二人の背中
祭りの夜は、雨のせいで、
出歩く人もまばらで、
祭りらしからぬ寂しい夜になった。
自治会の秋祭りのことだが、
ご近所さん同士の社交場は、
今ひとつ、盛り上がらなかった
のだ。
そういう年もある。そういう日もある。
それでいいじゃないか…
さほど飲兵衛でもない私は、
酔っ払っているKさんの相手に、
少々、嫌気がさしていた……
「だいたい、雨が降るってわかっていて、
どうしてこんなとこで祭りなんか
するんだ。
屋根のある広場が公園にあるだろ。
……ったく、今年の役員連中ときたら、
何にも考えちゃいないな」
「Kさん、まあ、しょうがないですよ。
天気予報だって、雨は明日からだって、
言ってましたからね」
「あんたも、そういう考え方か。
ちぇっ、利己主義者めが」
「ほんとに、どうしたんですか。
いつものKさんらしくないですよ」
「そんなことをあんたに言われる、
筋合いはない。
ったく、どいつもこいつも……」
「まあ、まあ、まあ、Kさん、
そろそろ、役員の人が片付け
出してますから。
お開きにしましょうよ」
私は、Kさんのようなタイプが、
一番、嫌いである。
行き掛かり上、話し相手に
なってしまって、
自分の要領の悪さにぐったりだ。
Kさんのように、酒が入ると
文句の出てくる人々には、
酒を飲ませてはいけないという法律は、
絶対に必要なのだ。
「あんた、もう帰るんか?」
「帰りますよ…さあ…行きますよ」
嫌いな相手だが、そのままにもできない。
私は、役員の人と、椅子を畳ながら、
Kさんの様子を見ていた。
Kさんは、黙り込んでいた。
缶ビール片手に、じっとして、
地面を見ている。
口を一文字にして、悔しそうな、
哀しそうな顔になっていた。
「お父さん…お父さん…、
もう帰らんと、皆さん、
終てくれてるさかい」
Kさんの奥さんが、いつの間にか、
私の後ろに立っていた。
「こんばんは。
そろそろ、お開きにするんで、
お送りしようと思ってたんですが。
すいません、
まだ、飲み足りておられ
ないみたいで…」
私は、役員の人に椅子を渡しながら
言った。
「いい、いい、もういいですよ…
飲みすぎますから。
お父さん…ほら帰りますよ」
「……あっ、ああ、ああわかっとう」
Kさんは、よろよろと、
奥さんに掴まりながら立ち上がった。
「どうも、すみません…」
奥さんは、頭を下げ、
よろけながら、Kさんを支える。
「はい…お気をつけて」
私は、そう言いながら、Kさんに、
どうしてこんなに素敵な奥さんが、
寄り添うのだろうかと思い、
二人の背中を見送ることになった。




