初めてのお喋り
兄の太陽くんが登場します。
この太陽くんこそが乙女ゲームのモブポジションです。
月日は流れて私、里中雫は生まれてから10ヶ月になろうとしている。10ヶ月といえば早い子だとお喋りを始める時期だということを前世からの知識で知っている。もちろん、漫画で得た知識だ!グッジョブ!で、10ヶ月が近い私もそろそろお喋りをしようかと機会を窺っている。
今のところちゃんと意味のある言葉にはなっていないが、声を出す練習はしているので、チャンスがあったらここは初めてのお喋りをバチっと決めたいとか思っていたりする。
初めてのお喋りっていうのは家族にとって思い出になるものとも聞いたことがある。私の家族も私が初めて言う言葉は何かと最近ソワソワしているのを知っている。なんせ、父も母もパパやママと自分のことを呼ばせたいらしく私と2人っきりになると私にこっそり呼ぶ練習をさせているからね。兄の太陽くんに関しては自分のことをお兄ちゃんと呼んではほしいものの、私が初めて喋るのを聞けるなら他の言葉でもいいらしく、何でもいいから雫の口から聞きたいと可愛らしいことを言ってくれている。うん、そういう可愛いお兄ちゃんっていいよね!
と、まあとにかく家族からしたら何を言うか気になるポイントだというのがよくわかった。私としてもせっかくだし変な言葉じゃなくて思い出に残る言葉を一発目は言いたいと考えている。
どうせなら喜んでもらえるような言葉がいいと思うんだけど、そうなると練習しているパパかママが妥当かな?うーん、私としては両親とも好きだし悩みどころではあるけど、お仕事から帰ってきて一生懸命私の相手をしてくれている父へサービスも兼ねてパパと言ってあげるのがいいかもしれない。もちろん、母も兄も私の面倒をみてくれるよ?でもね、父の頑張りようを見ていると贔屓してあげたくなっちゃうんだよね。
兄が初めて喋った言葉はどうやらママだったらしく、私には何とか一番最初はパパって言ってくれないかなー、とよく独り言を言っているのを私は聞いていた。というか、私の世話をしながら言っていたから聞かされていたが正しいのかな?とにかくそんなに期待されていると私もちょっと応えてあげようかなという気持ちになってきてはいるんだよね。
うん、パパね。まあお仕事も頑張ってくれてるし最初の言葉はパパにしようかな!じゃあ、そうなってくるとパパって言うタイミングをどうしようかなー…
そんなことを考えていたからか私は思案顔をしていたようで、それを見た兄の太陽は私の機嫌が悪いんじゃないかと思ったらしく、私に話しかけてきた。
「しずく?どうした?腹でも減ったか?」
「あう、あうあ」
違うんだ兄よ、ただ一発目の言葉を言うタイミングで悩んでいるだけなんだよ。お腹はまだ減ってないから大丈夫だ。気遣ってくれてありがとな!そう気持ちを込めて兄へ返事をしたけどやはり兄には私の気持ちは伝わらなかったようだ。
「んー、やっぱ何言ってるかわかんないな…でもオレが怒るときは腹が減ってる時って決まってるし、オレの妹なんだからしずくも多分そうだな。よし、兄ちゃんがなんかあるか聞いてきてやるよ!かあーさーん!!」
勝手に勘違いをした兄は大声で母を呼びながら部屋を出て行った。
いや、気遣いは嬉しいんだがね、ちょっと大声出しすぎだと思うぞ?私でさえちょっとビックリしたからな。もし私が普通の赤子だったら泣いちゃってたかもよ?まあ、私は平気だからいいんだけどさ。
そうそう余談だけど、兄も最初は母のことをママって呼んでたけどここ最近になってから母さんに呼び方を変えたんだよ。どうやら友達からママって呼んでて小さい子みたいとバカにされたらしい。小1だし私は可愛いからママでもいいと思うんだけど、妹ができてから兄としての自覚が出てきたようでもう小さい子みたいな呼び方はやめると母に宣言していた。母も嬉しいような寂しいようなっていう反応していたよ。子どもは意外と早く成長するっていうのは本当だったんだね。私も母の腕の中で兄の宣言を聞いたときはなんだか少し複雑な気持ちになったしね。
兄の成長について考えていると兄が母を連れて帰ってきた。
「母さん、やっぱこの顔は腹が減った!って顔じゃね?」
「うーん、そうかしら?私はもっと構ってくれ!っていう顔に見えるわ」
そう言いながら私のプニプニほっぺをニコニコしながら突く母。
「そうなの?じゃあ遊んでやればいいのかな?」
兄もそう言うと母と一緒に私のプニプニほっぺを突いてくる。
まあいいのよ?確かに私のほっぺマジで気持ちいいだろうし、突きたくなる気持ちもわかる。だがしかし、ちょっと突きすぎじゃありません?そんなに突くと…あっ、ちょっと!ヨダレが…
「へへっ、ほっぺ柔らけえな!」
「本当ね、太陽くんのほっぺも気持ちいいけど雫ちゃんのほっぺも柔らかくて食べちゃいたいくらい可愛いわね」
「あう、ちょっ、や」
私がちょっとやめてくれ、と伝えようとしているのに2人は全く気がつく様子がなく、むしろ夢中になってほっぺを突き続けている。
「雫ちゃんのほっぺなら永遠に楽しめるわぁ」
「でもそろそろやめないとヨダレが垂れそう」
私がヨダレを垂れそうにしているというところに気がついてくれたのは嬉しいが、突くのをやめるという意思はまだないらしく2人そろってほっぺを堪能している。
いや!ちょっ、マジでヨダレがヤバイって!そう思った瞬間私の口から言葉が出た。
「よちゃれ…」(ヨダレ…)
すまない父よ。父へのサプライズプレゼントはなくなった。残念ながら私の初めてお喋りした言葉は「ヨダレ」となった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
しばらくは雫の成長過程のお話が続くと思います。