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2話 調教師レイア

レイアの朝は早い。

ソノタタス唯一の牧場に勤務するレイアは才能ある馬の育成を任されるベテラン調教師だ。勤続100年を越えている。


「ふぁーあ・・・」


むにゃむにゃと起き抜けで締まらない顔を緩ませて、仕事前の準備に取り掛かる。

いつもベッドで寝ているレイアだが、朝のベッドメイキングなど、生れ落ちてからの200年で両手で数えられる程しか行った記憶がない。気が向いたら布団を干すくらいのものだ。


レイアは起きると目覚ましに必ずお風呂に入るのだが、朝の段取りは決まっていて、無意識で体が動いている。

バスルームの浴槽の上で、目をこすりながら氷結魔法を発動すると、一瞬にして浮遊する分厚い氷の塊が現れる。その氷を鏡面にして歯を磨く。

歯磨きに使った氷塊は、浴槽の容積の半分強になるよう調整されており、維持した氷塊に手をかざすと、手のひらに火球を作り氷を溶かす。

一瞬にしてお湯となった氷塊は、浴槽の半分になるよう注がれバスルームに湯気が立ち込める。

先日の夜も入浴しているためシャンプー、ボディソープの香りや、少し寝汗の染み込んだであろう良い匂いのするレイアのパジャマと下着。

それをポイっと脱衣所に脱ぎ捨て、その半身を湯船に沈める。


「ふいぃぃぃ〜〜〜」


見た目は良いので半身浴は様になるが、発する台詞は最早ババア。

そこらのモデル以上に抜群のスタイルの良さと、溢れ出す色気も持ち合わせているが、そこはレイアのポンコツたる所以。

台詞ひとつで全てを台無しにする破壊力。


早起きして好きなだけ半身浴を楽しむと、濡れた身体と髪を乾かす。

もちろん風魔法で一瞬で乾かすことは可能だが、身体のケアは欠かさない。


生来の美しさを維持するのは、美しく生まれたものとしての義務だと考えている。

と言うのは言いすぎだが、美しくあることでポンコツっぷりを見逃してもらえる機会が多いのは事実なので、そのくらいの努力は続けているのだ。

髪の毛は色艶の維持であったりと色々気を使うので、その日のコンディションにより温度や風量を調節している。毎日がサロンクオリティ。

しかし、脱衣所に準備してある今日のパンツはクマさん柄だ。悲しいかな、先日の女性の忠告は忘却の彼方であった。全部酒が悪い。もちろん歯止めがきかなかった頭も悪い。


次は朝食の準備だが、中身がポンコツなレイアは朝ごはんも適当。

今日のメニューは、ルシエルが先日牧場の上を飛行していたガーゴイルを発見し、悪気無く執拗に追い掛け回した挙句、巣から強奪(借りてきた)したタマゴと、あらかじめ家庭菜園で摘んでおいた、赤く熟したトマト。

味付けや調理に関しては茹でるのすら面倒くさく感じてしまうレイア。

生のガゴタマゴの殻に魔力を抑えた風魔法で穴を開け、そのまま飲み干す。

これまた先日安く手に入れたリンゴを、丸かじりでデザート代わりに食べたら、食器の一枚すら用意することなく朝食は終わる。

水は魔法で作れるので、喉が渇いたら水魔法で精製する。

朝にこれだけ食べると昼はいらないらしく、レイアは一日二食で過ごしている。


馬の調教はとても汚れる仕事なので作業着を着ている。馬相手に化粧などしない。しなくても十分美しい。自覚あり。来客の予定がある時はナチュラルメイクくらいはする。


レイアの住居だが、外観は古びているが、割と内装は綺麗な牧場内の従業員用家屋に住み込んでいるので通勤などはない。

約100年前に牧場で働くことを決めたのも限界ギリギリまで寝れるから、と言う甘い考えからであるが、不思議と辞める気も起こさず今に至る。

そんな感じで中規模都市『ソノタタス』の街の外れにあるソノタタス大牧場の敷地内でのんびり気ままに過ごしている。もちろん一日の拘束時間は決まっているし、休日もある。


ところで、この世界では結構な種類の生物が魔法を使うことが出来たりする。

とりわけヒト族と接する機会の多い種族は、魔法の概念を過去数世代前から認知している。

遺伝情報に潜在的な総魔力量が含まれている事が判明してからと言うもの、ヒト族に限らず、その魔力を高めたり適切に運用できるよう、国を挙げて取り組んでいるのだ。


そして移動手段として貿易馬車に繋がれたり、騎士団に配備され戦闘行為を行ったりと、この世界ではヒト族の生活を支える馬族。

優秀な馬族は非常に重用されているのだ。


そんな馬族を相手に、今日も今日とて魔法を仕込むのがレイアの主な仕事。

風魔法が得意なレイアは馬にも風魔法を教えることが多い。

魔道書が読めない馬族は、魔法をフィーリングで覚えるものなので調教師の得意な魔法をよく覚える傾向にある。


今日は下級の風魔法《ウインド・エッジ》を新進気鋭の注目馬、ガルネリウスくん(オス)に仕込む。

レイアが普段《ウインド・エッジ》を使う際は指先から放出しているのだが、馬に教える際は口から放出する。

彼らには蹄しかないし、詠唱などできない。見てわかりやすく口から出す。


「はーい、よく見てー!ほいっ!」


んちゃ砲よろしく大口を開けたレイアが風の刃を放出すると、5m先にあるカエデの木が斜めにスッパリ切断された。

ちなみに一般的な魔術師が行使する《ウインド・エッジ》は3m先の的に切り傷をつければ上等である。


「わかったかしら?あなたもやってみるのよ!ガルネっち!」


合図を送るレイア。するとガルネリウスはブヒヒーンと鼻を鳴らしながら口から唾液を撒き散らした。

納豆とくさやを混ぜたかのような強烈な悪臭を帯びた唾液がレイアにどろりとぶっかかる。

朝の入浴もこれで台無しだ。


「く・・・臭いぃ・・・」


こんなガルネリウスだが、種族覚醒する可能性を秘めていると言うから困ったものだ。種族覚醒とはいわゆる進化のようなものだが、それはまた別のお話で。

ともかく検査を行い導き出された結果として、どれだけ知性が低くとも知性≠魔術的素養であるようで、この素養がある馬は稀なのだ。上位種になる可能性をあきらめてはいけない。


しかし、今持った悪感情とそれは別の問題だ。

レイアの指先で渦巻く風の刃を見たガルネリウスが、先刻のカエデを切断した魔法どころではない魔力を集めているのを確認すると、しまった!という表情になる。


「ブヒャッ!!」


レイアは一瞬、ガルネリウスに《ウインド・エッジ》を放ちそうになるが、新鮮な馬刺しを作るわけにはいかない、と思い直し、練った魔力を洗浄魔法に変換した。


「ぶひぃいん・・・」


殺気を感じ取ったガルネリウスは急にしおらしくなり、おずおずと申し訳なさそうに、しかし何故か魔力をその鼻先に集めていた。

この馬なりに、訓練の継続を願い出たのであろう。

引きつった笑顔を浮かべたレイアがガルネリウスの顔の横に立ち、正面横から指示を出す。

レイアは普段、猫かぶりのおっとりした性格であるが、仕事中だけは割と厳しい。


「はい、撃ってー」


「ブッヒヒィィーーーーン!!」


スパッ!!と軽快な音を置き去りにして5m先のカエデがまた一本犠牲になる。

カエデの木が犠牲になるより数瞬はやく、レイアの頬を風圧が伝う。


「!!??」


出来ました!と言わんばかりにレイアの顔を見るガルネリウスの瞳に映るのは、頬から耳の下にかけて一本、綺麗に裂かれた血染めの白肌。

指示通り?鼻先から放出された風の刃は、どうやらコントロールがド下手だったらしく、少し左前方に向けて発射されたようだ。

威力十分の《ウインド・エッジ》さらに左にズレていたら・・・


先ほど風を集めていた指先に、今度は怒りの炎を灯し、馬の丸焼きでも作ろうかと言わんばかりの大火球《クリムゾン・バースト》を馬の頭上に近づける。


「今のはわざとですかぁ?もし私にケンカ売ってるなら、そのケンカ高値で買い取りますよぉぉぉ???」


「ぶ・・・ぶひひぃぃん・・・」


「そうですね・・・お代はあなたの命でどうでしょうか?」


立派なタテガミがチリチリと燃え始めると、ガルネリウスはいよいよ命の危険を感じたのか、完全降伏の体勢を取り、それを見たレイアはため息をつきながらその火球を消滅させた。

先ほどの大火球による死の恐怖をトリガーに、もしくは少しでもレイアの機嫌を直そうと考えたのか、ガルネリウスは思い立ったかのように涙目で魔法を発動する。

これを見てください、機嫌を直して頂けないでしょうか?と。


「ちょ・・・な、何を・・・」


魔法を発動したガルネリウスは、タテガミを燃え上がらせる。どうやらこの馬、生来火炎魔法に対しての適正が高いらしく、先ほどの火球責めで火炎魔法を習得出来たらしい。フィーリングってすごい。

燃え盛るタテガミを振り回し、発生した炎熱で自分の周囲に火柱を立てる。ファイアーウォール系の範囲魔法《アラウンド・ファイアー・ウォール》だ。


「そんな魔法、教えてないよぉぉぉぉ〜〜〜!!!!」


《アラウンド・ファイアー・ウォール》自体は中位の魔法だが、覚えたての《ウインド・エッジ》の威力を見るにこの馬の潜在魔力量は目を見張るものがあるようだ。

某野球選手育成ゲームで言うところの『センス○』と言うヤツだ。

周囲を囲む火柱の熱気に包まれながら、レイアはつぶやいた。


「もうやだ、おうちかえる・・・」


「ブッヒヒヒヒィーーーーン!!!!」


ガルネリウスは先ほどの失態をチャラにしたいと、自身の成長をアピールしているが、レイアの気分はそれどころではない。

顔が真っ二つになるところだったのだ。考えただけでもゾッとする。

どれだけ高位の回復魔法を使えたとしても、思考を制御する頭部を切断されてしまっては回復する事も出来はしない。


眼前に高く燃え上がる炎の壁をぼうっと見つめ、レイアは考えていた。

「なぜ私は頭の悪い馬とふたりきりで炎の牢獄に閉じ込められているのだろう?」と。

ともあれ、周囲を炎に包まれたままでは帰ろうにも帰れない、という事で、レイアは消火活動のため水魔法を使い、ガルネリウスが必死で拵えた《アラウンド・ファイアー・ウォール》を消し去る。

今日一日分のやる気を、まさに文字通り消沈させられ、一気に喪失したレイアは馬鹿馬(ガルネリウス)の手綱を引きながら、とぼとぼと事務所へ向かう。


業務上の怪我を理由に帰宅したレイアは、頬から流れる血を回復魔法で即時に治癒させる。傷跡など残りはしない。

もちろん、その場で治癒できたが、働く気が失せたため、サボる口実にしてやろうと残しておいたのだ。

せっせと化粧をはじめて気分転換のため、ソノタタスの街に繰り出すことにしたレイア。

牧場主と、勤務を交代してくれた同僚の目を盗むため、最大出力で《極・瞬盗脚》を発動し、影も形も無く牧場を後にした。

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