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1話 このエルフ、ポンコツにつき

はじめまして!ロヒタカトモタカと申します。

初投稿です。自分が楽しみながら、時間を割いて見て下さる方にも楽しんでいただけるお話を書いて行けたらと思っています。

ここはいわゆる『はじまりの町』的な所でもなければ、『魔王城近くの城塞都市』なんかでもない。

その中間よりもやや外れの交易点的な街、そこそこ人口も多いくらいの『その他の街』、『襲撃されても他に代わりがある』そんな街のひとつ。街の名は『ソノタタス』。

そんな『ソノタタス』では様々な種族の生物が共存しながら日々面白おかしく暮らしている。


「おっ!買い物かい?綺麗なエルフのお嬢さん!今日はリンゴが安くて美味いよ!さぁー買った買った!!」


少し強面で威勢の良い果物屋の親父が、ちょうど目の前を通りかかったエルフに声を掛ける。

そのエルフは少し尖った耳をピクピクっと反応させる。一度周囲を見渡すと、他にエルフ族が居ないのを確認して・・・


「あら?私のことかしら?」


溢れる高貴さ、且つ清楚な雰囲気を醸しつつ、どこか妖艶さを帯びた声色。


「お嬢ちゃん以外にエルフは今いねぇよなぁ」


店の入り口上に飾ってある『果物屋 宝果商店』と書かれた看板がエルフの目に入る。

店構えも新しく、しばらく工事中だった場所だが、どうやら果物の専門店が出来たらしい。

その店主が客引きに声を掛けてきた、そんな状況のようだ。


「ありがとう、折角だから見せていただこうかしら?」


太陽の光を反射して、白く煌く銀髪をさらりと左手で流しながら微笑む。

綺麗に陳列されたリンゴをひとつ手に取り、痛み具合や色艶を確認しているエルフ。


「わぁ!大きくて色味も鮮やかですね。店主さん?」


エルフは単にリンゴの具合を確認しているだけなのだが、その仕草とあまりの顔立ちの良さに、ぽけーっと口を開けて見惚れる果物屋の親父。


「・・・」


呼びかけに対しての反応が無いことに気付いたエルフ。


「あ、あれ・・・?店主さん?でいいのかしら?ひとつおいくらですか?」


傾世の美女にぐいっと顔を覗き込まれながら呼びかけられた店主は、ハッと意識を戻す。


「す、すまねぇ!あんまり美人だったモンで見とれちまったよ。1個20シルバーだが、いくつ欲しいんだい?」


「あら店主さん、お上手ね。5個ほど頂こうかしら」


「5個だな!特別美味そうなのを選んでやるぜ! これとこれと、これは甘味が詰まってるな・・・う〜ん、こっちも良いな」


「真剣に選んで下さってありがとう」と言いながら店主に100シルバーを手渡すエルフ。


「ありがとよ!どっちにしようか悩んでた最後の一個をサービスしとくぜ!また寄ってくれよな〜!こんな美人が常連になってくれたら売上げもガッツリ上がりそうだからよ!打算込みだ!」


「うふふ。集客に繋がるかは保障出来ないけど、お言葉に甘えて贔屓にさせていただくわね」


「買い物籠を貸してくれ! ・・・今日のは実が重いからな、痛まないように詰めてやるぜ」


サービス分のリンゴが一個だけ籠の頭から覗いているが、店主は他の荷物との隙間を上手に作って、何とか上手く詰めれたようだ。


「まぁ、助かります。ありがとう。」


お礼を言い店を後にするエルフ。


「こちらこそありがとよ!また見かけたら声掛けるぜ〜」


美人のエルフ相手に、さも「俺はいつもこんな感じだ」と言った体で挨拶するが、内心はあまりの美貌に終始心臓がバクバクだった店主。

王都『エルドガルザス』にある老舗の果物屋から独立し、つい最近この『ソノタタス』で商店を構えた店主は、開店間もなく良い風が吹いているな、と思いながら美人エルフの背中を少しだけ目で追うと、気を取り直して新しいお客さんに客引きをするのだった。


「おっ!買い物かい?キュートなネコ耳のお嬢さん!今日は煮干しが安くて美味いよ!さぁー買った買った!」


確かに店の看板には果物屋と書いてあるのだが、商魂逞しい店主である。きっと彼は大成する。

そんな事は露知らず、これはいい買い物が出来た、と購入店の少し先、ゆるい勾配の上り坂を足取り軽く、気分も上々、鼻歌混じりに歩いている先ほどのエルフ。


「あっ・・・」


足取りが軽すぎたのか、何も無いところで躓いてしまった。

その反動で買い物籠の中から少しばかり頭を覗かせていた六個目のリンゴがひとつ落ちる。

落ちた実はバランスを崩したエルフの足元にちょうど転がり、エルフは体勢を崩したまま、実を踏みつけてしまった。

一瞬の出来事であったが、その光景を見ていた周囲の人々はその瞬間を思い返してこう言う。


「そのまま綺麗に着地して、何事も無かったように歩き出すのだろう、と思っていました。」


「あんな美人が足を滑らせた程度で、転げまわるような醜態を晒すわけがない、と瞬間的にそう考えていました。」


「あれはすごかったね!なかなか見れるもんじゃないよ、まさか中身がウサギだとは!」


足を滑らせてしまった長身のそのエルフは遠心力に身を委ね、太陽の輪郭をなぞるようにバックフリップ。

勢いに任せてつま先が空を仰ぎ、履いているロングスカートがばっさりとめくれ上がると、外見にそぐわぬ可憐なウサギの刺繍入りパンツが衆目の目に触れる。

完全に役割を違え、エルフの上半身から顔面を覆ったロングスカートはその視界を遮り、着地の態勢を取ることを許さない。

バランスを崩してしまったエルフは、自分が上を向いているのか下を向いているのか、その認識も持てないまま見事に頭からひっくり返る。

露わになったウサギのパンツは、これが私の顔なのです。とでも言わんばかりに自己主張している。


「・・・」


仰向け状態で固まってしまったエルフの反応がない。どうやら頭から倒れた衝撃で目を回しているようだ。


「ママー、あのお姉ちゃんのおぱんつ、私の持ってるのと一緒だね」


「こら!そんなこと言っちゃダメでしょ!」


「えー・・・でもほんとだよー!同じの使ってるなら、これで私も大人の女性ってことでしょー?」


「しーっ!それ以上触れちゃダメ!」


そんな母と娘のとんちきな会話が聞こえてくると思えば、下心丸出しで黙ってひたすら、世にも珍しいどうぶつパンツ美女の痴態を目に焼き付けようとする男も。


(((美女のパンツがウサギ柄・・・)))


男性数人の鼻息が荒く、目が血走っていてとてもこわい。


「・・・きゅうぅぅぅ〜〜〜」


ひっくり返ってから約2分、エルフの反応がない。

最初は美女のパンツが丸見えだと、鼻の下を伸ばして傍観していた男共も、脳死の可能性が出て来るため流石に心配になってくる。

死因「躓いてバックフリップ」はあまりにも可哀想過ぎる。

見かねたひとりの女性が、鼻の下を伸ばすだけ伸ばして動こうとしない男共を、男子サイテーとでも言いたそうな目でしっしっ!と人払いをする。

ウサギマークのご尊顔を隠すため、長めの布地を頭からずり下ろすと、ウサギのパンツは心なしか残念そうに元居た巣穴に隠れて行った。

すると、頭を打ちつけた衝撃で白目を剥いたエルフの顔が現れる。


「ちょっと!大丈夫かい?」


「う・・・うぅーん・・・」


語りかけても反応が薄く、これではいつまでも目覚めないだろう、とこの親切な女性は思い至ったらしく、思い切ってエルフの頬をひっぱたく。

自分の胸元で死なれたくは無いし、女性はこんなとき結構容赦がない。美人が売りのエルフの顔を今がチャンスとペチペチ叩く。

もちろん悪意ある行為ではない。はず。

あくまでこのエルフのため。だと信じたい。

決してその美しさに嫉妬を覚え、少しでも顔面偏差値を下げてやろうとか、そういった思惑はない。多分。


「ほら!さっさと目を覚ましなよ!」


ぺちぺちぺちぺち


「いたっ!痛いですぅ!!」


「ほら!はやく目を覚ますんだよっ!!」


ぺちぺちぺちぺち


「いた、痛いぃ!覚ましてますから!もう叩かなくて結構ですからぁー!!」


「あら、ごめんね?起きてるって気付かなくって」


嘘である。


「アンタ、大丈夫かい?滑って転んで気を失ってたんだよ?」


「あー・・・なんだか急に体が軽くなったなぁー?とか思ったら、顔が痛くなってきて・・・」


「あの、ご迷惑をおかけしました」


「いいんだよ、それよりアンタ・・・」


無事を確認して安心した様子を見せる女性が、何やら言いたそうにしているのを察したエルフ。


「はい?」


目を覚まさせてくれたその女性が神妙な面持ちでエルフに問う。


「今、いくつだい?」


突然の年齢確認に戸惑いながらも、正直に答えるエルフ。


「に・・・200歳です・・・」


ふぅん、と何かに得心した様子の女性。


「エルフで200歳かい、外見だと人間の18歳くらいにしか見えないねぇ、やっぱり見た目じゃエルフはわからんわね、いいかい?」


なにやらこの数分の出来事を耳打ちで教えてくれる様子。

話を聞くにつれ、エルフの尖った耳の先端が、赤く染まって熱を帯びる。


「その歳になると、いつ何が起こるかわからないからさ、もう少し気の利いた下着をつけときなよ?」


ただでさえ耳まで真っ赤に染まっていたエルフの顔が、頬から全体に向けて広く紅潮していく。


(ど・・・どどど、どんな下着を着けていればよかったんですかぁ〜???

もっとこう、セクシーなやつ?とか???それとも、ホットパンツ的な?人に見られても大丈夫なやつって言う意味ですかぁぁああああ???)


脳内であーでもない、こーでもない、とグルグル本当にどうでもいい思考を巡らし、思考が深くなるほど混乱状態に陥る。

エルフの中で何か弾けたような音が炸裂したその瞬間。


「ふにゃぁああぁぁぁ!!!!」


と言う、よくわからない絶叫がソノタタスの街中に響き渡った。


「すいませんでした!すいませんでした!こんな200歳のババアのパンツがウサギの柄でほんとごめんなさい!周りの皆様には大変お見苦しいモノをあわわわわ!!・・・とにかく!出来れば一秒でも早く、特に男性の方は忘れていただいて、うぅううう・・・ふぇえええええ!!もうお嫁にいけないよぉおおおおお!!!!」


すると混乱したエルフは早口で捲し立てるように謝罪とも謎の自己紹介とも取れる言葉を残し、転倒により負った身体的ダメージを《ヒーリング》で即座に癒すと、《雷迅駆》と呼ばれる高等魔術を無詠唱で自身に施し、自らの身体能力を大幅に上昇。

衆目に晒されたうさぎ刺繍のパンツよろしく、脱兎の如く大急ぎでその場を立ち去って行ったのだった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


その夜、ソノタタスのある酒場で・・・


「と、言うことがあったんだよぉー・・・」


もうお嫁に行けない、と友人に愚痴をこぼすエルフ。


「んなもん果物屋のオッサンにおだてられて調子こいたレイアが悪りィわ、ソレ」


「ルシエルの言うとおりだぞ、レイア。お前は他人行儀な時だけはお高くとまっている割りに、何かあるとすぐボロが出る」


「ネコ被りすぎなんだよ、バーカ」


二人の友人から醜態を嘲笑され、少しお酒の入ったレイアが反論をする。


「うぅー・・・年中調子こいてるルシエルに言われたくないし!」


「ッせ!」


「それに!マリアだってお堅い騎士様なんて職業のくせして男の子とっかえひっかえの遊び人じゃん!!」


常に能面のような表情を絶やさないマリアがレイアに反論する。


「・・・多少良い見た目にかまけて伴侶探しをしようともしないレイアに言われたくはないがな。 あとルシエルは定職に就け」


仕事に就いていない事を引き合いに出されて腹が立ったルシエル。

彼女はただでさえ口が悪いが酒が入るとクズっぷりが半端ない。


「いや、てめェは伴侶探ししかしてねぇだろ、仕事中は仕事しろ、この万人斬りの性騎士が」


ルシエルの文句に対しても、顔色を変えることなくマリアが主張を始める。


「ふむ、私は部下達の士気向上に貢献しているのだ、それこそ、この身を挺してな。ルシエル、お前は仕事もしてないくせに何故か金回りが良いようだが・・・」


「世の中には労働以外にも稼ぐ手段なんざ幾らでもあンだよ」


エルフとドワーフの混血であるルシエルは背丈が低く、100年程生きてはいるが、見た目は人間で言うところの15歳くらいだ。

酒場に入り浸っているのは見た目は幼くとも実年齢がババアなので普通に大丈夫とのことで、特に何も問題ない。


そんなルシエルの自由主義かつ豪胆な性格と、性に関して以外は非常にお堅く、ロジカルな思考のマリアは二人で居ると良くケンカする。

ちなみにレイアは大して会話に参加せず、今日の出来事を思い返しては落ち込み酒に逃げている。もう何本空けたか数えていない。

レイア以外の二人も、会話をしながらチビチビと酒は進めているので、良い塩梅でルシエルとマリアも出来上がっている。

そして、マリアがルシエルの顔と胸元に目をやり、「フン」と一息鼻を鳴らすと、それを不快に感じたルシエルがマリアに問う。


「なんだてめェ、さっきから人の顔やら胸元ジロジロ見やがって、欲情すんなら男にだけしとけよクソキメェ」


口が悪い。


「いや、なに。その胸にぶら下がった脂肪の塊でも上手に使って稼いでいるのか?とふと思ってな。 ・・・それとも、貴様の過激な性格に不似合いな、その幼女のような見た目で男性を誘惑しているのか?あぁ、両方か?これは大変失礼した」


マリアもマリアで大変失礼である。

ルシエルは激情的ではあるが、性的嗜好まで激しいタイプではない。


むしろ精神感応能力が高すぎて、周囲の目線や自分に対して向かう感情の機微に細かく反応してしまう。

異性のエロい視線など一瞬で見透かしてしまうため、気付けば大の男嫌いになってしまっていた。

男避けのために色々拗らせてしまった結果、この性格で落ち着いた。


そんなルシエルが何故レイアとマリアとは行動を共にするのか。

ルシエルは気づいていないが、精神感応能力をジャミングするスキルをこの二人が偶然有しており、ルシエルにこの二人の思考は読めない。

思考が読めないとなると、この様にケンカもする。ぶつかり合い、分かり合う。昨日の敵は今日の友。

普通の友人として、対等に話が出来るのが、偶然この二人だったのだ。


「テメェの脳ミソと同じ次元で語ってんじゃねェよクソビッチ。大体この街にゃあエルフの男が少な過ぎて恋愛対象になる奴が居ねェんだよ、100年も生きれねェ種族と過ごせる訳もねェしな」


「そうか?人間も捨てたものではないぞ?若い人間の男性は旺盛だからな、エルフの男性の様に無味淡白な・・・」


いつぞやの夜だか、もしくは職務中のひと時を思い出しているのか、吐息だけが急に艶かしくなりハァハァと息を荒げるマリア。

しかし能面のような表情を崩さず、頬や首筋だけ紅潮しているのは飲み進めている酒の影響でないことを、勝手知ったるルシエルはお見通しである。


「あーハイハイ、てめェはダークナイトからピンクナイトに転職申請でもして来い・・・それに、私はその旺盛さに吐き気がするんだよ、どいつもこいつもいやらしい目で見て来やがる」


それなら、と先ほどのピンクな思考から一瞬で平常運転に切り替わり、一切の悪気無くマリアが言い放つ。


「ふむ、ならばこの街にいる数少ない男性エルフを伴侶とするが良い、もっとも私達と同年代くらいの若いエルフは皆、魔道官として王都へ出稼ぎ中だ。今ソノタタスに居るのは退役した者ばかりだからな。なに、知ってのとおり、エルフは見た目だけならいつまでも若い。それに、淡白を通り越して生気がないだろうから夜の相手もしなくていい。お前にとっては優良物件ではないか?」


多少言い方に気を使っているマリアだが、そんなにエルフが良ければジジイ相手に介護生活でも送るしかないだろう、と言っているようなものだ。

ド正論染みた口調で無茶を押し付けるマリア。

ジャミングされた精神感応ではなく、マリアの言葉尻からそんな意図を感じ取ったルシエルの、ただでさえ低い沸点が一気に沸騰した。


それはもうグツグツと煮え滾るマグマの様に・・・

マグマの様な炎弾こと火炎魔法《フレキシブル・フレイム・ボール》が一瞬にしてルシエルの右手各指先から1個ずつ計5個生成される。


「アァ?やんのかテメェ?コラ?」


緑髪、ゆるふわショートで童顔ロリ巨乳のチンピラが、騎士団勤務の上位職であるクールビューティなダークナイトにグツグツに煮え滾った火球を向ける。


「ふん、前からお前についている、その贅肉の塊がうらやま・・・否、気に入らなかったのだ!半分のサイズに削ぎ落としてやるからそこに直れ」


ヒュンと風切り音を鳴らしレイピアを一振りすると、紫ロングの髪が靡く。

洗練され、流麗な剣捌きだが、残念なことに少々本音が漏れて格好がつかない。


「ンだテメェ?こんなモン欲しいのか?デカいわ重いわで邪魔なだけなんだよ! あー・・・わっかんねェか?ペラッペラのその貧相な胸じゃァ、この辛さはわかんねェよなぁー?くれてやるからテメェの可哀想な大胸筋にでも付け加えとけやターコ」


一触即発の雰囲気に酒場の連中がざわつき始める。

レイアはそれを見ながら「なんだ、いつものことか」とでも言わんばかりに追加の酒を煽りだす。


「うへへへー・・・こんなに飲んだらなんか眠たくなってきちゃうよぉー」


レイアはもうウトウトとしながら酒瓶が大量に積まれたテーブルに顔を埋めている。

それとは正反対に、騒ぎが起きた!良い見世物だ、賭けを始めろ、酒持って来いと酒場の連中はお祭り騒ぎの一歩手前だ。


「おう!やれやれ!今日こそ決着をつけてやれ!!」


「俺はルシエルに1ゴールドな」


「なら俺はマリアに2ゴールドだ」


「ルシエルたそ!今日もかわいいブヒヒー!!ルシエルたそに20ゴールド!!」


「うるせぇ!チャーシューにすんぞクソオーク!!マリア様!!戦闘前に私と!!」


「ブヒャァ!ぼくもルシエルたその血肉になりたいブヒィィィィ!!」


熱気に包まれる店内、もちろんルシエルの生成した煮え滾る《フレキシブル・フレイム・ボール》の影響もあるが、ヒートアップしているのは当人達よりも取り巻きの方だ。

酒場の従業員は店を丸焦げにされないか、とか心配しているが、マスターは有事に備えて冷静に店内を見ている。後で請求するために主に設備を。


「やれー!マリアちゃん!」


「ルシエルたそー!かわいいよぉおおおお!!」


こんな騒乱の中でもレイアはすやすやと寝息を立てている。図太い。

ぼそぼそと寝言を言いながらよだれを垂らし、鼻提灯まで膨らませて、美人台無しのオンパレードである。


喧嘩っぱやいルシエルが攻めて来ないのを訝しみ、何か裏があるのかと考えるマリアが問い質す。


「来ないのか?ならばこちらから行くぞ?」


「ハッ!焦げねぇ様に手加減してやるからさっさとかかって来やがれ!」


マリアは先手必勝でさっさと斬りかかっても良いのだが、こと戦闘に於いては意外と冷静なルシエル。

そのルシエルの冷静な思考力を少しでも削げれば、とマリアは挑発を試みる。


「フン、遠慮せず全力で来るがいい。生憎私は騎士団で訓練を重ねているのでな、無職の野生児とは鍛錬の質が違う」


「性騎士様はお口が上手だねェ、夜の鍛錬ご苦労様ですっとォ」


挑発したつもりが嫌味で返され、ついついピクッと反応してしまったマリア。

策士、策に溺れるとはまさにこのことだ。


「なんだと?」


「ンだよ?」


睨み合い、機を伺っているルシエルとマリア。

沈黙に場の空気が重くなり、お互いにいつ先制を仕掛けてもおかしくない。

そんな空気感に耐えかね、気を利かせたどこかの馬鹿がナイフとフォークを「キィン」と鳴らして開戦のゴングを鳴らす。


「・・・雷迅駆!!」


と略式詠唱をすると、マリアの身体から雷が奔る。

レイアが先の逃走に使用したものと同様の魔法だが、マリアは意識を集中させるために詠唱が必要だ。

身体能力を向上させたマリアは間髪入れずに、電光石火の如く斬りかかる。


「んっ!!」


その動きを見逃さなかったルシエルは、剣戟の到達までに炎弾の形状変化を完了させる。

《フレキシブル・フレイム・ボール》とはその名が示す通り、球状からフレキシブルに形態変化をさせることが出来る魔法である。

しかし、発現させた魔法を任意に形態変化させること自体、超高度かつ繊細な魔力制御能力を必要とする。

王直属の魔術師団でも、この技量を持ち合わせる魔術師は1%に満たない。


「・・・チッ」


「見え見えだバーカ」


ルシエルの喉元を狙った刺突攻撃は、少しでも早くルシエルを無力化し、この喧騒を終わらせようと配慮してのものだったが、ルシエルはそれを許さない。

マリアの細いレイピアはルシエルの喉元数センチ前に凝縮配置された火炎でどろりと溶ける。


「レイピアごっこォ」


ルシエルがヘラヘラと嫌な笑みを浮かべながら操る、その凝縮された火炎が形状を変化させるとレーザービームよろしくマリアの首元を焼き切らんと狙いをつける。

マリアはすぐ距離を取り、先端のとろけたレイピアを投げ捨て、今度は闇魔法による魔力剣の精製を開始する。

ルシエルに狙いをつけられないよう、絶えず動きながら詠唱を始めるマリア。


「我が召喚に応じよ、闇の眷属」


詠唱を始めると同時にマリアの左手に極小の魔方陣が展開される。

平行してルシエルの《フレキシブル・フレイム・ボール》が炎の刃となり、ルシエルを中心として上下左右に射出されるが、その全てをアクロバティックに回避し続けるマリア。

一方ルシエルは微動だにせず、左手に右肘を乗せた格好で、右手の指の動き一つで各炎刃を操作している。

回避された炎刃はマリアへの予想着弾地点を数cm離れた所で消滅、もしくはマリアを継続追尾しているため、周辺の客に被害を与えることはない。

しかし、万が一にもこの炎刃が客に触れれば接触した部位は焼き切られ、切断と同時に重度の火傷を負ってしまうため、例えば腕を切られでもするならば焼け爛れた切断面により再接合は並みの治癒魔法では不可能となるだろう。


そんなルシエルの容赦ない猛攻を回避しながら詠唱を継続していくマリア。

これで仲のいい友人であるとお互い認識しているのだから、不思議なものである。


「代償は我が魔力、報酬は双刃に注ぐくれない霧雨(きりさめ)


どう考えても流血沙汰を連想させる文言が認められた物騒な続きの詠唱を進めるマリアの右手に、同様の魔方陣が現れる。

何かすごい魔法がこんな田舎町の酒場で見れるんじゃないか?とはじめはガヤガヤと小煩かった客達も大人しくなる。


「ふむ、無詠唱で魔法形状変化を容易く行う魔術師・・・それに騎士団所属の上位職であるダークナイトが、まさか小競り合いの結果とは言え本気で戦う光景など、そうそう見れるものではない!しかも、あれを見よ・・・!今ダークナイトが詠唱しているのは闇魔法で精製される、意思を持つ双子の暗黒剣!」


と、どこの界隈にも必ず一人は居るであろう召喚術マニアのおっさんがやたら目をギラつかせ、唾を飛ばしながらウンチクを垂れ流している。いやホント、誰だお前。

そうした謎の実況の煽りもあって、俄然高まる期待感に、観衆はごくり、と固唾を飲んで様子を見守る。

こんなことなら1ゴールドやそこらのケチな賭け金でなく、もっと大きく賭けて、この戦いに色を付けても良かったと、そう思う者も居るくらいであった。


「汝の渇きを我が手で癒そう」


潤いが欲しい双子の暗黒剣を癒すと言い放つマリア。腕の一、二本くらいは持って行くつもりなのだろう。

何かまずいものを呼び寄せていると感じていたルシエルは、展開された魔方陣を破壊しようと、それまで維持していた《フレキシブル・フレイム・ボール》を解除。

「させるかよ!」と弱点である可能性が高い神聖魔法《シャイニング・レイ》を即座に放つ。

ピンポイントで魔方陣に狙いをつけたはずの《シャイニング・レイ》は《雷迅駆》による身体強化済みのマリアの移動速度が相手では狙いきれず、すやすやと寝息を立てているレイアのテーブルを僅かにかすめ焦がす。


「汝の欲望は今より満ちる」


それに反応してムニャムニャとレイアが動き始める。


「顕現せよ!暗黒の双剣!」


「クソ!間にあわねェ!!」


「ダークネス・チャイル」


詠唱が終わり、暗黒の双剣がまさに顕現しようとしたその瞬間。


「むにゃむにゃ・・・街の平和は私が守るぅ〜」


「です!!」「・・・ド?」「やべェ!」


夢の中で何者かと戦っていたレイアが寝ぼけて魔法を発動させる。無詠唱で。

一瞬の閃光が酒場を包むと、まるで小規模な爆発でも引き起こしたかのような風圧を以って渦巻く旋風が、お客さんもろとも酒場のテーブルや椅子を吹き飛ばす。


マリアの魔方陣からぴょこんと切っ先を覗かせていた《暗黒双剣・ダークネス・チャイルド》さんは、「あ、コレ出てくるタイミング間違えちゃった!」と自己判断ですぐさま展開されていた魔方陣内にご帰宅された。


自身の引き起こした風圧で「ぐへっ!!」と酒場の壁面に叩きつけられたレイアが衝撃で目を覚ます。

痛みと共に目覚めたレイアは即座に魔力を制御して、自ら引き起こした風魔法《風精霊の災禍》を解除する。

平和を守るとか言う寝言のわりに、用いた魔法の名称が災禍とはどういうことなのか。


「ぐへっ!じゃねェ!!」


と、とっさに防御魔法を張って身を固め無事だったルシエルが鬼の形相でレイアをどつきまわす。


レイアの魔法で叩きつけられてはいたものの、《雷迅駆》で身体能力を上げていたマリアも動くに問題は無い状態で、「・・・」と無言かつ一瞬でレイアの元に移動し、無表情で蹴り続ける。マリア怖い。


「痛い、痛いってば!謝ります!謝るから許してぇぇ〜!!」


「うるっせえ!!テメーはいっつもいっつも寝ぼけて魔法ぶっ放しやがって!!いい加減に学習しろ!!このポンコツがぁぁぁぁ!!」


「だってぇええええ!!街が巨大なパンダ型の魔王に襲われててぇぇぇ!!私悪くないもん!!」


この期に及んで夢のせいだ、私は悪くない!と主張するレイアにド正論で詰め寄り始めるマリア。


「いや、どう考えても今のは完全にお前が悪い。そもそも巨大なパンダ型の魔王とは一体なんだ?どこの魔王城に生息している?今から縛り上げて連れて来い」


うぅ・・・とレイアの表情が強張る。


「私とルシエルの戦いに水を差すだけならまだしも、見ろ、この惨状を。お前が寝ぼけて放った大魔法でこの店が被害を受けるのは今回で何度目だ?」


思い出せる限りの回数をひぃ、ふぅ、みぃ・・・と指折り数えるレイアは、両の手を一往復させたところで冷や汗を流しながら数えるのを止めていた。


「マスターを見ろ、慣れすぎていて既に従業員を使い修繕費の見積もりをはじめている」


ゲッ!とマスターの方を振り向くレイア。

マスターと従業員も《風精霊の災禍》を上手くやり過ごしたようだ。慣れってすごい。


「請求書の金額が楽しみだな、私は一銭たりとも出しはしない。お前が自腹で払え、いつものようにな」


支払い金額を想像し、レイアの顔から血の気が引いていく。


「先刻まで私とルシエルの戦いを真剣な眼差しで観戦していた店の客達は皆、壁面に打ち付けられて気絶している。明日、仕事にならない者も数名居そうだ、賠償金を用意しておけ」


トドメの一撃がレイアの頭にガコンと落ちてきた。恐らくこの想像上の落下物には「10t」と書かれているに違いない。


「これを見て未だ「私ぃ悪くないモンっ」てへぺろ☆などと言えるのか?」


どうやら「私悪くないもん」発言が相当頭に来たらしい。頭の中はピンクなくせに、考えは非常にお堅い。

本当に怒っている時しかふざけないのを知っている分、余計に怖い。


「うぅー・・・マスター・・・ごめんなさい、ここの修繕費は職場に前借りして返しますからああああ」


ニヤリと笑う酒場のマスターはそっと見積書をレイアに手渡す。


「ひぃぃぃぃっ!!もう、二度と!二度としませんからぁああああ!!ごめんなさい!!ごめんなさいっ!!」


「お前、それ毎回言ってるだろ・・・」


常識と言う言葉が似つかわしくない狂犬ルシエルでさえ若干引き気味である。


「何の説得力もないな」


今まで散々同じようなことを繰り返してきたであろうレイアのポンコツぶりを見慣れているマリアは、能面のように顔色を変えることもなくしれっとしている。


「うぅ・・・ひっく・・・仰るとおりです、大変申し訳ございません」


周囲を見渡し被害状況を確認したマリアが、この事態を収拾するために解決策を提示する。


「泣きたいのはそこで気絶している酒場の客達だろう?本当に家族に賠償請求される前に治癒魔術で癒しておいてやれ」


「おめェは本当に持ってる能力とオツムが見合ってねェよなぁ・・・言われるまで考え付かなかったのかよ・・・」


気付いてなかったのか、とさらに呆れるルシエル。傍若無人を絵に描いたようなルシエルに心配されるようでは終わりだ。


「返す言葉もございません」


「ハッ!素直なところと見てくれだけが取り柄だな!さっさと回復してやれよ」


「そうだな、いつまでも気を失ったままでは気の毒だ。 ・・・と言うか脳への酸素供給が途絶えて死ぬぞ?」


「うん、そうする。ありがと、ふたりとも」


レイアが「ほいっ!」と指を一回しすると、最高位の範囲回復魔法《フルブライトヒーリング》が発動する。

一瞬でHPを全回復し、死亡以外のあらゆる状態異常を回復するこのドチート魔法は、即座に酒場の客達の気を取り戻させた。

マリアとルシエルが相手が重症を負いかねない魔法を使用して全力でケンカできるのも、決着が着いたらレイアに治させれば大丈夫、と言う考えあってのものだ。

でなければ普通にただの殺し合いになってしまう。それでも友人同士の痴話喧嘩と言うには度が過ぎるのだが。


何が起きた?とざわつく酒場の連中に、ルシエルが呼びかける。


「おーらこっち向けザコ共」


先刻まで友人の仕業で死に掛けていた者達に対して、あんまりである。

が、ルシエルの男嫌いは場を弁えないので仕方ない。ルシエルに常識を説くだけ無駄なのである。


「テメーらクソ虫共はなァ、今の今まで気絶の状態異常に加えて瀕死の重傷だったワケ」


それにしても、もう少し言い方を思いつかないのだろうか?本当に口が悪い。


「テメーら貧弱なザコ共に三途の川を拝ませたのは、今更言うまでもねェが、この顔しか取り柄のねェクソエルフだ。

 はい、クソエルフから一言」


クソエルフことレイアがとても申し訳なさそうな、沈痛な面持ちで皆の前に立つ。


「ただ今ご紹介に預かりました、クソエルフです。この度は、私の寝ぼけ魔法により皆様に瀕死の重傷を負わせた事を深くお詫び申し上げます。謝罪の意味をこめて、体力、気力、状態異常、ご帰宅後の精力増強、肩こり、腰痛の改善などなど、私の全霊を以って回復させていただきました。万が一、各部の異常等ございましたらご一報下さい。アフターケアを施させていただきます。重ねて申し上げますが、この度は大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございませんでした」


ぺこり、と頭を下げるレイア。

まだ頭が高い、とマリアがレイアの頭を鷲づかみにし、更に深く下げさせる。


「痛いですぅ・・・マリアぁぁ」


「黙ってもっと深く頭を下げろ」


そんなとんちきな謝罪を黙って聞いていた酒場の連中のひとりが、この茶番に耐え切れず「ぷっ」と笑いをこぼす。

すると、周りも釣られて笑いはじめる。そして・・・


「謝罪も何も、どうも俺たちはザコ過ぎて気絶してたことに気付いてねぇからなー」


「言われたって実感湧かねぇよなぁ?」


「まぁーこんな美人に殺されたんじゃ、文句も言えないわな」


「心なしか、確かに目覚めてから肩の凝りが引いてる気がするぜ?」


「でもよ、酒場の有様を見ると本当っぽいよなー」


なんだかんだで気の良い酒場の連中は、オマケで持病を治してくれたこともあり、レイアを責める者は居なかった。

ぱあっと顔色が明るくなるレイア。とてもわかりやすい。


「みなさん、お許し頂いてありがとうございます!」


しょうがねぇなぁ・・・と皆一様に思いつつも、釘を刺すのは忘れない。


「かといって死に掛けはもうごめんだぜ?二度とないようにな!」


「はい!善処します!!」


「そこは確約してくれよ・・・」


「前科があるので・・・複数回・・・」


皆が皆、黙っておけばいいものを、わざわざ言うかね、と呆れている。

そしてマリアとルシエルは、このぐだぐだな騒動もそろそろ幕引きかな、とレイアの友人代表として皆に語りかける。


「ったく本当にこのレイアってやつァ」


「外面だけはクールに見えるエルフなのだがな・・・」


マリアが右肘でクイクイとレイアに、最後は自分で謝れよ、と促す。

すると、レイアは・・・


「ううぅ・・・私、本当にポンコツでごめんなさーーーーーーい」


と皆の優しさから大泣きしそうなのを我慢しながら、何とも締まらない謝罪の言葉で皆に謝る。

するとレイアの感情に反応して、また勝手に魔法が発動した。

レイアの瞳から大粒の涙、ではなく水属性の魔法《ウォーター・エクスプロージョン》が僅かに溢れ出し、一瞬にして酒場の1階部分を水浸しにする。

酒場の床から棚、椅子やテーブル等の備品は全て木材で出来ているため、きっちり追加の修繕費を計算しているマスター。

レイアの両隣に居たルシエルとマリアは、突然溢れ出た《ウォーター・エクスプロージョン》の直撃を受け、びしょ濡れになりながら「いい加減にしろ」とレイアをゲシゲシと蹴りはじめた。

第一話、お読み頂きましてありがとうございます。

今のところ、このお話だけが一万文字を超えています。2話からはもっとサクサク読了できます。

二週間前にはこの第一話はほぼ完成していましたが、最後の最後で手を加えたり、それでもビビって一時間ほど投稿ボタンを押すのを躊躇っていました。不思議なものですね。

こんな感じのお話です。好き嫌いがあると思いますので、気に入って頂けた方は是非続きも読んでみて頂けると幸いです。

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