30話 シオンvsキノッピ
「うるっしゃぁぁぁぁぁぁぁい!!」
痛いところを突かれたシオンが激怒する。
さらに激しく溢れ出すシオンの闘気が衝撃波となってキノッピを襲う。
「ふぎゃぁぁ!なのねん!」
身体を揺さぶられ体勢を崩すキノッピ。
「死ぃぬぅのぉじゃぁぁ!!」
シオンが大きな口をぐぱっと開けると、収束され豪熱を帯びた炎のブレスがキノッピに向けて放たれる。
「うぅ・・・くっ!」
崩されたバランスを立て直し、襲い来るブレスを超高速で後方に回避するキノッピ。
「チッ!なのじゃ・・・」
「あっぶないのねん!本当に焼き鳥になる所だったのねん!?」
翼と両足をバタつかせながら叫ぶキノッピ。
「さっさと焼かれるが良いのじゃ!お主はモモ肉が美味そうなのじゃ!」
美味しそうなモモ肉を目がけて一直線に突撃してくるシオン。
シオンの狙いは完全に脚についており、もぎ取ってブレスで焼いて食べる魂胆だ。
消し炭にするのではなかったのか。
どうやら怒りより食欲の方が勝ったらしい。
「そういう訳には行かないのねん!」
しかし、空振りするドラゴンクロー。
キノッピはシオンの突撃をまたも回避する。
「ちょこまかと鬱陶しいのじゃー!」
「ウチだって死にたくないのねん・・・」
体力、魔力、打撃攻撃力、防御力、あらゆる要素でシオンに劣るキノッピ。
ただ一点、唯一ぶっちぎりでシオンの能力を凌駕する部分がその敏捷性である。
「のじゃ!!」
「ひぃっ!」
執拗にモモ肉を狙うシオン。
「のっじゃぁ!!」
「うわわっ!!」
掴まれたら最後、胴体と足は分断されて本体の目の前でモモ肉の実食が始まる。
「のっじゃぁぁぁぁ!!!」
「ひゃぁぁぁぁ!!」
必死の形相でドラゴンクロー三連撃を避け続けるキノッピ。
近距離はまずいと感じ、たまらず距離を取る。
「ぐぬにぅ・・・避け続けるばかりではないか!お主!!」
「し、死ぬのがわかってて大人しく捕まる馬鹿はいないのねん!!」
「むぅ・・・そりゃそうなのじゃ~」
「ふ、ふん・・・でも、そんなに闘気漲らせてる割には全っ然大したこと無いのねん?」
「な、なんじゃとぉ!?」
あっさりとキノッピの挑発に引っかかるシオン。
シオンと対峙してからというもの、ある程度の言葉を交わしていた二人だが、シオンの煽り耐性の低さに感づいたキノッピ。
これは使える、と開いた距離から表情が見えないのを良いことに下衆な笑みを浮かべている。
(この煽り耐性の低さは起死回生の一手になるのねん・・・避けてるだけじゃ消耗するだけ・・・作戦変更なのねん)
「当たらなければどうということは無いのねん!」
とか会話を続けながら自分の周囲に各種胞子をばら撒き始めるキノッピ。
生存戦略とは言え、とても狡い。
「ぐぅっ・・・」
またもや痛いところを突かれてたじろぐシオン。
思えばルシエルと対峙した時も攻撃がまともに直撃した記憶がない。
もっともシオンクラスの攻撃力は直撃=死であるので、如何にルシエルと言えど魔法防御も張らずに受ければこんがり焼きエルフの出来上がりである。
そもそもフレアドラゴンであるシオンは、基本的に一対他数の戦闘を強制されて来た。
そのためか、広範囲に群がる雑魚を消し飛ばす攻撃は得意だが、同等かそれ以上の敵と真正面から戦うことに慣れていないのだ。
と言うより正しくは、フレアドラゴンに成った時点で個体値が同等の生物に対峙した経験がない。
事実上、それに類する存在はルシエルが初だが、個体値だけで言うならばシオンの方が勝る。
あの闘いに於いて、ルシエルは初手必殺の麻痺毒ダガーが効いていなければ即撤退する予定だったことをシオンは知らない。
「やーい、馬鹿力ぁ!のーきん!のーきん!鱗ダルマ~!なーのねん!」
「の、脳筋違うのじゃぁぁぁ!わらわ、図書館大好きインテリドラゴンなのじゃぁぁぁ!!」
「ぷぷぷー!自分でインテリドラゴンとか言っちゃうやつぅ~なのねーん!!」
ここぞとばかりに煽るキノッピ。
涙目になったシオンの瞳から『フレアドラゴンの輝涙石』がポロっと零れ落ちた。
「むっきぃぃぃ~!なのじゃぁぁ!!」
(かかったのねん!!もうひと押し!!)
キノッピの怒涛の煽りに怒り心頭のシオン。
眼球が渦巻いて軽度の混乱状態に陥っている。
怒りのバロメーターが上がるに連れて、シオンから放たれる闘気が空気を波打ち揺るがしている。
しかし、来るとわかっている衝撃波ならば耐えられないことはない。
(大丈夫、落ち着くのねん・・・素早さではウチの方がダントツで上なのねん・・・避けれる、避けれる・・・)
ビシビシと伝わってくる衝撃と竜種の放つ圧倒的なプレッシャーに堪えながら、キノッピはシオンに向けて言い放つ。
「悔しかったら、ウチのモモ肉をもぎ取ってみせるのねーん!」
「ふぎゃぁぁぁっぁ!!」
キノッピの煽りに踊らされ、わけも分からずモモ肉を狙って突撃してくるシオン。
大ぶりのドラゴンクローをひらりと躱してすぐさま距離を取るキノッピ。
自分の撒いた胞子の効果範囲から離脱する。
「今だぁ!《催涙胞》っ!!」
空を漂うキノコの胞子が弾け、シオンを胞子の煙幕が包み込む。
「・・・のじゃっ!?」
シオンの目鼻や口から《催涙胞》が侵入する。
「げほっ!ごほっ!・・・な、なんなのじゃ~・・・この煙幕は・・・こ、狡い真似をする鳥さんめぇ・・・」
「むっふっふ・・・なのねん・・・」
「ひぐっ・・・!えっぐ・・・!あ、あれ?涙が・・・」
シオンの目からボロボロと零れ落ちる『フレアドラゴンの輝涙石』。
「ぐっすん・・・ひっく!な・・・涙が・・・止まらぬのじゃあ~・・・」
(どうしよう、どうしよう・・・財源をこんなに大量に放出してしまったら後で主様に怒られてしまうのじゃあ・・・)
まさかの天から降り注ぐレアドロップの大量放出である。
神様仏様キノッピ様と崇め奉られる日も来るとか来ないとか。
このまま泣き続けるのは後が怖いので、バサバサと翼を揺さぶって周囲の煙を吹き飛ばすシオン。
しかし、瞳にこびりついた胞子が残っており、まだまだシオンの涙腺は壊れた蛇口の如く緩みきっている。
「スキありぃぃ!!なのねん!!」
涙で咽ぶシオンに対し、超高速で接近し容赦なく鱗の薄い土手っ腹を狙って翼を打ち付けるキノッピ。
「ふんぎゃぁ!」
どうやら頑丈な鱗を避ければダメージは通るらしい。
シオンにダメージを与えつつ、すぐさま離脱。
高速で飛び回っては胞子をばら撒いきながら逃げ回る。
それにしても、何やら地上で大きな爆発が連続しているようだが、眼前の敵は獄炎竜フレアドラゴン。
一瞬たりとも気を抜けない。攻撃の直撃、即ち死である。
「おーにさーんこーちらー!なのねーん!ベロベロぶぃぃー!!」
「ぐすん・・・むっきぃぃ!!なのじゃー!!」
涙で霞む目をゴシゴシと擦るシオン。
胞子の効果が切れたのか、涙が止まり鮮明になった視界で周囲を見渡す。
「の・・・のじゃ・・・??」
大量にばら撒かれた色とりどりの胞子がシオンを取り囲んでいる。
その光景にたじろぐシオン。
「んふふーなのねん!」
キノコハーピィの長、キノッピの真の強さはシオンを凌駕する敏捷性だけではない。
自分の本体である頭部のキノコからから発生させた胞子に魔力を加えて散布。
電撃、催涙、毒、混乱、催眠など様々な状態異常を相手に引き起こす。
攻撃力が低く、決定打に欠けるキノッピだが、この多芸な状態異常付与とそれを有利に働かせる敏捷性でキノコハーピィの頂点に君臨しているのだ。
「ふ、ふん!そのような技、二度も三度も食らうわらわではないのじゃ!」
広域にブレスを吐き、ばら撒かれた胞子を焼き払おうと息を吸い込むシオン。
「やっぱりブレスに頼って来たのねん」
ニヤリと笑うキノッピ。
「そこに散布してあるのは・・・」
「うぎゃぁぁぁぁ!!」
「キノッピ特製の《寄生胞子》なのねん」
「が・・・うえっ・・・!げほっ!がぁっ・・・」
「苦しいのねん?身体が大きいから回りは遅そうだけど、これから少しづつ身体の自由が奪われていくのねん・・・」
「な・・・なんじゃ・・・と・・・」
「んふふ・・・その身体は楽しそうなのねん・・・」
「ぐ・・・ぐぅぅ・・・」
「ピーンと来てたのねん、森の中からいきなりエルフが現れて森を荒らし始めるなんて、空か地中からでないとこの背徳の森には侵入できないのねん?」
「お、お主・・・ぐぅぅ・・・」
「これからキミはウチになるのねん・・・その様子をウチはじっくりと観察して、準備が整ったらその身体はウチのもの・・・アハハハ!!」
「レイアが言っておった・・・き、寄生能力・・・もはや、これまで・・・なの・・・じゃ・・・」
苦しむシオンに冷酷な視線を向けるキノッピ。
まるで冬虫夏草のように、生物の身体を乗っ取り、より強い個体へと寄生を繰り返す。
「ククククク・・・」
ゆっくりとシオンに接近するキノッピ。
身体を乗っ取られる恐怖と、《寄生胞子》の中毒症状で苦しむシオン。その鱗の薄い腹部を容赦なく蹴り飛ばす。
「んがぁ!げほっげほっ・・・!!」
「イヒヒヒヒ・・・!!良いザマなのねん!!圧倒的強者が策に嵌って悶える姿はいつ見ても最高なのねん!!・・・この身体もそうだったのねん・・・ヒヒヒヒヒヒ!!」
残虐非道、冷酷極まりないキノコの姿を借りた悪鬼のような存在。
この世の悪を体現したかのようなソレが、キノコハーピィのキノッピとして生きる寄生型マンドラゴラの正体。
その極悪非道の悪鬼羅刹が、蹴りつけられた腹部を押さえるシオンの耳元に超高速で接近すると、冷たく囁く。
「ウソ」
なんてことはなかったりする。
「・・・はえ?」
キョトンとしているシオン。
「いやいや、冗談に決まってるのねん?普通に考えたらわかるのねん?どうやって分裂させた胞子で身体を乗っ取るのねん?ムリムリムリムリ!」
「の・・・じゃ・・・??」
「あんまり作戦通りにブレス吐こうとしたもんだから悪ノリが過ぎちゃったのねん?どう?どう?ウチ、なかなかの演技派なのねーん?」
「ぐ・・・くぅ・・・おちょくりおって・・・本気で怖かったのじゃ!!」
「まぁ、それでも」
シオンより少し高い位置まで飛び立つキノッピ。
「胞子に含まれてる毒性はホントなのねん?そろそろ身体の自由が効かなくなってる頃でしょ・・・?」
不意に遥か下の森を見つめるキノッピ。
森にかかっていた《セイクリッド・ミスト・フィールド》が解除されているのを確認する。
森を見やるとすぐさま、今度は本気でギロリとシオンを睨み付けるキノッピ。
「時間稼ぎは終わりなのねん・・・」
「の・・・のじゃあ・・・」
「覚悟するのねん」
バサバサと翼を羽ばたかせて上空で旋回するキノッピ。
森の中でシオンを連れ去って行った時と同様の超高速で、毒が回り動きの鈍いシオンに突撃する。
「ぐぅぅぅぅ・・・」
言うことを聞かない身体をどうにか動かし、超高速で垂直落下してくるキノッピの両脚を鱗で受け止めるシオン。
しかし、地上からの重力の助けもあり、どんどん高度が下がって行く。
「ウチの攻撃力でキミがくたばってくれるとは思わないけど、このまま墜落してくれても全然構わないのねん!」
「か、身体が思う通りに動かずとも・・・鳥さんの攻撃程度で貫けるわらわの鱗ではないのじゃあぁぁぁぁ!!!」
フッと笑うキノッピ。
「ウチの役目はここまでなのねん・・・森の怒り、その身を持って思い知るがいいのねん・・・」
シオンの鱗に受け止められた脚を、そのまま強く蹴った反動を使い、突如としてシオンから離脱するキノッピ。
蹴られた反動がさらにシオンを地表近くまで押し込む。
シオンは未だ身体の自由が利かず、森を背にしたまま最低限の翼の動きでどうにか滞空している。
「うぅ・・・鳥さんはどこに・・・」
首を動かすのもやっとの状態まで胞子の毒が回ってしまったシオンだが、更なる追撃を警戒して周囲を見渡す。
キノッピの猛攻でかなり地表に近い位置まで落とされていた事に気付いたシオン。
森を覆う霧が晴れている事にシオンも気付いたが、それ以上に目を疑う光景が地上に現出していた。
「の・・・じゃ・・・?」
森に佇む泉から、森全体を包み込む大魔法陣が展開され、そこへ向かって森の神聖力が凝縮されて行く。
その中心には七色に輝く巨大な魔法翼が二枚展開されていた。
この世の物とは思えない凄まじいまでの神性が、遠く離れた上空に居るシオンにも伝わっていた。
「・・・綺麗な光・・・なのじゃ」
この神々しく煌めく七色の光が、身動きの取れないシオンを穿つために用意された森の怒りであることをシオンは知らない。