10話 ドラゴニュート
「その姿にしかなれないなら、私はお前を飼えねェ・・・」
あぁー・・・そうだった、とレイアとマリアは納得した様子。
【な、何故じゃ!?わらわはヒト化すれば主様に迷惑をかけることもないと、そこなレイアと申すエルフも言っておったであろう?】
「飼えねェもんは飼えねェんだよ!お前、その姿で私の後ろについて回る気か・・・?」
【ヒト化するのは主様と街中で行動を共にするときだけじゃ!それの何に問題があるというのじゃ??わらわにはわからん・・・】
それならば、とマリア。
「ふむ、いよいよ先ほどの私の提案が現実味を帯びてきたな。よし、今後のシオンの面倒は私が見よう、5000ゴールドで良かったな?では早速帰って色々と教え込まねば」
このダークエルフには煩悩しかない。
ヒト食いも禁止させたため、騎士団が雇い入れを拒む理由もなくなった。
「い、色々教えるって・・・何を教えるのかなぁ??ひゃああああ」
想像を膨らませ、顔を赤らめるこのポンコツエルフにも煩悩しかなかった。
【嫌じゃ、そこなダークエルフの提案は飲めぬ。先刻述べたとおり、わらわは主様に生涯お仕えすると決めたのじゃ!】
このままでは話が延々終わらないので、一旦変身を解除するシオン。その方が、三者三様に精神衛生上の影響が少ないだろう。
「そうなってくると、違うイメージを持って変身して貰わないといけないかなー?出来れば女性が良いけど・・・」
【女兵士なら数人食べたことがあるぞ、まぁ兵士と言ってもあれらは魔術師の類だと思うがの】
さらっと物騒な発言をするが、そこはドラゴンとしての感性なので仕方ない。
「じゃあ、今度はその食べた女の子達の感覚を思い出しながら実際に形態変化をしてみてもらえるかなぁ?」
【ふむ、難しいのぅ・・・ヒト族の女の子・・・主様のイメージが強いから、もしかしたらそのイメージが優先されるかも知れんが・・・むむむぅ】
再びシオンがイメージを固めると、同様にシオンの身体が光と共に小さくなっていく。
今度は身長150cm程まで小さくなったので、ちゃんと女性の形を作れたらしいが、相変わらず一糸纏わぬ裸体であることに変わりは無かった。
それにしても不思議である。先程の男性の姿の時には無かったモノが幾つか追加されている。
まず、頭に角らしき突起物が左右に一本ずつ計二本。薄く赤色に光り、少量の熱を帯びているようだ。
左の目元にはヒト族の一部が好んで入れるであろう、タトゥーの様な渦巻く文様が黒色に入っている。
背面には肩甲骨のあたりから、浮遊するには大きさが足りなさそうな、赤い竜鱗に覆われた翼がちょこんと生えている。
低身長で髪の色は赤色。目元は少し鋭い印象で、瞳孔は若干、縦に切れ長、色は赤。しかし、顔立ちは幼い。胸はそこそこある。少なくともマリアよりは。
おそらく精霊族の魔法使いを食べたのが印象として色濃いのであろう。耳はエルフと同様に長めである。
最も特徴的なのが、尻尾である。先ほどは前の方に別の尻尾がついていたが、今度は尾骶骨のあたりから身長と同等程度の長さのこれまた赤い竜鱗に覆われた尻尾が一本。
おそらくサンプル数、つまり食べた女性のヒト族が少なすぎてイメージを固定しきれなかったのだろう。
そのせいか、フレアドラゴンとしての身体的特徴を多く残す形となっていた。
【ふぅ、待たせたの。このイメージにまだ慣れておらぬのじゃ】
以下、各人の印象。
「なんだ、この新しい生物は・・・」
こんな亜人種見たことないぞ、とでも言いたそうなマリア。
「かわいい!翼とか生えてるよ!長い尻尾もすっごくキュート!!」
そんな事は関係ない、可愛いは正義だと気にも留めていない様子のレイア。
「こんな・・・」
プルプルと震えだすルシエル。
「こんなもん!どっちにしろ連れて歩けるかぁあああああ!!目立ってしょうがないわ!!!お前ら馬鹿なのか!?こんなどっからどう見ても『前はドラゴンしてました、今はちょっと竜要素盛り沢山の亜人種です!てへぺろ☆』みたいな生き物!レイアじゃあるまいし、事もあろうにこの私が連れて歩けってのか!!!?アァ!??」
「そうだが」
何を今更、と平然と切り返すマリア。
「何度も言わせるな、ルシエル、これで今日三度目だ。お前がコントロールし、お前が餌をや」
「るせェ!しつけえんだよ!!テメーは同じ事繰り返し言うオモチャか!」
「であれば、お前は同じ事を繰り返し言わせるオモチャだな」
「あぁぁあああ!!うぜぇ!!能面みてェなツラであー言えばこう言うんじゃねェよ!!クソ!!」
「すまんな、ルシエル。私はお前の様に感情表現豊かではないのだ。尤も、お前の感情はその殆どが怒りで構成されているようだが。騎士団の一師団長としては常に冷静かつ的確な判断を要求される。故に怒りと言う冷静さを著しく損なう感情ならば、もう100年以上前に捨てているのだ。理解してやれなくてすまない」
以前の酒場の様に二人の痴話喧嘩が始まりそうになったのを見て「今日はそーいうのめんどくさいな」と言う理由でレイアが間に割って入る。
「はいはい、今日はお酒が入ってる訳じゃないんだからケンカはそこまでだよー?二人とも仲良しなんだから~」
「・・・るせェ」
少し照れ隠ししながら悪態で返すルシエル。
「いや、ケンカするほど仲が良いと言うだろう、私たちはそれだ。ルシエル」
マリアがそんなルシエルの手を取りクルクルと回りだす。調子を狂わされたルシエルは観念したのか怒りの矛先を収める。
その様子をぽけーっと見ていたシオンが、やっと会話に入れそうだ、と切り出してきた。
「わらわ、折角ヒト型に成れたと言うのに、主様はわらわを連れ歩いてはくれないのかえ?」
うるうると赤い瞳を潤ませて上目遣いで尋ねるシオン。
「わらわ・・・わらわ、出来るだけ主様に迷惑はかけないのじゃ。ご飯も慣れれば自分で取れるじゃろうし、それまでは迷掛けるかも知れないのじゃが・・・」
モジモジとしながら、何とかルシエルの傍にいたいとお願いするシオン。
その愛らしい見た目と言動は、先ほどまで巨躯のフレアドラゴンであったことなど瞬時に忘れさせる。
ルシエルは心臓をハート型の矢で射抜かれたかの如く「はうぅ・・・」と悶絶している。
他者を威圧するような粗暴な言動を行う者は、自身を強く見せるためかどうかは知らないが、無駄な装飾で飾ったりする傾向にある。
ルシエルは言動こそ粗暴極まりないのだが、それとは逆に、必要最低限の持ち物以外を所持しないミニマリストである。友人関係も含めて。
しかし、自由を至上とし住む場所さえ持たないルシエルにも、俗物的なこだわりがある。
それ即ち、可愛いは正義。
「きゃわ・・・」
「きゃわ?」
これはアカンやつだ、とレイアとマリアは直感した。
ただただ外見が可愛いだけの偽者ならそこら中にも溢れている。レイアなんかは幼い頃、それはそれは愛らしい姿であった。
何もないところで転んだり、寝ぼけて魔法を放つのは昔からだが、いわゆる「小さいときから美人顔」と言うやつだった。
ただ、ルシエルの評価基準はとてつもなく厳しい。
外面だけでなく、内から溢れる愛らしさ、従順さ、健気さなども評価の基準に入るため、この鬼のような審査基準を通すこと自体、並大抵の素材では叶わないのだ。
それが、今。まさにルシエルきゃわわ度チェック最終選考を通過した猛者が誕生したのだ。
目を輝かせ、男性に変身していた先ほどまでと同一の個体に向けるものとは思えない、熱い視線でシオンに飛びつくルシエルがそこに居た。
「きゃわわだぞぉ~!!これはきゃわわだ~!!」
何が起こったのか理解出来ない、と言う様子のシオン。
「???」
抱きつき、シオンの匂いを犬の様に嗅ぎまわるルシエル。
「はぁあああ~!シオンん~!私の目に狂いはなかったぞぉ~??お前はやれば出来る子だと思ってたんだ~!!よーしよしよし!なんて可愛らしい角?触覚??何でも良いや!ふわっふわの髪の毛!綺麗な瞳!と、なんだ?オシャレか?良くわからんが、カッコいいぞ??そのタトゥー??」
あまりの主様の変貌振りに戸惑いを隠せないシオン。
「ん???ふぇ???主様???」
あちゃー・・・とその様子を遠巻きに見ているレイアとマリア。
「始まったね・・・」
「あぁ・・・」
なかなかルシエルを狂乱させるような猛者は現れない。
故にルシエルはこのチャンスを逃しはしない。可愛い子大好きルシエルは、全霊を持ってこの逸材を我が手に収めようとしているのだ。
それを見たマリアが面白半分にちょっかいを出す。
「ルシエル、そいつは私のものだ。シオン、先ほどのイケメン形態に戻れ、私が飼ってやる」
「テメェ!何言ってやがる!マジでブチ殺すぞ!!このクソアマが!!」
ルシエルが一瞬にして《雷迅駆》《潜在魔力開放・極》《バーサーカー・ソウル》の身体強化バフを発動する。
単身で魔王でも殺しに行こうかと言わんばかりのフルバフ状態である。
「ちょ・・・やめろ、ルシエル。それは私が死ぬやつだ。友達だろ?悪かった、おふざけが過ぎた」
ガルルルルと今にもマリアの喉笛を噛み千切りそうな程、本気の殺気を迸らせる狂犬ルシエル。
「あ、安心するのじゃ主様・・・わらわは主様以外に飼われとうはない故・・・」
「ふぅうううん!わかってる!ごめん!!シオン!!ちゃんと信じてるからね!!でも、そこのふざけたクソエルフがシオンを奪おうとするからぁ~!ついついブチ殺しそうになっちゃっただけだよぉ??」
ルシエルはこのシオン幼女形態を大変気に入ったらしく、お腹のあたりに顔を埋めながら裸の幼女にひたすらスリスリしている。
絵面だけ見ると、可憐な少女が仲良くじゃれ合っている、そんな微笑ましい構図だが・・・
《バーサーカー・ソウル》の影響でルシエルの身体からは濃い紫色の闘気がダダ漏れになっており、捕獲した幼女の内臓を幼女が食い破ろうとしているようにしか見えない。
「あ、主様・・・そろそろ離れては頂けぬじゃろうか?わらわ、わらわ・・・」
「えぇ~!嫌だ嫌だぁ~!シオンのお腹、柔らかくて気持ちいいんだよぉ~!もう少し、あとちょっとだけ!」
「わらわ、この変化にまだ慣れていない故・・・もう、限か・・・い」
「うぇ?」
溢れる魔力をヒト型に留めるのは制御が難しいらしく、魔力量的には一日持つであろうが、今のシオンの魔力制御力では数分が限界であったようだ。
光に包まれ、身体が元のフレアドラゴンに戻ってしまったシオン。
【すまぬのじゃ、主様・・・もう少し長く維持できるよう鍛錬する故、今は許して欲しいのじゃ~】
精神感応で一度開かれたパスなら基本的には任意で開ける。ヒト型に成った事により言語での意思疎通も出来るようになった。
しかし、体構造が違うため、フレアドラゴン状態では思念で会話するしかない。
大きなフレアドラゴンに戻ったシオンを見て、呆然とルシエルは呟く。
「かわいくない・・・」
【可愛くないとは酷いのじゃ~!!】
「お前、私に会うときその姿禁止な」
【あぁっ・・・くっ!その辛辣な物言いの主様の方がわらわは好みなのじゃ~!しかしペットとしてはやはり寵愛を受けたいと言うもの・・・あぁ~悩ましいのう!どちらもご褒美であるとは!!】
このフレアドラゴンも大概である。
こうしてフレアドラゴンのシオンが仲良し3人組みのペットとして仲間?に加わったのだった。
後日、役所にシオンの戸籍を作りに向かったところ「このあたりでは珍しいですが」と前置きされ、ヒト化が出来る竜種は纏めてドラゴニュートと言う種族として戸籍登録が出来ること。
それから東方の島国にドラゴニュート族の生活圏があり、東方では割とポピュラーな民族である事から、シオンが火竜最上位希少種たるフレアドラゴンであることなどは疑われる素振りすらなかった。
それとは別に、騎士団経由で後からマリアから知るのだが、シオン襲来の翌日にソノタタスの住民がフレアドラゴン新個体の第一発見者として登録の申請をしたらしい。
その申請を以って、シオンのフレアドラゴンとしての登録個体名は正式に『ソノタタス・へリックス』となった。
危害を加える意志もなくソノタタス上空を旋回していただけのシオンだが、やはり住民達にとってはそれなりの恐怖心を植え付けていたようで、上空を螺旋の様に蠢く様から名付けられ、認可された。
街の名前が入ったフレアドラゴンは初めてで、その後も頻繁に目撃されることから、いつしか世界で唯一フレアドラゴンの庇護下にある街として、ソノタタスが『その他多数の街』から外れることになるのだが、それはかなり後の話だったりする。