12話 金策を講じねばならないのです
「う~~ん・・・」
レイアは困っていた。以前水浸しにした酒場の修繕が終わり、費用の請求をされたのだ。
ついでに、つい最近も寝ぼけてレイア専用の家屋を破壊していたりする。
酒場の修繕費をソノタタス銀行から借り入れるには、脅威の年利12%と利息が高すぎる。そこで牧場主に相談したのだが・・・
「セールバ!お金貸してっ」
満面の笑みで牧場主にたかるレイア。
牧場主のセルバは、もう何度レイアにお金の都合をつけたか覚えていない。
最近レイアが寝ぼけて吹き飛ばしたレイア専用家屋の修理も経費半分、レイアの自己負担半分で行ったばかりだ。
ただ、いつ寝ぼけて吹き飛ばされるかわからない家屋だ。いつも修理の作業はゴーレムとかを使ってレイア本人にさせるし、大概必要なのは材料だけだが、今回ばかりは文字通り「吹き飛ばした」ものだから、ほぼ丸々建て替えるに近い材料費が必要となってしまった。
折半とは言え、結局はセルバが一時的にその全額を立て替えることに変わりは無い。
長い目で見れば「銀行の1/4でいいよ」と言うことで3%にしてあげた利息分の得はするが。
今後、レイアの自己負担分の払いが終わるまでは年俸から控除して行くだけなのだが、現状はセルバ達の負担になっているのだ。
「レイアちゃん、君はうちの看板エルフだし凄腕のブリーダーであることは認めるよ。子供の頃から面倒見てくれてた恩も、もちろん感じている。でもね・・・流石にうちも無限にお金があるわけじゃないからね。ガルネリウスを売るなら、まぁ考えないでもないんだけど・・・」
「うぇぇぇ・・・それは無しでお願いしますぅぅぅぅ~!あの子はここ最近だと一番の『当たりくん』なんですよぉ~・・・」
「レイアちゃんは『当たりくん』が出ると職務放棄しちゃうからねぇ・・・先代からの恩もあるし、レイアちゃんが居ないとウチの売りである魔道馬も生産出来ないから、諸々の事情も考慮してるんだけど、魔道馬作るにもコストが掛かるのはわかるよね?」
「もちろんですぅ・・・毎年才能を見出せないと・・・私、生きて行けない」
「でしょ?ガルネリウスの育成でレイアちゃんの見込み益、少なくとも1/3は減少してるんだから!めっちゃニンジン食うし、あの子・・・」
「うぅうう、それを言われると、私何も言えなくなるじゃん~。セルバったら大きくなっちゃって!立派な経営者になっちゃってぇ!おばあちゃん嬉しい!」
「はいはい。レイアちゃんの面倒見るのも、面倒見てもらうのも、ウチの代々の慣わしだからね。居ないと成り立たないし・・・でも、それとこれとは話が別だよ!レイアちゃん!」
「そこをなんとか~!後生ですから!!」
「ダーメっ!僕より長生きする癖に、後生は武器にならないよ!・・・見た目だって僕ら夫婦より断然若い癖に何言ってんだか・・・はぁ、老けたよなぁ~最近・・・」
「ふぇぇぇ・・・」
と、このように断られたのである。
家まで建て直させて、なお金の無心に出る図々しさ。普通の神経では出来ない所業だ。
牧場の経営にかかるコストは莫大だ。
ソノタタス牧場の年商は5000ゴールド程であるが、そのうちの1000ゴールドほどは餌代やら運営費に当てられる。
そこに従業員の賃金が乗る。従業員はレイアの他に9人だが、それだけで年間人件費は1600ゴールドほど掛かる。
この諸経費だけでも利益の半分以上を割くことになるので、かなりコストのかかる事業であることは想像できるのではないだろうか。
騎士団から調教依頼を受ける馬に関しては、主に飼い主から預かるので本体の元手はゼロだが、ガルネリウスなどの魔道馬は交配を通してこの牧場で一から育て上げる。
交配費用も馬鹿にならないし、年3頭ほど出生するのが平均だが、出生が5頭重なる年などもある。どんな企業もそうだがイレギュラーに備えて、ある程度の余力がなければ経営は成り立たない。
この世界には株式などと言う概念は無いし、銀行から借り入れをすることは出来るが、経営者は基本的に自力で何とかして行くしかないのだ。
ちなみに先代の時点で無借金経営を実現しているソノタタス牧場は、この世界に於いてもかなりの優良企業であることは間違いない。
纏まった資金を作るために株主様を頼れない世界だ。起業時に銀行から借りたお金は多少の無理をしてでもさっさと返して楽にする。この世界の経営のセオリーだったりする。
諸々計算して純利益としては年平均で2000ゴールドほど、その中から牧場主のセルバ、妻のアイリ、長男のロキ、次女のソレイユの4人家族で700ゴールドほどを取っている。
ソノタタス牧場では経営方針として単年度内部留保を1300ゴールド程見込んでいくのが慣わしだ。先代からの教えを守り、セルバは欲を出さずにかなり堅実な経営をしていると言えよう。
ところで、レイアがメインで調教する馬は、一般的な馬と違ってメイド・イン・レイアの魔術的素養を持つ馬に限られる。
勤続100年、交配に交配を繰り返し、品種改良を行い続け、それまで自然発生を待つ他なかった「魔法を行使できる馬」を能力のバラつきはあれど、ある程度狙って産ませる事が出来る様になったのは、レイアの血と汗と涙と、マッドサイエンティスト気質の結晶だったりする。故に高給取りなのであるが。
とは言え、ガルネリウス程の才覚がなくとも、レイア産の馬ならば、乗り手の身体能力の向上バフを付与するだとか、それこそ簡単な《ウインド・エッジ》などの初級魔法くらいならば得意系統は覚えさせて出荷できる。
各都市の騎士団が持ち込んできた魔術的素養の無い、いわゆる普通の馬の相場は一頭50ゴールド。
これは年俸150ゴールドほどの3人一組が3チームの計9人で行っている。年間出荷頭数は50頭前後と言ったところか。
主には各都市騎士団の一般兵士が使用する馬だが「見違えるほどよく言うことを聞くようになる」と、とても評判がいい。
因みに、出生してから2歳で訓練をはじめ、その後おおよそ1年かけて教育を行った、メイド・イン・レイアの魔道馬の相場は一頭につき400ゴールドと言ったところだ。
そんなレイアの年俸は250ゴールド。普通よりは少し待遇の良いサラリーエルフなのである。一般的な馬の管理統括も行っているので割と多忙だったりする。下に押し付けて遊びに行くことも多いが。
レイアが同時に面倒見るのは年に大体3頭程なので、400ゴールドの魔道馬を年3頭出荷するなら、レイアのポンコツ被害込みでも一応、牧場は利益を生み出せる。
時々、レイアたちが『当たりくん』と呼んでいる才能に恵まれたセンスの良い馬が排出され、1頭1000ゴールドの値がついたりもする。
そんな大きな利益を出すことの出来るレイアは、やはり牧場からも重宝され、内外で色々やらかす割には待遇も良い。普通なら度重なる器物損壊等で余裕の解雇だ。
そして何よりセルバは普通の人間種なので、レイアは現牧場主であるセルバが生まれる前どころか、3世代前の時代から勤続し、成長を見守ってくれていた、やたら美人のおばあちゃん的存在なのである。
セルバ夫婦の子供のロキとソレイユも、レイアによく懐いている。いずれは成人し家庭を持ち、その子供すらレイアに面倒を見てもらう日が来るだろう。
しかし、最近はガルネリウスと言う才能を見出し、その世話にほぼ付きっ切りのレイアである。
もちろん他の馬の面倒も見てはいるが、覚醒の兆しを見せるガルネリウスの育成計画は3年かかると踏んでいる。
単純に利益の1/3が3年に渡り失われる計算であるが、ガルネリウスは特殊すぎて他の馬より手間がかかる。3年単位で見るなら実際の損失はもっと大きいのだ。
先の会話の通り、アホみたいにニンジン食う。
どうあれ、出荷しなければ牧場にお金は入らず、実入りがなければ払いも出来ない。
事実上レイアの年間出荷分が、他従業員の給料であったり、経営における余剰体力にあたる部分を捻出しているのだ。それが途絶える。
仮にガルネリウスが覚醒に成功するならば、それこそ牧場も、その後100年安泰の高値がつくだろうが、不確定要素が多すぎる。と言うより夢物語に近い確率だったりする。
未来に対する投資も必要だが、現在の財政問題ももちろん大切なのだ。
例えば、今のガルネリウスを出荷するならば、それでもレイアのポンコツが月に一回発動しても50年は牧場の運営は安定的に行える額になる。
なにせ、強力な魔法攻撃でグレムリンを完全制圧する魔力とセンスを持ち、さらには謎の羽根を生み出し、飛行能力まで獲得したぶっ壊れ性能だ。
しかし、レイア曰く「まだ神域には遠い(キリッ☆)」とのことで、どうやらこれより上の馬種覚醒を目指すらしい。
ぶっちゃけ、ソノタタス牧場の無借金経営は、レイアが交配実験の果てに産み出した、超優良個体「プロト・ファンタム」こと「ぷろたん」を手塩にかけて育て上げ覚醒させた結果、この「プロト・ファンタム」を当時の国王に売り飛ばした事によって実現したのである。
セルバ達がレイアに対して甘いのも、勤続30年時点にして既に牧場に対して多大な利益をもたらし、国からの評価を得る事となり、返しきれない恩をレイアから享受しているからに他ならなかったりする。
ちなみに「プロト・ファンタム」こと「ぷろたん」はまだ元気に生きている。覚醒に成功した時点で、等級は「神馬」となり、生物としての格はヒト種より上位になった。寿命はおそらく2000年程であろうか?もしかしたら死の概念そのものが無いかも知れない。
異常に強く、長生きで、蹄から絶対零度の冷気を発し、大気中の水分を凝固させ氷の足場を作り空中を駆ける。
レイア仕込みの魔力制御能力と、突出した氷結魔法の範囲殲滅力は凄まじく、本気を出せば1000年は生命の活動出来ない不毛の地を一瞬で作り出すことも可能である。
先代の国王は、一度だけこの能力を戦場で行使したが、あまりに非人道的な攻撃方法であったため、敗戦国から「いくらなんでもあんまりだ」と相当な非難を受けた。
あの国にはヤバい最終兵器がある。神を使役する国王が氷の神馬で死を撒き散らす。と「絶対に戦争してはいけない国」として瞬く間に認知されるようになった。
しかし、現在では「ぷろたん」を戦争で利用することは禁止している。その余りにもエグ過ぎる殲滅力を「ぷろたん」の上で眺めていた先代の国王は心を壊してしまい、鬱病になってしまったのだ。
ところでこの「ぷろたん」、覚醒に成功した瞬間、今までの恩を忘れ【我を崇めよ、跪け】とソノタタスの住人を全て精神支配しようとした物騒な馬だったので、逆にレイアが【いい子にしてなきゃダメでしょ!】と精神支配して調整した。
調整は10年に一度ほど必要なのだが、調整に行くのを忘れて王都の住人が精神支配を受け、その代の国王が「ぷろたん(未調整)」の傀儡と化し、酒池肉林の大惨劇を引き起こした『神馬事変』なる事件を引き起こしたことがあるが、歴史の闇にそっ閉じしてある。
ガルネリウスは覚醒しても「ぷろたん」の様にならないように結構気をつけて成長を見守っているのだ。
「ぷろたん」はレイアにとっても初めての神馬だったので、スパルタ教育し過ぎて恨みを買っていたのかも知れない。
そして調教師の性なのか、レイアは日頃からセルバやその他の従業員に「私はこの子の可能性に賭けてるの!」と鼻息荒くその熱を伝えている。
セルバとしては、「今のガルネリウスでもお金になるのになぁ~」と考えているが、そこはお口チャックなのである。先祖代々の恩を忘れてはいけない。
出来ることと出来ないことの分別はつけるが。
今現在、経営方針に沿わない働きをしている自覚はレイアにもあり「出荷していない=仕事していない」と捉えられてもおかしくないことはレイアも解っている。
後の利益が確実に出るとも知れない自身の興味を優先し、期待された仕事をしていない者が給料を前借りなど、本来なら恐れ多くも言い出せないのだ。レイアは頭のネジが飛んでるので、言い放っていたが。
しかし、結果ハッキリとセルバから断りを入れられ「ぐぅぅぅぅ・・・」と頭を抱えているレイア。
ぐぅぐぅ悩んだ末、レイアは思い立った。
「そうだ!休みを使ってひと稼ぎすればいいじゃ~ん!」と。
どうやらこのポンコツ、業務上の実益より自分の興味関心を満たすことを優先する意志は変わらないらしい。
セルバは「それよりも、休みは休んでちゃんと仕事しろ」と言いたい所だが、こうした試みが新しい商品開発に繋がる可能性もあるので、レイアのやりたいようにやらせることにした。
そして休日を返上してお金の問題を解決する覚悟をしたレイアは、思い立ったが吉日と、早速マリアとルシエル、そしてシオンに「今度の休みにうちの牧場に来て!」とすぐさま念話。
詳しい内容など碌に話もせずニッコニコで友人の脳内をジャックするのであった。