18話 パラポックル
「ねぇねぇ、この子目覚めたらウチで飼う事にしようと思うの!」と、言いながらレイアが後ろを振り向いた瞬間。
巨躯の狼の身体がビクンと大きく跳ね上がると同時、その頭部から鮮血が飛び散る。
「ふっふっふ!引っかかったなぁ!もうその手は食わないよ!」
狼の亡骸から飛び散った鮮血に身を汚したレイアの手には、ちょうど狼の頭の上に生えていたキノコがむぎゅっと握られていた。
「さっきの鳥さんの時には血で目潰し食らったからね!後ろを向いてわざと一瞬隙を作っておいたのだよ!」
レイアの手からジタバタと逃れようとするキノコには手足がついているようで、レイアの掴んでいる胴体らしき部位から手の先や足とも根とも形容しがたい丸みを帯びた先端の部分が見て取れる。
「うげェ・・・なんだこのキノコ?手足ついてんぞ・・・まじキメェ・・・」
「ドラゴラー!ドラゴラー!」
「うわっ!鳴いた!鳴いたぞこいつ!口までついてんのか!?」
「ルシエル、お前は狼狽え過ぎだ」
「主様、カッコ悪いのじゃ」
「ついてるねー・・・絶賛噛み付かれ中だねー・・・ちょっと痛いから閉じ込めちゃうね。逃げそうだし」
レイアは片手で謎のキノコ生命体?を掴んだまま、右手で魔力の檻を生成すると、そのままポイッとキノコを投げ込む。
閉じ込められた謎の生命体は、こちらを見ると「ドラゴラー!ドラゴラー!」と、甲高い声、かつ解読不能の言語を用い何かを訴えている。存在自体が意味不明だが、言語も意味不明であった。
しかし、ヒトを騙して逃れようとする知性があることは明らかになっており、一応噛み付き攻撃なんかもしてくるため、念のため檻で隔離することにしたのだ。
その容姿はキノコの傘にあたる部分が頭、胴体に見える部分に顔があり、レイアはこの謎のキノコにアイアンクローをかましていた状態で、掌を噛み付かれていたようだ。
案外見た目は可愛らしく、丸い目のような部位、少し鋭利な歯がついている小ぶりな口、鼻は無いようだ。そんな顔とも胴体とも言えない不思議な部位に小じんまりとした手足がちょこんと付いている。
「ふーん・・・思ったより可愛いけど、ちょっと商品にするには調整がいるかなぁ~?凶暴性は排除しないとねっ」
「いや・・・売るんかい」
「商品名ももう考えちゃった!見た目はコロポックルみたいで可愛いじゃない?寄生するコロポックルでパラサイトコロポックル・・・パラポックルなんてどうかなぁ!?」
商魂逞しいレイアは捕獲した謎の生物を売り物にしようと企む。
「売れるのか、これ・・・」
「ドラゴラー!ドラゴラー!!」
「鳴き声が可愛くないのじゃ・・・」
「売るならこの耳障りな甲高い声はどうにかしろ」
「そうだねー・・・要品種改良っと!セルバに予算割いて貰えるかなぁ~??」
「お前、ただでさえ迷惑かけてるんだろが・・・」
「これはビジネスです!私の個人的な借金ではありません!新事業、新事業~」
「もはや何の牧場だかわからんな」
「空飛ぶ馬とケルベロスを調教する牧場なのじゃ・・・今更なのじゃ~」
「寄生能力を消して~、声色をもう少し見た目に近づけてファンシーにして~・・・」
商品企画を考えながら魔力の檻に閉じ込めたパラポックル(試作品)をジロジロと観察するレイア。
ところで、頭部から盛大に血を撒き散らした巨躯の狼は当然絶命しているのだが、先にレイアに胴体部分を切断されて死んでしまった鳥は、このパラポックルと同じように『キノコが宿主の死を擬態して逃げた』のだろう。
植物の要素が強そうなので、身体が切断されても地に根を下ろしてしまえば恐らく再生するものと思われる。
念のため狼の頭部を見てみると、ぽっかりとパラポックルが入れるだけの穴が開いている。
どうやら脳に根を張って寄生していたらしく、この狼の身体はとっくの昔にこの謎生物に寄生され、まるで生体コクピットの様に操られていたと言う事だ。ファンシーな見た目の割りにえげつない生存方法を取っているものである。まるでカマキリに寄生するハリガネムシのようだ。
そうなると、他の狼や鳥たち、草木に至るまで、パラポックルによって操られているのではないか?と考えたレイアたち。
もう狂科学者ぶりに歯止めが利かなくなったレイアは、眠らせた狼たちも既に奴隷と化しているのでは?と思い至る。
「はいはーい!新しいミッションが出来ましたー!みんな注目~!」
「あー・・・めんどくせ、言われなくてもわかってんよ・・・」
「まぁ、これは調べなければならない事案だな」
「わらわ、このキノコ食うてええかの?ええじゃろ?」
檻に閉じ込められたパラポックルを眺めながら、涎を垂らして舌なめずりするシオン。
心なしかパラポックルは大人しくシオンを眺めているようにも見える。
「シオン、それはまだ食べちゃダメだよー・・・身体、乗っ取られちゃうかも・・・」
「ぴぎゃぁああああ!なのじゃ!」
チッ!と性格の悪そうな表情に変わるパラポックル。どうやら寄生能力があるのは確定のようだ。ついでに中々の狡猾さも持ち合わせているようだ。
「まーそういうことだから、先ずは狼さんたちから調べまーす!キノコ引っこ抜いて宿主が死んでるようならついでに血抜きね!」
「へいへい、わかりましたよ!・・・っと」
子供の狼の腹から生えたキノコを引き抜くルシエル。
やはり血がドバドバと溢れ出して来たが、この引き抜いたキノコには顔も手足も付いてはいない。
「おーいレイア、こいつは違うみたいだぞー?」
「はーい、折角だから血だけ抜いておいて~」
次の狼は首元にキノコが生えた若い狼だ。
マリアが勢いよく引き抜くと、ぶしゅっと血が飛び散ってマリアの顔にかかる。
「む、こいつは顔も手足もあるな」
「ドドラゴラー!ドラゴラー!」
「・・・意味がわからん。レイア、こっちは似たようなのが出てきたぞ」
「むぅー・・・幼い狼ほどお腹の辺りにキノコが集中してるのか~」
キノコを引き抜くのが楽しくなってきたのか、シオンが巨躯のキノコの周辺に居た、狼の頭部に生えたキノコを片っ端から引き抜いていく。
檻の中に閉じ込めているパラポックルは群れのリーダーだったようで、傍付きの狼には全て頭部付近にキノコが生え、キノコの方が自我を持っているようだ。巨躯の狼を守る役目だったのだろう。
「にょほ!にょほほ!これは愉快なのじゃ!頭から噴水の様に血が飛び散ってくるのじゃ~!」
オモチャで遊ぶかの様に飛び散る血を見てはしゃぐシオン。
その様子を少し離れた魔力の檻の中から眺めているパラポックルのリーダーらしき個体は「ドラゴラー!」とけたたましく叫びながら引き抜かれる同胞達を見つめていた。
パラポックルはどうやら宿主が成熟し育つほどキノコの位置も頭部に近くなり、宿主の成長と共にパラポックルも育ち、頭部に移動、徐々にその身体のコントロールを奪い取るタイプの寄生キノコだったらしい。
ふと、思い悩むレイア。
「こうなってくるとこれはもう、こう言う生き物と捉えるしかないよねぇ」
「群れの全てがこのパラポックルだからな」
全員がレイアの近くに集まると、レイアは新しい魔力の檻を捕獲した個体分生成する。
四人は檻にポイポイとパラポックルを放り込んでいく。
「ドラゴラー!」「ドドラゴラー!」「ドラゴララー!!」
助けでも呼ぼうとしているのだろうか。他にも体当たりで檻を壊そうとする個体も居るが、そんなヤワな檻ではない。何をやろうと無駄である。
捕獲されたパラポックルはレイアの研究対象であり、ソノタタス牧場の新商品として、これから品種改良を待つばかりである。
それを感じているのだろう。けたたましい高音で悲痛な叫びが森に木霊する。
「あーうっせェ・・・んで、結局なんなんだこの森は?」
「うん、この謎キノコに支配された森ってことでまず間違いないねー」
「どーすんだこいつらは?」
「あ、この子達は連れてくよー?持って帰って品種改良。それよりも・・・」
レイアはふと、この異常な森に到着してからの状況を振り返り始めると、急に真剣な表情で考え込む様子を見せるのであった。