12 手をこまぬく(こまねく)
先日、「何もできずに、ただ手をこまねいているしかなかった」のような文を書こうとして、「手をこまねく」の使い方ってこれで合っていたかな、と何気なくググってみました。
するとそこで、私は衝撃の事実を知ることとなったのです。
文化庁月報平成24年10月号(No.529)の『言葉のQ&A「手をこまねく」の意味』によると、平成20年度の「国語に関する世論調査」において、「手をこまねく」を「準備して待ち構える」という意味だと回答した人の割合が、本来の意味である「何もせずに傍観している」だと回答した人を上回ったというのです。
ああ、また私は少数派です。時代の流れについていけません。こういう時、やっぱり人とのコミュニケーション不足なのかな、と思ってしまいます。もっといろいろな人と交流すれば、そういう新しい言葉の使い方に触れる機会も増えるのでしょう。ぼっち属性だからこうなるのです。
それはさておき、「こまねく」は元々は「こまぬく」で、漢字だと「拱く」だったんですね。中国のあの両手を胸の前で組む挨拶の動作が「手を拱く」だというのも、初めて知りました。(以下、本文中の表記は「手をこまねく」で話を進めることにします)
と、そんなことよりもですね、「手をこまねく」が「準備して待ち構える」!? そんな用例見たことが無いんですけど!
というわけで、国立国語研究所のウェブコーパス「梵天」を使って、用例を探してみました。「少納言」も試しましたが、用例数が64件と少なく、本来の意味とは異なる意味での用例もほとんどありませんでした。
「梵天」で用例を眺めてみると、きちんとした数字は出していないので私の感覚になってしまいますが、本来の意味で使われていることがほとんどで、それ以外の用法はそれほど多くないようです。少し安心しました。文章だけで判断するのが難しい場合もあるので、実際はどうか分かりませんけれども。
さて、「手をこまねく」の本来のものとは異なる使い方を見ていくと、確かに「準備して待ち構える」という意味で使っていると思われる用例が見つかります。
(1)IT業界が何とか金儲けをしようと手をこまねいています。
(http://banko-jump.typepad.jp/blog/2013/06/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E9%81%B8%E6%8C%99.html)
文化庁の『言葉のQ&A』では、「手をこまねく」の「まねく」が「招く」と音が同じため、「手招きする」と同じようなイメージになったのではないかと述べられています。
私はこれ以外にも要因はあるのではないかと思います。「準備して待ち構える」という意味で使われる慣用句に「手ぐすね引く」があります。「こまねく」がどういう動作を言うのかピンと来ない人も多く、また「手ぐすね引く」にも「手」が含まれるため、混同したとも考えられるのではないでしょうか。
また驚くべきことに、「準備して待ち構える」以外にも本来の意味とは異なる「手をこまねく」がありました。
(2)頑張って突っ張って、悪ぶってるけれど、学校側が手をこまねくようなワルにはまったく見えず。
(http://rakugaki1017.blog16.fc2.com/blog-entry-1186.html)
これはどうでしょう。原文を確認すると、ドラマ『ごくせん』の第3シリーズのキャストについて書かれたもののようです。不良生徒を更生させようと色々手を尽くしてはみたものの、結果的に手に負えなくなって指導するのを諦めたとか、ヤバすぎて何も手出しできないとか、そういうことなら「何もせずに傍観している」とも取れなくはないですが、担任のヤンクミは何かしらしているので、やっぱり手をこまねいているとは言えないでしょう。この場合の「手をこまねく」は「手を焼く」「手こずる」「手に余る」「持て余す」といった意味で使われているのではないかと思います。
(3)エドとスカーがあんなに手をこまねいていた人形兵を指パッチン一つで灰にしてしまったΣ(゜д゜;)
(http://ameblo.jp/gintoki-sakata-vol2/entry-10510893514.html)
こちらは『鋼の錬金術師』について書かれたブログの文章です。私は『ハガレン』の漫画を途中までしか読んでいなくてこのシーンは未読なのですが、これもやっぱり「手こずる」や「苦戦する」という意味かな、と思います。主人公が敵に対して何もせず傍観とか、あんまり無いですよね。全く無いこともないでしょうけど。それともこれは、「準備して待ち構える」のほうの意味なのでしょうか。既読の方がいらっしゃったら教えていただきたいです。
用例(2)(3)の「手をこまねく」も、同じく「手」を含む慣用句との混同から来ているのかもしれません。
そして前述したように、「手をこまねく」が「準備して待ち構える」という意味に捉えられる原因として、「まねく」が「招く」と同音のために「手招きする」と同じようなイメージになったと指摘されていますが、なんと、比喩表現ではなく実際に手招きする動作を表していると考えられる用例まで見つかるのです。
(4)七「おーい(手をこまねく七草)」
(http://hidamarichaya.seesaa.net/category/3045813-1.html)
これはブログ主(七草さん)が犬を呼ぶ場面での用例です。
(5)外出しようと思ったら、自転車置き場の前で、かわいい幼稚園生N君が、おいで、おいでと私に手をこまねいていました。
(http://blog.livedoor.jp/cocomelo0116yu/archives/2010-05.html)
幼稚園児がおいでおいでと手をこまねく……。中国風の挨拶か、それとも腕組をしているのか、いずれにしても不思議な光景です。たぶんこれも手招きを表しているのでしょうね。
ちなみに「手招きする」の意味の「手をこまねく」は、なろうでも用例がありました。ただ、大多数は本来の意味で使われていたので、ご安心を。
この「手招きする」の意味で使われる「手をこまねく」を無理やり解釈するならば、「招く」に接頭辞「こ」が付いて「こ招く」になっているということでしょうか。実際「手をこ招く」という表記の用例も「梵天」で3件だけですが見つかります。
しかし「~を招く」といった場合、「を」の前に来るのは「人を招く」のように、普通は「招く」の対象です。「手を招く」とは言いにくいのです。「手」をメトニミー的に使って「人」を表す場合は別ですが。やはりこれは違和感のある表現です。
このように、「手をこまねく」の最近の使われ方として、文化庁の調査で取り上げられた「準備して待ち構える」以外にも「手こずる」や「手招きする」という意味での使用が見られることが分かりました。この件に関しては、文化庁や専門家によるさらなる調査、研究を期待したいところですね。
【参考文献】
国立国語研究所 「国語研日本語ウェブコーパス」梵天
http://bonten.ninjal.ac.jp/
文化庁 文化庁月報平成24年10月号 連載「言葉のQ&A」「手をこまねく」の意味
http://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_10/series_10/series_10.html