6 言葉から見る「時間」の概念
突然ですが、「時間」とはどんなものでしょうか。
一般に、過去から未来へ流れるとされている「時間」ですが、最近では実際には流れていないという話も聞きます。私は科学的なことはさっぱりなので、そういった議論には参加できませんけれども。
しかし、私たちが普段使う言葉を見てみると、私たちが「時間」をどのようなものとして捉えているかが分かってきます。
というわけで今回は、実際の「時間」がどういうものかについては置いておいて、我々が持っている「時間の概念」について、言葉の観点から考えてみたいと思います。
まず、日本語で「時間が流れる」と言いますが、この「時間の流れ」は、主体(自分と言い換えてもいいでしょう)の前後に伸びています。
(1)この前、彼に会った。
(2)宿題は後でやろう。
上の例文(1)において、彼に会ったのは発話時点よりも過去のことです。(2)において、宿題をやるのは発話時点よりも未来です。「前」は過去を表し、「後」は未来を表します。前後に伸びる時間のイメージが浮かんだでしょうか。
日本語で面白いのは、この「前」が未来を表す場合もあるということです。
(3)いつまでも過去に囚われていては、前に進めない。
また、「前」に近い表現として「先」があります。
(4)こちらは先ほどお話しした田中さんです。
(5)この先どうなるのか誰にも分からない。
(4)の文中の「先」は過去で、(5)の「先」は未来を意味します。
(2)で「後」は未来を表していましたが、「過去を振り返る」という表現から考えると、主体の後ろに過去があると捉えることもできます。小野寺(2018)では砂川(2000)の説明を引用し、過去から未来へ向かう時間の流れに対峙するイメージから「前」が過去となり「後」が未来になるとして、メタファーの場合はこの時の流れに直面して対峙するイメージの方が優勢である、と説明しています。
しかし、確かに使われ方を見ていくと「前」を過去、「後」を未来とすることが多いのですが、「未来を振り返る」とは言わないので、普段特に意識しない場合、主体は流れに背に受けて未来の方を向いているのではないか、と私は思います。まあ、何かを言葉で表現する時って、未来のことより過去のことを語る場合が多いと思うので、ということはつまり過去に目を向ける場合の方が多い、ということなんでしょうね。
時間が過去から未来へ流れるというイメージは、「時代を遡る」といった表現にも表れています。「時間が流れる」と言った時、時間は川の流れのように過去から未来へと流れていきます。私はこの場合、主体(自分)は櫂の無い舟に乗って、流れと共に未来へとただ運ばれていくようなイメージを思い浮かべます。
それとは別に、(3)の「前に進む」のような表現からは、前後に伸びる道のような時間のイメージが浮かびます。「未来へ向かって一歩踏み出す」というように、主体である自分が歩んできた後ろにある道が過去で、その道は前方へ、未来に向かって伸びています。
このように、私たちは「時間は過去から未来へ流れる」と認識しています。しかし同時に、私たちは「未来から過去へ動く時間」のイメージも持っているのです。
(6)もうすぐクリスマスがやってくる。
上の例文(6)の発話時点で、クリスマスは未来のことです。前方から未来であるクリスマスがだんだんと主体に近づいてきて、主体を通り過ぎ、後ろへ行くとそれは過去になる、というイメージが浮かぶでしょうか。この未来から過去へ動く時間は「流れ」のイメージとは異なるように思います。過去から未来へ連綿と流れる時間は線のイメージですが、「クリスマスがやってくる」や「試験の日が近づいてきた」の「クリスマス」や「試験の日」は未来のある時点を指し、点の移動のイメージだからです。
また、「時間が過ぎる」という表現があります。これはまさに未来から近づいてきた時間が主体を通り過ぎて後ろへ行くイメージを表しているのではないでしょうか。過去から未来へ流れる時間が主体を通り越すというのは、ちょっと考えられませんから。
つまり、「時間が流れる」と言った場合、時間は過去から未来へ動き、「時間が過ぎる」と言った場合には、時間は未来から過去へ動いているのかもしれません。
このように、言葉を見てみることで、私たちが「時間」のような抽象的な概念をどう捉えているのかが少し分かってきました。「時間」についての表現は、今回取り上げた空間的イメージ以外にも「時間を潰す」「時間があまり残っていない」など様々あり、とても面白いテーマだと思います。私の知識、調査不足で浅い内容となりましたが、これが誰かの考えるきっかけになれば、少しは意味のあるものになったのではないかと思います。
余談ですが、中国語において時間は上下に動いたりします。“上个星期”(先週)“下个星期”(来週)のように、上に過去があり、下に未来があります。日本語と同様に前後のイメージもあるのですが、上下というのは面白いですよね。下なんてすぐ地面にぶつかりますから、先の見えない未来のイメージとは違うように感じてしまいます。
【参考文献】
小野寺美智子(2018)「時間メタファーへの認知的アプローチ ―日本語の時間表現を中心に―」
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