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本庁に戻り、諸々の処理をしているうちに伊織の一日は終わった。
沖野が捜査本部の置かれていた所轄から戻ってきて、自供があったことを報告してくれた。
神庭が言った通り、福田紗季と桜井の共犯だった。
「どうもできてたらしいんだ、あのふたり。それで旦那をやっちまおうって話になったそうだ。……うまいもんだよ。できてたってのは疑ってたが、ちっとも尻尾を掴ませなかった」
椅子に座って沖野は大きく息を吐く。
視線の先にはすまし顔でパソコンをいじる神庭がいる。
あれだけの啖呵を切ったのだ。
さぞかし声をかけづらいことだろう。
代わりに伊織が間に入ることにした。
「お手柄だったわね。私はあんたのこと見くびってた。それは謝る。ごめん」
「謝られるようなことじゃないよ。嫌いなら仕方がない」
「そうね、私はやっぱり超科学が嫌い。昨日だって、あんたが何をしていたのか全然わからなかった。解決したって言われても、少しも実感がない。なんだかやっぱりズルしてるように見える」
「そうなんだ」
「ね、タケさんもそうですよね?」
話を振られた沖野は「え?」と間抜けな声を出す。
「思わないんですか?」
「お、思うに決まってるだろ! あんなのはズルだ。お前の捜査には魂がこもってねぇ! いくらヤマを解決したって、俺は認めねぇからな!」
しばし間が空いて、
「けど、約束は約束だ。お前はここにいろ……。そして、俺は、」
沖野の言葉を遮り、神庭は言った。
「辞める必要はないでしょう。実力の差です。願わくは、その差が早く埋まることを期待していますが」
「こ、この、どこまでも生意気な! クソ!」
沖野は椅子を蹴ってどこかへ行ってしまう。
ハラハラしていた山田がそのあとを追う。
伊織は一つため息をついた。
「あんた、実はいい奴なの?」
「どうして?」
神庭はやっと手を止めて、伊織を見た。
本当に何もわかっていない顔だった。
沖野が辞めないよう発破をかけた、と考えるのは買いかぶり過ぎだろうか。
†
これはあとで橋村から聞いた話だが、神庭というのは警察内でも特殊な人間らしかった。
科捜研から熱烈なラブコールを受けていながら、捜査一課に転属。
刑事としての道を選んだらしい。
時折、大学や科捜研に手を貸しては、新技術の開発に貢献しているそうだ。
曰く。
「彼はね、天才なの。高校生のときの発明がきっかけで、二十一歳で文科省と経産省の大臣賞を両方もらってる。東大院卒だし、在学中は警視庁が使ってるような技術の研究開発にも参加したんだって。つまり、彼が今の警察組織を作った立役者ってことだね」
さらりと言われたが、驚愕すべき内容だった。
大臣賞を持つ人間など伊織は生まれてこの方見たことがない。
何より神庭は超科学で警察を汚染した元凶だった。
そのせいで沖野を含め、伊織も肩身の狭い思いをしている。
八つ当たりすべきではないと思うが、胸の内にもやがかかった。
「それだけ頭がよくて、どうして今まで黙ってたんですか。頭がいいことを隠して、裏で私たちを笑うつもりだったんですか」
「彼がそんな器用だと思うかい?」
問い返されると肯けない。
伊織も本心ではわかっていた。
神庭はそんな人物ではない。
「……純粋に技術にしか興味がないんだと思います」
「僕もそう思うよ。詳しく聞けば教えてくれるよ。何事も、コミュニケーション、大事だね」
橋村はそんなまとめ方をした。
その通りだ。
毛嫌いすべきではない。
たとえ、神庭が超科学の申し子なのだとしても。
神庭は他の技術者とは異なり、自ら技術を開発する能力を持つ。
使うだけでいい気になっている連中とは違う。
認めてやってもいい。
そんな風にも思う。
そして、そのことが最も伊織を苛立たせるのだった。
当の神庭は伊織の葛藤など知らず、パソコンをいじっていた。
そのテーブルにコーヒーを叩きつけ、伊織は突っかかるように言う。
「ご苦労様。次の事件は絶対、私が解決するんだから、覚えておいてよ」
神庭はコーヒーを見つめ、次に伊織を見つめ、よくわからないと言わんばかりに首を傾げた。




