夜気は冷たいが、凍えるほどではない
9
羽田、東京国際空港国際線旅客ターミナル──。
日の出は、午前六時四七分。まだ一時間以上ある。辺りは夜のままだ。夜気は冷たいが、凍えるほどではない。この程度なら何時間でも耐えることができそうだ。
ターミナルから南南東に約四〇〇メートル、東京モノレールの橋脚の下で不動は、ビーンバッグにアゴを乗せ、うつ伏せになって双眼の暗視装置をのぞいていた。
間もなく南の空に到着便の着陸灯が見えるはずだ。その便に、〝脇坂雄太〟をかたる、稲城春男が乗っている。のうのうと生きていやがったのだろうが、もう終わりだ。そのことに奴は気づいている。自分が何をやったか理解していれば、どういう目に遭うかも理解できる。ネームロンダリングしていても、おかまいなしに俺は四人を始末したのだから。警戒して当然だ。
ということで、いかにも怪しいですよ、という看板しょって宣伝しているガキどもが、到着ゲートでうろうろしている。忙しなく身体を動かしているあいつは、赤のダウンジャケットの背中の腰の辺りが膨らんでいる。拳銃をベルトにさしているのだ。黒のダッフルコートを着ている奴は左肩が落ちている。重いものをぶら提げている証拠だ。ボストンバックやギターケースを持っているのもいる。こいつらは、揃ってグレーのパーカーだ。中に何が入っているのかは、いうまでもない。ベージュのトレンチコートを着た奴が持っているアタッシュケースの中には──写真で見たことがあるだけだが──H&Kのサブマシンガンが仕込まれているんだろ? 取っ手の下にトリガーが見えるぞ。
確認できた人数は五人。連中を運んできたハイエースの運転手を含めれば六人。他に、もう少しいるかもしれないが、所詮、素人、高が知れている。どうせ何もできないのだから、お前らは黙って稲城が殺される様を見ていろ。
数分が過ぎた頃、突然、視界にミニバンが入った。空港から出てくるところだった。
先の到着便は一時間ほど前。遅くてもその四〇分後には、乗客のほとんどが自家用車やタクシーに乗って出ていっている。白いノアは信号を左折した途端、モノレールの横を走る環八の路上にいきなり停止した。不動は身震いした。偽装は完璧なはずだ。赤外線反射シートも被っているのに! しかし、完全に見つかったわけではない。アタリをつけているだけだ。脇からファイブセブンに右手で引っ張り出し、親指でセーフティを解除する。ノアに銃口を向けた。くそっ、最低でもAKを用意しておくべきだった。一〇〇メートル以上離れれば、いくら命中精度が高いこいつでもヘッドショットとはいかない。命中精度が悪くても、中間距離で多人数を相手する場合はフルオートがきくアサルトライフルだ。
スライドドアが開く。身体中にアドレナリンが駆け巡る。人差し指に神経を集中させる。
だが──現れたのは、よちよち歩きの女児。後に女児に手を引かれた三〇歳位の男。
この二人、覚えている。糞朝早い時間に子供を連れ出すなんて、どうかしていると思ったからだ。ベルリンからの到着便が着いたとき、到着ゲートから出てきた父親と、母親から離れおぼつかない足取りで走りより、父親に抱きついた娘だ。
「パパ、はやく、はやくー。もれちゃうよォ」娘の叫び声が耳に届いた。
「分かった、分かった」父親は娘から手を離すと後に回り、娘のズボンとパンツを下げてやった。両足を抱え身体を持ち上げるとしゃがむ。娘が道端に小便をしはじめた。
車の中から女の声がした。「もおっ、理沙ったら。さっきもしたじゃない」
「えー、さっきはウンチだよ」
不動はセーフティをかけ、ファイブセブンをホルスターに差し込んだ。ちっ、莫迦ばかしい。
「オシッコも一緒にしたでしょ。この寒いのに、ジュースの飲み過ぎです。あなたも買ってあげなくたっていいじゃない」
「早起きして迎えにきてくれた、ささやかなお礼だよ。それに、オムツがとれているんだからさ。誰かさんなんか、小学校に上がる前にようやくとれたって、博多の母ちゃんから聞いているぞ」
「莫迦!」と女の声。父親が笑い出す。娘もつられて笑った。女房の笑い声も車の中から聞こえた。
首の辺りがむずがゆくなる。大昔のホームドラマを観せられている気分だ。
父親は、娘の股間を拭いてやったティッシュペーパーを、コンビニの空袋に入れた。それを丸めるとジャケットにしまう。道端に捨てることをしないなんて、なかなかモラルがあるじゃないか。もっとも路上に小便するのは、軽犯罪法に違反しているけどな。
南方向に着陸灯が見えた。機の姿──ボーイングだ──がはっきりしてくると同時に、エンジンの音も甲高く大きくなる。ボーイングからランディングする際のタイヤの擦れる音がした。逆噴射の轟音が耳をつんざく。
垂直尾翼には鶴丸。バンコク発の便。稲城の奴、タイで何をやってきたんだか。事業家きどりで黄金の三角地帯で商談でもしてきたか。
不動は暗視装置を拾い上げ、到着ゲートに目を移した。ボディガードの塊の向こうに、黒皮のロングコートを着、制帽を被った二人が向こうからやってくるのが見えた。
警邏か? ターミナル交番の制服警官だ。いやな予感がする。不動は、暗視装置を置き、傍らに置いてあったL96A1をつかんだ。身体をずり下げ、銃身をビーンバックの上に乗せた。スコープをのぞく。右にいた制服警官が、視線をガキの一人ひとりに移しながら、左の同僚に話しかけていた。間違いなく職質をする。連中を怪しいと思わないわけがない。
制服二人がダウンジャケットに近づいていく。不動はボルトハンドルを引き、七・六二ミリ弾を薬室に押し込んだ。そこら中に轟音が響いていたし、距離も離れていたので、当然、声は聞こえなかったが、左の警官がダウンジャケットに話かけたのは見ていて分かった。ダウンジャケットは振り向くと同時に腰に手を回した。莫迦でかい拳銃、デザートイーグルを抜き両手で構える。二人の警察官はひるんだ。
莫迦野郎! もう殺すしかないではないか。稲城は後回しか。くそっ! 不動は、引き金を引いた。スコープの中、ダウンジャケットの頭の左側面が吹き飛ぶ。右斜めに倒れた。ちっ、二センチずれた。スコープの調整は十分過ぎるほどしていたのに。
二人の警官はやっと地面に伏せた。排莢、装填、目標視認、発射。ダッフルコートが制服の背後に回る。脇に手を突っ込んでいた手──コルト・パイソンが握られていた──を出した瞬間、今度は同心円状に頭が破裂。うまく補正できた。排莢、装填。二人の警官が後を振り返った。起き上がり拳銃を抜いた。膝立てのまま、辺りを見回す。莫迦! なぜ、伏せたままでいない! 左側の柱の陰からショットガンを持ったガキが飛び出す。三度目のヘッドショット。頭をなくした身体が垂直に落ちる。ショットガンが手から離れ、アスファルトの上を滑った。釣り針が出ているような折りたたみのストックが特徴のSPASだった。排莢、装填。ボストンバッグを持った奴がゲートの柱を背にする。警官だけ気にして身を潜めても無意味だ。こっちからは丸見えだ。バッグの中からサブマシンガンが出てきた。直線だらけのシルエット、イングラム。まるで銃の展覧会だ。
しかし、殺すほどのことだろうか。目標視認、発射。イングラムの頭が消えた。体が崩れ落ちる。いや、生かしておくことに意味はない。どうせ急所をずらしても、標的競技弾は強力過ぎる。いずれ出血多量で死ぬ。であれば、ヘッドショットで苦しまずに死んだ方がいいに決まっている。下手に生かしておいて、大口開けてギャーギャー騒がれても迷惑だ。監察医以外の医者に手間をかけさせるのも、どうかと思う。
トレンチコートがアタッシュケースを放り投げて走り出した。何か叫んでいるようだが、何も聞こえない。ゲートの奥から現れたハイエースが後を追い、トレンチコートの隣で急停止する。スライドドアを開けた。ステップに右脚をかけるのを見計らって不動は撃った。同じように頭がはじけ、同じように身体が地面に転がった。
ハイエースが急発進した。ヘッドライトのせいで運転席は見えない。だが、どこに頭があるかくらい分かる。不動は撃った。ハイエースが急激に左を向いた。縁石に乗り上げ車体が傾いていく。遂には横倒しになった。
しばらく待ったが、誰も這い出してこない。ジェット・エンジンが響く中、クラクションがかすかに聞こえてきた。
「確認した!」七階建て国際線旅客ターミナル駐車場の最上階、暗視装置をのぞいていた男がいった。「モノレールの橋脚の下だ」
「南側か。さっきは捜してもいなかったぞ。随分、うまく隠れたもの……おい、あまり身体を乗り出すな。見つかるじゃないか!」
暗視装置の男は、顔をひっこめるといった。「追跡チームに連絡だ。車が分かった」
空港の北側、建設会社の空き地、二人組の追跡チームは黒塗りのクラウン・マジェスタの中にいた。
「南側だってよ」助手席からはみだしそうなデブ、池部勝利が携帯電話のスイッチを切るといった。
「了解だ」緒形正義はエンジンをかけ、ギアをDレンジにいれた。空港アクセス道路を右に曲がり、その先の交差点を左に曲がると、環状八号線に出た。
ヒーターが効き過ぎたせいか、フロントウインドーが曇る。デフロスターのスイッチを入れる。ウインドーの霜が下方からクリアになっていった。「車はなんだって?」
「白のインテグラ。よく分からんが、タイプRの初期型だそうだ。首都高の入り口方面に向かっているとさ」
マジェスタは南口ゲートの信号を通り過ぎた。「やはり神奈川方面にいくだろうか」と緒形が訊いた。
「管轄が別になるからな」池部は続けた。「しかし、堂上の奴、こき使いやがって。さっき神奈川にいってきたばかりだぜ。殺し自体は、点滴に毒薬を注射するだけだったから簡単だったものの、県警の連中がわんさといる病院に入るときは緊張したぞ。警察手帳の偽造は完璧でも、肩書きがやったことがない公安刑事だろ。精一杯、頑張って偉そうにしてきたぜ」
自慢話か。訊かなければよかった。緒形は、アクセルを踏んだ。4・6ℓ・V8エンジンが呻る。背中がシートにはりつく。
「面白えな、この車。格好はただの高級セダンなのに、中身は立派なスーパーカーだ」
「買ったらどうだ?」
「国産じゃあ、威圧感がない。やっぱりベンツの方がいいと思うぜ」
いまだにベンツ信仰か。まったく、いつの時代だよ。
莫迦は莫迦だ、と監視していた部下からの報告を聞いて堂上聖一は思った。まんまと引っかかりやがって。ざまあみろ。
そこで、安倍からの電話だ。
「ど、ど、どうすればいいんですか、堂上さん!」電話先の安倍はパニックになっている。ほとんどギャグだ。
「稲城は殺されたのか?」
「いえ、生きています。彼から連絡があったんです!」
「だったら、よかったじゃないか。どっかに匿うんだろ? そのとき、いつもやっているように、稲城の尻の穴にお前のイチモツぶちこんで、かわいがってやれ」
「しかし……」
おいおい、ゲイであることは否定しないのか。「俺の忠告をことごとく無視するからそうなる。拾ったら、すぐ逃げろ、といったような気もするが。何、やっているんだ?」
「それは……」
「まあ、予想の範囲内だ。おもちゃを持てば使いたくなるもんさ、特にガキはな。挙動不審なことをやって制服警官に職質されそうになった。そこで、銃を向けたものだから、殺された。不動は、見過ごすわけにはいかなかったんだろうよ、元警察官だしな」
「え? そこまでの話、聞いていませんよ。なんで知っているんですか?」
「部下を見学しにやったからだ。ビデオを撮っておけばよかったか? 凄かったらしいぞ」堂上は笑った。
安倍は言葉が出てこなかった。
「ホント、余計なことばかりしやがるよな」堂上は嘲った。「なんでそうなのか教えてやろうか、安倍。莫迦だからだよ。中学もまともにいっていない莫迦のくせに、人様の忠告を無視するとはいい根性している。昔からだよな、ええ?」
「……そんなことは」
「口答えするんじゃねえ!」堂上は声を荒げた。「まあ、何とかは死ぬまで治らないというから、仕方がないが。いずれ、羽田の件で、不動は帝都全体が敵と完全に認識した。完全に、だ。もちろん、お前も対象だ。暴対法・暴対条例を手玉にとって都内におけるマルBを凌駕しつつ、我が世の春を謳歌していた帝都聨合も、法律に縛られない一人の元おまわりさんによって終わりだ。こりゃ、もう死ぬしかないな」
「しかし、堂上さん。私らが殺られたら、今度は……」
「俺が殺されるとでも? 俺の心配はいらないよ。もう逃げる算段は整えているんだから」堂上はくつくつと笑った。
「そ、そんな……。だったら、私は警察にいき──」
「──全部、喋るってか? つまらない脅しをかけるじゃないか。好きにしていいぜ。だが、そもそも、なんで昨日今日のような事態になったのか、お前は反省していないし、理解すらしていないのではないか?」
「いえ……」とだけ安倍はいった。
「理解しているのか?」
「はい……」
「どうだか。不動がお前らにどんな目に遭わせられたか考えれば、予想はついたはずだ。腹の中の子供もろとも女房を殺され、妹については輪姦して、死なせて、屍姦までして、顔をつぶし、その辺に放り投げておいた。捕まえてくれといわんばかりに。ところで、俺はそうしろと命令したか?」
「いえ」
「全然、そうしていないよな」
「しかし、腹の中にメモを入れていたなんて、想定外です」
「ミンチにすればよかったじゃないか。すぐいい訳するんだな。もう三〇超えているってのによ。ところで、ガキのひとりがいまのお前と同じように俺に脅しをかけてきたことがあった。そいつは、どうなったか覚えているか?」
「表向きは、自殺でした」
「そう、表向きは」堂上は笑った。「本当は、とっくに全員、殺してしまいたかったんだ。だが、一度に殺してしまうと当局の目があるから、そうしなかっただけだ。分かっているのか?」
「も、もちろん、分かっています」
「いいや、まるで分かっていない。そもそも、何でこんな事態に陥ったんだ? 俺が卸してやったクスリで儲けたのはいい。だが、ガキどもは儲けた金で派手に遊び歩く。しかも、バイニンのくせにヤク中なりやがって」
そりゃ、目にとまるわな。しかも外事課。ロシアからのルートだったからだ。加えて、機捜の人間が外事課のエースと組んでいるとは驚きだった。不動なんてまったくノーマーク。Sからの情報がなければ、その時点で完全にやられていた。
「対抗上、マフィアよろしく不動の妹をさらい、売り飛ばす。捜査妨害と金儲けを同時にやる予定だった。ロシアマフィアを通じて、アラブ辺りの変態金持ちに、生娘として売るはずだったんだが、貴様らときたら……」堂上はため息をついてみせた。「マフィアとの契約を、履行せざるを得なかった俺は、自ら、代わりを提供する作業──娘の親は北朝鮮の仕業だと思っているようだ──にかけずり回わされたんだぜ。しかも、別の引き受け手が見つかるまで保護しておけ、といっていたのに死なせやがった。その上、なんだ、あの死体の処理の仕方は。しかも、妊婦まで殺している。こっちは、いちいち手を打っているのに、その先から、糞を撒き散らしていきやがって!」堂上は激高した。「お前は、ただ従っていればよかったんだ! そうすれば、この先も安心して金儲けができたんだ! 違うか、安倍! どうなんだ! 莫迦のくせに口答えばかりしやがって、ふざけるな!」
「す、すいません……」
「俺は、お前らにクスリで儲けさせてやっただけではない。オレオレ詐欺やら年寄り相手の高利貸しで儲けた金をきれいに洗ってやったよな? 捕まった後も、俺は、弁護士を用意してやったり、出てからはネームロンダリングしてやったり……。サイト関係の新しいシノギに対しても、俺は、出資してやったりもしているんだぜ。分かっているか? それとも何か?『お前だって、俺のおかげで儲けているじゃないか』とでもいいたいのか、安倍!」
「そ、そんなことは……」
「ところで、河嶋が組対にマークされていたことには、気づいていたか?」
「え?」
「河嶋は、四六時中、見張られ、確保される寸前だったんだぜ。組対は、河嶋の確保を足がかりに帝都聨合を壊滅しようとしていた」
「そんな莫迦な……」
「莫迦はお前だよ。河嶋を親戚の養子にしてネームロンダリングなんて中途半端なことをするからだ。一体、なんでそんなことをしたか、俺は疑問に思って調べたんだ。河嶋は、関西系のマルBと血でつながっていたんだな。まったく驚いたぜ」
「え? え? え?」
「これも、知らなかったのか。まあ、そのマルBは、四次団体のせこい組だったものだから、あっさり解散させられた、つまらない殺し合いをして。まあ、俺が手を回したんだけどな」
安部は応えられなかった。
「いずれ俺は、この際、先手を打って河嶋を始末しようかと考えていたんだ。だが、不動に先を越された。しかも、他に三人もやってくれるとはうれしい誤算だったよ。不動が味方じゃないかと思えたほどだ。どうせなら、稲城も始末してくれたらよかったのに……あ、そうすりゃ総長さんが困るか、掘る穴が一つ減って」というと堂上は大笑いした。「ところで、どうしてほしい、総長さん? いままでいい思いしてきたのだから、死んでもいいか」
「いえ、助けてください、堂上さん!」
「稲城もひっくるめてか?」
「お願いします、堂上さん!」安倍の声は震えていた。
「泣き落としねえ。どうせ演技だろ。いちいち付き合っていられないんで、この際、ビジネスライクでいこうじゃないか。さて、いくら出す?」
安倍は、一瞬、黙りこくった。「そ、それは……」
「あまり助けてほしいと思っていないようだな。だったら、話は終わり」堂上はあっさり電話を切った。
安倍はすぐにリダイヤルしてきた。たっぷり三〇秒はほっとらかしにしておいてから、堂上は電話をとった。「もしもし?」
「安部です。申し訳ありませんでした、堂上さん!」
「なんだ、安倍か?」堂上は、あからさまにとぼけた。「どうした? 何があった?」
「助けてください! お願いします!」
「『助けてください! お願いします!』じゃ分からん。切るぞ」
「待ってください!」
「いくらにするか決めたのか? いっておくが、死んでしまっては、億だろうが兆だろうが京だろうが、極や恒河沙、阿僧祇であっても金に意味はない。違うか?」
「その通りです!」
立派な返事だが、分かってねぇだろ。「よく考えて額をいえよ。あくまでも、主導権を持っているのはこの俺だ。お前じゃない。これ以上、俺の機嫌を損ねるなよ。お前を生かしてきたのは、お前とお前の組織にメリットを感じていたからだ。だが、デメリットの方が上回ったら切る。いや、ほっとくだけでいい。不動が代わりに殺してくれる。さっき、羽田では何人殺された? 警察・検察より始末に悪いぞ、不動は。司法制度なんて最初から無視しているんだから。しかも、死刑しか考えていない。警察に保護を求めてもいいが、俺が警察OBだということ、つまり、そこにSがいることは忘れるなよ。河嶋の親戚がどうなったかも、よく思い出すんだ。とりあえずは、取調室で出されるカツ丼に気をつけておけ……ということで、いくら出すのかな、帝都聨合の総長であらせられる安倍さんよ?」
「堂上さんのいい値で構いません!」
安倍から聞いたネットバンクの口座を開けた。暗証番号を打ち込み、預金額を確認する。五億円しかなかった。この野郎、たんす預金をしてやがる。当座は、五億で勘弁してやる。だが、経費として残りもかっさらってやる。