故郷を滅ぼされ、魔王軍に拾われた。
ゴブリン。
それは緑色の肌を持つ、魔物である。
人間の世界では、ゴブリンは気味が悪い人型の魔物で、人間の女を攫い、その身を穢すと伝えられているらしい。
それに繁殖率が高く、ゴブリンはどんどん増えていく。
魔物の中では最弱に位置する、とても弱い存在だ。だからこそ、ゴブリンというのは、どんどん繁殖していく。繁殖しなければすぐにその種は滅びてしまうのである。
俺の名はゴブ太。
そんな最弱の種族であるゴブリン族に生まれたゴブリンだ。
ゴブリンらしい緑色の体。人間には気持ち悪いと言われる形相をしているらしいが、正直言ってそれはどうでもいい。
人間の世界では、ゴブリンが人間の女を攫って身を穢すと言われているらしいが、それは間違いである。昔、人間の女と恋をしたゴブリンがいたので、その変の話が間違って伝わったのではないかと思われる。
そもそも人間は男だろうと、女だろうが、ゴブリンにとっては天敵である。油断をすれば自分を殺しにかかってくる存在だ。それに自分を気持ち悪いなどと思う存在に誰が好んで手を出そうとするのだろうか。しかも、恐ろしい人間に。
ゴブリンの間で人間は触れるべからずな存在である。下手に手を出したらとんでもない報復が待っているのだ。向こうから手を出してきたとしても、それで人間が傷つけば人間はゴブリンの種を滅しようと動き出すのだ。
なんて恐ろしい!
俺からしてみれば人間というのは、何処までも恐ろしい存在だった。
「ゴブ太、今夜は一緒に過ごしましょうね!!」
「ああ」
ちなみにゴブリンは、ゴブリンによるだろうが、基本的に性に奔放である。男女の合意があれば、そういう仲になることなど珍しくもない。
中には、一人の女ゴブリンのみを愛する男ゴブリンがいたり、男ゴブリンの一人とだけそういう仲になる女ゴブリンがいたりもするが、それはそれである。
俺も例にももれずに、ゴブリンらしく合意さえあればそれなりにそういう関係になっていた。
ゴブリンの集落の中で、狩猟をしながらのんびりと過ごしていた俺。
この生活が永遠に続くと思っていた。
――しかし、現実は残酷だった。
目の前で俺の過ごしていた集落が燃えていた。その周りには人間の冒険者とかいう、俺たちの敵である存在たち。
一人、また一人と切り捨てられる。
俺はたまたま、集落から離れた所にいた。集落に戻ったら、そんな光景があった。俺は恐ろしくて、隠れてしまった。
本当に勇敢なゴブリン戦士なら、この場を飛び出して立ち向かうのかもしれない。勇者の魂を持っているのならば、敵わない相手にでも立ち向かって、その命を立派に散らすのかもしれない。
しかし、俺には無理だった。
足がすくんで動かなかった。恐怖で震えて人間たちの前に姿を現すなんてことは出来なかった。
――だから、ただ、ゴブリンの集落が蹂躙されるのを見ていただけだった。
残ったのは、何も残らない集落。
つい先日まで仲良く話していた存在が、もう何も言わぬ骸と化していた。
虚無感に苛まれた俺、だけどこのまま此処にいるわけにもいかないと、集落を持たないはぐれゴブリンになった。
その後、他の魔物の集落で何故俺の集落が滅ぼされたかを知った。
たまたまゴブリンを見かけた人間達が、このままでは女性に被害が出ると被害妄想をしたらしい。それで俺の集落は滅ぼされた。何もしていないのに、人間はゴブリンを滅ぼすのだ。恐ろしいから、と口にして。
色んな場所を巡った俺は、「この集落に住まないか?」と言ってくれる声を振り切って、ただがむしゃらに過ごしていた。強くなれれば――と無茶もした。もしそれで死んでも構わないと思っていた。俺には何もなかったから。
けど、俺は死ねなかった。
これからどうしようか。何を目的にしようか。そんなことを思っている中で、あの方に出会った。
「――行くところがないなら、うちにくる?」
軽い調子で問いかけてきた悪魔族の少女の言葉に頷いてしまったのは、何故だったのか。自分でも分からないが、何かに引き付けられるようにうなずいてしまった。
その少女が、最近人間と戦うために魔物たちが纏まった魔王軍の、魔王様だと知ったのはそれからしばらく経ってからだった。
「ゴブ太は可愛いねー」
魔王様は、その赤い瞳を輝かせて、俺になぜかそんなことを言う。
悪魔族というのは人間に近い見た目を持っていて、魔王様以外の悪魔族はゴブリンなんていう種族に可愛いなんて口にはしない。どちかというと人間と似た価値観を持つものが多いのだ。
しかし魔王様は変わり者なのか、俺だけではなくサイクロプスとか、コボルトとか、そういう人間からしてみれば不気味だったりするような見た目の存在を良く侍らせている。
そして可愛い可愛いと謎に口にするのである。
魔王様が嘘をついていないことは分かるので、余計によく分からない気持ちになっている。
「ゴブ太、どうしたの?」
「なんでもありません」
魔王様は無邪気に微笑む。その笑みを見ると魔王軍最強の魔王なんて全く見えない。でもこの方が本当に強い方であることを俺は知っている。
力を振るっている場面を見たことがあるのだ。本当に恐ろしい程に強かった。
「――人間たちをどうにかして、私たち(魔物)で幸せになろうね」
魔王様はそんな風に言って笑う。
――俺は、人間を許さない。魔王軍の一員として、人間を滅ぼす。
俺は魔王様の言葉に、そんな決意をまた滾らせるのであった。
――のちにゴブ太は、人間との戦争において活躍をすることになる。
『剛力のゴブリン』とか、『ゴブリンキング』とか謎のあだ名をつけて恐れられることになるのだが、それはまだ本人であるゴブ太も知らない話である。
何となく書いてみた短編です。
楽しんでもらえたら嬉しいです。
ゴブ太
ゴブリン。故郷を人間に滅ぼされ、力をつける。
魔王軍に拾われて、魔王軍に所属する。
後に人間達に恐れられるゴブリン。
魔王様
赤目、黒髪の見目麗しい悪魔族。
人間の価値観でいうところの絶世の美少女だが、ゴブ太はゴブリンなのでときめかない。
人間に似た悪魔族だが、人外好きでお気に入りの子を見つけては周りに侍らせている。周りに何も言われないように侍らせた子たちは徹底的に鍛え上げる。
周りからは魔王ハーレムとか思われている。魔王様はお気に入りの子を沢山侍らせられて満足している。
人間は嫌いで、魔物が生きやすい世の中にしたいと思っている。