6話 シオン~ざ・ぐれいてすと・どらごん☆~1
ソノタタスの街から少し離れた牧場の、さらに東側に位置する『ソノタタス平原』。
ここは非常に開けた土地で、設備と言えば他の街への貿易路が敷かれているくらいのものである。
途中までは整備された貿易路を通って歩いてきたのだが、フレアドラゴンを貿易商人たちに目撃させては混乱するだろう、とのマリアの配慮から、さらに北に進み、山岳地帯付近まで足を伸ばしている。
なお、この平原には『ゴブリンの巣穴』とか『オークの集落』とか、そんな類のイベントは落ちていない。
ゴブリンもオークも、最低限の教育を施し、貴重な労働力として国のためにせっせと働いている。人を襲うなんてとんでもない。
知能の高いハイオークなど、見た目は豚でも自ら商店を経営する者も居るくらい文化的な生活を送っている。
お金持ちのハイオークが夜の街で高い金を払い、サキュバスに躾けられながら「豚と罵って下さい」とブヒブヒお願いする始末。危険?何それおいしいの?
そんな訳で見通しの良い平原だろうと危険は皆無だ。無論、襲われたところで単騎で国を滅ぼせるくらいの余程ヤバい奴が来ない限り、この3人に影響などないのだが。
ふと、昼間の出来事を思い出したマリア。
「そういえば、名前はつけてやったのか?」
するとルシエルはあぁ、と頷く。
「ぐぉぉぉん、ぐおぉぉんって煩いから、静かにしろよって思ってたんだ。そしたら名前のこと思い出して、『静かにしろ、ぐおんぐおんうるせえよ』でシオンだ」
「「雑!!」」
レイアとマリアの声が揃う。字面だけ見ればまともな名前に見えはする、が、理由があまりにも不憫すぎる。
名前と言うよりただの文句だ。理由を知ってしまうと可哀想な事この上ない。
現在、他のフレアドラゴンは全て野生の個体なので、第一発見者が個体の大きさだとか、身体的特徴などと共に希少なモンスターを『世界希少種管理機構』に登録している。
登録のある他フレアドラゴンの個体名には『イービルアイ』だとか『クリムゾンレイ』などという大仰な名前があるが、いずれも身体的特徴であるとか、発見者がその時感じた恐怖心、威圧感などから付けられた。
発見者であるルシエルの感情から命名されているので、ある意味名付け方としては共通しているのだが、威厳など微塵も感じられない可愛らしい名前になってしまった。
しばらく歩き山岳付近に着くと「そろそろいいか」とルシエルがちょいちょいと手招きしながらシオンを呼ぶ。
「おーいシオン!降りて来ていいぞー?」
主がお呼びだ!急げ急げ!と上空から急加速して降り立つシオン。降下の勢いで草木は揺れ、砂埃が舞い踊る。ついでにルシエルの乳が揺れる。
「ぐおぉぉぉぉん!!」
はじめまして、とでも言いたいのか大きく両翼を広げて頭を垂れるシオン。
「ほえぇぇー!この子がシオンかー・・・小型って言ってたけど、十分大きいよねぇ・・・」
シオンの周囲をウロウロと歩き回るレイア。
ルシエルとその友人の前なので、力の放出などは抑えてはいるシオンだが、普通の人間やら生物ならば、その圧倒的な威圧感に恐怖しチビってもおかしくない。周辺にいたリスやケルベロスなどは尻尾巻いて逃走済みだ。
にも関わらず、このエルフ達は主もそうだが、一切たじろいで見せたり、恐怖に慄く様子も無い。
今まで出会ってきたヒト族の生物は自分からちょっかいを出してくる癖に対面すると恐怖に怯え、大人しく食われるだけの存在であった。しかも大体不味い。
たったの一日でこのようなヒト族に3体も遭遇するなど、思いも寄らなかったシオンは少々困惑していた。人生、いや竜生、何が起きるかわからないものだな~と。
シオンがそんなことを考えているとは露知らず、レイアはその尖ったエルフ耳をピクピクさせながら、相変わらずシオンの周囲をウロウロと徘徊している。
ふと、レイアがシオンに尋ねる。
「キミは私達の言葉はわかるのかなぁ~?」
シオンは何かを語りかけられている事は理解しているのか、不思議そうに首を傾げて「ぐぉ?」と肯定とも否定ともとれる素振りを見せる。
「うんうん!喋れない分、意思疎通が苦手みたいだね~!・・・ルシエル、ちょっとこの子に触れても良いかなぁ?」
何するつもりだ?と怪訝な表情を浮かべるルシエル。
「はァ?勝手にすりゃあいいだろうが・・・」
「ありがと、一応ルシエルに懐いてるみたいだから、飼い主の許可がないと嫌がられるかな~って念のため。二人とも、しばらく静かにしていてね?ちょっとこの子に話しかけてみるから」
そう言うと、シオンに触れたレイアはすうっと目を閉じる。
【はじめまして、シオン】
思念波を送り、意志の疎通を試みるレイア。すると、いきなり脳内で語りかけられたシオンは驚きのあまり目を見開く。
「今コイツめっちゃビクってならなかったか?」
「あぁ、確かに見た。フレアドラゴンも驚くとビクつくんだな」
すごい勢いで身体をビクつかせていたシオンの様子を見て、ヒソヒソ話をするルシエルとマリア。
【驚かせてごめんね・・・今、あなたの頭の中に直接語りかけているの】
レイアの中で「未知の生物に遭遇したとき一度は言ってみたい台詞トップ10」に入っていた台詞をここぞとばかりにブン投げる。
目を閉じて精神交感をしているため外見には一切の変化がないが、こっそりと人生の目的の一つを達成したレイアの内心は春の陽気な日差しの中、ルンルンでスキップしている状態だ。
【あなたの持ってる魔力量なら思念で会話するのは出来るはず、少し慣れれば出来るから頑張ってみてくれるかなぁ?】
自分と意志の疎通を図る謎のエルフに驚きはしたが、一方的に話しかけたり洗脳するような素振りも無く、どうやら対話をしたいらしいと読み取ったシオン。
シオンも身体の動きを止め、神経を集中する。
「お?シオンも動きとめたな」
「レイアが交感に成功したのだろう、大人しく様子を見ていよう」
「動きがねェから面白くねェな」
ヒソヒソと会話を続けるマリアとルシエルだが、レイアに気付かれた模様。
「ちょっと集中出来ないから黙っててくれるかなぁ~?」
こういう時のレイアは意外と威圧感がすごい。
目はニコニコと笑っているのだが、口が笑っておらず、端整な顔立ちも相俟って冷徹な印象を与えるのは美人故なのだろうか。
そんなレイアに気圧された二人は借りてきた猫の様に大人しく「ハイ」と頷くのであった。
そんなやりとりをしていると、シオンが思念を操るコツを掴んだらしくポツポツと言葉を紡ぎだす。
【わ・・・】
【あっ!通じてる!通じてるよ!がんばって!!】
【わら、わは・・・】
一人称は『わらわ』のようだ。女子?
【うんうん!】
【わらわは・・・のじゃ~】
微弱ながら自分の意識の表面に送られてくる思念波を感じ取ったレイア。
フレアドラゴンのシオンと意思疎通を図れるのか。