漆月目
※誤字脱字等ございましたら、ご連絡ください(・∀・)
「それにしても意外だったなあ〜」
車内、葵さんが口を開いた。
「何がですか?」
「いや、亜莉沙ちゃんが今回の依頼に参加したいなんて、予想してなかったからさ」
三月の末、私は萠さんにお願いして、祓い師の仕事に参加させて貰う事になった。事の発端は、私に宿る『鬼眼』の力である。鬼を引き寄せてしまうこの力とどう向き合えば良いのか、私はその方法が分からなかった。そんな私に、小太郎くんが一生懸命悩んで考えてくれたおかげで、私はこれからどうして行こうかと、改めて考える事が出来た。だから、その気持ちに応える為にも私は今回の依頼に参加する事にしたのだ。それと、まだハッキリとはしないのだが、これを機に私はある事を決めようと思っている。
「なあーに?祓い師にでもなるの?」
葵さんがにこにこしながら聞いてくる。
「いえ!そういう訳では………」
「なあーんだ、違うのかあ。一緒に仕事できると思ったんだけどなあ〜」
この人は時々とんでもない事をさらっと言うから驚いてしまう。
「馬鹿葵。やっと外に出れるようになったんだ。そんな直ぐに受け入れられる訳ないだろ」
見かねた小太郎くんが助け船を出してくれる。この前から、彼は私の事をさり気なく気にかけてくれているように思う。
「そりゃそうだけどさ〜………。それにしても」
つまらなそうにしていた葵さんが何かを思い付いたように話し出す。表情が怪しい。
「コタはすっかり亜莉沙ちゃんに懐いちゃったねっ」
「「へっ?(あ?)」」
その言葉に二人できょとんとしてしまう。いや、小太郎くんに関してはきょとん所では無く、思いっきり睨みつけているのだが。
「だって、亜莉沙ちゃんが自分の体質と向き合おうと思ったのは、コタのおかげなんでしょ?」
「はい、そうですけど………」
「僕が見てきた限りで、コタが誰かの為にあんなに頑張ってるのは初めて見」
「おい、このクソお喋り野郎。それ以上言ったら斬る」
ーー小太郎くん、瞳孔開いてる………。
あまりの剣幕に私はひやりとしてしまう。
「だって本当のことじゃ~ん。何、コタは亜莉沙ちゃんが気に入っちゃったの〜?亜莉沙ちゃん優しいもんねえ〜」
「う、五月蝿い!俺は別にっ………!」
「もお〜コタは照れ屋さんだなあ〜」
そう言って、葵さんは小太郎くんの髪をくしゃりと撫でた。
「や、やめろ、葵!」
「もお〜」
小太郎くんは必死に抵抗しているが、葵さんに止める素振りは全く無い。
こういう時、私は二人の事が少し羨ましい。私は一人っ子だし、両親も海外なので暫くは誰かと戯れる、とでも言うのだろうか。誰かとああやって和む事が無い。まあ、この年になってあからさまに親に甘える事は流石に無いけれど、それでもその温かな光景には心惹かれた。
その後、車内で騒いでいたのを逞しいお爺さんに注意され、二人は下車するまで大人しく窓の外を見ていた。
「そういえば、今回の依頼がどんなものか聞いてる?」
電車を降り、依頼主のお家まで歩いて行く途中、葵さんが聞いてきた。
「はい、えっと………、『鬼門』を祓うんですよね」
鬼門というのは、鬼が現世に出てくる際に通る門のようなものの事。鬼が現世に現れる事を『現界』というらしいのだが、その現界の際に通る。最も鬼は鬼門が無くても何処にでも現界する事が出来るみたいだが、鬼門は穢れが集まりやすく、より鬼が現界しやすいのだそうだ。殆ど小太郎くんの受け売りだけど、一応私も鬼の事を勉強しておこうと思ったので下調べはしていた。
「そうそう。鬼門に溜まった穢れを祓う事で、前もって鬼が現界する事を防ぐんだよ。まあ、大抵は神職の人がしてくれてるから必要無いんだけど、たまに僕達に依頼される事があるんだ」
「神職の人?巫女さんとか、ですか?」
「うん。祓いは元々神社の巫女がする神事だからね。それが独立して、今の祓い師を形成してるんだ。まあ、巫女は祈祷中心だから、僕達みたいに『神器』を使って鬼と闘ったりしないけどねっ」
神器というのは、小太郎くんや葵さんが鬼を祓う際に使う武器のようなもの。難しい事はよく分からないが、神様から霊力を借りているらしい。
「でも、たまに熟練の巫女さんで直接鬼を祓える人もいるんだよ?神器じゃなくて、『祓具』っていう祓い用の道具を使うんだけど、その道具も本当は祈祷用だから、神器みたいに使えないはずなんだけどさ。凄いよ〜、ただの人間が神器無しで鬼を祓ってるんだもんっ」
私はごく一般的な巫女を想像した。確かに、あのお淑やかそうな巫女さんが刀を持って闘っているのは、恰好いいとは思う。葵さんはなんだか楽しそうにしているが、私はその祓具すら分からないので、今一想像出来なくて、不思議に思った。
「あ、そういえば、これから会いに行く人はその巫女さんなんだった」
「え、そうなんですか?」
「うん。萠さんの知り合いらしくて、僕達も何回か会ってるんだけど、凄いんだよなあ〜。威勢が良いって言うか、この人ならそれくらい出来るよなって感じでさあ〜」
『こんの阿呆巫女どもがぁぁぁーーーーー!!!!』
ーーっ!!!!
突然前方で大きな怒鳴り声が聞こえた。ふと周囲を見回すと、数メートル先に朱色の鳥居が木々に隠れているのが見えた。
「あー噂をすればなんとやら〜って奴だ」
「着いたぞ」
小太郎くんがすたすたと鳥居を潜っていく。鳥居の脇の石碑を見ると、神社の名前が彫ってあった。
ーー『巫女神社』………?
その如何にもな名前を不思議に思いながら進んで行くと、石畳に数人の巫女と、奥の方に同じく巫女姿のお婆さんが立っていた。
お婆さんは長い白髪を後ろにひとつに結び、キッチリと巫女装束を着込んでいた。少し腰が曲がっているが、元々背が高いのだろう。背丈が低いという事は無かった。
「あれほど気を付けろと言ったのに、また箒を折りおって!何本目だ貴様等!」
距離が離れているというのにこの迫力。先程の怒鳴り声は、どう考えてもあのお婆さんだった。
「よ、四本目です………」
巫女の一人が答える。綺麗に切り揃えられた前髪におさげをしており、可愛らしい顔立ちの女性だった。
「だいたい何故、掃き掃除で箒が折れるのだ!理由を言ってみなさい!」
「そ、そのぉ………箒と雑巾で野球をしてまして………」
今度は隣の長髪の巫女が答えた。とても白い肌で、口元に黒子がある。
「それで………ちょっと、夏帆」
彼女の隣の巫女が肘でつつかれる。他の二人よりも髪が短く襟足が見えており、すっきりとした印象の女性だった。
「その、佳奈子が投げた雑巾を私が打とうとして、手応えがあったんでこれはイケる!って思ったら………折れちゃいましたっ」
「折れちゃいましたでないわ、この阿呆巫女どもが!!!」
「「「っ!!!」」」
三人の応答に、お婆さんの怒りは加熱する。
「この箒もタダでは無いのだ!お前達が折る度に買い換えていては、この神社が潰れてしまうだろう!そもそも貴様等は」
「まあまあ〜そこまでにして置いたら?八千代さん」
葵さんが火に油を注ぐような態度でお婆さん達に話しかける。お婆さんはキッと睨みつけるようにこちらに視線を移した。
「っ、………なんだ、月雲屋の不埒者か」
「ふ、不埒者じゃないよ〜僕は女の子がちょおーっと大好きなダ・ケ」
「「「葵様っ!!」」」
葵さんが声を掛けると、今までしょぼくれていたはずの巫女達が彼の元へと駆け寄った。
「やあ、巫女さん達久しぶりっ」
「お久しぶりでございますわ、葵様!」
「今日はどのようなご要件でっ?」
「相変わらずお素敵!!」
「ふふっ、ありがとう。勿論君達に会いに来たんだよ?」
「「「キャーー!葵様〜〜〜」」」
ーーなんだろう、これ。
あの葵さんが女性にキャーキャー言われている。あの人が女性から黄色い歓声を浴びている。可笑しい。確かに容姿は綺麗だが、彼はあんなに人気が出るほどの紳士では無い。
「全く、この阿呆巫女ども。まだ話は終わっていないと言うに」
「八千代さん、こんにちは」
「こ、こんにちは………っ」
賑やかな人達を完全に素通りし、小太郎くんがお婆さんに声を掛ける。それに続いて、私も挨拶をした。
「久しいな、小太郎。元気か」
「はい。それなりに」
「相変わらず愛想の無い子供だな。………その娘は?」
小太郎くんから私の方に視線がすっと及ぶ。小太郎くんとは違う、真っ直ぐな瞳が私に緊張感を与える。
「この人は萠の遠い親戚」
「あ、亜莉沙です。よろしくお願いします」
「っ、お前………」
お辞儀から顔を上げると、お婆さんの表情が険しいものに変わった。しかし、直ぐに元の表情に戻る。
ーーな、なんだろう………?
「まあ良い。………お前達、依頼を請けに来てくれたんだろう。上がりなさい」
「「「キャーー!葵様〜〜!!」」」
「こんの阿呆巫女ども!!いつまでその不埒者に付き合っている気だ!とっとと仕事に戻らんか!」
お婆さんはまた大きな声で巫女達を怒鳴りつける。近くに居たので耳がとても痛かったけど、小太郎くんは造作もない顔でそれを見ていた。
お社の隣にある大きな屋敷に通される。古き良き日本家屋というか、神社と併設されているだけあって、和を基調とした落ち着きのある建物だった。中庭には松の木や砂利などのある広い枯山水が綺麗に鎮座していた。長い廊下を歩き、十何畳ほどの和室へ案内される。
「何も御座いませんが、どうぞ」
先程の三人とは違う、黒髪をひとつに結わえた美しい容姿の巫女がお茶と菓子を出してくれた。
「ど、どうも」
その見事な所作に同じ女である私も少しドキリとしてしまう。私の戸惑いが分かったのか、その人はくすりと笑ってから、優しく微笑みかけてくれた。
「小太郎くん。此処は綺麗な人が多いね」
「そう?普通じゃない?」
そう言って、平然とお茶を啜る。先程の葵さんで印象が薄れているが、此処にいる巫女は皆さん容姿が綺麗だ。今の人は特段美人だったけれど、あの怒られていた巫女さん達も普通の人より綺麗な顔立ちだった。此処は少し不思議な場所だ。
ーー小太郎くんは自分が綺麗だから、あんまり他人にそういう事は考えないのかな。
「葵様もどうぞ」
「ありがとう、芳乃さん。今日も綺麗だね〜」
聞く人を間違えたと思っていると、葵さんがその巫女さんに擦り寄っているのが目に入る。この人は手当り次第か。
「この不埒者が。手を出したら貴様も常世へ送るぞ」
「えっへへ〜そんな事しないよ〜。僕は紳士だから、女の子に会ったら挨拶しとかないと気が済まないの〜」
挨拶は大事だが、誰に対してもこの態度というのはどうかと思う。
「それで、その『鬼眼』の娘は何故此処に来た」
「っ!」
葵さんと話していた筈のお婆さんの口から、驚きの言葉が飛び出す。私は持っていた湯呑みを思わず落としそうになった。
「どうして………」
「私は此処の巫女主だ。鬼障もあるし、それなりの霊力もある。お前が鬼眼である事など視れば分かる」
「巫女主?」
「さっき鳥居の前で見たかな、『巫女神社』って名前」
葵さんが私の方を向いて話してくれる。
「は、はい。不思議な名前だなあと」
「此処は特殊な神社で、神事を行うのは巫女だけ。つまり巫女さんしか居ない神社なんだよ」
ーー巫女だけの神社………。
「そう。そして私はその神社を指揮する巫女。まあ要するに、神主の代わりのようなものだと思えばいい」
「はい………」
「だから、大抵のものはどんなものか分かる。鬼眼が鬼を呼ぶ事も、私は知っている」
「っ!」
お婆さんの視線が痛い。恐らく、私は歓迎されていない。
「小太郎。私は、お前達に鬼門を祓えと依頼した筈だ。間違いないな」
「はい」
「では何故、鬼眼が居る。見たところ、この娘は祓い師でも神職の人間でも無い。鬼を祓いたい所に、どうして鬼を呼ぶものを寄越した」
お婆さんの声は先程の怒鳴り声ほどの迫力は無いが、先程よりも真剣さを持っていた。それはそうだ。鬼は人に害を成す。鬼眼にいくら力が有ろうと、私には鬼を祓う力など無い。
「私はお前達の真意が分からん」
部屋に重たい空気が漂う。
ーーどうしよう………。
まだ季節は寒さを残していると言うのに、私は背中に変な汗をかいた。