8話 それを人は「良い考え」とは呼ばない
【私に良い考えがあるの!】
こういう事を自分から言い出す奴に、碌な事を思いつくヤツはいない。
二人が訳わからないこと言い出すぞ~・・・と盛大にツッコむ心の準備をしていると、レイアが続きを切り出してくる。
【と、その前に幾つか確認しておきたいことがあるんだけど~・・・シオンはさ、これからは穏やかに暮らしたいんだよね?】
【そうなのじゃ!】
迷い無く肯定の意思表示をするシオンに、よしよし、と頷くレイア。
【じゃあ、次の質問なんだけど、シオンってヒト族を食べなくても生きていけるのかなぁ?】
何を今更、と言う調子でシオンが語る。
【それは先刻話した通りじゃ!殺してしもうた命に関しては、勿体無いからわらわの糧としたに過ぎんのじゃ~!そもそも、わらわはヒト族の居なさそうな場所を選んで住処としようとしておるのに・・・それにじゃ!お主らはきっと何でもかんでも喰いすぎて雑味が強いのじゃ!牛でもオークでも喰らった方が断然美味なのじゃ・・・故に、好んでヒト族を食そうなどとは考えておらぬのじゃ!】
【あ、オークさんたちは食べないでね?うちの国では大事な労働力だから】
オークは労働力である。オーク族の住む集落と言う名の「牧場」がソノタタスよりもかなり離れた地域に存在する。
牧場などと言うと印象が悪いのだが、そこでは王都から派遣された少数のヒト族の管理下、オーク族が文字の読み書きだとか、いわゆる『道徳』の授業にあたる刷り込み教育を行う。
とは言え、既に何世代ものオークがこの「牧場」で命の産声を上げ、労働に従事したり、家庭を持ち、それなりに豊かな生活を送っている。
確かに最初はヒト族へ危害を加えないように教育と言う名の洗脳を施していたのであろうが、現在はオークにも当然に自由があり、戸籍もある。オーク族必修の義務教育的なものが終われば、自分の好きなように生きていけばいいのだ。
こうした王国の方針により、野生種のオークはほぼ存在せず、もし発見された場合は速やかに捕獲し、「牧場」に送り届ける。
その「牧場」はいわゆる市街地よりも少々村落に近い程度で、十分に文化的な生活を送れる。
野生で生きてきた無知性のオークでも、同類が喰うに困らず、衣類を纏い、家屋を持ち生活する様を見せ付けられれば、そこにあるのはただ恭順のみである。
案外、こうしたオークが死に物狂いで頑張りを見せて這い上がってくるから面白い。
話が逸れた。
一方シオンはと言うと、「え~」っと少し複雑な顔をしている。
【丸々太ったオークの肉はとても美味なんじゃがのぅ・・・】
まことに残念そうである。
しかし、ほぼ全個体につき戸籍があると言っても過言ではないオークを食べられては失踪事件になってしまうのだ。これを許すと人攫い発生装置の存在を容認することになってしまう。
【オークとか、食べちゃいけない種族は後で教えてあげるからね。その種族は基本みんな戸籍あるから、食べたらシオンとはお別れになっちゃうの・・・きっとそんな事は起こらないって信じてるけど・・・せめてその時は、私かルシエルかマリアが痛くないようにしてあげるからね】
レイアの言葉のオブラートが破れ過ぎていて、包み隠していたはずの真意がドバドバと溢れ出している。
【何言ってんだ?私は手加減なんてしねェぞ?死にたくなけりゃ本気見せろ】
ルシエル、まさかの現在進行形で自分のペットに向かって殺す発言である。まるでエルフの格好をした鬼のようだ。
【ふむ、痛みを感じず、と言う事なら呪殺に限るな。安心しろ、私が担当になれば痛みはない。代わりに死んでからも魂を蝕まれ続けるだろうが、我慢してもらおう。勿論、痛くても良いなら他にも色々方法があるぞ?】
マリアは痛くない殺し方、と言う点に重きを置いて考察した模様。違う、そうじゃない。
【じゃあやっぱり私が一番安心だよ!私はシオンに手を上げたくないし・・・ちゃんと反省しました、って皆にわかって貰えるように自分の意志で逝かせてあげれるからね】
精神支配により自害させることを優しさと呼ぶなら、そんな優しさは要らない。
本人の真意を無視して強制的に反省、と言うより後悔の念を植え付ける。増幅した後悔の念を自己否定に変換。
「こんなはずじゃなかった」「あの時、食べるのを我慢していれば」そんな感情が通常は数年、数十年かけて育って行くのだろう。それはそれで辛いだろうが・・・
しかし、レイアの場合は精神を支配してしまうので、その過程を一気にすっ飛ばして結論に到達させる。
「私はオークを食べました、死すべき愚かな行為を犯しましたので死にます」と、死の選択に帰結する念を植え付ける。
良心の苛みを瞬時に課し、あたかも「自分の意志で死を選ぶ」と言う決断をしたことを強制する。そう言う類の支配力なのだ。
「自分の意志で」とは聞こえがいいが、レイアの発言が一番えげつない。ルシエルが鬼なら、レイアはきっとエルフの皮を被った悪魔だろう。
レイアのポンコツっぷりはドジで少し抜けたところが大半なのだが、こうした純血のエルフ種特有とも言える潔癖さから成る、共感能力の低さは本当に直すべきポンコツっぷりのひとつである。
何か頭の大事なネジが抜け落ちてしまっているのだ。
ともあれ、三者三様に発言が物騒すぎる。特にレイアとマリアは「安心」と言う言葉を辞書でも引いて調べたほうが良い。
それぞれが好き放題言うものであるから、シオンは恐れ慄いている。
その体躯は恐怖に震え、その思考はただただ「まずい」の三文字で埋め尽くされる。いつか我慢ができなくなった時、食欲に負けたその時が死を迎える時なのだ、と考えるシオンは死と欲を天秤にかけた結果、誓って食欲に負けないように生きていこうと決めたのだった。
そもそも香り立つウサギ肉に釣られ、食欲に負けた結果としてルシエルに襲撃されたので、この結論に至るのは当然ではある。
【わらわ、絶対に食欲に負けぬ。誓ってじゃ!】
自分の生殺与奪権を握る三名に誓いを立てたシオン。
そういうことなら大丈夫かな、と顔を見合わせるレイアとマリア。ぼけーっとどうでも良さそうな様子のルシエル。
この飼い主はシオンが人を襲った場合、自分も国家反逆罪に問われることを完全に忘れている。
【そ、そうじゃ!オークにも戸籍があるんじゃろ?わらわにも戸籍は作れんのかえ?】
うーん・・・と少し考える様子のレイア。
【シオンはさ、ルシエルといつも一緒にいたいよね?】
【それは当たり前なのじゃ!いつだって主様の騎竜として傍に置いていただきたいと思っておるのじゃ!】
うんうん、と頷くレイア。
【そうだよねー!でも、現実として難しい障害が立ちはだかってるんだよ~?なんだかわかるかなぁ?】
【障害なぞない!と言いたい所じゃが、わらわの体躯では街中に入っていけぬのじゃ・・・あと、ヒト族が恐怖するのじゃ】
【そうそう、ちゃんとわかってるじゃない】
【むぅ~!どうせ何か解決策を用意しておるんじゃろ!?勿体付けておらんでさっさと教えるのじゃあ~!!】
【ふっふっふー!それじゃあズバリ教えてあげよう!それはね・・・】
【それは・・・??】
思念波上ではあるが、ゴクリと喉を鳴らす3人。
【シオンにはヒト化を覚えてもらおうと思うの!】
【ヒト化?】
【そそ、シオンの中にある今まで食べたヒト族の魂?みたいなのが、シオンの精神ほじくってると結構詰まってるの。それを私が魔力でコントロールするから、私の魔力をなぞる形で誘導に従ってくれたら、多分ヒト族サイズになれるよ~?】
【勝手にわらわの魂ほじくるんじゃないのじゃ~!!それに、そんなことしたらもうフレアドラゴンとして主様を背に飛べないではないか!】
【大丈夫だよぉ~・・・魔法で形態変化させてるだけだから、ちゃんと元の姿に戻れるよ!】
【嘘じゃ!そんな都合の良い話がある訳ないじゃろ!】
嘘じゃないのにな~・・・と軽く思いながらもレイアは、疑心暗鬼のシオンを納得させるためにどうすればいいのか少し考えている。
あーでもないこーでもない、と考えをまとめるたレイアは「百聞は一見にしかず」との結論に達した。
【じゃあさ!私が実演してあげようっ!】とレイアはシオンたちに言い放つのであった。