捌月目
※誤字脱字等はご連絡ください( ¯ω¯ )
巫女神社を後にし、鬼門の場所まで歩いている間、私の気持ちはとても暗かった。萠さん達から私が鬼眼である事を知らされた時は、みんな自分自身よりも私の事を気にかけてくれていた。祓い師なので鬼が来ても対処できるからかもしれないが、神社の巫女主である八千代さんにこの事を咎められて、自分がいた環境はとても恵まれていたのだと痛感した。勿論私は、好奇心で此処に来た訳では無い。初めて桜大町に来た時の事だってよく覚えているし、外に出れば、自分の身が危うくなる事くらい十分承知しているつもりだった。
しかし、小太郎くん達はお仕事で此処に来ている。私のように彼等に付いて行けば良いだけのものでは無い。依頼主からお金を貰って、依頼を遂行している。八千代さんは、葵さんが尊敬するほどの力を持っている凄い人だ。そんな人が依頼しているのだから、余程大事なのかもしれない。萠さんや葵さん、小太郎くんすらも、きっとそれを理解した上で私を連れて来てくれた。つまり、私を連れて行くという『リスク』を伴っている事に等しい。何の術も無い私をこうして受け入れようと、守ろうとしてくれている。私は彼等に甘えてばかりだ。
「あの、亜莉沙様」
重たい顔を上げると、巫女の芳乃さんが私に声を掛けてくれた。彼女は、私達を鬼門の場所まで案内してくれている。
「先程は、うちの八千代が失礼致しました」
芳乃さんが申し訳なさそうな表情で私の顔を覗き込んでいる。それを見て、私は慌てて否定した。
「い、いえ!芳乃さんが謝る事では!………私が悪いんです。無知なくせにのこのこ付いてきてしまったから」
「そんな………鬼眼である事はお辛い筈なのに、あんな端から相手にしないような失礼な態度を取り、貴女様は不安にさせられたでしょう。とても悲しそうなお顔をされていますよ?本当に申し訳ございません」
そう言って、丁寧に頭を下げる。後から聞くと、彼女は八千代さんの右腕のような存在で、あの神社では禰宜を勤めているそうだ。禰宜というのは、神職を指し、主に宮司の補佐をする人の事。つまり、彼女はあの神社でとても偉い人なのだ。そんな人にまで、私は迷惑を掛けてしまった。
「………お気遣い、ありがとうございます。でも、本当に私が悪いんです。八千代さんが仰った事は正しい。穢れを祓いたい所に私のような鬼を引き寄せてしまう者が居ては、不安になるに決まっています。せっかく葵さん達にお仕事が来ているのに、もしかしたらこれで呼ばれなくなる事だってあるかもしれない。私はそれを考えられなかったんです」
ーーあの時だって、小太郎くん達が弁明してくれたから。
『お言葉ですが、幾ら何でもそれは少し言い過ぎかと思います』
脳内であの時の小太郎くんの言葉が再生される。
『不安になられる理由は分かります。鬼眼を気にされるのは、神職の貴女方なら当然でしょう。しかし、こちらもご依頼に責任を持って、祓い師という生業に誇りを持って、挑んでいるつもりです。鬼眼が一人増えようが、依頼の成功に差支えはございません』
まだ幼さの残る声が、凛とした覚悟を持って部屋に響き渡った。
『本当に生意気な子供だな。私にそんな口を聞くのはお前くらいだぞ』
『生意気で結構です。貴女も俺達が下手な仕事をするとは思っていないでしょう。だから、うちに依頼したのではないですか?』
少しも怯まない彼は、とても輝かしく、そして強いと思った。
『………当然だ。私はお前達を信頼している。だが、信頼しているからこそ、その鬼眼が気にかかるのだ』
それでも、八千代さんは表情を変えること無く私を注視し続けた。
『小太郎、お前には祓い師としての技術が十分備わっていると私は見ている。不本意ではあるが、そこの不埒者もな』
『八千代さんは厳しいなあ〜』
『だが、その娘は何が出来る。鬼眼がのこのこ人前に出るとは。己を守る術も大して知らず、無責任と捉えても仕方の無い事だとは思うが』
八千代さんの言葉が私にのしかかる。とても正論だと思ったから。私には、そうやって考える事しか出来なかった。葵さんも八千代さんを説得するのを手伝ってくれて、その場は何とか収まり、依頼も継続させて貰えた。だが。
「………私は、甘えてばかりです」
自分の弱点を改めて目のあたりにし、私の頭の中は無力という言葉がずっと付きまとっていた。小太郎くん達が居てくれなきゃ、私は何も出来ない。
「亜莉沙様………」
「芳乃さ〜ん、鬼門ってこの辺だよね〜?」
前方を歩いていた葵さんがこちらを振り返っている。
「はい!そうです。亜莉沙様、暫し失礼致します」
「あ、はい。どうぞ」
美しい黒髪が私の前を通り過ぎる。サラサラと揺れるそれは、私の手には届かない何かを持っているように感じさせた。
こちらの巫女神社が主に祓いの対象としているのは、神社のある『梅木町』一帯である。梅木町には『梅山』と呼ばれる山があり、それを御神体としているそうだ。
目的の鬼門は、その梅山の北東に位置する山中にあるのだという。普段人の立ち入りは殆ど無いが、道路が近いので車通りはあるらしい。途中、獣道に入ったが、木の根が凹々していてとても歩きづらかった。芳乃さんや小太郎くんは慣れているのかスタスタと歩いていったが、葵さんはふらふらしていて、転ぶのではないかと慣れていない私ですら心配になった。相変わらずケラケラと笑いながら私の後ろを付いていて、途中倒れそうになった私を支えてくれたが、「大丈夫?」の後に「亜莉沙ちゃんの肩は華奢で可愛いねえ〜」と触りながら笑顔で言われたので、私は一人で頑張って歩こうと心から思った。
「到着致しました。此方が一番の鬼門に御座います」
息を切らして辿り着いたのは、小さな祠のようなものがある少し開けた場所だった。森の中である事は変わりないのだが、その祠の為にスペースを取っている。祠は石製で、とても古いのだろう、所々壊れていたり、苔が密集して生えたりしていた。
「うーん………、ぱっと見、穢れが溜まってるようには視えないけど」
祠の周りをウロウロしながら、葵さんが調べ始める。
「ええ、定期的にうちで祓いを行っていますから。今回は一応、月雲屋の皆様がお出でになる前に八千代が祓いを行いました」
「そうだよね〜。………八千代さんがしてるなら、僕達に依頼しなくても良かったんじゃない?」
不思議そうに尋ねる葵さんに、芳乃さんは笑いかける。
「念には念を、と申しますでしょう?八千代も高齢ですので、此処まで力を及ばせるには体力が要りますから」
「ええ〜あの八千代さんが高齢って、あんま感じないけど。ねえ?コタ」
「………まあ、八千代さんも年寄りだからな。あの歳でこの広範囲の神事となれば、体力の衰えを感じても可笑しくはない」
葵さんとは別に祠の周りを調べていた小太郎くんがこちらに向く。私はふと疑問に思う事を尋ねた。
「あの、穢れの祓いってどうやってするんですか?祓い師が鬼を斬るみたいに、穢れも塊みたいになっていて、それをまた斬るんですか?」
私は小太郎くん達が鬼を斬っている所しか見た事が無い。そもそも穢れは視えるものなのだろうか。視えるとして、どのような状態で現界しているのだろう。
「あー、亜莉沙ちゃんは分からないか。まあ僕も分からないんだけどね」
ーー分からない?
にこにこと笑う葵さんを横目に、これまた笑顔の芳乃さんが答えてくれた。
「穢れは、生きている人間や御魂などの別の個体に寄生する事で、初めて目視が可能なんです」
「それって、つまり………」
「ええ。穢れは鬼とは違い、単体での目視は出来ません。それは祓い師も神職も一緒です」
「え、でも皆さん、さっき『そんなに溜まってない』とか仰ってましたけど」
「ああ、まあ、長年の勘というかさあ〜。そういう気配ってだんだん感じるようになるんだよ。亜莉沙ちゃんも多分、その内分かるんじゃないかな〜」
そういうものなのだろうか。祓い師にとってや、鬼に遭遇する事が増える以上、私にとって好都合かもしれない。だが、こうやって今まで非日常だった事が当たり前になっていくのは、少し複雑にも感じた。
「………じゃあ鬼になってからでないと、穢れは祓えないんじゃ?」
「その為にこの祠がある」
私が考え込んでいると、小太郎くんが背負っていたリュックから何か小瓶のようなものを取り出した。中には水だろうか、透明な液体が入っている。
「あれは『酒』だよ」
「酒?」
「うん、一般的には日本酒かな。酒は米が原料でしょ?昔から、米には魔除けの効果があると言われていて、祓いの時はよく使われる。まあ、神器みたいに完全に断ち切る事は出来ないけど、応用は利くから亜莉沙ちゃんも持っておくと良いかもね。はい、どうぞ」
そう言って、葵さんは小太郎くんのリュックから同じ小瓶を取り出して、私に手渡した。
「これ、小太郎くんのじゃ………」
「あ〜コタなら無くても大丈夫だよ〜」
持ち主では無い人が言っても意味が無いと思うが、取り敢えず頂いておいた。小太郎くんはその酒瓶を開けると、祠の上から直に酒をかけた。
「我、名を小太郎と申す。明き浄き正しき直き、祓戸大神の御前よりその穢れを祓い給えと、かしこみかしこみ申す」
神器を取り出す時と似た言葉を口にする。あれは祓詞といって、祓いを行う際に祓い師が霊力を喚起する為の言葉だ。言い終わると同時に、祠から白い光が霧のように溢れ出し、そして空中に霧散した。
「穢れが御魂や生きている人間に取り憑く前に、一番の鬼門となる場所に祠を置く。態と穢れをそこに寄生させる事で、鬼の発生を未然に防ぐ。それが穢れの祓い方」
「思ったより、あっという間ですね………」
「祠の穢れはね?でも鬼もそうだけど、人間に憑いた穢れを祓うのは結構大変なんだよね〜。神社で祈祷してもらわないと祓えないし」
葵さんはいつもの笑顔でありつつも、渋い顔をしていた。祈祷というのは、神社などで行われる、穢れを祓ったり神様へのお願い事をしたりする行為の事だ。
「そうなんですか?」
「うん。僕達は鬼は祓えるけど、穢れに関しては祠の対処をするくらい。細かい事は、元々専門の神職じゃないと難しいんだよ」
ーー色々複雑なんだなあ………。
霧が完全に消えたのを確認すると、小太郎くんは持っていた空瓶をリュックに仕舞った。
「まあ、御魂の方が穢れを寄せやすいから、生身の人間に宿る事は少ないけど。穢れが寄生するほど、負の感情ばっかり持ってる人なんて相当だし〜」
「それ、お前の事だろ」
リュックを背負い直しながら、小太郎くんが葵さんに言う。
「ええ〜そんな事無いよお~。どっちかと言うと、僕はいつでもポジティブシンキングで女の子大好きなジェントルマン!」
「能天気な変態野郎の間違いでしょ」
「酷いよコタ〜。じゃあ逆に考えてみて?女の子の事を考えてない僕なんて、最早僕では無いでしょ?ていうか女の子が居るから僕が居るのであって、つまり女の子が僕の存在意義であって、故に僕が紳士である事は絶対」
「今すぐその口閉じないと斬る」
鬼門を前にしているというのに、あまり緊張感が無いのは良いのか否か。私には分からないが、彼等と一緒に居られる内は、たぶん鬼が来ても穢れが宿る事は無いと思った。
その後も何ヶ所か祠のある場所を祓って回った。どの鬼門も八千代さんの祓いが終えられた後だったので、葵さんが気にしていた通り、依頼をしなくても良いのでは無いかと思った。穢れに関しては神職の方が祓い師よりも詳しい。ならば何故、八千代さんは月雲屋に依頼したのだろうか。些細な事ではあるが、不思議である事に変わりはなかった。
「本日はお疲れ様で御座いました。遥々(はるばる)月雲屋の皆様にお出で頂き、とても助かりました。今夜はぜひ、お泊まりになられては如何です?こちらで部屋を用意させますが」
無事に依頼を終え、巫女神社に帰ってきたのは夜もすっかり更けた頃だった。もうすぐ春と言えど、夜はまだ少し冷える。
「そうなのお〜!じゃあお言葉に甘え」
「いえ、結構だ」
芳乃さんの提案を小太郎くんは即座に断った。
「ええ〜なんで〜!お呼ばれしようよ〜」
「お呼ばれしたらお前が何するか分からないだろ」
「何もしないよお〜。ただ、巫女さん達とちょおーと仲良しになるだあ〜け♪」
「だから駄目だって言ってんの」
屋敷に入ろうとすると小太郎くんに服の襟を掴まれる。ジタバタと暴れる葵さんを無視しつつ、小太郎くんは芳乃さんに向き直る。
「それに、………八千代さんが気にするだろ」
「っ」
彼の一言に芳乃さんの表情が歪む。その言葉はとても小さく、彼等の後ろにいた私には聞き取る事が出来なかった。
ーー?
「配慮が足らず、申し訳ございません………」
「良い。最初から街の方に宿を取ってあるし。また明日顔を出すから、何かあったら言って」
「お心遣いありがとうございます。かしこまりました」
「あ〜!芳乃さあ〜ん!」
「葵、五月蝿い。近所迷惑」
小太郎くんは葵さんを引きずるようにして歩き出す。
「行くよ」
「あ、うん………。失礼します」
頭を下げる芳乃さんへ挨拶をし、私は小太郎くんの背を追いかけた。