめてから押した、です。撮れた映像を見てたんですね。それで通報まで十分以上かかってます。初動が遅れたせいで、両方とも姿をくらませたあとでした」
「何なんですかその店員は……」
驚きを通して呆れてしまった。
強盗が入ったらレジカウンター下のボタンを押す。
押せば警察と警備会社に連絡が行き、すぐさま応援が駆けつける。
たったそれだけのことで逮捕できたのだ。
それよりも動画の出来栄えが気になるとは、給料分の仕事もできていない。
「遺留品はないんですか?」
殺人とは違って、コンビニ強盗の動機は金だ。
容疑者はいくらでもいるし、一度逃がすと再犯でもない限り特定は難しい。
血液や髪の毛。
最低限、そうした手がかりは欲しい。
「それが残念なことに決定打になるようなものは何も。一応、鑑識の調べで服の繊維は見つかったそうですが、強盗が身につけていたものは大量生産品です。直接的な証拠とはなりませんでした」
沖野が尋ねる。
「目撃者はどうなんですか?」
「それもなしです。犯行時刻が午前三時過ぎということもあって、一件もありませんでした。頼みの綱の街頭防犯カメラも、コンビニ周辺には一台も設置がありません」
「難しいヤマですね」
手がかりが極端に少ない。
強盗は皮膚の露出がなかったため、性別、年齢、人種のいずれも不明だ。
どこから手をつければいいのかもわからない。
「以上が事件の概要です。何か質問はありますか?」
橋村が尋ねても手は挙がらなかった。
質問しようにも疑問を持てるだけの情報がそろっていない。
それが正直なところだった。
「やるときは、なさねばならん、なにはともあれ」
橋村が一句を読み、会議は終わった。
沖野は、早速、神庭に絡みに行った。
「おい、超科学野郎。まさかこの事件も簡単に解決できるなんて言わねぇよな?」
神庭は捜査資料をぱらぱらとめくり、定型句で応えた。
「難しい事件だとは思えませんね。数日もあれば犯人は見つかるでしょう」
自信に満ちあふれた、というわけではない。
あくまで事実を語るような口調だった。
「こいつ……! じゃあ、やってもらおうじゃねぇか!」
「今度は何を賭けるんですか?」
「ちょ、ちょっとね、やっぱり賭けるとか賭けないとかはね、よくないからやめましょう?」
橋村が取りなそうとするも、それより先に沖野が言った。
「よし、俺は今度こそ桜の紋を賭けてやる! お前も魂を賭けろよ!」
「賭けにすらならないと思うので、お断りします」
「言わせておけば!」
沖野は怒りに任せて部屋を飛び出していく。
山田がそのあとを追い、橋村は頭を抱えていた。
「なんでこうなるんだろう、ねぇ、御子貝さん?」
「相性の問題だと思いますけどね……」
伊織は壁に貼られた『超科学の犬に成るなかれ』という標語を指差した。
問題のコンビニは江戸川区にあった。
古い住宅街で、昼でも人通りは多くない。
細い通りに面しており、駐車場ばかりが広い。
ふと空を見上げると、白い花びらが舞っていた。
空を覆い尽くすほどの花吹雪に、子供たちがはしゃいでいる。
出どころは消防のヘリコプターだ。
散布型センサーと呼ばれ、花びら一枚一枚が小さなセンサーとなっていた。
熱と振動を収集することができ、高熱を探知すると消防に通知する仕組みとなっていた。
現在は実証実験の段階であり、二十三区にのみ散布される。
登場当初は新時代の幕開けなどと持て囃されたが、実験期間が長引くと都民の熱も冷めてしまった。
今となっては当たり前の光景で、喜ぶのは子供と火事に遭った人のみだ。
実際、火災の早期発見という点では優秀で、都内の放火はここ数年で随分と減った。
「すみません、店長と約束があるのですが」
コンビニへ入り、店長を呼んでもらう。
待つ間、店内を観察する。
客は窓際の雑誌コーナーで立ち寄みをする老人だけだった。
今どき雑誌を陳列する店は珍しい。
昨今、書籍は大半が電子化され、紙の本は需要が少ないはずだ。
「あぁ、お待たせしました。店長の胡麻島という者です」
間もなく五十過ぎの男が現れた。
生え際が後退しており、腹も出ていた。
店が儲かってはいるのか、手首では金色の腕時計が輝いている。
「警視庁の御子貝です。本日はお時間ありがとうございます」
「いえいえ。警察から人が来ると聞いていましたが、まさかこんな若くて美しい女性とはね。いやはや、目の保養になります」
胡麻島は冗談ともつかぬ顔で言った。
調べによれば、胡麻島はこのコンビニ以外にも複数の小売店を経営しているとのことだ。
好色で裕福なワンマン社長。
好きになれなさそうなタイプだった。
「立ち話もなんですから奥へどうぞ」
胡麻島に招かれ、伊織は事務室へ向かった。
手狭な部屋にテーブルとパイプ椅子が四脚あった。
奥にパソコンや防犯カメラを確認する画面が並び、店舗以上に古めかしい内装だった。
「狭くてすいませんね。いろいろ新しくしたいとは思っているんですが」
伊織の視線に気づいたのか、胡麻島は言った。
「いえ、お構いなく。こちらの店は長いんですか?」
「えぇ。父から受け継いだものです。だから、設備が古いんですよ。人を雇わないといけないし……。そのせいで、こんな目にも遭ったわけです」
胡麻島は自嘲気味に笑った。
確かに都心のコンビニで人を雇うところは珍しい。
最近は無人化が当たり前だ。
客が商品を自身でスキャンし、電子マネーで支払う。
人が関与するのは入荷と品出しくらいだ。
「高性能なカメラが設置されて万引も検知するし、強盗だって体の動きとかで判別するっていうじゃないですか。知ってますか? マスクやヘルメットを被って店に入ると、通報されるって話」
「もちろん、知ってます」
今は機械で人間の服装や表情、個人の特定ができる時代だ。
もっとも、無人化された店舗は現金管理を機械が行うため強盗が押し入ること自体あり得ない。
機械をいくら脅したところで金を渡すはずもないためだ。
一方、万引きへの対応は店内のカメラと商品棚のセンサーで行う。
複数の全天球カメラが店内を監視し、どの客がどの商品を手に取ったかを確認する。
退店時には支払いの有無も確認され、万引きの疑いがある場合は、扉がロックされる。
万引き犯は閉じ込められ、駆けつけた警察官に現行犯逮捕される。
その点、この店はアナログだった。
無骨なレンズとケーブルを這わせた旧式のカメラ。
全天球カメラが普及した今となっては、見る機会も減っていた。
強盗がこの店を狙ったのも、こうした設備の古さに目をつけてのことかもしれない。
無人化されていない店舗は業務の大半を人間が担う。
故にセキュリティ対策も人任せで、強盗にとって都合がよいに違いなかった。
「無人化しなかった理由はあるんですか?」
「うちは客に高齢者が多いんですよ。ジジババは人を立たせないと買い物ができないじゃないですか」
「まぁ、お年寄りは店員がいた方が嬉しいですよね」
「けど、その店員があれじゃあね。こっちも困ったものですよ」
犯行時、夜勤に入っていた店員のことだろう。
彼は動画の中でおでんの容器にコーラを入れようとしていた。
それが原因でアルバイトをクビになったという。
「そう言えば、彼は? 来ていただくことになっていたと思いますが」
「時間通りには来ませんよ。四事沢は遅刻魔でしてね」
胡麻島は吐き捨てるように言う。
「四事沢さんはどういう方なんですか?」
「軽薄な若者という奴ですよ。演劇で食ってくだの、音楽で食ってくだの。夢ばかり語って定職につかない。私からしたら男のクズみたいなものです」
随分な言い方だった。
以前の事情聴取でも胡麻島は四事沢に対して文句を並べていたという。
人間関係が良好ではなかった恐れあり、と調書に書かれていた。
「夢を追うのは悪いことではないと思いますよ」
「御子貝さんのような、しっかりした方ならいいんですよ。フリーターをやりながら夢を追うなど、私はどうもね。お付き合いするなら、定職についた男性がいいでしょう?」
「さぁ……。まだ、考えたこともないので」
会話が途切れ、微妙な空気が流れる。
「遅れました!」
そのとき、事務室に若い男が飛び込んできた。
全体的に線が細く、顔も小さい。
茶髪を整髪料で固め、ジーパンにジャケットを合わせていた。
四事沢丈。
二十二歳。
彼が事件当時、夜勤を務めていた店員だった。
そして、件の動画の撮影者でもある。
外見通りと言うと失礼だが、確かにおでんにコーラを入れそうな顔をしていた。
「いやー、ちょっと忙しくて遅れました。今日はなんの話でしたっけ?」
「はい。事件当日の様子をもう一度、お聞かせいただければと思いまして」
「えぇ、またですか?」
四事沢は露骨に嫌そうな顔をしたが、ゴリ押しすると、渋々と応じてくれた。
「最初に強盗が現れたときのことをお話しいただけますか?」
時系列順に質問していく。
強盗が現れてから四事沢が非常ボタンを押すまで。
調書と矛盾する内容はない。
新しく思い出したことはないか尋ねるも、うんざりした顔でないと言われた。
一通り確認を終えると、伊織は気になっていた点を尋ねた。
「強盗が入ってきたとき、撮影を続けてましたよね? 怖くはなかったんですか?」
強盗の心理としては、カメラを向けられたら当然、妨害しようとするだろう。
今回は偶然にもなかったが、刺激すれば危害を加えられる恐れもあった。
その危険性を四事沢は理解していたのだろうか。
「うーん、クリエイターの性って言うんですかね……。いい映像が撮れるんだから、撮り続けようって……。そう思ったんすよ」
「クリエイターですか?」思いもよらない回答だった。「えぇと、アルバイトの他にいろいろされているそうですが」
「そっすね。音楽も作るし、劇団員もやってますよ。ま、いろいろトライして自分にあってる表現を見つけようかなと思ってて」
「なるほど……」
調書にも同様の記述があった。
自分探し中というカッコ書きも添えられていた。
年代的には伊織と変わらないが、生きている世界が違うと感じた。
「なぜ犯人はスマートフォンを奪わなかったんでしょうね?」
「さぁ、気づかなかったんじゃないすか? 撮影中って、別に表示が出るわけじゃないんで」
「スマホを向けられて、気づかないなんてありますか?」
「でも、実際、取られなかったし」
四事沢は投げやりに言う。
説得力はないが、他に理由は思いつかない。
「防犯カメラに写ってますからね。スマホだけ気にしても無意味でしょう」
胡麻島が自慢気に語った。
その線は捜査本部でも検討されていた。
しかし、そこまで気が回ったかは怪しい、というのが刑事たちの見解だった。
その後もいくつかの質問をしたが、新しい情報は得られなかった。
念の為、店内で事件の様子も再現した。
強盗役が胡麻島と手の空いた店員。
襲われるのは四事沢だ。
幸い店内に客はなく、事件当時と同じ状況だった。
ごくありふれたコンビニ強盗。
それが伊織の抱いた感想だった。
「他に気づいたことがあれば、何でもおっしゃってください」
ダメ元で聞くと、胡麻島は頭をかいて言った。
「そう言えば、バイトがひとりやめましたね。女の子です。元気でやっているようですが」




