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3話 ルシエルの狩猟生活

ソノタタス近郊の森の中、茂みに身を隠し息を潜める。

すうっと深呼吸をし、息を殺しながら肺の中を無酸素状態にすると同時に目標への集中力を高める。


「・・・!!」


茂みから飛び出す際、草木の擦れた音が僅かに鳴るが、それ以外に音は無く、目標は断末魔すらあげることはなかった。

無警戒状態の野うさぎを一閃したルシエル。


(恨みはねェが、私に見つかったのが運の尽きだ、悪く思うな)


そんなことを思いながら、殺めた小さな命を前に祈りを捧げる。


前後の脚を荒縄で縛り担ぎ上げる。向かう先は水源地だ。

水場へ着くと、広めの平らな石に手持ちの調理用ダガーを使い慣れた手つきで皮を剥ぎ、内蔵の下処理をしていく。

こうなるともう食材として肉屋に並ぶ、野うさぎ肉一羽分と同じ状態である。


水源地に散らばる周囲の石を石釜の形状に組み上げると、その内部に森で伐採した材木を並べる。

処理した野うさぎの肉を森の中で採取した香草類で包み込み、一緒に石釜の中に入れた。


そこまで準備を終えるとルシエルは火炎魔法で石釜に着火。

数日間の保存用に蒸し焼きにする予定であるため、火力は適宜調節する。

そこからは特にすることも無くなるので、近くの木に登り、体重を受け止められそうな枝に腰かけて休息をとる。


石釜が熱され、中に入れてあるうさぎ肉が香り立ち始める。

運が良い日は匂いに釣られて次の獲物がやって来る。

木の上で待機していたのは休息ももちろんだが、うさぎ肉を餌に気配を殺して次の獲物をおびき寄せるためである。


とは言え、次の獲物は釣れる時と釣れない時がある。

獲物とは言うが、小柄なルシエルは必要とする一日の摂取カロリーもそれほど多くは無いため、食用にするための獲物ではない。


石釜のてっぺんから上がる香草と肉の良い香りが空気中に上がり、その香りを嗅ぎつけた巨大な影が周囲を警戒しながら上空を旋回する。

どうやら今日は運が良い日のようだ。


気配を察知したルシエルだが、未だ上空を見上げてはいない。

下手に動くと感づかれて魔法攻撃の射程圏内に進入して来ない可能性が上がってしまう。


(よしよし、今日の相手はあいつだな)


ルシエルは定職についていない。

住所不定無職を地で生きる、狩猟採取生活民である。

長年こんな生活をしているため、ルシエルの隠密行動スキルは王直属諜報部隊も真っ青のカンスト状態である。


ちなみにルシエルは職業的にも無職である。

小柄で非力そうな見た目もあり、よく魔導師に間違われるが勝手に周りがそう勘違いしているだけだ。

並みのアサシンより遥かに秀でた隠密行動力と近接攻撃力も持っているが、アサシンでもない。無職だ。


そんな無職なルシエルは一日分の食料を用意し終わると、有り体な言い方になるが暇なのだ。

その日の気分によりレイアのところへ遊びに行ったり、マリアの訓練を眺めるついでにケンカを売ったり、2ヶ月に一回ほどの定期イベントに顔を出したりと、かなり適当に過ごしている。


さて、上空の獲物だが、警戒心の強い個体だったようで、ようやく地上に降りてくるようだ。

既に射程の中に入ってはいるが、ルシエルはまだ息を殺して今日の相手を観察する。


かなり上空を旋回していたようで、地上に降りてきた際に、羽根の風圧で木々が揺れる。

地に降り立ったのは巨大な竜で、ルシエルが7人ほど転んで乗れるような巨躯であった。


(おぉー!いいねぇ!コイツは生きたまま連れてけばマリアん所がいい値で買ってくれそうだ)


ルシエルにとっては空飛ぶ現金である。


それにしても、竜種相手に余裕なのは何故か?

竜種は人間より「生物としての格」が上として描かれることが多いが、この世界ではそんなこともない。

むしろ知能は少し低め、調教すれば言うことを聞かせられる。

そのくらいの扱いだったりする。


ただ、総合的なステータスを人間と同程度と考えると、知力を下げた分、フィジカルに全振りしているような能力になる。

空を飛べる、とても力の強いアホの子なのだ。


さてそろそろ、とルシエルが捕獲の準備に入る。

準備とは言っても何か用意するわけでもない、ただの精神統一だ。

目を閉じ精神を研ぎ澄ませる。


(まずは小手調べ〜)


目を見開いたルシエルは開始早々、指先から高濃度に凝縮した雷光を放つ。


「グギャァァ!!??」


「やっほー!元気ィ?ちょっとしびれちゃったカナ〜?」


木の枝に腰かけたまま、軽く右手をフリフリして挨拶、完全に舐めてかかっている。


やたら小さな生き物に不意打ちを食らわされ、明らかに機嫌悪そうに羽根をばたつかせて威嚇を始める竜種。

ルシエルの座っている木を羽根の羽ばたきで揺らして地面に下ろしたい様子。


「おぉう?いい風送って来るじゃねェか?オイ?・・・身体もでかいし、少しは楽しめそうだな!」


言葉は理解できていないが、何故か舐められているのは感覚で解った様子の竜種。

地団太を踏み、「ギョエェェ!!!!!」と叫びながら腹立たしそうにルシエルを睨み付ける。


「おっ!やる気出たァ?じゃあ、遊ぼう」


座っていた木の枝からフッと姿を消すルシエル。


「ぜ」


身体の芯から底冷えするような冷徹な声を発した瞬間、ルシエルは飛竜の後ろに回りこみニヤニヤと笑いながら調理用とは別のダガーを用いて鱗の薄い脇の下に一撃を入れる。

攻撃のために停止した一瞬、加速度と反動でルシエルの大きな胸が揺れる揺れる。


脇に傷を負わされた竜種。傷口は浅いが痛みは感じているようで、竜種の顔に苦悶の表情が浮かんでいる。


素早く動き続けるルシエルに狙いを付けるのが困難な様子の竜種は、表情に痛みを浮かばせながらも羽根を動かし空中に一時退避する。


(地上は不利と見たってか?意外と頭が回るじゃねェか・・・)


最初の一撃でルシエルが魔法行使による攻撃手段を持っていることは、この竜種にもわかっている。

高度を上げた状態で上空を旋回する竜種の口元に何やら炎の塊が出来ている様子。


「おっほぉ!ただの飛竜かと思ったら火竜種じゃねェか!」


まさかの火竜の出現にルシエルの興奮が高まる。

嬉しそうにしているルシエルが、そんな独り言を呟いている間にも火竜は次々と火球を放っているが、事も無げに身を躱し続ける。


「うーん、でも火竜の割には小さくね?まァ、個体差か、個体差」


腕を組みながら考え込む様子を見せつつも、ピョンピョンと飛び跳ね、走り回り、超高度から降り注ぐ火炎弾を全て避け続ける。


撃っても撃っても当たらない火炎弾に苛立つ火竜。


「グギョエェェェェェ!!!!」


と、止まらんかい!ドチビが!とでも言いたそうに大地を揺るがす咆哮をする火竜。


すると一瞬だが上空で動きを止め、大きく息を吸い込む仕草。

仰け反った状態からピタッと停止すると、その口を地上に向けて大きく開き息を吐き出した。


轟々と広範囲に放たれ燃え盛る火竜のブレス。ちょろちょろ逃げ回られて鬱陶しかったのか、逃げ場を無くす攻撃手段を選んだ模様。


(あっ!私のうさぎちゃん!!)


これはまずい、と言う表情を浮かべたルシエルは、石釜に向かって瞬時に移動。

火竜のブレスが到達する前に結界魔法を展開し、石釜とその中のうさぎ肉は無事を得る。


火竜は相変わらず空中で旋回し続けているが、下の様子を気にしている事はない。

何せ、自分の持てる最大威力のブレスを逃げ場無くブチかましてやったのだ。

小柄なエルフ如きが逃げられる訳も無く、どうせ後には消し炭になった残骸が残っているだけだとタカを括っている。


肉に釣られてやってきたのに、肉ごと消し飛ばしてしまったのは惜しかったな。などと火竜が考えを巡らせていると・・・


ブレスの到達点から立ち込める粉塵が晴れていく。


「グギャア??」


消し炭どころか直立した状態で現れたルシエルと石釜に驚き、間抜けな鳴き声をあげてしまった。


地表を焼き溶かす程の威力を誇る火竜のブレスは、確かにルシエルと石釜以外の部分を明らかに抉り、地形そのものの形状が変化しているのだが、ルシエルを中心とした半径1m程だけは、円柱状に原型を留めている。

信じられない、あり得ないと自分の目を疑う火竜の動きは完全に空中で停止している。


「ったくめんどくせェなぁ・・・」


言いながら魔力を集中して周囲の砂礫から直径1cm程の球体を一瞬のうちに作り出す。


「さっさ降りて来いや」


と、ぶつくさ呟きながらその金属球を指の先端でクッと弾き飛ばすように誘導すると、スナイパーライフルの如く凄まじい勢いで火竜の頭部に直撃した。


カンッ!と火竜の頭部を包む鱗に当たった金属球から甲高い音が響く。

すると、気を失った火竜がその体躯から生まれる体重を重力に引っ張られて墜落してくる。


「えっ?もう終わり?」


失望した、とでも言いたそうにルシエルが呟く。


「あ、ちょ!今度はテメーの体重で潰れるだろうが!」


重力に引っ張られてどんどん加速し、迫り来る絶賛気絶中の火竜。


「うさぎ肉保護ォ!うさぎ肉保護ォォ!!」


うさぎ肉など、仕留めた火竜をバラして材料屋に売り飛ばせば一部位売るだけで一年分は買えるだろう。

しかし、自給自足をモットーとして生きてきたルシエルの思考はそれを許さない。

と、言うのもあるが現金なルシエルは生け捕りで売り飛ばす方が儲かることを知っていた。

今やこの火竜は空から舞い降りた巨大な金塊である。

殺すなんてとんでもない。


魔力消費の激しい魔術の使用をする際は、無詠唱だろうと気合は要る。

「ふん!」と気合を込めたルシエルは火竜の体躯を受け止めるべく、重力魔法を発動する。

魔術により体重が軽くなった火竜を両手で受け止め、お姫様だっこからベッドに降ろすように・・・なんて事はなく、元気玉でも投げるかのようにキャッチアンドリリース。


竜種の鱗は頑丈なので、多少地面に触れる程度では傷つかない。

ブレスのおかげで綺麗に造成された水源地だ、ルシエルと石釜を中心とした半径200m程には、今置いた火竜以外に目立った物体は転がっていない。


「うーん、この水場はしばらく使えそうだったんだけどなぁ〜」


戦闘の結果なので仕方ないか、としぶしぶ納得するルシエル。


気を取り直して、気絶中の火竜に目をやる。


「オラ!起きろ!」


へたばっている火竜の下あごを容赦なく蹴り上げるルシエル。


「グギョェェ??」


火竜はあごに突き刺さる鋭い痛みで目を覚ます。

これはまずい、殺される、と必死に身体を動かそうとするが・・・


「おぅおぅ、なんだ?今更効いて来やがったのかァ?」


下卑た笑みを浮かべながらルシエルが続ける。


「即効性の麻痺毒だったんだけどなァ?お前デケーから回りが悪かったみてーだな?」


と、最初にダガーで切りつけた脇の下をポンポンと叩く。

火竜の痛み具合でも確かめるかのように周囲をぐるぐると回って点検するルシエル。


動けない火竜の眼前にヤンキー座りでしゃがみこみ、屈んだルシエルの半分ほどの大きさがありそうな火竜の瞳を覗き込む。

ルシエルは普段、特に狩りの際は動きやすさ重視でミニスカートのような衣装を着ている。

ヤンキー座りだとパンツ丸見えで、そんな自分の姿が火竜の瞳に全体図で映っているが、そこはルシエル。そんなことは微塵も気にする様子がない。


「ぐるるぅ・・・」


異常に強いこの小さな生き物に、自分の生命の幕を下ろされるのか、とか、良い匂いに釣られて死地に赴いてしまった、とか、そんなことを考えている火竜。

死に様としては圧倒的強者に屠られる体なので、火竜としては悪くはないが、如何せん見た目がちんちくりんなエルフの娘だ。

どうせ殺されるなら有名な一騎当千のドラゴンスレイヤーとか、数千、数万の軍勢と死闘を演じて死にたかったな。とか思わなくも無い。

このまま殺されるのかな、一思いに殺してくれ、痛くしないでね、などなど情けないやら、悔しいやら良くわからない感情で頭が支配されていく。

すると火竜の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「おおっ!レアドロじゃね?」


綺麗な状態ですぐさまキャッチ。ルシエルは『フレアドラゴンの輝涙石』を手に入れた。

ぼろぼろと泣いているので、いくらでも落ちてくる。レアドロップとはなんなのか。


「ストップ、ストップ!」


急に火竜の鼻筋を撫で始めるルシエル。

火竜はまさかのエルフの行動に驚きつつも、命まで取るつもりはなさそうだ、と泣くのを止めた。


「よしよし、もうあんまり泣くんじゃねェ」


数十個手にした『フレアドラゴンの輝涙石』をニマニマと微笑みながら収納するルシエル。

命の危機に直面したはずの火竜は、見逃してくれた上に天使の様な微笑で慈悲を与えてくれたのだ、と熱い視線を送る。

違うぞ火竜。その微笑は見た目が幼いからそう見えただけで、とても邪悪な類のものだ。相場が崩れないように小出しにして金を稼ぐ算段だ。


「なんだ?じーっと見つめてんじゃねーよ」


「ぐぉお!」


「なーに言ってるかわかんねェんだよな」


「ぐぉお!ぐぉおおん!!」


身をよじらせようとする火竜だが、麻痺毒がまだ効いているようで動けない。

その様子に気付いたルシエルだが、熱の籠った視線の意味には気付かない。


「あぁ、動けないからどうにかしろってか?ちょっと待ってろ」


火竜の頭に両手をかざすと、火竜の身体全体をぼんやりとした光が包み込む。


「ほら、これで動けるだろ?」


「ぐぉぉん!!」


「お前のブレスはなかなかだったな、きっとお前は良い金になる!今から私について来い!」


腕をクイクイと動かし、火竜を先導するルシエル。


「レイアんとこの魔法使える馬が一頭300ゴールドくらいだって言ってただろ〜・・・こいつ火竜でブレス持ちだかんなー・・・3000??いや、5000ゴールドくらいは」


マリアの所属する騎士団に売り飛ばす気満々だが、火竜は人語の全てを理解しているわけではない。

身振りと言感で火竜は盛大な勘違いをしていた。


きっとこれから、この尋常ならざる強さを持つエルフ様の騎竜としてお仕えするのだろう。

エルフ族はヒト種の中でも極めて長寿なので、自分と同じかそれ以上に長生きしてくれる。

最高の主を得た、きっと私はこの方にお仕えするために生まれてきたのだ。

単にいい匂いに釣られた訳ではなく、運命の巡りあわせなのだ、と。


「ぐぉ!ぐぉん!」


「なんだ?やけに上機嫌じゃねェか?愛想が良ければそれだけ値も高くなるだろ、中々に殊勝じゃねーか、お前」


ルシエルの後ろを低空飛行で移動する火竜。

その鼻先をポンポンと撫でると、火竜はとても嬉しそうに尻尾を振っている。

ルシエルは高値で売れそうで笑顔、火竜は良い主を得たと上機嫌。

お互いの思惑は真逆なのだが、そんなことはお互いに気付かないまま捕獲した火竜をマリアの所属する騎士団へ売り込みに行くルシエルだった。

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