4 KY語
明治書院が発行する雑誌『日本語学』2007年10月号の編集後記に、次のようなことが書いてあります。
『K・Yと書いて「空気が読めない」と読むそうだ。これまでアルファベットの略語は、「DJ(ディスクジョッキー)」のように外来語の名詞に限られていたように思うが、和語、それも一定の意味を持つ文を略して表記するというのは大胆な変化だ。携帯メールの影響が考えられるが、果たして定着するのだろうか。見守ることにしよう。』
この文章が書かれてから10年以上経っていますが、どうでしょうか。「KY」に代表されるローマ字略語について、少し考えてみました。
「空気が読めない」を「KY」と表すような略語を、「KY語」あるいは「KY式日本語」と言ったりします。言語学者の北原保雄氏は、著書の中で『KY語は、日本語をローマ字書きにしたときに、句(文節)や語の最初に来るローマ字で表した語である。』と説明しています。
「KY」のようなローマ字略語が注目され出したのは上記の『日本語学』が出版された2007年頃で、同年にユーキャンの新語・流行語大賞にエントリーされました。
しかし、『日本語学』の編集者は失念しているようですが、こういったローマ字略語自体はもっと以前から使われていて、90年代には「MK5(マジでキレる5秒前)」などもありました。
さらに遡ると、みんな知ってる「NHK」は日本放送協会のローマ字略語ですし、「SKD(松竹歌劇団)」もそうです。いつから使われているのかはっきりとは分かりませんが、ネット上には「NHK」は昭和初期にはすでに使用されていたのではないかという記述がありました。
でも確かに、『日本語学』で書かれている通り、以前のアルファベットの略語は名詞だけで、文や句にもこの方式が使われるようになったのはわりと最近のように思えます。
と、興味を持ってKY語を調べ始め、行き着いたところにあったのが「MMK」でした。
「MMK」は「もててもてて困る」の略で、北原氏によると、「戦前、旧日本海軍で使われていたもの」だとか。だいぶ昔から文のローマ字略語はあったんですね。他に「FFK(振られて振られて帰る)」もあったそうです。なんか海軍チャラい……。
それにしても「もててもてて困る」なんて、そんなに頻繁に使うことがあるのでしょうか。実際どのように使われていたのか、ちょっと気になります。用例等ご存知の方はぜひ教えてください。
このように、意外と歴史の古いKY語ですが、今現在、これらの語は定着していると言えるほど使われているのでしょうか。「KY(空気が読めない)」はもうほとんど使われていないような気がします。「JK(女子高生)」はまだ見ますね。歌手のDAIGOさんは自作のKY語をよく使われていますし、最近の若者言葉に「MJK(マジか)」というものもあるようです。
使用頻度が高い語の入れ替わりはあるものの、このローマ字を使った略し方はかなり定着していると言えるのではないでしょうか。
ただ、「MJK(マジか)」が略語かというと、ちょっと違うような気もします。この言葉を主に使う10代や20代の若者のほとんどは、パソコンのローマ字入力ではなくスマホのフリック入力を用いているでしょう。となると、「マジか」も「MJK」も文字数は同じなので、略語というより隠語としての意味合いの方が強いのかもしれません。
KY語が流行した背景には、ネット上のやりとりがローマ字入力によって行われていたことがあります。フリック入力が主流の現在では、新たなKY語は生まれにくい状況と言えます。
でも、隠語のパターンはそれほど多くなさそうですし、忘れたころにまたKY語のようなローマ字略語が流行ったりするかもしれません。10年後、20年後にはどうなっているでしょうか。
【参考文献】
『日本語学』2007年10月号 明治書院
『KY式略語―ローマ字略語がなぜ流行るのか』北原保雄編著(2008)大修館書店